調査官、カルデアに赴く 改訂版   作:あーけろん

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カーマ欲しい。欲しくない?


誤字修正及びお気に入りへの登録、感想等ありがとうございます。感想等返せておりませんが、全て読ませて頂いております。これからも調査官をよろしくお願い致します。







天秤の守り手/冥界の女神

 

 

 

 

ーーーーマシュキリエライト、か。

 

 

カルデアから与えられた個室で一人呟く。部屋にあるのは簡素な机にベットに収納スペース。少しの間なら問題なく活動できる場所だ。

勿論と言うべきか、いつも通りと言うべきか、カメラと盗聴器がそこら中に仕掛けられまくっているが。

まぁ、それはいつもの事なので別に気にしない。既にダミー映像にすり替えて無力化済みだ。

カメラと盗聴器なんて序の口で、『ルームサービス』と称して少女が常駐していないだけまだマシである。

 

……実話だからなんも言えねぇ。

 

 

ーーーー世の中ブラック過ぎるんだよなぁ。そう言う事を調べる仕事をしてる影響もあるけど。

 

 

気づけば国際連合に籍を置いてから既に10年程度。

学生時代の自分が培ってきた常識が覆るには充分な時間だ。

 

 

慈善家として多くの人に慕われる女を見た。

世の中を良くする為に政治家になったと言う男を見た。

世界を守る為に国際連合を率いると意気込む男を見た。

 

––––一人は談合の指示、一人は孤児の裏取引、一人は買春。

一つの例外も、一つの見落としもする事なく全員の社会的地位を、身分を殺してきた。

 

 

 

ーーーーそう言えば、彼女は元気だろうか。

 

 

キリエライトと同じかそれ以上に純粋で、眩しい位に明るかった少女。毎日が楽しいと笑い、勇んで竹刀を振るっていた赤毛の少女。

 

 

ーーーー懐かしい。

 

 

国際連合に入ってから一度も地元に帰ってこない。もっとも帰る時間なんてないのだが。

 

 

ーーーー始めよう、まずは資金の流れからだ。

 

 

付き纏う感傷を振り払うように頭を振り、持参のパソコンを開く。

 

 

ーーーー財務部から提出された書類は、っと……。

 

 

見慣れたブルーライトは、自分の頭を冷静にしてくれる。今はそれがとてもありがたかった。

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

––––––フィニス・カルデア 指令室

 

 

 

『やぁ。レオナルド・ダ・ヴィンチ所長。こうして話すのは随分久しぶりだね?』

 

「カルデア設立以来だね、局長。元気にしてたかい?」

 

『勿論だとも。健康には気を使っていてね、日課のウォーキングは今も続けているよ』

 

 

司令室のモニターには初老の男が写っている。白髪混じりの黒髪をオールバックで纏め黒縁の眼鏡をかけた、少し渋めな顔が特徴的な男性。

柔和な笑みを浮かべている彼こそ『国際連合機密管理局 情報統轄部』の最高責任者であり、ここに調査官を派遣した張本人に他ならない。

 

 

「元気そうで何よりだ。さっそくだけど、本題に入っても?」

 

『構わないとも。折角君から連絡してくれたのだ、答えられる範囲なら何でも答えよう』

 

 

愛嬌のある笑みからはこちらに恩を売りたいのが見え透いている。

しかし、答えられる範囲なら何でも答えてくれるのは好都合だ。

 

 

「それじゃあ遠慮なく。ここに派遣されてきた仙道という男、彼は何者だい?」

 

『何者もなにも、経歴はそちらに渡しただろう?彼はただの調査官だよ。君たちの組織が正しく運営されているのかを調べるためのね?』

 

 

よくも白々しく宣えるものだと感心する。どこの世界に吹雪の中斜度50度を超える氷山を走り抜ける一般調査官がいると言うのだ。

 

 

「その答えで私が納得するとは思っていないだろう?彼の経歴はこちらで探ってみたが、まるで出てこなかった。お手上げだよ、随分慎重に彼を囲っているんだね?」

 

 

『ふぅむ』と考え込むそぶりを見せる局長。恐らくどこまで話すべきかを塾考しているのだ。

勿論、このままではろくに情報を引き出せない。だからこそ、ここでカードを一枚切る。

 

 

「そう言えば先日のセラフィックスでの人事の引き抜きの件、まだ国際連合から回答を貰っていなかったね」

 

『–––と、言うと?』

 

 

国際連合にはセラフィックスの上層部を半ば強引に引き抜いた負い目がある。

何が意図なのかはわからないが、一組織の人事に国際連合が介入するのは体裁上あまり良いことではない。

本来なら物資の融通に使おうとしたカードであるが、ここで切る。

 

 

 

「もし彼について情報を提供してくれると言うなら、今回の人事はなかった事にしてもいいよ?」

 

『…随分大きく出たね、けど良いのかい?それを使えば色々と融通が利くよ?』

 

「構わないさ、今は彼の情報を引き出すのが最優先だからね」

 

『…ほぉう。随分彼を買ってくれているらしい、部下が褒められるのは悪い気分じゃないね』

 

「それで、答えは?」

 

 

 

目尻を下げ、柔和な表情を浮かべた一言。

 

 

 

『無論、Noだよ』

 

「なっ……」

 

 

思わず言葉を失う。今の言葉をそのまま受け取るのならば、彼は国際連合の弱みとは釣り合わないほどの人間という事だ。

立場的不利を甘んじても守りたい個人とでも言いたいのか?

 

 

『君は気づいているかもしれないが、彼は世界の天秤を守る防人なのだよレオナルド。その程度のカードでは情報を渡すに値しない』

 

「……では、どの程度のカードなら?』

 

 

あっけらかんとした表情で口を開く。

 

 

『カルデアの全利権。英霊への令呪も込みで初めて検討に値するね』

 

「馬鹿げてる。それほどの価値が彼にあるとでも?」

 

『あるとも』

 

 

その言葉になんの疑いも持っていない、確信めいた一言。

冗談ではなく、彼は本気でこのカルデアと彼を釣り合うと判断しているのだ。

 

 

『君たち過去の英霊にはわからんだろう。この現代の平和が如何に脆く、儚い事が』

 

「………………」

 

『力だけでも、頭だけでも駄目なんだ。偏った能力は歪みを生み、いずれ破綻してしまう』

 

「両方備えている存在が必要、だと?」

 

『世界平和のためにはね。そして、我々はそれを漸く手に入れた』

 

「……情報統轄部だね」

 

『如何にも。情報統轄部は比喩なく現代の英雄として機能している』

 

 

国際連合を改革したと言われる諜報組織。世界各国の諜報機関を全て相手取ったとしても圧勝すると言われる程の情報網を持つとさえ言われている。

規模も意図も不明な組織はやはり、国際連合の中核を担っていたと言う事だ。

 

 

「交渉は決裂、か。仕方ないね」

 

 

これ以上は追求しても無意味だろう。答えの出ない問題を一々相手にしていたら時間がいくらあっても足りない。

通話を切ろうとした矢先「しかし、だ」と局長が口を開く。

 

 

『君達は文字通り世界を救った立役者。そんな君たちになんの譲歩もしなかったとなれば、我々平和の使者の名が泣こう』

 

「…つまり?」

 

『彼の個人情報は渡せない。が、彼が今までどの様な案件を請け負ってきたかの情報は君達に開示しよう』

 

 

『精々上手く活用してくれたまえ、万能の人よ』と残した後、一方的に通話を切られる。

どこの時代にもいけすかない奴はいるが、彼はその中でも筋金入りだなと愚痴を零す。

 

「リストは?」

 

「今送られてきました。しかし、信用に値するのでしょうか?」

 

「さぁね。けど、見る価値はあるだろう。一応ウイルスチェックはしてくれたまえよ」

 

「了解」

 

送られてきたファイルのウイルスチェックが始まる。

 

 

「…さて。鬼が出るか蛇が出るか」

 

 

 

 

 

 

 

____________________

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー…財務諸表に歪みは見られない。備品の減価償却も適正、と。

 

カルデアから接収した財務諸表をpcのexcelに打ち込み数字にアラがないかを探る。備品の購入、施設の修繕、人件費、果ては消耗品の勘定にも問題がないかを細かく調べる。

 

 

ーーーー子会社であるセラフィックス間にも不自然な株の流れは見受けられない。特別収益の水増しもなしか。

 

 

時計の長針は12の針を指し示し、日付が変わった事を電子音が伝える。

普通の企業ならブラック扱い待った無しだが、あいにく務めているのはお役所であるこの身。昼夜逆転どころか月月火水木金金がデフォルトの俺からしたら0時はまだまだイケる。

 

 

ーーーー…さて、軽く外を回ってくるかな。

 

 

瞼の軽い倦怠感と身体のコリがそろそろ溜まってきた頃合いだ。財務諸表も元々纏めてあって整理しやすいし、一度小休止を挟んでもバチは当たらないだろう。

 

 

ーーーーダヴィンチ所長から簡単なマップは貰ってるからな。一人で少し見て回るか。

 

 

手に簡易マップのみを持って自動ドアをくぐって部屋から出る。…気を抜くと此処が南極って事を忘れそうになるのが玉に瑕だな。

 

 

ーーーーさて、先ずは食堂の様子でも……。

 

「ちょ、ちょっとそこの貴方!」

 

ーーーーはい?

 

 

何処かで聞いたことのあるような声。無論、ここに彼女がいるはずもないので、他人の空似であるとすぐ断定する。

振り向いて誰が声を掛けてきたのか確認すると––––––––。

 

 

ーーーー凛ちゃん?

 

「…それは誰なのだわ?」

 

 

とても見覚えのある顔が、そこにいた。目が赤かったり、髪が金髪であったりと細かな差異は見受けられるが、そこにいるのは自分の知り合いである『遠坂 凛』その人だった。

 

 

ーーーー…???なんで君がここにいるの?たしか冬木にいるはずだよね?

 

「えぇ、と。私は貴方の知り合いではないのだわ」

 

ーーーーいやいや、そんなまさか。君は何処をどう見ても凛ちゃんじゃないか。

 

 

なんでここにいるのかは兎も角として、カラーコンタクトに髪染めは全くもって頂けない。

綺麗だった青い瞳と黒い髪が今や見る影も無く、こんな姿を見たらお父さんが白眼を向いて気絶しかねない。

 

 

「…だから違うと言っているのだわ。私はエレシュキガル、冥界の女神なのよ」

 

ーーーー…凛ちゃん、まだ間に合う。だからその痛い設定を捨てて真人間に戻ろう?大丈夫、僕はちゃんと黙ってるから。

 

「だ・か・ら!!私は本物のエレシュキガルなのだわ!!」

 

 

その言葉に思わず固唾を飲む。これは重症だ。自分を女神と信じて疑っていない状態、これは荒療治もやむを得ないかもしれない。

幸い特効とも言うべき手段はこちらの手の内にある。目を覚まさせるのなら––––。

 

 

「まったく!人が折角親切に教えてあげようと思ったのに、失礼な人間なのだわ!」

 

ーーーー教えるって、何を?

 

 

頭の中で目を覚まさせる方法を10通り程構築していると、ビシッと幻聴が聞こえそうな程真っ直ぐ指が突き立てられる。

 

 

 

「貴方、第七特異点の時の英雄王みたいな臭いがするのだわ」

 

ーーーー…えぇ、と?ごめん、よくわからないんだけど…。

 

「もう!簡潔に言うと–––––––」

 

 

 

 

 

 

「貴方、過労で死ぬわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_________________________

 

 

 

 

 

 

 

ーーーー何だったんだ、彼女。

 

 

「兎に角!貴方は今から温かいものを飲んで暖かくして寝るのだわ!良い⁉︎」と押し切られ、毛布とともに部屋に押し込まれてしまった。

 

去り際に「どこか似ているのだわ…」と言っていたが、それはこっちの台詞だ。

 

 

ーーーー過労で死ぬ、か。

 

 

なんでそんなことわかったのだろうか。

表情筋の硬さには一端の自信がある、顔に疲労が出ていたとは考えられないのだが…。

 

 

ーーーーって、そんなことよりも彼女だろ。

 

 

遠坂凛に似てる、いや、瓜二つと言って良い程の存在。

一瞬クローン人間を疑ったが、それが実用段階にない事くらい把握してるので選択肢から外す。

 

 

ーーーー本人、なのか?

 

 

もし遠坂凛本人だったのなら、俺は立ち直れないだろう。

小さい頃からしっかりして愛想の良い彼女がそんな中二病を今更発症したなんて、時臣さんになんて報告すれば良いんだ…。

 

 

ーーーー確認を取るべきだろうか……。

 

しかし、確認をどうやって取る?

「南極で自分のことを女神と自称してる君にそっくりな人がいたんだけど、あれって君?」なんて馬鹿正直に聞いたと仮定した場合、地の果てまで発勁を打ち込みに来るのが容易に想像できる。

 

 

ーーーー待てよ。あるじゃないか、確認を取る方法。

 

 

妙案を思いつき、普段使っている携帯電話……ではなく別の携帯電話を取り出す。盗聴妨害処置が施され、相手側からの着信を拒否する機能を後付けしたものだ。

ディスプレイを操作し、目当ての人物を探して通話を掛ける。2コール掛かった後『もしもし』と耳障りの良い声が聞こえる。

 

 

ーーーーお、愚弟か?久し振りだな。

 

『久し振り、じゃないだろこの馬鹿兄貴‼︎なんでこっちからの電話は出ないんだよ⁉︎』

 

ーーーーまぁまぁ、大人には色々とあるんだよ。

 

 

『ったく、これだから…』と呆れた様子を隠しもしない可愛げのない弟。

こんなんでも昔は可愛げがあったんだけどなぁ…。

 

 

『それで兄貴。突然電話なんてなにかあったのか?』

 

ーーーーあぁ、少し聞きたいことがあってな。

 

『聞きたいこと?』

 

ーーーー凛ちゃん、今どこにいる?

 

『ゔぇっ⁉︎な、なんだよ急に⁉︎』

 

ーーーーえっ、何その反応。

 

 

人はそんな声も出せるのかと感心するが、それ以上に弟が動揺していることが気になった。

凛ちゃんと何かあったのか、それとも……。

 

…いや、ナニがあったのか。

 

 

ーーーー…人生の先達として言っておくが、避妊はちゃんとしておけよ?

 

『な、何言い出すんだ急に⁉︎そ、そんなんじゃないからな‼︎』

 

ーーーーうん、まぁ弟の性事情なんかどうでも良いんだ。それで、凛ちゃんは今どこにいる?

 

『ど、何処って…、俺の部屋にいるけど』

 

ーーーーオーケー、それだけ聞ければ充分だ。サンキュー弟よ。

 

 

 

なんで弟の部屋に凛ちゃんが居るのかは敢えて聞かない、良い大人とは藪を突かないものだ。

…下世話な話かもしれないが、愚弟の相手が凛ちゃんなら申し分ない。寧ろこっちからお願いしたいくらいだ。

 

 

『それより兄貴は今度いつ帰ってくるんだよ。凛や桜、それに兄貴の知り合い達がみんな心配してるぞ?』

 

ーーーー帰れる目処も立たないしなぁ。もし俺の事聞いてくる奴がいたら俺の事は忘れろって言っておいてくれ。

 

『そんなの言えるわけ無いだろ‼︎馬鹿な事言ってないで全員に連絡位入れろ!』

 

 

相変わらず心配性の弟に苦笑を浮かべる。こんな駄目兄貴なんて放っておいて自分の人生を歩めば良いものを、彼はそうしない。

弟はお人好しが骨の髄まで染み込んでいる奴なのだ。…もっとも、それが過ぎるから愚弟と呼んでいる訳なんだが。

 

 

 

ーーーー残念、守秘義務があるからそれはできないんだ。

 

「守秘義務って…。結局兄貴は今どこで何をやってるのさ?」

 

ーーーーそれも言えない。悪いな、秘密ばかりの駄目な兄貴で。

 

 

電話口からため息が聞こえる。

 

 

「そう思うならすこし位話してくれても良いだろ?相談位なら…」

 

 

弟の言葉を遮り口を開く。

 

 

ーーーーありがとな、士郎。けど、大丈夫だ。なにせ俺は–––––。

 

 

 

 

 

 

ーーーー爺さんの目指した、正義の味方をやってるんだからな。

 

 

 

何か言いたげな弟に「それじゃ、もう切るぞ」とだけ言い残し、電話を切る。

 

2年ぶりに話した愚弟は、お世辞にもしっかりしていたとは言えなかった。

…が、毎日楽しそうなの雰囲気で分かった。きっとアイツは今でも誰彼構わず人助けに精を出しているに違いない。

流石は2代目穂村原のブラウニーと言った所だろうか。

 

 

ーーーー今日は久しぶりに普通に寝るか。

 

 

 

ひさびさに弟の声を聞いたので気分が良い。査察も初日にしては順調だし、今日くらいは普通に眠っても良いかもしれない。

それにしても、まともな睡眠なんて一体いつ振りだろうか。インスタントスリープと栄養剤に慣れきった自分が果たしてまともに眠れるのか気になるところではあるが……。

 

国際連合は世界の平和を守る前に職員の生活を守るべきだな、うん。

 

 

 

 

 




調査官
国際連合の持つ最終兵器的存在。世界平和を司る舞台装置の役割を与えられた個人であり、正義の味方というバトンを受け継いだ人物。初代穂村原のブラウニーにしてくろいあくま。

局長
世界平和のという大義の為に道徳を捨てた平和の狂信者。天秤を崩す存在を許容せず、ありとあらゆる手段を持って排除する。調査官との出会いが彼の人生を変えた。

愚弟
2代目穂村原のブラウニー。生まれながらの善性であり、困っている人を放っておかない真性のお人好し。なんでも5人以上の彼女を侍らせているとか……?

エレシュキガル
口調可愛い。

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