好評だったら続くかも。
フットボールフロンティア決勝戦。
全国各地の中学サッカー部による、年に一度の祭典はここに苛烈を極めていた。
一方は、この決勝まで怒濤の快進撃を見せてきた、正に伝説のイナズマイレブンの再来とも呼ばれる雷門中。そして、もう片方は40年間無敗の歴史を誇る帝国学園相手に、圧倒的点差で勝利を得た世宇子中。
風が、炎が、時に稲妻が、絶え間なくフィールドへ降り注いでいく。フィールドから遠く離れた観客席にまで届く必殺技の余波は、この試合が如何に高レベルの物なのかを物語っていた。
得点は世宇子中が三点差でリードしている。しかし、油断できないのが雷門の爆発力。試合の最中でも進化し続ける彼らの力は、優勢を保っていたはずの数々の強豪達を打ち破ってきた実績がある。
ここにきても、雷門はまだ成長を続ける。
最初は蹂躙されるのみであった雷門は徐々に、しかし確実に、神の力を手にしたと豪語するに相応しい能力を持った世宇子に追い付いていた。
認められない認めたくない。私たちは神なのにどうして人間風情が抵抗できる。戸惑いから始まる感情は疑念へ、やがてはあり得ない筈の不安を産み出す。
―――負けるのか、自分達が?
優勢だった状況が追い付かれていく。どれだけボロ雑巾のように蹴散らしても立ち上がり、彼らの目に宿る闘志は燃えたまま。理解し難い存在の出現に、世宇子中の選手は神としての振る舞いすら忘れ、雷門を下等な人間としてではなく、無意識の内に対等な敵として迎え撃つ。迎え撃たざるを得なかった。
「負けるものか………勝つのは、私たちだぁぁぁっ!」
必殺技により巨人と化したGK、ポセイドンの『ギガントウォール』を打ち破り、炎纏う不死鳥がボールと共にゴールネットを大きく揺らした。
「ゴ、ゴォォォール!!『ザ・フェニックス』が決まったぁぁ!ここにきて雷門、点を取り返し同点!勝負の行方は分からなくなってきたぞ!」
角馬の実況に会場が沸く。
試合は既に後半へ入り、残り時間も少なくなっている。決着が近づくにつれ、会場のボルテージは正に最高潮へ昇っていた。
◆
歓声が響く中、険しい表情で彼らの戦いを観戦する者がいた。観客席やベンチからではなく、薄暗く巨大なモニターが設置された部屋だ。
「どういうことだ?」
これまでにない不快感を露に、かつての帝国学園の総帥にして、サッカー会の裏を牛耳ってきた男――影山零治が呟いた。
試合において、雷門はろくな抵抗が出来ないまま敗北し、世宇子は圧倒的な勝利をもって終わりを迎える。それが彼の立てたシナリオだ。裏では様々な手を回し、確実な勝利を得るための秘策も用意した。
計画は上手くいっていた筈だ。
影山の指導と秘策により、世宇子は自ら育て上げた帝国イレブンすら再起不能にまで追い込み、ここまでの試合全てを無失点かつ、対戦相手を試合続行不可能という状態にして勝っている。ならば、今や帝国学園とそう変わらない実力を得た雷門とて、同じ結果になると、そう予測していた。
だが、そうはならなかった。
「何故………いや、なるほど。貴様の仕業か、弐池」
この状況を生み出した戦犯だろう者の名を呼べば、背後にこれまで感じなかった人間の気配が現れる。
「ええ。その様子だと、確信までとはいきませんが、薄々は感づいていたようですね。ですが、私はここまで逃げ切り、目的を果たせた」
姿を表したのは、世宇子中の指定ジャージを着た少女。世宇子中サッカー部のマネージャー、影山が弐池と呼んだ人物であった。
「どういうつもりだ。お前のやっている事は世宇子を裏切る行為に他ならない。仲間を裏切り、雷門に着いたか?」
「裏切ったのは認めます。ですが、私には雷門との繋がり、ましてや彼ら個人との付き合いすらありません。彼らとは今日が初対面です」
ふっ、と不敵な笑みを浮かべた弐池は心外だとばかりに肩をすくめ、言う。
「私はただ、世宇子に完全にして完璧なる勝利を捧げたい。それだけです」
「ほう」
弐池の言葉に、影山から発せられる威圧感が強くなる。
――どの口でそれを言うか、白々しい。
周り全てを凍らせそうなほど、冷たい声。首もとに鋭利な刃物を突きつけられているかのような重圧に、弐池は後退りそうになるものの、耐え踏みとどまった。
「それは、貴様がこれまで行ってきた行為と矛盾するのではないか?私の計画通りに事が進んでいれば、世宇子の存在は勝利と同時に、彼らの絶対的な強さをサッカー史に刻み付けられるだろう。それを邪魔する事が、貴様の掲げる完璧な勝利に繋がると?」
その通り、と弐池は頷く。
「それこそが私の目指す完璧な勝利。私が彼らに与えたい栄光です。
―――『神のアクア』などという偽りの力を借りた勝利など、私は絶対に認めない」
そこまで聞いて、ようやく会話をするに値すると判断したのか。影山は椅子を回転させ、笑みを消し己を睨む弐池と向き合った。
『神のアクア』
無味、無臭、無色と、見た目こそ水と全く変わらない液体でありながら、摂取した人間のあらゆる能力を限界以上にまで引き出す薬。
これまで無名の学校でしかなかった世宇子中に、最強と名高い帝国すら容易に下せる力を与え、同時に彼らが「己は神の名を名乗るに相応しい存在である」という思想と傲慢さを生み出すに至った、弐池にとっては実に忌まわしい代物である。
『神のアクア』を一言で表すのならばドーピングだ。
それも、後々になって使用者に重いデメリットを与える危険な代物。
人間の肉体は普段は100%ある能力の内、5分の1程度しか使われていない。試合など、闘争心の刺激でリミッターが外れれば、100%に近い能力、もしくは100%まで能力は引き出せるが、いつまでも延々と出し続ける事は不可能だ。
リミッターがかかっているのは肉体の負荷を無くすため。ならば、その枷が外れたままになればどうなる?
自分より大きく重いものを指一本で支えられるだろう。
軽く跳躍するだけで大人すら見下せるほど高く飛べるだろう。
何時間だろうと疲れを知らずに走り続けられるだろう。
けれど、人には過ぎた力の代償はあまりに大きい。
限界を越えた力は使用者の肉体に深刻なダメージを与える。骨が軋み、筋肉が千切れ、最悪は二度とスポーツが出来なくなる可能性だってあった。
正直、世宇子の面々は長期に渡り『神のアクア』をまともに摂取し続けているにも関わらず、未だに副作用や後遺症のひとつもないのが奇跡だったと言える。
そんな奇跡のタネは、影山がとるに足らない存在として放置した弐池の存在だった。
『神のアクア』を使えば肉体と社会、両方のサッカー人生の破滅が待っている。だからこそ、全ての試合で事前に用意されていた『神のアクア』とただの水を入れ換えた。
「本当に、本当に長く苦しい戦いでした」
弐池は『神のアクア』がもたらす結末が何であるのかを察した瞬間、彼らのサッカーを守るべく行動を開始した。
「貴方の目を掻い潜り目的を達成する。とても大変でしたよ?摂取させる『神のアクア』の濃度を少しずつ減らし、最終的にはただの水とすり替えた事。練習毎に記録されるデータの改竄。一番の懸念は、本人たちが『神のアクア』を摂取した際に違和感や不信感を抱かないかでしたが……なんとか誤魔化せていたようで安心しました」
「まさか、これだけの事を……単独で行っただと?」
「当然です。貴方を敵に回すとなれば、協力者を作るのは非常にリスクが高い。仮に協力者を作れたとして、その人物が貴方の回し者である可能性も捨てきれないので」
かつてスパイとして雷門に潜り込んでいた冬海や、今は改心し雷門の仲間としてフィールドへ立つ土門のように。だから一人で全てを計画し、実行した。そうすれば失敗したとしても、排除されるのも責任を負うのも自分一人で済むからと。
「すでに試合は後半に入りました。今さら皆に『神のアクア』を摂取させるよう指示を送ったとして、この残り時間で『神のアクア』の手配が間に合いますかね?まあ、それも多少強引な手段を使ってでも阻止させて貰いますが」
暴力に訴えてでも止めるつもりでいるらしいが、ここまで計画を破綻させられたとなれば、影山としてもこれ以上見苦しい真似はしない。
「あくまでも正々堂々での勝利を望むか。『神のアクア』に頼らねばフットボールフロンティアを戦い抜けない無名の学校が、実力のみで勝てると?」
「いいえ」
意外にも、返ってきたのは勝利を否定する一言。
「なんだと?」
「皆には勝って欲しい。けれど、何度も言うように私の最終目標は彼らのサッカーを守る事。試合の勝敗にまでは関与しないつもりです。だから、後私に出来る事は、皆の勝利を祈るのみです」
『神のアクア』を使用しなければ試合に勝てなくとも、彼らのサッカー人生は破滅はしない。ドーピングに手を出した卑怯者、サッカープレイヤーの面汚しという不名誉を被らずに済む。来年のフットボールフロンティアや高校サッカーといった未来の道も絶たれない。けれど、それはあくまでも弐池の勝手であり、彼らの総意ではない。
「馬鹿な……その選択はあまりに愚かだ。お前は何も得られない。いや、むしろ失う事になる」
仲間の意思を無視したやり方は最善であると同時に、間違いなく悪手でもあった。
「お前がどれだけ彼等と信頼関係を結んでいたとしても、この試合次第では亀裂が入るどころの話では済まんぞ」
勝利できればまだ言い訳もきくが、敗北してしまえばどうなるかなど火を見るより明らかだ。サッカー部の仲間が許したとしても、真実を知らないサッカー部以外の生徒や世間からの批判は避けられない。
仲間の勝利を妨害した最低のマネージャーとして名は知られ、最悪の場合、二度とサッカーに関わる事は出来ないかもしれなかった。
自ら転落への道を進んでいる弐池の目は、それでも決意に満ちていた。
「目的さえ達せられるなら、かまいません。それが私への罰だとして、甘んじて、受け入れます」
「………そうか」
サッカーを愛するからこそ、サッカーを捨てる。
矛盾を抱えた少女の姿は、かつての幼い頃の自分と一瞬だけ重なり、霧散した。
少しの沈黙の後、影山が口を開いた。
「その絆を失いたくないと思うならば、せいぜい奴らの勝利を祈るの事だ」
これまでと違い悪感情の籠らない影山の言葉に、弐池は驚き目を丸くする。恐らくは裏も何も無い、ほんの気まぐれの一言。それは、下手をすればモニターの音に掻き消されるくらいの小さな声量で、ようやく弐池の耳に届き、意味を理解して我に返った時には影山は背を向けていた。
もう語るべき言葉は無い。そういう事だろう。
それ以上の追求は止め、弐池もまた、彼らの戦いを見届けるべくモニターへ集中した。
※文章の一部を手直ししました
かなりどうでも良い設定
弐池 翼(にいけ つばさ)
元ネタはギリシャ神話の勝利の女神ニーケーより。
通称はニケ。世宇子中のマネージャー枠。
幼い頃は「大きくなったらフットボールフロンティアに出場するんだー!」と必死になってサッカーの練習をしていたものの、フットボールフロンティアが中学生"男子"しか出場権が無いと知り、撃沈。とりあえずサッカーには極力関わりたいので、進学先の世宇子中にてサッカー部マネージャーとなる。
工作活動には必殺技を悪用しました。
影山 零治
イナイレ世界の陰謀は大体こいつのせいとか良く言われる。
弐池がコソコソと動き回っていたのは知っていたものの、マネージャー程度なら捨て置いて良いだろうと放置していた結果、弐池の妨害によって計画を台無しにされる。その後の流れは原作と同じになるので、実際の所そこまで痛手を受けていなかったりする。
世宇子イレブン
原作よりはややマイルドになったが、神として振る舞い他者を見下す傲慢さは健在。
弐池の必死の工作により、『神のアクア』無しでも地味に原作同等のレベルまで強化されてたりする。
公式試合では『神のアクア』を一切使用していないため、アウターコードであったような批判記事や悪評は存在しない。
弐池の行動を許したのか、それとも罰したのか。
それは彼等のみぞ知る話である。