古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第133話

 プランの街の代表に会う為に案内されたのはモア教の教会だった。

 教会の周辺には領民が溢れていて怪我人も多く居る。オークに襲われたのだろうか?

 完全武装の僕等が現われても暗い視線を向けるだけで、特に何かしようとも思わないみたいだ。

 無気力で無関心、門番達とは違う対応に戸惑う。これは希望を見失った連中に良く有る態度だと思う。

 教会入口の扉は解放されていて内部には大勢の人達が集まって座っている。老若男女共に居るから周辺の村から避難してきたのだろう。

 だが働き盛りの若い男達も多く居るのは何故だろうか、普通は避難してきた家族の為に何かしないかな?

 

「これはこれは、この様な寂れた教会にお越し頂き有り難う御座います。私が臨時で代表を務めるフィリップと申します」

 

 出迎えてくれたのは背中の曲がった老人だ、頭髪は真っ白で顔は深い皺で覆われている、多分だが男性だろう。

 権杖が無ければ歩く事も難しそうな……

 

「ニレの村の生存者を連れて来た。近隣で一番大きな街と聞いたが寂れてるな。他の討伐隊はどうした?」

 

「他の方々はシルク山の奥へと行かれました。オークを生み出す魔境と言われてます」

 

 オークを生み出す山だって?

 

 それって敵の本拠地、ビーストティマーの居る渓谷の奥の事じゃないか?

 しかも繁殖を匂わす様な言い方をしたぞ。

 何故、フィリップ司祭はエムデン王国の諜報部隊が苦労して調べた事を知っているんだ?

 デオドラ男爵を横目で確認するが目を細めてフィリップ司祭を睨んでいる。同じ結論(疑わしい)に至ったのだろうな。

 

「その魔境について詳細に教えて下さい。僕等も応援に行くべきでしょう」

 

 先ずは彼から情報を引き出す事にする。未だ他にも色々と知っていそうだから……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 フィリップ司祭自らが代官の屋敷に案内してくれた。プランの街の代官は最初のオーク襲撃の時に殺されて後任は未だ来ない。

 仕方なく街の有力者たるフィリップ司祭が代表という形で纏めている。だが一番怪しいのが本人だ。

 

 エムデン王国の諜報部が掴んだ情報を正確に知っていて、ラデンブルグ侯爵とニーレンス公爵の精鋭部隊をその場所に送り込んだ。

 しかも攻めるには地形的に厳しい渓谷からのルート、待ち伏せされたら非常に不利な戦いを強いられる。

 

「主(あるじ)が不在故に何もお持て成しが出来ませんが部屋は沢山有りますので……」

 

 わざわざフィリップ司祭が案内してくれて鍵の束まで渡してくれた。不在時の管理を任されているのだろう。

 直ぐにグレッグさんと荷駄隊の連中が夕食の準備とベッドメイクをしてくれる。

 大広間に全員の夕食が用意されたのは、フィリップ司祭が帰ってから三十分後だった……

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 デオドラ男爵家風野戦食、前に何度かウィンディアに食べさせて貰ったが凄いボリュームだ。

 コンソメと塩胡椒のみで味付けされた山盛りのスープには野菜の塊がゴロゴロ入っているし、サラダはレタスを半分に割った物。

 堅焼きパンもブロックみたいなチーズもテーブルに山盛り。

 質素だが味は良いしボリュームも多い、だが僕は少食の部類だから辛い。

 

「毎回思いますが凄いボリュームですね」

 

「男ならこれ位は普通だろ、腹が減っては戦は出来ぬぞ」

 

 僕の座るテーブルには四人、デオドラ男爵とウォーレン隊長とケン隊長だ。

 皆さん黙々と食べているが見ているだけでお腹が一杯、スープとサラダだけで限界に近い。

 ある程度お腹が落ち着いてから今後の対応を打合せる。

 

「フィリップ司祭ですが、信用出来ない部分が有ります。敵の本拠地を知っていて不利な道程を教えている、迂回路が有るのにですよ」

 

 国家の諜報部隊が調べて来た事を一介の司祭が知っている、地元では公然の秘密だったのか?

 

「最短距離だからじゃないか?迂回路は国境を侵すから勧め辛いだろ?」

 

「既にラデンブルグ侯爵とニーレンス公爵の部隊が向かったのが問題じゃないか?俺等も急がないと先を越されるぞ」

 

 前者のウォーレン隊長の意見も一理有る、確かに国境侵犯を勧めるのは問題だ。

 後者のケン隊長の意見だが、僕はラデンブルグ侯爵やニーレンス公爵の精鋭部隊は深刻なダメージを受けているんじゃないかと心配している。

 このプランの街だが一寸した城塞都市だ、僕等が通って来た門も頑丈だったしオークが攻めて来ても門を壊すには時間が掛かる。

 矢倉から攻撃すれば早々落ちる事はないだろう。だから警備兵の質の低さが疑問だ、守りに徹すれば被害は少ない。

 なのに代官は早々に殺されて後任は来ない、何故だ?

 

「このプランの街ですが籠もれば早々落ちる事は無いのに警備兵は素人同然、避難民の若い男達は警備に参加していない。

代官が早々に戦死しているのに後任が未だ来ない、色々と変じゃないですか?」

 

「確かにな、領主直轄の警備兵が居ないのは何故だ?オークを討伐に行って全滅は考え辛いな……

普通は損害が三割を超えれば大敗だから退却を考える、一兵も残らず全滅は考えられない。

例え全滅に近くても報告の為に何人かの伝令は逃がすのが指揮官の務めだ、情報を疎かにする奴は居ない」

 

 デオドラ男爵の意見は正論だ、指揮官になれる者が、そんな初歩的な間違いはしないだろう。

 仮に不意討ちされて全滅に近いとしても一人位は切り抜けられるだろう。

 

「代官が殺された責任を取るのが嫌で生き残りが逃げ出したのでは?」

 

「指揮官が倒されたら部隊は崩壊するだろうな……」

 

 傭兵や雇われ兵士なら十分に考えられる、責任を負わされるなら逃げ出す可能性は高いし指揮官が死ねば部隊は崩壊する。

 だが領主から派遣される代官の指揮する兵士は余程の事が無ければ逃げ出さない、現に街は無事だ。

 普通は後任の代官が来るまで街を守る使命を全うする筈だし、何時まで経っても後任が来ないのも不思議だ、不思議で不可解過ぎる。

 

「ラデンブルグ侯爵が討伐隊は送り込んだのに代わりの代官を送らないのは変です、僕は報告が行ってないか途中で途絶えたと考えます。

フィリップ司祭は奴等に協力しているのではないでしょうか?」

 

「プランの街を餌に討伐隊をキルゾーンへ送り込む、それも考えられるが可能性でしかない。

ケンよ、ライル団長に伝令を出せ!プランの街に立ち寄る様にな。

聖騎士団本隊を囮に俺達は背後に回る、あの渓谷でも七百人からの部隊なら負けないだろう」

 

 デオドラ男爵が方針を纏めた、僕等は当初の予定通りに敵本拠地の背後から攻める、聖騎士団本隊を囮に使う。

 確かにライル団長以下聖騎士団員が百人近く居るのだから戦力としては十分だけど、インゴは大丈夫だろうか?

 

「しかし僕等の事も相手には知られていると考えれば、渓谷から攻める連中の中に居ないと別動隊を警戒されませんか?

それに本隊が到着するのは早くても明後日以降、それ迄の空白の期間はどうしますか?」

 

 何時までもプランの街には居られない、だが街を出れば行動は監視される筈だ。

 少なくとも武装集団が本拠地に向かった事はバレるだろうから、攻めてこなければ警戒する。

 奇襲とは相手が油断してるか此方の情報を知られてないから可能な奇策でしかない。

 

「余計な警戒を生むか……」

 

 皆が黙り込んでしまった、こういう時の副官なんだよな……仕方ないか。

 

「僕がゴーレムを率いて囮として渓谷に向かいます、数が同じなら例え監視されてても誤魔化せるでしょう。

仮にニーレンス公爵の討伐隊に何か言われても冒険者ギルドから依頼を請けていると言えます、デオドラ男爵はニーレンス公爵から警戒されてますから……」

 

 それに冒険者ギルドにはデオドラ男爵は顔が利く、オールドマン代表に頼めば架空の討伐依頼書を捏造してくれるだろう。

 一冒険者としてならニーレンス公爵の息の掛かった場所で行動していても建前的には大丈夫だ。

 

「確かにな、本隊を囮にしても俺達の存在はバレてれば警戒されるか?」

 

「ゴーレムを三十体操れるのならば伝令で減った人数と釣り合うな、資機材も空間創造に収納してるから大丈夫だな」

 

「だが副官の負担が大きい、何人か同行させるべきだ!」

 

 反対意見は無い、僕の危険度を心配してくれてるだけだ。

 だが効果的ではある、デオドラ男爵家の精鋭部隊を分けるのは愚策、僕は今回追加された副官だから別行動をしても連携とかは関係ない。

 それにゴーレム兵団の運用は下手な連携を強いられるよりは単独行動の方が気が楽だ。

 

「デオドラ男爵、僕は一人でも大丈夫です。見事に囮役を演じてみせましょう」

 

 両手を組んで暫く天井を見詰めていたデオドラ男爵が頷いた、方針は決まったという事だ。

 

「無理はするな、適当になるべく遅く進軍しろ。距離を考えれば出発して五日目の早朝に敵の本拠地に攻め込む、時間を合わせて敵を引き付けるんだ」

 

「了解しました、五日目の早朝に渓谷から敵の本拠地に攻め込みます」

 

 その後、細かい打合せを行い日付が変わる前にベッドに倒れこんだ。

 空間創造から資機材をグレッグさん達の荷駄隊に引き渡したり地図の写しを貰ったりと色々と準備は大変だった。

 

「久し振りのゴーレムによる団体戦、囮役として派手に暴れるか……」

 

 何だかんだ言ってもデオドラ男爵に毒されているのかも知れないな、転生前より好戦的になっている気がするよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝、教会を訪ねてフィリップ司祭に代官の屋敷の鍵を返しながら敵の本拠地に渓谷を通るルートで進軍すると伝えた。

 その時にフィリップ司祭の表情の変化に注目したが全く変化は無し、皺くちゃの目を見開くことはしなかった。

 端から見れば心配している様にも達観している様にも見える、貴族様には何も言えないとも取れるが……

 昨夜と同じ様に無気力な避難民達に見送られながらプランの街の中を歩く、昨夜の内にニレの村で助けたオーガスさんは解放した。

 私財を全て失った彼の為に一週間分の食料を渡しておいたが大丈夫だろうか?

 このプランの街は避難民達に炊き出しや配給をしている感じがしない、指示する代官が居ないから当然かも知れないが、仮にも街の代表でモア教の司祭が何もしない訳は無い筈だ。

 

「此処の領民は無気力過ぎるな」

 

「住んでいた街や村を追われた人達ですから仕方ないです、復興は領主の仕事で僕達は原因を速やかに排除する事しか……」

 

 ああ、子供達が遊びもせずに道端に座っているだけなんて。

 僕の空間創造には大量の食料が収納されている、転生前に五百人の魔導兵団員が三食食べて一ヶ月保つだけの軍用食が有る。

 だが今の僕はデオドラ男爵の副官、勝手な真似は出来ない。

 僕の情けない顔を見たデオドラ男爵がため息をついてから肩を叩いた。

 

「そんな悲壮な顔をするな!グレッグ、中央広場で炊き出しをするぞ!

俺達が解決するまで数日掛かる、その間は腹一杯にしてやるぞ。

ウォーレンとケンは配下を使って街中に伝えろ、俺とリーンハルトはフィリップ司祭に話に行く」

 

 一礼して皆が走り出して行く、一時の満腹感を与える事は偽善者と罵られるかも知れない。

 だが避難民達は今食べなければ倒れてしまう程衰弱しているんだ、今腹一杯食べれば僕等が敵を倒す迄は生き延びてくれる。

 今を生き延びてくれれば何とかなるだろう、良かった……

 

「デオドラ男爵、有難う御座います」

 

 勢い良く頭を下げる、偽善でしかないかも知れないが多少なりとも関わった人達の為になる事が出来る。

 愛を司り大切にする教義を持つモア教の教徒でもある僕としても嬉しい事だ。

 

「礼は要らん、施政者としての義務だ。ライル団長が来ても同じ事をするだろう、だからお前の為じゃない、勘違いをするな」

 

 そう言いながらも厳つい手で頭を乱暴に撫でるのは止めて欲しいです。

 この人はオーガー(戦鬼)みたいな時も有れば武骨な優しさを見せる時も有る不思議な人物だ。

 パトロンとしては最高の人だったと今更ながら感謝の心で一杯になった!


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