フェイト・テスタロッサはマダラキ・コウの事が好きだ。
大好きだと言っていい。
なのはとどっちが好きかと聞かれたらかなり困ってしまうぐらいには好きだ。
そのなのはからは最近フェイトちゃんはちょろいだとか、ダメ人間製造機だとか言われるがとんでもない話だとフェイトは思っている。
別に誰彼構わず受け入れて甘やかすようなつもりはないし、好意を持った相手に対して大小の差はあれど、お世話をしたいとか甘えて欲しいとか、守ってあげたい尽くしてあげたいと思うのは当たり前ではないだろうかとフェイトは思っている。
実のところそれが素直に受け入れられないなのはの方こそ、子供じみているとすら密かに彼女は思っていた。
(なのはったら未だに勝負事には手を抜けない性格だし……照れ屋のくせにすぐ格好つけたがるし……ちょっと中二病入ってるし……)
なのはの駄目エピソードぐらいフェイトの記憶のアルバムにはいくらでもあるのだ。
だがそれは今重要ではないのでしまっておくことにする。
重要なのはフェイトが好意故にコウの我儘を受け入れているということだ。
だから彼女は今まで大抵のことは笑って受け入れてきた。
とんこつラーメンの研究だ!
などと言い出したコウが何日もスープを煮込み続け、家具はおろかフェイトの替えのスーツまでとんこつの匂いが染み付いてしまった時さえも彼女は笑って許した。
自分の部下である執務官補佐のシャリオ・フィニーノ陸士に変な目で見られても全く気にしなかった。決して毎日とんこつの匂いを漂わせて出勤してくる事をシャーリーに不審がられているのに気付かなかったわけではない。
捜査となれば優れた観察力を発揮するのに日常ではどうしてこうもポンコツなんだろうと自分の補佐に思われているのにも気付かず、久々に日本風の本格らーめんが食べれて嬉しいなぁ等とご機嫌だったわけではないのだ。
ともかくフェイトは普通の人だったら怒り出すような事をコウにされても気にしない。
だがそれにも例外はある。
そう、彼女にだって我慢できない事と言うのは存在するのである。
(だいたい私が毎日忙しく仕事をしてるっていうのに、コウったら毎日遊んでばかり……)
きちんと結婚した上で主夫だというのであればその関係は対等と言えるが、ただ居候をして養ってもらいながら好きにしているだけのコウでは彼女の機嫌を損ねることは許されない。
(私だってもっと一緒に遊んだり食事に行ったりしたいのに。もっと親密になりたいのに……)
だと言うのにコウはフェイトにとって我慢ならない部分に踏み込んでしまったのである。
(それなのに私を差し置いて二人で……)
あ、おい! てめートゲ甲羅ははんそくだろ!?
「知りませんね。マ○ヲカートはルール無用でしょ?」
やめろー!!
「……どうしてエリオは私じゃなくてコウとそんなに仲良くなってるの?」
おかしい。こんなことは許されない。
フェイト・テスタロッサはそう思うのだった。
エリオ・モンディアルはプロジェクトFと呼ばれる人間の記憶を転写する技術を用いて生み出された特殊なクローンである。
それは倫理的人道的な観点から違法とされる技術だったが、自分の息子の死を受け入れられなかった富豪のモンディアル夫妻はその禁断の技術にすがって息子を取り戻そうとし彼を生み出したのだ。
そして自分を両親から生まれたただの人間だと、疑いすら抱かずに何不自由なく過ごしていたエリオの生活は、ある日突然に終わりを迎える。
人工的に高い魔力資質を持った魔導師を生み出す計画……人造魔導師計画を研究する違法な機関の人間がエリオがプロジェクトFで生み出された存在であることを嗅ぎ付け彼の身を拉致しようとしたのだ。
しかもその際に彼は自分の出生の秘密を両親の目の前で聞かされ、そして信じていた両親はそれを否定するどころかやはり自分達の息子は死んでいたのだと言って諦め抵抗を止めてしまう。
だったら今ここで生きている僕は一体何だって言うんだ!?
僕は……僕は母さんと父さんの子供じゃ無いっていうのかっ!!
違法な研究者達に拉致されたエリオはそこで非人道的な実験を繰り返され……研究所を摘発した管理局によって保護された頃には、彼の心は荒みきってしまっていた。
皮肉にも望まぬ違法な研究によって自覚させられた高い魔力資質と「電気」への魔力変換資質。それを用いて暴れるエリオを保護施設の人員もどうしようもなかった所に、手を差し伸べたのがフェイトだった。
誰かの身代わりとして生み出されたのだとしても……いや、だからこそ私達は本当の自分に向けられた愛情を心の底で望んでいる。愛なき故に傷ついたからこそ、その傷は愛情でしか癒やされることはない。
そう考えるフェイトにとって、エリオを見捨てるなど考えられない事だった。
誰もそれをこの子に与えないと言うのなら、私がそれを与える。
彼の境遇に己の生まれを重ね見たフェイトは、文字通り体を張ってエリオと向き合い、その真摯で献身的な彼女の態度は少しずつエリオの荒れ果てた心を癒やしていった。
今現在、エリオが元の生真面目で素直な少年へと戻ることが出来たのは間違いなくフェイトの献身のおかげであると言えるだろう。
フェイトから直接相談を受けたコウでさえ、この件には立ち入らなかった。
ただフェイトの深い愛情と共感だけがエリオの心を癒やしたのだ。
そして精神的に立ち直ったエリオに対し、フェイトは自分と一緒に暮らさないかという話を持ちかける。以前に保護者になった相手に同じ話を持ちかけた時は固辞されてしまったが、今度こそと言う思いがフェイトにはあった。
何故なら先例であるキャロにとって、フェイト達は勿論恩人ではあったとしても彼女は別に人間不信になっていたわけではない。そもそもキャロは愛情なく生まれ育ってきたわけでもないし、故郷を追われる事になった事情も理不尽とは言え彼女自身は納得していたのだ。
制御できず持て余していた危険な力の問題さえ解決すれば、キャロはいかようにも生きる道を選べる立場だった。
仲良く三人で暮らし精一杯愛情を注ぐのだと意気込み鼻息荒く持ちかけたその話を、キャロにあっさりと「そこまでご迷惑はかけられません。私は大丈夫です。ありがとうございます」と笑顔で断られてしまった時のことはフェイトにとってちょっとしたショックだった。
むしろお前なんかと一緒に暮らせるかバーカ!嫌いだ!と罵られたほうがショックは少なかったかも知れない。
まったく屈託の無い笑顔でフェイトの提案を断り立ち去るキャロの後ろ姿に、フェイトはよろよろと手を伸ばしながら心中で叫んだのだ。
なんで!? め、迷惑なんかじゃないのにー!
今でもたまにそれを思い出してしまうフェイトであった。くすん。
しかしエリオは違う。
彼には自分が必要だ。今度こそ彼に本当の愛情を持って接する家族の暮らしが必要なんだ。そんな確かな手応えと強い決意を抱えて、今度こそうちの子にならないかとエリオに持ちかけたフェイト。
――――が、駄目っ。
再びありがとうございます。僕は大丈夫です。そんなご迷惑はお掛けできませんの3コンボを食らって彼女はKO負けを喫してしまう。
最早笑うしか無い……だが、彼女は諦めなかった。
都会暮らしは慣れないのでとさっさと自然保護隊へと就職を決めてしまったキャロと違い、エリオはその特殊な生まれもあってしばらくは管理局に保護される身分だという事をフェイトは把握していた。
だからまだまだチャンスは有る。
少しずつ仲良くなって距離を詰め、挽回を狙うのだ……と計画するフェイト。
そして彼女は忙しい仕事の合間を縫ってこまめにエリオの様子を見に行き、手土産も欠かさず、困ったことはないか、体調は問題ないかと常に気をかけ精一杯親身に接した。
そうして彼女が親身になればなるほどエリオからは尊敬と感謝の念を強め、ますます迷惑をかけないように早く自立しなければと思わせてしまっているのだがフェイトはまったく気付いていない。
(おかしい……私の計画ではもうエリオは私の弟みたいになっている筈だったのに何故か上手くいかない……)
そうしてフェイトの計画が空回りしている間に、暇だけは売るほど大量に持て余している1人の男が暗躍を開始する。
ご存知マダラギ・コウである。
彼はエリオがすっかり立ち直ったと聞くと彼の元へ顔を出し、どうせお前もただ保護されてるだけで暇だろう等と言って好き勝手に自分の遊びに付き合わせ始めたのだった。
最初は戸惑いを見せていたエリオも一緒に過ごす内にコウはただ自分が遊びたいだけだとわかると、身構えているのもバカバカしくなってしまったのかどうせなら自分も楽しんでやろうと彼と共に素直に遊びに興じるようになっていく。
そしてある日――――
「ただいまー」
「おかえりなさいフェイトさん」
普段とは違う出迎えの声。
だがフェイト・テスタロッサは焦らない。コウからエリオが遊びに来ることはちゃんと聞いてあるのだ。
「うん、いらっしゃいエリオ」
冷静に応えながらもその時フェイトのテンションはあがっていた。
きっかけは何にせよエリオが家に遊びに来るようになったのだ。これは計画の大きな前進と言えると彼女は考えいた。
だが次の瞬間彼女は大きなショックを受けることになる。
「コウー! フェイトさん帰ってきたよ~!」
おー、おかえりー。こっちも出来上がるからエリオ運ぶの手伝ってくれー。
「わかった~!」
(え、呼び捨て!? しかもなんか口調も気安い!?!?)
自分がこんなに頑張ってもまだ駄目なのに何故、とフェイトはその衝撃で目眩が起きそうになった程だ。
「え、エリオ……」
「……? フェイトさん、どうかしましたか?」
「こ、コウとは随分仲が良いんだね」
「え、そんな事ないと思いますけど。普通ですよ」
「そっか、普通かぁ……よく一緒に遊んでるの?」
「そんなでもないです。一緒に遊ぶのはコウが誘ってきた時ぐらいで……」
(聞き間違いじゃない。確かにコウって言った。私はフェイトさんなのにコウって言った)
最早フェイトはエリオの言葉を聞いておらず、ただその呼び方だけを脳裏に反芻していた。
この日、彼女の心には燃え盛るコウへの怒りの炎が宿る事になる。
以来、彼女は自分も連れて行けと強引に二人の遊びについて行ったりしたのだが当然ながらエリオが尊敬する"フェイトさん"を呼び捨てにするような事になるはずもなく、しかも無職のヒモニートであるコウがフェイトの仕事中にエリオを誘うと彼女にはどうしようもないのだ。
「こんな筈じゃなかったのに……」
フェイトの計画、ぷろじぇくと・ふぇいとの完遂は……遠い。
おまけ フェイトのなのはメモリー
なのはの勝負事への熱の入り方はちょっと普通じゃないとフェイトは思っている。
自分だけがそう思うのだろうかと思って彼女は昔はやてにも相談したことがあるが、彼女も同意見だったのでやっぱりそうだよねとフェイトは深く頷いた。
それが模擬戦でという話ならまだわかるのだ。
教導中に自分の能力を制限し、想定したハードルを相手が超えられたらギリギリ自分に勝てるという想定で散々に教育中の部隊を叩きのめす。
これはわかる。そもそも教導隊の仕事とはそういうものだろうとフェイトも思う。
しかし相手部隊がめげずに試行錯誤を繰り返し、問題点を解決し、やっとなのはにその刃が届く……となった時にたまたま新しいカウンター戦術を思いついたので思わず迎撃して全滅させてしまった……なんて話を聞いたときには思わず呆れてしまった。
まぁそれでもなのはだし模擬戦での話だから―――
(いや、やっぱり酷いよね)
そこは素直に負けてあげるべき所だろう。
居酒屋でその話が暴露された時、なのはは「ハンデを付けるのは良いけど勝てる手があるのにわざと負けることなんて出来ないよ~」とか言い訳していたが、フェイトとはやてどころか同じ教導部隊のヴィータだって彼女の事を白い目で見ていた。
しかしフェイト自身も実戦の場に立つ人間であったので、いざ戦いとなれば常に勝利の手を模索し咄嗟の時は反射で最適な動きをしてしまう、というのは実のところわからないでもなかい。
だから内心ちょっと引いたけど、そのことは彼女にもぎりぎり理解できる範疇だった。
しかしなのはの負けず嫌いは別にそういった場面に限ったことではない。
(私、あの顔未だに覚えてる……)
フェイトが思い出すのは闇の書事件が解決した少し後、彼女がなのはの家にお泊りをさせてもらった次の日曜日の朝の出来事だ。
二人で散歩に出かけた彼女となのはは、たまたま公園で老人達とゲートボールに興じているヴィータと遭遇した。
近所の老人たちに可愛がられている様子を二人に見られたヴィータは少しバツが悪そうだったが、それでも話は弾み、そして二人も少しゲートボールに交ぜてもらうことになったのだ。
と言っても経験も無いしルールもよくわからないので上手く出来るはずもなかったのだが、ゲートボールはチーム制の競技であったためチームメイトとなったヴィータや他の老人のフォローが的確だった事もあり二人は楽しく遊ぶことができた。
そしてゲーム終盤、運の良さも味方して自分達のチームの勝利がほぼ確実となった時にそれは起こった。
ちょっとしたなのはのミスプレイから相手の攻撃がはじまり、それが奇跡的に怒涛の連続攻撃となってまさかの大逆転を許してしまったのだ。
かなり珍しい逆転の仕方になったらしく、これには双方のチームが驚きこんなことあるんだなぁと笑っていた時のことだ。
フェイトも一体何が起こって逆転となったのかよくわからなかったが、めったに起こらないような珍しいことが起こったのだということは周りの反応から理解できた。
「なのは、なんだかすご……」
その親友にかけようとしたフェイトの声が思わず止まってしまうぐらい、なのはは暗殺者みたいな物凄い目つきで逆転劇のきっかけとなった己のミスプレイでアウトボールとなった球を睨みつけていたのだ。
手にしたスティックも折れるんじゃないかと言うぐらいに力いっぱい握りしめていて、フェイトはなのはに声をかけるのを断念せざるを得なかった。
別にたまたま参加しただけのゲームぐらい負けたっていいじゃん!とはとても言えない形相である。
(なのはって……もしかしてちょっと変なのかな……)
フェイト・テスタロッサはこの日初めて自分の親友の性格に疑問を抱いたのであった。
高町なのは。
勝負事に於いて『手を抜く』『わざと負ける』『自分のミスで勝負を台無しにする』は絶対に許せない女である。