カースド・プリズン・ブレイカー ~栗きんとん、開錠に挑まんとす~   作:ターニャ・オルタ

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力士ニンジャ錬金術師

―――現代、北米大陸の何処か

 

「ムゥ、妖気…!」

 

言った男は、奇妙な…そう、奇妙としか言いようがない風体であった。

 

髪は頭頂部へと油で固められており、纏められた先端部は扇状に広がった形をしていた。これは古代から日本に伝わる力士レスラーの由緒正しい髪型である「オオイチョウ」である。ジャパニーズ力士レスラーは、この髪型を出来なくなったら引退せねばならないという鉄の掟が存在する、厳粛にして神聖な髪型なのだ。

 

顔は鼻から下が金属製のマスクで覆われており、体は動きやすさを重視したシルエットに、体の各所にメッシュ素材が用いられている。これは古代から日本に伝わるニンジャ装束と呼ばれるアサルトスーツである。顔を覆う金属マスクは「メンポ」と呼ばれ、酸素マスク、ガスマスク、サーモグラフィ等の多くの機能を搭載された万能マスクとなっている。ジャパニーズニンジャは暗黒の平安時代から、これらの機器を使いこなして日本を裏から支配していたことは日本人ならば誰もがご存じのことであろう。

 

そしてニンジャ装束の各所に設けられたマウントスペースには、常人では何に使うのか見当もつかない奇怪な道具の数々が括り付けられている。これらは錬金術に用いられる器具や薬剤である。目に見える部分に出ているものは戦闘中、即座に使用するためのもので、ニンジャ装束の収納スペースには、クナイやマキビシといった非人道ニンジャ兵器と共に他にも多くの錬金術アイテムが格納されている。

 

彼の名はリキシオン・コーガ・パラケルスス。

力士であり、ニンジャであり、錬金術師でもある彼こそは、日本に流れた錬金術士の血筋がニンジャ一族と混ざり合い、現代にサイバー漢方として開花した錬金術を用いて自己強化する力士ニンジャ錬金術ヒーローなのだ。

彼は研ぎ澄まされたニンジャ感覚により、己の小宇宙(ミクロコスモス)へと照応する大宇宙(マクロコスモス)に奇怪なゆらぎを感じ取った。

 

「イヤーッ!」

 

ニンジャシャウトと共にリキシオンは跳躍、見事な力士体型からは想像も出来ないような機敏なワイヤーアクションで妖気の発生源へと急行する。

冗談のような見た目とは異なり、彼は正義を愛し悪を憎むヒーローの心と、正義を行うにふさわしい実力とを兼ね備えているのだ。

そして、錬金術師にして哲学者たる遠祖パラケルススの流れを汲み、現代に錬金術とニンジャの秘奥を伝える彼は、思慮深く知性にあふれた人物であることは、多くのヒーローや敵であるヴィランも認めるところである。

 

すぐさま妖気の発生源を確認した彼は、警戒してやや距離を置いた場所へと華麗に着地する。

妖気の発生源は、虚空に生じた空間の歪みのようなものであった。

それを冷静に、万象を読み解く錬金術師としての観察眼で見つめるリキシオン。

 

「フム…時空間忍術に似た気配ではあるが、ワシの知るどのような術とも異なる。これは一体…」

 

より詳しく調べようと、彼が硫黄や水銀や塩といった錬金術(アルケミカル)ニンジャアイテムを取り出そうとした時であった。

空間の歪みが放つ妖気が強くなったことを感知した刹那、目前に忽然と人影が出現していた。

 

「アナヤ!」

 

『…リキシオン・コーガ・パラケルスス。コノワームホールニ最初ニ気ヅクノガアナタデアロウコトモ予測済ミダガ、ソレニシテモ早イナ』

 

感嘆の言葉を上げるリキシオンに対し、現れた人物は冷静に言葉を紡ぐ。

大抵の人間はリキシオンの姿を目にすると、何故か驚愕に支配されるのが常であるのだが、彼女は冷静であった。

 

そう、彼女。フルフェイスのガスマスクを被っていようと、全身が機械のサイバネボディであっても、リキシオンの優れたニンジャ観察力は現れた相手が女性であることを看破していた。

同時に、このような女性の心当たりはない。間違いなく初対面のハズなのだが…

 

「オヌシは何者だ?ワシと逢うたことがあっただろうか…」

 

『答エル義理ハ無イガ、ソノ賢智ヲ称エテ一ツダケ答エヨウ。私ノ名ハ鍵を打ち壊す者(ロックブレイカー)。閉塞シタ()()ヲ壊シ、()()ヲ変エル者ダ』

 

「何?!それはどういう…」

 

『答エルノハ一ツト言ッタ!』

 

問いかけるリキシオンを余所に、もはやこれ以上話すことは無い、と言わんばかりに正面から突っ込んでくるロックブレイカー。

咄嗟にリキシオンもまた戦闘態勢を取る。接近するロックブレイカーに対し、両腕で抱え込むようにしてその体を捉えようとする。

これは「打棄り(うっちゃり)」の構え!ジャパニーズ力士レスリングにおける48の必殺技(ウルト)のひとつ。絶体絶命の窮地からでも逆転を可能にするという奇跡の投げ技であるが、この技を使うには驚異的な瞬発力と足腰の粘りが要求されるため、現代の相撲においてはヨコヅナクラスでさえこれを使いこなす者はいないという幻の技である。

しかしリキシオンにとっては、この幻の必殺技さえ通常技に過ぎない。なんたるサイバー漢方により強化されたニンジャ瞬発力と脚力か!

並のヒーローやヴィランであれば避けえぬ致命の一撃、しかしロックブレイカーは両目を煌々と青く光らせながら、告げる。

 

『フォーミュラドリフト』

 

「何ッ?!」

 

リキシオンをして必殺の間合い、捉えたと思った刹那、目の前のロックブレイカーの姿が掻き消える。

否、そこには青い残光の軌跡が残されており、その先は―――

 

「背後?!」

 

『遅イ』

 

「グワーッ!」

 

リキシオンの巨体が、中空へと跳ね上げられる。一瞬意識を手放したリキシオンであるが、瞬時に臨戦態勢を整える。何たる思わぬ反撃にも揺るがぬニンジャ判断力か!クナイ投擲にて牽制射撃をせんと地上を振り向いたリキシオン。しかし

 

『凄マジイ背中ダ。流石ノ仕上ガリダガ…』

 

再び背後からの声。

驚くべきことにロックブレイカーは先の攻撃を繰り出した直後には、リキシオンが反撃態勢を整える間に再び背後まで回り込んだのだ。

咄嗟にクナイを逆手に持ち替え、振り向きざまの斬撃を放とうとしたリキシオンであったが

 

防波(さきなみ)

 

「グワーッ!」

 

その振り向く動きすら利用されて、今度は逆に宙から地面へと投げ放たれるリキシオン。

 

(バカな!これではまるで、()()()()()()()()()()()()()()()ような…それにこの技)

 

投げ飛ばされたリキシオンは受け身にて衝撃を殺し、すぐさま体制復帰を兼ねて着地の隙を消すために四連続バク転でロックブレイカーから距離を取る。

しかし、追撃は無かった。見ればロックブレイカーは、その右手に持った袋を弄んでいる。

 

「ヌ、ワシのニンジャピルケースを!」

 

それはリキシオンがニンジャ装束のマウントスペースに付けていた錬金術(アルケミカル)ニンジャアイテム。

つまり先の攻防は最初からダメージを与えることなど眼中に無く、あの袋を奪うことが目的だったのだ。

事ここに及んでリキシオンは確信する。

 

「オヌシ…未来から来たのだな?」

 

『ホウ…流石ハ賢者パラケルススノ(スエ)ト言ッタトコロカ』

 

感嘆と称賛をもってリキシオンの推測を肯定するロックブレイカー。

リキシオンと初対面ではないかのような対応と攻防での先読み。あれらは何らかの装置や術を使っていたとしても出来過ぎている。

加えて彼女が奪った巾着袋は、彼が錬金術と忍法の粋を結集して作製したエリキシル配合ニンジャピルが入っている。アレはサイバー漢方にて忍法を補助するのみならず、彼の切り札であるコズミックちゃんこ鍋には絶対に欠かせぬ妙薬。まさにリキシオンにとって生命線に等しいアイテムだ。

 

「ゆえにソレを身に着ける場所は、誰にも悟られぬよう定期的に変更しておる。にも関わらずオヌシは迷わずにワシのわずかな隙をついてピルケースを奪った。事前に全てを知っていたのでなければ説明のつかぬことよ」

 

『ソノ通リ。私ハ未来カラヤッテ来タ。アナタノ事モ良ク知ッテイルトモ。コズミックチャンコ鍋サエ封ジテシマエバ、アナタトテ単ナル錬金術師力士ニ過ギヌ…単ナル、ト言ッテイイノカハトモカク』

 

そう、リキシオンの必勝パターン。それはストロング飲料水とサイバー漢方で強化された忍法での戦闘で相手の手札を明かし、見切り、しかる後にコズミックちゃんこ鍋を食べて繰り出す「ハッケヨイ(Ready Go)

これを破れるヒーローもヴィランもほぼ皆無と言っていい。

ならばどうするか。簡単だ、最初から必勝パターンを使えなくすればよい。

 

『何ヨリ、ココデアナタヲ殺スワケニハイカナイ。世界線ガズレテシマウカラナ…』

 

「世界線…相対性理論…つまりオヌシは―――」

 

『オット、オシャベリノ時間ハ終ワリニシヨウ。例エ殺セズトモ、アナタニハ暫ク病院ノベッドノ上デチャンコヲ食ベテ貰ウコトニシヨウ』

 

リキシオンの言葉を遮り、奇妙に捩じくれた素材で出来たショットガンを構えるロックブレイカー。

咄嗟に忍術の準備に入るリキシオンだが、彼は迷っていた。相手はおそらく自分の戦法についても熟知している。切り札は封じられた。()()()()()()はあるが、アレはデメリットも大きいため、確実に相手を倒せなければ逆にピンチを招く諸刃の剣。切り札なしでは(かた)く、さりとて最後の勝負に出るのも(むずか)しい敵だ。

 

この状況を打破するならば、それは

 

「見ぃつけたあああああ!」

 

第三者の介入に他ならない。

 

鳴り響く乾いた発砲音、ロックブレイカーにとっても聞きなれたソレは、30メートル以上は離れた位置からの銃撃であることを意味している。

 

『マサカ、追ッテキタノカ』

 

忌々しげに言い捨てるロックブレイカーの視線の先、つい先刻に己が出てきたワームホールの傍に立つのは、こちらへとショットガンを構える金髪の少女、ロックピッカー。

 

ロックブレイカーは瞬時に状況判断する。前門のリキシオン、後門のロックピッカー。どちらの戦術に対しても対策は出来ている。一人ひとりならば問題無く対処できるレベル。ただし殺すことは不可能である以上、二対一での戦闘を強いられれば、彼女をして選択肢の飽和で押し切られる危険性は否めない。

ならば取るべき手段は一つ。

即時撤退。

 

『鞍馬天秘伝』

 

術を起動し、強化された跳躍力で飛び離れていく。

元より、こんな連中の相手をする必要などない。あくまで目的はカースドプリズン。この時間であれば存在も確立されているハズだ。後ろから銃声が響いているが、もはや一顧だにせず、ロックブレイカーはその場を後にした。

 

 

「リキシオンさん、大丈夫?私はロックピッカー、初めまして…と言うべきなんでしょうね」

 

「うむ、ダメージはあるが問題は無い。…察するに、オヌシも未来から来たので間違いはないか?」

 

「あら、流石だねリキシオンさん。話が早くて助かるけど…」

 

ヒーローとして顔の広いリキシオンとロックピッカーは、未来においては当然面識がある。

それが初対面のような態度を取るならば、本当にここは過去なのだろう。

それにしてはリキシオンの物分りが良すぎる気もするが、もともと聡明な彼のことだ。アイツ(ロックブレイカー)からも情報を引き出していたのだろう。

ロックピッカーに出来るのは、非暴力的(クレバー)な鍵開けと暴力的(スマート)な鍵開けだけ。

逃げた敵を追跡するには、この時間にもいるであろうMs.プレイ・ディスプレイ(クソテレビ)に何とかして強制解析(ハックライズ)を使わせるか、さもなくばリキシオンの摩訶不思議な術(ミスティック・アーツ)に頼るより他にない。

 

「だから、協力をお願いしたいんだけど」

 

「無論、ワシもまたロックブレイカーには用がある。彼女が使った技、フォーミュラドリフト、防波、鞍馬天秘伝。あれらはみな我がコーガ流忍法に間違いない…あの出所を正さねばならぬ」

 

「…ジャパニーズニンジャの術なら、なぜ英語表記なの?」

 

「ニンジャとは常に最新の技術を取り入れるものだ。鉄砲が伝来すれば鉄砲を使うし、錬金術が伝来すればサイバー漢方を使う。何も不思議ではあるまい。我が祖先コーガ忍者が異国の錬金術師を受け入れたように、フマー忍者なども戦国の世から異人の血を取り入れ、ロボニンジャを開発していたとの記録もある」

 

「あー、ソウダね」

 

リキシオンに対してツッコミを入れるだけ無駄。ロックピッカーはよく理解していた。

 

「それより、アヤツのことだ。オヌシは正体に何か心当たりは無いのか?」

 

「んー、私の所にも突然現れたから詳しくは…ただ、『コノ時間デハ』とか『過去ヘ行キ、呪ワレタ()()ヲ変エル』とか言ってたし、私より未来から来たんじゃないかと思ってるけど…」

 

「フム、それにしては妙な…」

 

「妙?」

 

「アヤツは私にも『()()ヲ変エル』と言っておった。しかし、オヌシの言うように、オヌシの時代よりさらに未来から来たのであれば、()()ではなく()()と言うのではないか?」

 

「まあ、そうかも知れないけど…じゃあ、未来でないなら、何処から来たっていうの?」

 

「済まぬ、これ以上は手持ちの情報では何ともならぬ。やはりアヤツを捉えてつまびらかにするより他はあるまいて。では早速追跡に移るとしよう」

 

そう口にしたリキシオンは、柄に宝石のようなものが埋め込まれた剣を地面に立てると、手を放す。

すると剣は倒れて、ある方角を指し示す。

 

「行くぞ、あちらだ」

 

「え、そんな棒倒しでわかるの?」

 

「安心せよ。これは霊験あらたかなるアゾット剣。柄尻にはめ込まれた賢者の石はアヤツ(ロックブレイカー)小宇宙(ミクロコスモス)を記録しておる故、我らを過たず導いてくれるであろう」

 

「アッハイ」

 

ロックピッカーは考えるのを辞めた。深く考えれば宇宙めいた恐怖の淵から転げ落ちるような不吉な予感に襲われたので、追跡に専念することにした。

 

 

そうして二人がその場を後にすると、誰もいなくなったそこにはワームホールのみが残された。

見る間に大きさを減じていくワームホール。間もなく消えるかというその時、歪みから忽然ともう一人の人影が現れる。新たな影は、音も無く先の二人を追って行ったのだった…

 

 

一方、アゾット剣の指し示した遥か先では、蒼き流星と(あか)き凶星が激突していた。

 

 

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