とある鎮守府では、駆逐艦は四人しか着任していなかった。
当然、提督は彼女達を大切にし、時に優しく、時に厳しく指導していた。
彼女達にもそれは十二分に伝わり、お互い信頼し合うようになっていく。
しかし、どうやら提督は彼女達を可愛がりすぎたようで……?

単純に、嫉妬をする暁型四姉妹を書いてみたお話です。
本来は六話構成にするつもりでしたが、二話目以降を上手く書けなかったために供養ついでの投稿です。

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うちの四姉妹は嫉妬深い

 カリカリ、カリカリと。

 静かな執務室に、俺が滑らせたペンの音が響き渡る。

 騒がしいのも嫌いではないが、やはり仕事中は静謐な空間でやりたい。

 

「司令官さん。次の書類はこれなのです」

「お、ありがとう、電」

「電は司令官さんの秘書艦なので、これぐらい当然なのですっ」

 

 握り拳を作って、俺に微笑みかけてきた電。可愛い。彼女が渡した資料に目を通しつつ、秘書机に戻った電を覗き見る。

 電は小さな手を一生懸命動かして、俺が確認したあとの書類を分類していた。癒される。

 

 いつ見ても可愛すぎる艦娘が、今日俺の秘書艦を務める暁型四番艦、電だ。

 普段から柔和な顔立ちをしていて、とても戦えるようには思えない。小さく微笑みながら、お花に水をやる姿の方が似合いそうである。

 

 お花屋さんを経営する電か。小さな体でお花を抱えたり、客のために「はわわ。これなんてどうなのです?」とか言いながら花束を作ったり、エプロンをつけた姿で「お、おかえりなさいなのです、司令官さん」とか言ってくれたり……いいな。

 じゃなくて。ダメだ、ダメ。電は遠くから微笑ましく見守るのが良いのだ。俺の邪な妄想で彼女を汚してはいけない。紳士として振る舞うのだから。

 

「どうしたのです?」

 

 こちらの視線に気がついた電が、小首を傾げて尋ねてきた。そんな仕草も大変可愛いのだけど、あいにくまだ仕事が終わっていない。

 断腸の思いで、俺は微笑んで誤魔化した。

 

「なんでもない。電は働き者だと思ってな」

「はわ、そんなことないのです! 電はただ、司令官さんのお役に立つために、頑張っているだけで」

 

 いい子だ。めちゃくちゃいい子だ。うちの電はどこに出しても恥ずかしくない艦娘です。実は影で努力していることを知っているので、とっても可愛い頑張り屋さんでもあるのです。可愛い。

 

 しまった。

 電があまりにも嬉しいことを言うものだから、脳内が愉快なことになっていた。

 まだまだ会話したい気持ちを振り払い、お礼を言ってから書類に取りかかる。

 さっさと終わらせて、この後は電と楽しいティータイムにするのデース。

 あ、金剛の口調が移った。それも仕方ないデース。電が可愛いのがいけないのデース。デース!

 

「ん?」

「どうしたのです?」

 

 その時、俺の提督イヤーが確かに足音を捉えた。この聴く者の心を弾ませるような足音は、幼子に違いない。

 しかも、足取りの癖から、やってくるのは電の姉である──

 

「司令官! 暁がやってきたわよ!」

 

 バンと大きく開いたドアの前に立つ、電と同じセーラー服に身をまとう少女。

 

 現世に舞い降りた天使かな?

 じゃなくて、暁型一番艦の暁だった。相変わらず、その自信満々な表情が大変良し。

 一人前のレディーになりたいとは本人の口癖だ。でも、俺的にはぜひそのままの暁でいて欲しい。

 これはありのままの暁でいいと思っているだけで、特に他意はないのだ。ないったらないのだ。本当なのデース。

 

 暁は秘書机にいる電に目を向けると、眉尻を吊り上げる。

 

「なんだ。今日の秘書艦は電だったのね」

「なのです。暁ちゃんは、どうしてここに?」

「ふふん。そんなのは当然、司令官に差し入れを持ってきたからよ!」

 

 差し入れ!?

 あの、一人前のレディーになるために、密かに鳳翔さんや間宮さんから料理を習っている暁が、俺のために差し入れを!?

 ここは天国か。やっぱり、暁は天使だったか。天使だからこそ、俺に下賜してくれるのだから。

 

 いやいや、落ち着け。

 暁は日頃から頑張っている俺を見かねて、その溢れんばかりの慈愛の心で、ただ差し入れを持ってきてくれただけだ……あれ、普通に天使のような性格じゃないか。

 冷静に、冷静になるのだ。歴戦の提督のように、風俗に入りなれた先輩提督のように、母親に自分の性癖を知られても慌てない後輩提督のように、どっしりと構えるべきだ。

 

 五臓六腑を吐き出しかねない意志を押さえつけ、こちらに近寄る暁へと笑みを向ける。

 

「それで、どんな差し入れを持ってきてくれたんだ?」

「このクッキーよ!」

 

 ハラショー。こいつは力を感じる。

 じゃなかった。つい響の口癖が出てしまったが、それだけ嬉しかったのだ。

 だって、あの暁がクッキーを作ってくれたのだ。透明な袋に入っている中身を見ても、これを一生懸命作ったのだろうということが容易に理解できる。

 形は歪だし、焼き色はバラバラだし、おまけに黒焦げのものだってあった。

 それでも、俺には極上のお菓子にしか見えず、暁からの感謝の気持ちがこれでもかと伝わってくる。

 

「ありがとう。大切に食べさせてもらうよ」

 

 感謝の言葉は、自然と出てきた。

 今の俺の笑顔は、きっととても穏やかなものだろう。

 それだけの悟りが、胸中に飛来していた。

 

「ほんと!? ……じゃなくて。そ、それならいいわ。まあ、みんなにあげる用のついでに作っただけだから、味の保証はしないけど」

「いや、暁が作ってくれたってだけで、どんな料理より美味しく感じるはずだよ」

「ふぇ!? にゃに言ってるのよ!」

 

 顔を赤くしながら、パタパタと右手を振り回す暁。可愛い。多摩みたいな口調になりかけていたが、暁が猫でも十分やっていけそうだ。

 

 猫耳をつけた暁か。出撃時に「暁の出番にゃ、見てにゃさい!」と言ったり、遠征メンバーに選んだら「と、当然にゃ!」と張り切ってくれたり、一番活躍したら「どう考えても、暁が一番ってことにゃ!」とドヤ顔になってくれたりするのか。

 いい……いいな。微妙に素直になり切れない部分も含めて、暁に猫耳が似合いそうだ。これは、本格的に備品リストに入れるよう検討すべきでは。

 

 待て待て待て!

 また、思考が変な方向に向かっているぞ。自制すると決意した俺の意思はどこにいった。駆逐艦イ級より脆いじゃないか。

 暁は可愛い。暁は天使みたいだ。暁は猫耳が似合う……よし、落ち着いた。

 

 心を解脱させた俺は、至極真っ当な爽やかさ満点笑顔で口を開く。

 

「とりあえず、仕事が終わったら食べさせてもらうよ」

「ふ、ふん。ならいいのよ……それで、司令官」

「どうした?」

「その、ね、司令官のためにクッキーを作ったご褒美が欲しいかなーって……や、やっぱりなんでもない!」

 

 先ほどついでと言ったのは、なんだったのか。指をちょんちょんさせながら、伏せ目から上目遣いで尋ねてきた暁は、途中で首を横に振った。

 あざと可愛い。しかも、これは暁が地でやっているのがわかるから、その破壊力が12cm単装砲から35.6cm連装砲に跳ね上がる。

 損傷しました、中破です!

 

 耐えるんだ、俺。

 艦娘の時は中破撤退を目安にしているが、俺ならば大破進軍でもやむ得ない。

 轟沈するまで、ひたすら進むのだ。なぜならば、その先に天使が待っているから。

 

 天上解脱をした俺は、机から立ち上がって暁の前に回り込む。

 彼女の視点になるようにしゃがみ、目線を合わせて微笑みかける。

 

「俺にできることなら、なんでもするよ。だから、教えてくれないか?」

「ほんと? じゃ、じゃあ、暁の頭を撫でて!」

「えっ」

「やっぱり、ダメ? レディーらしくない?」

 

 天使はここにおられたのですね。

 じゃなかった。暁の要求があまりにも可愛すぎて、あやうく昇天しそうになってしまった。

 

 ──冷静になるのです、司令官さん。あなたは艦娘の命を預かる提督です。これしきのことで取り乱してはいけません。これは、神が与えた試練なのです。耐えなさい、司令官さん。

 

 俺の中の良心が、そう訴えかけてきた。

 なぜか電の姿をしていたが、可愛いから問題ないだろう。

 ともかく、これで俺は我を取り戻した。ありがとう、俺の良心。ありがとう、電。

 

 そういえば、さっきから電が静かだ。

 不思議に思ってそちらを向いてみれば、彼女は複雑そうな顔で暁を見つめていた。そんな顔をする電も可愛かった。

 

「どうした、電?」

「はわ!? な、なんでもないのですっ!」

「司令官、ごめんね。変なことを言って」

「ああ待ったまった! 暁のお願いは全然大丈夫だから! ほら、クッキーを持ってきてくれてありがとう」

「あっ……えへへ。司令官の手、おっきい」

 

 思わず口に力を入れて、吐血しかけるのを堪える。

 危ない。暁の純粋な笑顔があまりにも眩しすぎて、鳩尾にボディーブローが入っていた。

 あと数瞬俺の判断が遅れていたら、暁の綺麗な髪を汚してしまうところだった。

 

 だけど、KO負けするにはまだ早い。テンカウントもいらない。なぜならば、俺はまだ倒れていないからだ。

 拳を握って、脇を締めて、襲いくるジャブの応酬に構えるのだ。

 

「司令官に撫でられるの、気持ちいいわ……」

 

 提督がダウンしました!

 カウント入ります、チェック、1、2、大丈夫!

 提督、いつでも出撃できます!

 

 危なかった。

 途中で霧島が助けてくれなかったら、このまま血の海に沈むところだった。

 ありがとう、霧島。なんだかんだ金剛姉妹で一番の苦労人なのに、いつも俺を支えてくれて。今度、悩んでいた新しいメガネのフレームを一緒に見にいこう。

 

 菩薩状態になった俺は、うっとりと目を細める暁から手を離す。

 これ以上続けていたら、菩薩が色欲の悪魔に変貌しそうだったのだ。

 

「あっ……」

「はい、終わり。俺は仕事の続きをしなきゃいけないからな」

「そ、そうなのです。司令官さんは忙しいのです!」

「わ、わかってるわよ。じゃあ、司令官。お仕事頑張ってね!」

「ああ。暁の差し入れがあれば……ん?」

 

 その時、提督ノーズが確かな匂いを捉えた。この嗅いでいるだけで幸せ成分を補給できる香りは、俺が知っているあの子に違いない。

 実際、暁が開けたままのドアの向こうから、二人の艦娘がやってきていた。

 

「ドアが開いていたから、勝手にお邪魔するわよ。あら、二人もいたのね!」

「雷?」

 

 その場にいるだけで、無意識に甘えたくなるオカンの空気。料理を作る後ろ姿を見て、「母ちゃんってこんなに凄いんだな」と子供ながら悟る、圧倒的までのママオーラ。

 やってきたのは、鎮守府のロリお艦こと雷だ。

 

 また、雷の背後からも、ひょいっと銀の妖精が顔を出す。

 表情豊かな他の三人より冷めているとも取れる、クールビューティな白銀の娘。

 暁型二番艦、響も一緒だった。

 

「私もいるよ」

「響ちゃんも? 一体、どうしたのです?」

「ふふん。もちろん、司令官に用があったから来たのよ」

 

 律儀にドアを閉める響をよそに、雷は不敵な笑みを浮かべている。可愛い。

 なんだここは、新しい天国だろうか。天使が四人……いや、天使が三人と妖精が一人いる。

 理想郷はここにあったのですね。提督、抜錨します!

 

 待った。

 そもそも、俺には抜錨する錨なんてどこにもない。海図もなければ、コンパスだってないし。このまま理想郷に躍り出ていたら、快楽の渦に飲まれて社会の藻屑と消えていたに違いない。

 首の皮一枚繋がって良かった。ありがとうございます、神様。理想郷は遠くから眺めることにします。

 

 それはさておき、雷は俺に用があると言っていた。

 さっき鼻腔をついた匂いから、大まかな予想はつくけど、彼女の口から言葉が出るのを待とう。

 

「それで、雷はなんの用で?」

「じゃーん! 今日は司令官のために、ケーキを用意したわ! ケーキはもちろん、司令官の大好物の苺ショートケーキ。美味しく食べてね」

 

 ここは実家だったんだ。こんな、久しぶりに里帰りした息子のために、「あんた。子供の頃はこれが好きだったわよね?」って母親が笑顔で作ってくれた、思い出のお菓子みたいに渡されるなんて。

 つまり、雷は俺の母さんだった。

 

 いやいやいや、さすがにそれはない。よく考えろ、俺。たしかに、雷は鎮守府でも指折りの世話好きで、よく俺の部屋に来ては「部屋を掃除してあげるわね!」と割烹着を着込んで掃除をするし、「今日は司令官の大好きな豆腐の味噌汁よ!」って定期的に晩御飯も作ってくれるし、「もー、仕方ないわね。起きて、司令官。早く起きないと、朝礼の時間に遅れちゃうわよ」みたいにたまに寝坊しかける俺を起こしに来てくれるが。

 あれ、普通に母さんじゃないか? むしろ、俺って雷のヒモになっていないか?

 

 ──それもまたよいのです。だから司令官さん、雷ちゃん達に身を委ねるのです。そうすれば、みんな幸せのハッピーエンドになるのです。

 

 そんなことをのたまう電の姿をした良心がいるが、流石にこれはおかしいと俺でもわかる。

 いやでも、雷の世話を断ろうとすると、この世の絶望といった表情で泣きそうになるし。

 この前だって、「……司令官? 雷はもう必要ないの? 用済みなの? 解体する?」ってハイライトの失った目で迫ってきた。

 

 そんな「そうだ、京都に行こう!」のノリで「そうだ、解体しよう!」なんて言われても、なんというか、心が痛む。

 俺って、そんな艦娘を解体したがる鬼畜提督に見えるのだろうか。悲しい。

 

 一抹の悲しみには蓋をしつつ、俺は笑顔で雷からケーキを受け取る。

 

「ありがとう。暁のクッキーと一緒に、大切に食べるよ」

「……へぇ。暁ったら、クッキーを焼いてきたんだ」

「ふん。そうよ、悪い?」

「別に、意外に思っただけ。でも、なるほどねー。だから最近の暁は、間宮さんのところによく行ってたんだ」

「なっ!? にゃ、にゃんで雷が知ってるのよ!?」

「もちろん、青葉さんから聞いたからよ」

「青葉さんのバカー!」

 

 ドヤ顔になった雷に対して、涙目になった暁が虚空に向かって叫んだ。可愛い。

 暁の声量に驚いたのか、目を丸くしていた電がびくっと肩を震わせる。可愛すぎる。

 反面、響は我関せずとなにやら手元の鞄を弄っていた。クールなところもいい!

 

「まあ、初めてにしてはよくできているじゃない」

「ふふん、当然でしょ。なんたって、暁は一人前のレディーなんだから」

「だから、このクッキーは私が食べてあげるわ」

「──はっ?」

 

 一転して誇らしげに腰に両手を当てていた暁の表情が、雷の言葉により変わった。

 具体的には、とても可愛らしい少女とは思えない、凄みのある形相へと。

 

「ひぅっ」

「うん? 風向きが変わった?」

 

 場の雰囲気の変化に気がついたのか、電は悲鳴を上げて俺の背中に隠れた。可愛い。

 響も小首を傾げながら、取り出した容器に溶けたチョコレートを垂らしはじめる。美味しそう。

 

「だって、司令官には雷のケーキだけで十分じゃない? だから、暁のクッキーを食べてあげようと思って」

「なに言ってるの? どこからどう考えても、いらないのは雷のケーキでしょ」

「──へぇ」

 

 睨んだ暁の言葉を聞いて、今度は雷のまとう雰囲気が変化。

 朗らかなお母さん状態から、鬼嫁状態へと表情を変えている。怖い。

 

 なんだろう、この針のむしろ。心なしか、二人の背後に幻影が見えるような気がする。

 暁の背後では間宮さんが、しゃもじを片手に微笑んでいた。いつも美味しい料理をありがとうございます。

 対する雷の背後では、穏やかな微笑を湛えた鳳翔さんが頬に手を添えていた。今日も起こしてもらって申し訳ないです。

 

「いい? 今日は暁が先に差し入れを持ってきたの。雷はあとからきたの。泥棒猫なのよ」

「泥棒猫なのは暁の方でしょ。私は毎日、この時間になると司令官に差し入れを持ってきているんだから」

「ふん。知ったこっちゃないわ。雷がなんて言おうと、差し入れにいるのはクッキー! ケーキなんていらないのよ!」

「なによ! いらないのはクッキーに決まっているじゃない! 司令官が一番好きなのは、ケーキなんだから!」

 

 内容自体は微笑ましいのだが、いかんせん相手は艦娘だ。常に海の上で戦う、歴戦の猛者なのだ。

 二人の周囲が陽炎のように歪み、空気が泡立っている。両者共に燐光もまとっており、いまにも装備を構えて激突しそうだった。

 

 原因はどう考えても、俺だろう。

 どちらが俺に差し入れをするのに相応しいか、揉めていると思われる。

 さすがにここまでされて察しないほど、鈍感ではないつもりだ。

 

 しかし、しかしである。

 俺は鎮守府一の紳士を公言しており、自他ともに認める模範的提督なのだ。

 外面が良いだけとも言える。ともあれ、俺は規律ある提督として、彼女達を正しい方向に導かなくてはならない。

 例え、隣の鎮守府の山田さんが陽炎型全員とケッコンカッコカリをして、幸せ満点の笑顔を映した写真をアルバムごと送り付けられ、あまりの辛さに慟哭したことがあったとしてもだ。山田さん許すまじ。紳士の風上にも置けない野郎だ。

 

 神様、どうしてこの世は不平等なのですか。

 我が鎮守府にはお姉様オーラの方々ばかり着任して、どうして駆逐艦が第六駆逐隊しかいないのですか。

 私も「なんでしょうか。不知火に落ち度でも?」と不知火に冷たい目で見られたり、「あーもう、バカばっかり」って霞に罵倒されたり、「こっち見んな、クソ提督!」って曙に蔑まれたいだけですのに。

 

 いや、うちの鎮守府の子はみんないい子だし、大好きだって胸を張って言える。言えるのだが、なんというか潤いが足りない。こう、父性本能とでも呼ぶべき本能が不足しているのだ。

 金剛に「HEY、提督ぅー!」と抱き着かれたり、愛宕に「ぱんぱかぱーん♪」って言われながら撫でられたり、球磨が「ふっふっふー、強くなったクマー」と嬉しそうにするのに癒されたりはするけど、やっぱり刺激が少ないのは否めない。

 

 というか、運営面でもよく持っていると常々実感している。おかげさまで、我が鎮守府は自転車操業だ。幸いなことに、この辺は深海棲艦の襲撃が少ないから、なんとかなっているけど。

 切実に、駆逐艦が来てほしいです……!

 

「どうやら、雷とは決着をつける必要があるようね」

「望むところよ。今日こそ、司令官のお世話は誰が相応しいか決めてあげるわ!」

「って、待ってまってまって! 俺はどっちも食べるから!」

「そうなのです! 喧嘩は良くないのですっ!」

 

 慌てて電と止めに入るのだが、ギロリと二人に睨まれてすごすごと引き下がるしかなかった。

 電も涙目になってこちらを見上げ、ちょいちょいと裾を引いてくる。めちゃくちゃ可愛い。

 

「どうした?」

「司令官さん、電じゃ止められないのです。なんとかならないですか?」

「そう言われても……」

 

 上目遣いで頼み込んでくる天使、じゃなかった。電にそう返しつつも、俺も困り果てていた。

 二人は完全にヒートアップしていて、とても余人の入る隙間がない。せいぜいが、最悪の事態にならないように対応するだけだ。

 

「響はなにか案はあるか?」

 

 こうなれば、プライドは海に流そう。そう思って響の方を向くのだが、なぜか彼女はチョコレートに指を浸していた。とても美味しそう。

 

「そんなことより、できたよ司令官。これが私からの差し入れだ。さ、いつでも食べてくれ」

「……食べるって、チョコレートを?」

「うん。響特性の指チョコレートを」

 

 大人びた微笑みを湛えた響は、そんなことを言いながら指をこちらに向けてくる。

 

 この子はなにを言っているのでしょうか。けしからん。じゃなくて、子供がそんなことをどこから覚えてくるのだ。美味しそう。まったく、こんなに指を汚して。こうなったら、俺がしっかりと拭いてあげなければ。手元にハンカチはないので、口でやるしか──

 

「はっ!?」

 

 じゃなかった。気がつけば、響の指を口元に近づけていた。

 恐ろしい子だ。子供とは思えない妖艶さで、俺を誘惑してくるとは。俺が紳士でなければ、今頃鼻水を垂らしながら指を咥えこんでいたに違いない。

 

 昔から、響はこうした誘惑をしてくるのだ。

 そのたびに俺は多大な精神力を消費して、この甘美な罠を避けているのだが。

 こんのクソ提督!

 心の中の曙に喝を入れてもらえたので、俺はなんとか持ち堪えられた。代償にガラスのハートにヒビが入ってしまったけど。

 

「な、なにをしているのです響ちゃん!?」

「うん? なにって、司令官に差し入れだよ。なにかおかしいかい?」

「お、お、お、おかしいのですっ! こんなハレンチな真似は電が許しません!」

 

 ぷんぷんと頭から煙を吹き出す電は、響を可愛らしく睨んでいた。心が浄化される。

 しかし、響はなんとも思っていないのか、肩をすくめて流し目を一つ。

 

「そう言って、電だってこの前──」

「わー!? ダメ、ダメなのです! それはダメなのですー!」

 

 電は響の口元を押さえつけて、顔を真っ赤にしていた。

 流石にここまで騒げば気がつくようで、言い争っていた暁達も振り返る。同時に振り返ったので、なんだかんだ仲の良さは窺えた。

 

「なによさっきから……って、なにしてるわけ!?」

「そうよ! 指は食べ物じゃないわよ!?」

「不死鳥の名は伊達じゃないということさ」

「いや、意味わからないから」

 

 狙ってやっていたのか、それとも天然なのか。十中八九天然だとは思われるが。

 ともあれ、響のおかけで、なんとか場の雰囲気は収まった。荒々しい嵐は消え去り、執務室は騒がしい晴天に包まれている。

 

 なんとかなって良かった。このままだと、執務室が爆発してしまうところだった。

 消し飛ぶ壁。吹きすさぶ書類。消えた俺の仕事。にっこり……あれ、これだと喧嘩してもらった方が嬉しいのでは。

 いや、一緒になって二人のお菓子も消えそうなので、絶望感の方が強かった。

 

 せっかく作ってくれたのだし、もう食べてしまおうか。

 今俺が食べれば、二人が喧嘩する必要もなくなるのだし。

 そう思って机に戻ってお菓子を取り出そうとした時、側に電が近寄ってくる。残りの三人は、響の行動について揉めていた。

 

「あ、あの、司令官さん」

「うん? どうした?」

「司令官さんは、響ちゃんがしたみたいなことをしたいのですか?」

「えっ」

 

 なにを言っているのだろうか、この天使系小悪魔艦娘は。頬を赤らめて見上げてくるその表情は、真剣な色が帯びていた。

 俺の知っている電じゃない。いつもの電はこんなエロ可愛い雰囲気を漂わせていない。

 

 落ち着こう。数を数えて落ち着くのだ。夕立が一人っぽい。夕立が二人っぽい。夕立が三人っぽい。ぽいぽいに囲まれて幸せ空間のできあがり。

 

 じゃなくて、電を冷静にさせるのだ。

 切なげな表情を浮かべる彼女の肩に手を置き、言い聞かせるように優しく告げる。

 

「電。その、な? 無理してやらなくてもいいんだぞ?」

「……司令官さんは、電を食べるのは、嫌なのですか?」

「そんなことない! あ、いや、それだと語弊があるから違う! 電のことは嫌いじゃないけど、それとこれとは話は別で」

 

 なんだろうか。そこはかとなく漂う、外堀を埋められていくような感覚は。まるで、思わず関係を持ってしまった相手が「あのね、子供ができちゃったの。だから、一緒に育てましょう? それとも、私と育てるのは嫌……?」と迫ってくるような、罪悪感と背徳感が大挙して押し寄せてくるみたいだ。

 

 俺は紳士、俺は紳士だ。紳士だから、電のいけないお誘いに乗ってはいけない。例え、電が陸奥のように「あまり火遊びはしないで欲しいのです」って言ってきても、俺は断固としてわかったと唱えよう。間違っても、「火遊びする!」って飛び込むなんてことをしてはいけない。

 俺の主砲が火を吹くことはないのだ。

 

 そんなことを考えていると、どうやら向こうはこちらの雰囲気に気がついたらしい。

 振り向いた暁達が、全員慌てたように駆け寄ってくる。

 

「電もなにしてるのよ!」

「抜け駆けは許さないんだから!」

「やっぱり、電が一番油断ならないな」

「はわ、ち、違うのですっ! 電はただ、司令官さんのために頑張ろうとしただけで!」

 

 再びガヤガヤし始めた室内からは、先ほどまでの危険な雰囲気は感じられない。

 どうやら、上手く空気が流れたようだ。ほっと安堵するような、ちょっとだけ残念に思うような、複雑な気持ちが胸中を飛来する。

 

 死にかけた。あのまま雰囲気に流されていたら、俺は取り返しのつかないところまでいっていたかもしれない。しかし、国で一番の紳士と名高い俺のビック7のように強い意志のおかげで、なんとか耐えきることができた。

 

 ビック7……良い響きだ。うちの鎮守府には長門はいないが、きっといたら物凄く頼りになるのだろうな。演習で別の鎮守府の長門を見た時、カッコよくて痺れたし。ただ気になるのが、その時旗艦だった電をよく見ていたことだ。電は初期艦だから、あの長門が目を見張るほど強かったのだろうか。

 

 ともあれ、暁達四姉妹はそれぞれが大変魅力的な駆逐艦だ。

 素直でとても可愛らしい暁と、大人びたような行動をして心臓に悪い響に、世話焼きでいつも頼りになる雷、そして健気に俺を支えてくれる電。

 俺が年下趣味だったら、あっという間に堕ちていただろう。

 

 艦娘としても、駆逐艦は遠征などで非常に頼りになる。

 だから彼女達は信頼しているし、自惚れていないのならば、彼女達も俺を信頼してくれていると思う。

 

 改めて、みんなの信頼に報いるために、海の平和を取り戻さなければ。そうして、今日のような日々を毎日送れるようにするのだ。

 こうして楽しく日常を過ごせるだけで、俺は幸せなのだから。

 わちゃわちゃとしている四姉妹を見ながら、そんな決意をするのだった。

 

「じゃあ、みんなで司令官に食べてもらうってことでいいわね?」

「仕方ないから、今回は納得しておくわ」

「ふっ。司令官の心を射止めるのは響だけどね」

「し、司令官さんのために、頑張るのですっ」

 

 その前に、四姉妹……特に響には、情操教育を学ばせた方が良いのかもしれない。

 これはこれで大変可愛らしいのだけど!

 

 

 

 

 


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