カースド・プリズン・ブレイカー ~栗きんとん、開錠に挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
ロックピッカーが強制解錠のモーションに入る。
彼女の
メインのダメージソースたる爆弾こそ目を引くものの、この技において最も重要なのは関節技の方だ。
『起こらない筈の可能性を0%から1%にする』カオスの因子を持つ以外、彼女は特別な能力など無い。
シルバージャンパーやミーティアスのように、自由に宙を駆け回れるわけでもない。
PSYボーグ・ロイドやDr.サンダルフォンのように、超能力があるわけでもない。
ゼノセルグスのように、強靭な肉体があるわけでもない。
ティンクルピクシーやリキシオンのように、不可思議な術やアイテムを使えるわけでもない。
強いて言うならば、開錠のために、肉眼では確認できない部分まで構造的理解をする能力が人より鍛えられているという程度。
そんな彼女が、ヒーローやヴィランに並び立とうとした結果、選択したのが関節技だった。
何故ならば、関節技は
どれほどの巨体であろうと、どれほどの異形であろうと、それが生物であるならば可動部分というのは存在する。
さらに機械であっても、否、機械ならばこそ関節技は効果を発揮する。
通常、多関節のアームは本体部分から末端部分へと力を伝えて動作する。
これを逆に、末端部を操作または固定することで、本体部分からの動力伝達を阻害して動きを封じたり、場合によっては過負荷によって破壊することもできる。
乱暴な例えになるが、自転車で言えばペダルを漕いで、チェーンが動力を伝達、結果としてタイヤが動くのが本来の動作。
対してタイヤを動かす方向によっては、逆にチェーンを伝ってペダルを回転させることも出来るし、タイヤが固定されている状態でペダルを漕ごうとしてもタイヤは回らないし、無理に力をこめればチェーンが外れてしまう。
無論、彼女が対峙するヒーローやヴィランのような
しかし、可動部分が増えるということは、それだけ精密な制御が求められるということ。
逆に言えば、シンプルな構造以上に不具合を起こしやすいということだ。
であれば、余計に関節技の餌食ということに他ならない。
まして彼女は
普段こそ
常日頃、肉眼では確認できない構造を相手にしている彼女にしてみれば、可動部位を最初から見て取れる人体など、答えを教えてもらっているようなもの。
どうすれば動きを止められるかなんて、文字通り一目見れば理解できる。
加えて、この技における関節技は、破壊ではなく関節技の連続であることに意味がある。
あくまでダメージソースは最後に起爆する爆弾であり、関節を完全に固定したり破壊したりする必要がないため、一つ一つの関節技はごく短い時間で済む。
一つの関節技で相手の動きが阻害されている間に、
相手は最初の関節技に対処しようとしても、ロックピッカーは既に次の関節技に移行している。
そして次の関節技に対処しようとしても、さらに次の関節技が…と、次々と関節技が絶え間なく連続して仕掛けられれば、相手は対応の選択肢が飽和して身動きが取れなくなる
つまり、この技は物理的に相手の動きを制限するだけでなく、次々と連続して技を仕掛け続けることで対処を精神的にも縛るという、両面の攻撃なのだ。
これを初見で破ることはまず間違いなく不可能。
故に、どんな相手にも有効なこの技は、正体不明の相手を確実に制圧するには最適の選択ではあった。
事実として、技をかけられている最中、ロックブレイカーなる正体不明の敵は為す術がないように思えた。
ロックピッカーをして、これ以上ないという完璧な技のかかり。
相手の動きを止める関節技も、爆薬を設置する手際も、練習でさえこれほどスムーズに決まったことはない。
大切なおじ様を、何の手品か消し去られたことへの怒りが、自分に力を与えているのか?
否。
(
爆弾の設置を終えて、ロックブレイカーから飛び離れながらも、不信感がロックピッカーの頭をかすめる。
まるで相手が進んで関節技にかかりに来てくれていたような―――
(迷うな!)
ならば、ここで爆破を躊躇しても相手に対処の余裕を与えるだけ。
今は何より、この相手を制圧して、おじ様がどうなったかの情報を引き出さなければならない。
「喰らえ…!」
逡巡を振り切るように、起爆スイッチを押す。
響くのは爆音、ではなく―――
『練度ハ悪クナイ。ガ、コノ私ニハ通ジン』
機械で変換された、声。
そう告げながらロックブレイカーが握り込んだ手を開くと、そこからパラパラと落っこちるのは、ロックピッカーが仕掛けた爆薬に差し込まれていたハズの雷管。
それが意味するのは
「まさか、私が爆弾を設置する間に…!」
『ソウダ。キサマノ関節技ハ全身ヲ同時ニ拘束スルワケデハナイ。故ニ技ニ逆ラワナケレバ、固定サレテイナイ部位ヲ動カスコトハ不可能デハナイ。後ハ雷管ダケ引キ抜イテシマエバ、高性能爆薬デアロウト単ナル粘土ト変ワラナイ』
「そん…な…」
あり得ない。
理屈は理解できる。
理論上は可能であろう。
しかし、それを実行できるかと言えば話は別だ。
あの僅かの間に、こちらの関節技に逆らわず、動かせる部位だけで瞬時に雷管を引き抜く?
そんな芸当、事前にどんな技をどんな手順でかけられるかを知ってでもいない限りは―――
混乱し、動きを止めてしまうロックピッカー、そこへ
『一秒呆ケルトカ悠長過ギナイ?』
「しまっ…!」
我に返った時には、ロックブレイカーの両目に灯った青い光の軌跡が、己の懐まで飛び込んで来ていた。
この動きはまるで、先に自分がロックブレイカーに強制解錠を仕掛けた時と同じ。
咄嗟に反応しようとしても、もはや全てが手遅れであった。
ロックブレイカーの左手が彼女の腹部に添えられる。
『雷鳴』
「がっ」
恐らくは技の名前であろう、ロックブレイカーの機械音声が聞こえた直後、ロックピッカーの全身に激痛が走り、体が言うことを聞かない。足に力を入れることも出来ず、体ごと地面へと崩れ落ちてしまう。恐らくは相手を行動不能にする技なのであろう。喰らった感覚的には脳震盪に近いように思え、ほどなく動けるようになるであろうが、それまでは完全に無防備だ。
しかし、致命的な隙をさらしているロックピッカーへ、それ以上の追撃は無かった。
「何故…トドメを刺さない…?」
『フン…刺サナイノデハナク、
「な…に…」
かろうじて動く口で問えば、ロックピッカーの眼前で、虚空に歪みのようなものが生じていく。
『コレモ予測通リ。キサマガ保有スルカオス因子デ時空間ヲ繋グワームホールガ開ケバ、過去ヘト戻ルコトガデキル』
独りごちて、一切の躊躇なくワームホールへと歩んでいくロックブレイカー。
追いすがろうとするも、意気地の無い体はいまだ動いてはくれない。
「待て…お前は、何を…」
『何ヲ、カ…私ハコレカラ過去ヘ行キ、呪ワレタ
これ以上は説明する必要もない、と言わんばかりにロックブレイカーがワームホールへと近づいて行く。
すると、まるでそこには最初から誰もいなかったように、
恐らくは、その言葉通りに過去へ行った、そういうことなのだろう。
「ふざ…けるな…」
誇張抜きで、
おじ様と出会わなければ、自分は偽りの命として、虚ろな自我のまま、消えてなくなっていただろう。
それが個性を、己自身を与えて貰ったおじ様を消し去られて、黙ってうずくまっていられるような女だったならば。
「私は…ヒーローになんて、なってない!」
一声叫んで、己の体に喝を入れて立ち上がる。
ヤツは何もしていないとは言っていたが、おじ様が消えたことも「予測通り」と言っていた。翻ってそれは「何故消えたのかを知っている」ということ。
ならば
「あいつを取っ捕まえて、洗いざらい吐かせてやる…!」
過去へ行くとか、正直わけのわからないことばかりだ。
だが、同時にヤツは
そのワームホールと呼ばれた虚空の歪みは、依然として眼前に残ってはいる。が、先ほどよりも小さくなっているように思える。このまま手をこまねいていれば、いずれ消えてしまうように思われた。
ならば、やることは一つ
「待ってておじ様。今度は私がおじ様を助けるから」
己の持つカオス因子が、『起こらない筈の可能性を0%から1%にする』力が、自分を過去ヘと、ロックブレイカーの消えた先へと導いてくれることを信じて、ロックピッカーもまたワームホールへとその身と投げ込むのだった。