カースド・プリズン・ブレイカー ~栗きんとん、開錠に挑まんとす~   作:ターニャ・オルタ

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アナタの名前を教えて

―――いつかの時代、何処かの場所

 

『世界五分前仮説、というものを知っておるか?』

 

問いかける男の声があった。

枯れた老人のような、それでいて若者のように張りのある声で、年齢は判別できない。

ただし、スピーカーから響く音のように、余計な音がこそぎ落とされた平坦な声ではあった。

 

『アー…コノ世界ハ、誰カガ五分前ニ作ッタモノカモ知レナイ、ダッタカ?』

 

答える声は、ボイスチェンジャーでも使っているのか、ひどく機械的で、もはや男か女かの判別すらできない。

 

『よく知っておるな』

 

Ms.プレイ・ディスプレイ(クソテレビ)ガ流シテタ、日本ノアニメ(cartoon)デヤッテタ』

 

『アニメ…』

 

微妙な沈黙を挟んで、男は言葉を続ける

 

『ともあれ、この仮説を反証することは出来ぬ』

 

例えば、五分より以前の記憶があったとして。

五分より前から動いているストップウォッチがあったとして。

その時計も、記憶すらも何者かに「五分より前からある」ものとして作られたものではないのか?

このように全てを疑い続けるならば、最終的に世界五分前仮説を覆す証拠を示すことは不可能。

 

『ダガ、コノ世界(ユニバース)ハ、誰ガ作ッタカハハッキリシテルジャナイカ』

 

この世界に生きるものならば誰もが知っている。

この宇宙は「だいたいあいつのせい」こと、全能存在ギャラクセウスが作り出したもの。

そして、ギャラクセウスが力を与えた、ミーティアスやハイドロハンズといったヒーローが実在する以上は、その存在を疑うことは思考実験にしてもナンセンスに過ぎる。

 

『だが、それは本当に正しい世界なのか?』

 

『ダカラ、ソノ実証スルタメノ「ソレ」ナンダロ?』

 

『ああ。しかし、このディメンジョン・リッパーを起動できうる唯一の存在たるカースド・プリズンは、既にこの宇宙から失われた』

 

『…ダカラ、私ガ過去ヘ行ク必要ガアル』

 

『左様。オヌシ以外にこのミッションを成し遂げられる者は居らぬ。故に、ディメンジョン・リッパーと、鍵たるこの武器をオヌシに託す』

 

そうして差し出されたのは、極小の機械と、形容しがたい武器。

継ぎ接ぎしたような材質で形作られたソードオフ・ショットガンの銃床に、斧のような刃物が装着されている奇妙な構造。

強いて比するならば、火縄銃全盛の時代、弾切れ時の白兵戦にも対応させようと作り出された白兵戦用複合銃(ホイールロック・ウォーアックス)

 

それらを受け取りながら、機械仕掛けの声は告げる。

 

『フン、宇宙ダノ世界ダノハドウデモイイ。私ハ私ノ目的ノタメニ行クダケダ』

 

『それでよい。然れども』

 

『ハン?』

 

『過去へ赴く以上、元々の名を名乗るには障りがあろう。考えておるのか?』

 

『ソウダナ…ナラ、私ノ名ハ―――』

 

 

 

―――今より未来、北米大陸の何処か

 

仲睦まじく、追いかけっこをしている一組の男女が居た。

 

「おじ様ったら、待ってー!」

 

「誰が待つかァ!」

 

…もっとも、無邪気さや色っぽさは皆無の追走劇、あるいは逃走劇ではあったが。

 

「もー!おじ様ったら、なんで逃げるの?」

 

問いかける、追う側は流れるような金髪に快活さを印象づける小柄な少女。

服装は一見ブルーカラーのようであったが、よくよく見ればソレが戦闘に耐えうるよう作られた特別製とわかるだろう。

何より、その両手に握られた()()が、何より雄弁に少女が只人でないことを物語っている。

 

「なんでって、そりゃあ…」

 

答える、追われる側は異形であった。

身の丈は二メートルを優に超える偉丈夫。

その長身は拘束具の意匠が各部にデザインされた奇怪な鎧によって、肌の一部も見えぬよう覆い尽くされている。

声さえ聞こえなければ、男とすらわからぬ―――いや、機械(ロボット)とさえ見まごう姿。

何故なら、その全身には本来の鎧とは明らかに異なる、まるでそこらの機械から()()()()()()ような部品が散見されるからだ。

 

当惑げに答えを返そうとする男ではあったが、言葉を言い終わらぬ内に、両足に融合したタイヤを全力で反時計回りに回転させる。

車輪の生み出す運動量によって、猛烈なスピードで男がバックする。

その数瞬後、それまで男が居た場所に、少女が右手に握った()()()()を叩きつける。

 

「―――テメェが襲って来るから逃げてんだろうがガキンチョ!」

 

そう、少女は右手に非常用斧(マスターキー)を、左手にソードオフショットガン(マスターキー)を携えて男を追い回していたのだ。

大の大人でさえ両手で扱うであろうそれらを片手で軽々と振り回す膂力は、明らかに常人のソレではない。

 

少女の名はロックピッカー。

全能存在ギャラクセウスの力すら及ばぬ謎の存在「カオス」。

そのカオスが作り出し、数多のヒーローやヴィランを閉じ込めた街・ケイオースシティの住人として生み出された贋造物、偽りの人間(レプリコンポイド)

本来ならば個を獲得することなど無いハズだった彼女は、偶然か因果か、様々なヒーローやヴィランと関わるうち、とりわけ少女が「おじ様」と慕うヴィランとの運命的な巡りあわせの果て、己自身を「全ての鍵を開く」ヒーローとして確立するに至った。

…もっとも、近未来ピッキングツールやハッキングによる鍵開けも得手であるにも関わらず、最終的には両手の斧とシャッガン(マスターキー)による開錠、ならぬ壊錠を試みる有様なのだが。

 

そして、少女から「おじ様」と呼び掛けられ、先ほどから斧とショットガンに追い回されている全身鎧の男がカースドプリズン。

遥か太古の地球で生まれた彼は、全能の存在であるはずのギャラクセウスすら予期せぬイレギュラーであり、その力を危険視されて呪われた鎧の中に閉じ込められた。

以来、歩き回る自由はあれど、常にその身は牢獄に繋がれた囚人となったが故の呪われた牢獄(カースドプリズン)という呼称。

 

彼がその牢獄から脱する方法は、今のところ一つしか発見されていない。

それは、己を封じたギャラクセウス本人、ないしギャラクセウスから力を与えられた者と戦い、その力を奪うこと。

だからこそカースドプリズンは暴れる。今の彼に残された、破壊した物体を吸収して鎧を強化する能力を使うために。

車を破壊すれば、吸収したエンジンとタイヤによる走行能力を。

金庫を破壊すれば、分厚い装甲を。

そうして得た力でギャラクセウスやヒーロー達を倒し、本当の己の姿を取り戻すために。

 

暴れまわる彼はヴィランとしてヒーローと敵対していたのだが、他のヒーローやヴィラン同様ケイオースシティに閉じ込められた際、どういった運命の悪戯か、数度に渡って同じ少女を助けた。

助けられた少女が長じた後の姿が、誰あろう斧とシャッガンで彼へと襲い掛かるヒーロー、ロックピッカーである。

 

「そんな、おじ様ったら…私はただ、仮初めの存在に過ぎなかった私を救ってくれたおじ様への、せめてもの恩返しとして、その呪われた牢獄から解放してあげようと…」

 

「いや、斧で壊せば解けるような呪いだったら、こちとら何千年も苦労してねェんだよ…」

 

いくらか悄然とした様子で返すロックピッカー。

対してカースドプリズンは顔を覆う鎧で表情がわからないハズなのに「人は覆面越しでもここまで感情表現できるのか……」と思うようなウンザリとした様子で返す。

すると何を勘違いしたか、ロックピッカーはモジモジとしながら言葉を続ける。

 

「だって私の持つカオス因子は、『起こらない筈の可能性を0%から1%にする』んだから、もしかしたら何とかなるかも知れないじゃない。それに襲うだなんて…そういうのはもっとお互いの仲が深まってから、二人っきりの時に…」

 

「ヒトの話を聞けェ!」

 

「他人様の迷惑を一顧だにしないで暴れまわってるおじ様が言っていいセリフじゃないと思うけど?」

 

「ガキンチョが、大人の真似なくていいとこばかり真似やがって…」

 

「自分が教育に悪いという自覚はあるのね」

 

「俺様が教育に悪いという認識はあるんだな…大体、仲を深めるって何だ」

 

「だって、私ったらまだおじ様の名前さえ知らないのよ?」

 

「あァ?俺様はカースド…」

 

その言葉を遮るように、ロックピッカーは問いかける

 

「だってその名前、()()()()()()()()の名前でしょ?」

 

カースドプリズンとは、ギャラクセウスの呪いによって閉じ込められた、牢獄の囚人としての名。

対して、ギャラクセウスの力を取り込み鎧を脱ぎ捨て本来の姿を取り戻した姿は「プリズンブレイカー」と呼ばれる。

 

しかし、これは奇妙な話だ。

本来の姿を示す呼び名が、呪いから解放される事を前提としているというのは。

彼が鎧を脱げない呪いは、太古から続くものとは言え後天的なものでしかない。

 

「だから、おじ様の名前はプリズンブレイカーでもカースドプリズンでもない。鎧に封じられる前の()()()()()があったはずじゃないかなって」

 

顎に手を当てつつ、己の推論を語るロックピッカー。

ソレを聞いたカースドプリズンは、彼女から視線を逸らしながらぶっきらぼうに答える。

 

「フン…つまらねえ事を気にしやがる。そんな昔の事は忘れ―――」

 

「というわけで隙あり!」

 

「来ると思ったわバーカ!」

 

台無しである。

カースドプリズンが言葉を紡ぐところを狙って、再度非常斧(マスターキー)を振り下ろすロックピッカー。

カースドプリズンとてもはや読み切っていたのであろう、危なげない動きでその一閃を回避する。

そうして猫と鼠のごとくじゃれ合っていた両者。

二人の追いかけっこが辺りに破壊をまき散らす以上、もはや周辺には人っ子ひとり居ない

 

―――ハズ、であった

 

『オヤオヤ、ダンスノ相手ハ選ンダ方ガイイ。ソンナ小娘ハ放ッテオイテ、私ト踊ッテイタダケルカナ?』

 

「ッ!ガキンチョ!」

 

「おじ様?!」

 

忽然と、まるで()()()()()()()()()()ような何者かの声が響く。直後にパァンと乾いた発砲音。

咄嗟にロックピッカーの細身を掴み、己の影になるように引き倒すカースドプリズン。

突如として掴まれた彼女も、それでもまたヒーローの端くれ。あえて力には逆らわず、カースドプリズンに庇われるように倒れ込む。

直後、バヂヂヂッと、何かが連続して叩きつける音。

恐らくは敵の攻撃が、カースドプリズンの鎧表面で弾けた音で間違いあるまい。

 

ロックピッカーはカースドプリズンの背中に庇われながらも冷静であった。

なにせ彼に守ってもらうのは、一度や二度ではないのだから信頼感が違う。

そして襲撃者の武器に確信を抱く。先程の発砲音と着弾音。

間違い無い。何故なら自分もまた日常的に使っている武器。

 

(ソードオフ・ショットガン!音の感じから30メートルは離れている…)

 

ショットガンは、距離が近ければ音速を超えた衝撃波でバチン!という高い音になる。

さっきのような乾いた音になるのは、発砲した相手とはそれなりに距離が離れていることを意味している。

ならば何も問題ない。カースドプリズンの鎧にまともなダメージを与えるには、ショットガン程度の火力では接近戦で撃たなければ何の効果も無い。

 

ならば自分のやるべきことは自分のショットガンで応射して、反撃のスキをつくること。

そう思って、カースドプリズンの背中越しに襲撃者の姿を認識するため起き上がろうとして、ロックピッカーは気づいた。

 

自分を庇うカースドプリズンの体が()()()()()ことに。

 

「おじ…様…?」

 

震える声で呼びかけるも、返る言葉は無かった。

先程までショットガンの弾すら防ぐ堅牢さを持っていたカースドプリズンの体は、見る間に形を無くして、まるで最初からそこには誰も居なかったかのように、虚空へと掻き消えてしまった。

 

「な…んで…」

 

『成ル程。ヤハリ事前予測通リ、コノ時間デハカースドプリズンハ存在ヲ確立デキナイヨウダナ』

 

絶句するロックピッカー。

その視線の先、おじ様(カースドプリズン)が消えたことで視界に現れたのは、ショットガンを放ってきたであろう襲撃者。

その表情はフルフェイスタイプのガスマスクに覆われていて、伺うことは出来ない。そのマスクに変声機でも仕込まれているのか、声は機械変換されていて性別はわからない。

体の方は、明らかに生身ではない機械のソレ。機械(アンドロイド)か、義体(サイボーグ)か。

身長はさほど大きくはない。せいぜいが自分と同じか、少し高い程度。体のラインも華奢で、中身がどうかはともかく女性型であろう。

その右手には、先に銃撃してきたのであろうショットガン。奇妙にねじくれた、まるで寄せ集めた部材でくみ上げたかのような歪さで、銃床の部分には近接戦対策か刃物が仕込まれているらしい。

左手は顎に当てて、何事か考え込んでいる様子。

得られた情報の中から、該当するヒーロー・ヴィランは存在しない。

つまりは、未知の敵!

 

「誰だオマエ!おじ様に何をした?!」

 

油断なく構えつつロックピッカーは怒鳴る。

その声を聞いて、ようやく彼女へと注意を向けた謎の敵は、

 

『フム…後者ニ関シテハ、私ハ何モシテイナイ。ソシテ前者ニ答エルノデアレバ…』

 

機械で加工された音声でありながら、明らかに嘲りを含んだ口調でこう告げる。

 

『キサマガ「鍵をこじ開ける者(ロックピッカー)」ヲ名乗ルノデアレバ、私ハコウ名乗ロウ。私ノ名前ハ「鍵を打ち砕く者(ロックブレイカー)」ダ!』

 

「なッ…」

 

当てつけ、あからさまな挑発。

だが、激昂する感情とは別に、体は訓練された冷静さで、一瞬で相手の懐へ潜り込む。

 

『ムッ…』

 

虚を突いたかと思ったが、ガスマスクの奥で青く輝く目が、確かに自分の動きを追っている。

しかし関係ない。これから繰り出す技は、例えわかっていても防ぎようが無いのだから。

 

「強制解錠!」

 

ロックピッカーが、己の必殺技(ウルト)を発動させた。

 

 

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