カースド・プリズン・ブレイカー ~栗きんとん、開錠に挑まんとす~ 作:ターニャ・オルタ
リキシボーグを名乗った男が、
するとあっけなく、カースドプリズンの巨体が糸の切れた
「おじ様!」/『オジ様!』
重なった悲鳴を余所に、リキシボーグは淡々と言葉を紡ぐ。
『最初からカースドプリズンが「ディメンジョン・リッパー」を使ってくれれば何も問題は無かったのだがな。こんなこともあろうかと、この
「つまりは、この事態も予測済みなのだな、
『フン、そこまでわかっているならば、もはや語る必要もあるまい、
どこか痛ましいものを見るようなリキシオンと、何の感情も見せない様子のリキシボーグ。
しかし、余人はそうはいかない。
「おじ様!しっかりして!」
『キサマ…!何ヲシタ!』
ピクリともせず倒れ伏したカースドプリズンに駆け寄るロックピッカーと、もはや憎悪すら込めてリキシボーグを睨み付けるロックブレイカー。
そんな二人の少女を目にしても、リキシボーグは眉ひとつ動かすことなく淡々と告げる。
『カースドプリズンは死んではいない。死んでしまえばこの世界も
その言葉を聞き、直前まで戦っていた相手が倒れて、態度を決めかねていたミーティアスが、静かな口調で告げる。
「つまり…アナタもまた、宇宙そのものを滅ぼさんとするヴィランなのだな、リキシボーグ」
『逆だ、ミーティアスよ。我が心と行動に一点の曇りなし。全てが「正義」だ』
「世界を根底から否定するような行為がか?!」
『ならば問おう。オヌシは今のこの世界を正しい姿だと思うのか?たった一人のヒーローやヴィランに、巨大な都市を壊滅させる力が与えられている……こんなアンバランスな姿が、世界の正しい在り方だと言い切れるのか?』
「何を言う!ヴィランの悪逆が無くならないから、それと戦うヒーローが必要なのだろう!」
『違うな。あの娘を見よ。カースドプリズンが生きていた世界ならば悪と戦うヒーローとなっていたハズのものを、オヌシがカースドプリズンを殺したワシらの世界では、ヒーロー憎しが昂じてヴィランとなってしまった…』
そう言ってロックブレイカーを見るリキシボーグの声には、今までの無感情なものとは別の憐憫と哀惜の情が初めてにじみ出ていた。
『その現実を見てワシは思ったのだ。ヒーローとヴィランが相争い続けるこの世界は間違っているのでは?
「何を言って…?それとギャラクセウスを消し去ることと何の関係が…」
次第に困惑を深めていくミーティアスを余所に、リキシボーグは何か得心したように頷いて言葉を続ける。
『ともあれ、オヌシが最後の障碍だと言うのなら試してみるとしよう。これからワシはカースドプリズンから奪った力でディメンジョン・リッパーを発動させられる場所へ向かう。カースドプリズン本人ならばともかく、余人が次元圧縮による世界改変を行うには「場所」が重要なのでな。その前にワシを止めてみよ』
「何?!」
『オヌシがワシを止められるのであれば、やはりヒーローもギャラクセウスも世界には必要ということなのであろう。止められるものならば止めてみよ。ワシの絶望に、オヌシの正義が敵うというのなら!』
言うや否や、リキシボーグの足元が爆発した。
そう見えるほどの脚力を以て、リキシボーグの姿は一瞬にして遠ざかっていく。
「な…逃がすか!!」
一瞬遅れて、ミーティアスも脚から蒼光を爆発させて追って行く。
残された者たちは、死んだようなカースドプリズンを診察するリキシオンを囲んでいた。
「どうなのリキシオンさん?!おじ様は…」
『黙ッテイロ
「アナタは私でしょう?!おじ様がこんなことになってるのに、何でそんなに冷静なの!」
『…私ニトッテハ、目ノ前デオジ様ガ死ヌノハ、コレガ初メテデハナイカラナ』
「…!!」
『ソウダ、オジ様ガ死ンデ、私達ノ世界ハ終ワッテシマッタ……剪定事象ニナッテシマッタノダ』
―――――――
「何?!ボクがキミ達の世界のカースドプリズンを倒したからって、何故世界が終わるというんだ?!」
ミーティアスはリキシボーグへ追い付いていた。
しかし、ただでさえ忍術による挙動は厄介であるというのに、加えて義体の性能が生み出すリキシオンを遥かにに超えたスピードとクイックネスに追いつくのがやっとで、捕まえることは出来ない。
それ故か、リキシボーグは事ここに及ぶ仔細を語って聞かせる余裕すらあった。
『遡って原因を探れば、それがトリガーだったというだけなのだがな』
カースドプリズンが死んでも、世界は何も変わらなかった。
一人の少女がヒーローへの憎しみを募らせてヴィランへの道を歩んだが、多くはヴィランの死を歓迎していた。
これで世界が平和になると。
事実として、その頃から世界は平和になっていった。
ヒーローとヴィランの戦闘も少なくなった。
ヴィランが数を減らして、ヒーローが活躍する機会が減ったのだと、誰もが思っていた。
しかし、実態はそうではなかった。
『そう、カースドプリズンの死を境に、ヒーローやヴィランが新たに
これまでであれば、ギャラクセウスが原因で宇宙からヴィランがやって来たりしていたが、それも無くなった。
そしてギャラクセウスが力を与えてヒーローを誕生させることも無くなった。
と言うよりも、もはやギャラクセウスは
その原因を探るため、
しかし、実際に過去遡航を行おうとして判明したのだ。
既に
「過去や未来が、無くなる…?」
『左様。そうなってしまった世界のことを
本来、この世界には無数の可能性が存在し得る。
しかしながら、その全ての可能性を許容し続けるだけのリソースが宇宙には存在しない。
故に、存続可能性の低い世界、その存在自体を削除することで宇宙全体の情報リソースを保っているのだ。
そうして削除された可能性の世界は剪定事象と呼ばれる。
『剪定された直接の原因はギャラクセウスが力を失ったこと。しかし、過去へと戻ろうとした時に、カースドプリズンが死んだ時間より以前が消失していたことが分かり、その時点から世界が分岐してしまったことが判明したのだ』
そう口にしたリキシオンが着地した場所は、つい先刻ミーティアスがカースドプリズンを
「ここは…?」
疑問を口にするミーティアスに答えることなく、リキシボーグは山腹に開けた坑道へとその姿を消す。
当然、ミーティアスも戸惑いながらも蒼い残光を残しつつ追いかける。
――――――
「つまりオヌシの世界では、イレギュラーたるカースドプリズンの死で世界が固定されてしまった。そのままでは過去遡航すら出来ないため、次元移動で『カースドプリズンが生きている世界』へ移動し、そこからカースドプリズンの生存が確定している時間まで過去遡航してきたというわけだな…」
診察を終えたリキシオンが、言い争う二人に声をかけてくる。
「リキシオンさん!おじ様は…」
「命に別状は無い。身と精は無事だが、魂だけを抜き取られた状態のようだな。
「えーと……どういうこと?」
『ナラバ、オジ様ノ魂ヲ収メタ
「無理だ。本人の魂は本人が回収しなければ元には戻らぬ。本来、人の三位一体のうち精神と肉体の二つがあれば行動不能にまではならずに済むはずなのだが、カースドプリズンは力の源それ自体を失っている状態だ。魂と力の源を奪い返したところで、これでは……」
「そんな!」
『……ダッタラ、私ニ考エガアル』
「何をするつもりだ?」
問いかけるリキシオンに、ロックブレイカーは朗らかな笑顔で答える。
『ナズナノ花言葉ヲ知ッテルカ?』
―――――――
リキシボーグを追って狭い坑道へと入ったミーティアスは、突然に視界が開けたことに驚く。
侵入者に対して、この空間は歓迎を選んだらしい。
原理の分からない光が灯り、謎の地下空間……その果ての全容を照らし出す
「なんだ、これ……さらに穴が」
『頓挫した
「何故、わざわざそんな…」
『宇宙は
「何の話をしている?!」
『オヌシはおかしいと思わないか?』
そもそも、本当にギャラクセウスが全能存在であるならば、自分の力でヴィランを全滅させてしまえばよさそうなものである。
にも関わらず、わざわざミーティアスやハイドロハンズといったヒーローに力を与えて戦わせたり、逆にゼノセルグスのようなヴィランを呼び寄せたり、カースドプリズンのような宇宙を滅ぼしかねない存在を倒さずに、わざわざ自由に動き回れる程度の封印で済ませているのか。
『逆なのだミーティアス。全能存在ギャラクセウスがヒーローを作り出すのではない。この地球でヒーローやヴィランが争い合っている世界でなければ
つまり、この宇宙で最も知的生命が煩雑に存在する
『わかるか?!ヒーローがどれ程正義のために戦おうとも、この世界の存続のためには新たなヴィランとの戦いが必要となる!逆に平和が訪れれば、世界の存在が終わってしまう!ならば、
リキシボーグとて、どこまでも正義のために戦ったのだ。
ヴィランへと道を踏み外さんとする少女には、自ら師となって教え導こうとした。
世界が滅ぼうという危機には、ヴィランとも手を取り合って回避しようと最後まで足掻いた。
その結果わかったのが、ギャラクセウスのいる世界では、争い続けるか、滅ぶかの二択しかなかったという事実。
『
「……アナタの正義は理解した。だが、この世界で今生きている人たちはどうなる?」
『……平和の実現のためには
「なら、ボクはそれを認められない」
戸惑いの消えた、決意を固めた瞳でミーティアスはまっすぐにリキシボーグを見る。
『それがオヌシの正義か…』
納得した様子で、リキシボーグは隠していたボタンを押す。
すると入ってきた坑道から爆音が響き、土煙が吐き出される。
『通りながら爆薬を設置しておいた。これでワシを止められるのはオヌシのみ……来い!この老いぼれを見事倒してみよ!』
一瞬の睨みあいの後、ミーティアスが仕掛ける。
この世界全ての命を背負った以上、敗北は許されない。
故にこそ、対プリズンブレイカー用に温存していた奥の手を切る。
『むっ…!』
すべてのヒーロー・ヴィランを通じて、最高峰のスピードを誇るミーティアスの最大速度。
そこから繰り出す、
ミーティアスではプリズンブレイカーには勝てない。これだけは絶対の事実。
ミーティアスに知覚できる程度の速度の攻撃ならば、プリズンブレイカーには必ず対応される。
ならば、
最大速度の、自分でも当たったかどうかすら判断できない攻撃。故に事前に多段フェイントまで組み込んで練習したコンビネーションを見えずともそのまま繰り出せばよい。
一撃!
二撃!
三撃!
手ごたえを知覚するより早く、より速く!
最後の二十撃目を繰り出し終えて、ようやく結果を知覚したミーティアスは
『コーガ忍法
二十連撃を全弾凌ぎ切った、リキシボーグの青く輝く瞳と視線がかち合った。
「…なんでジャパニーズ忍法なのにドイツ語なの?」
『ワシの遠祖パラケルススはドイツ人だぞ?むしろドイツ語の方が自然だ…何より、かっこよさが
「成る程…ぐふっ!」
全力を使いつくし、反動で動けなくなったミーティアスはリキシボーグの掌打で崩れ落ちる。
『この技は
全身に溜まった熱を吐き出すように言葉をこぼすリキシボーグからは、それでも容易い技でないことが見てとれる。
残心を終えたリキシオンは、静かにミーティアスへと歩み寄る。
『残念ながら、オヌシの正義はワシの正義には届かなんだようだな。見事な技と覚悟に免じて、苦しまないよう一撃で葬ろう』
言って、断頭の一撃を構えるリキシボーグ。
ミーティアスは限界を超えた連撃と先に受けた打撃のダメージで動けない。
そして、入口が塞がれた以上は、誰の助けも間に合わない。
地底には星の光は届かない。
だが、太陽すら霞ませる
ゴァアン!と、地下空間に轟音が響く。
咄嗟にトドメの一撃を中止し、警戒するリキシボーグ。
その視線の先に映ったのは、小城のごとき円筒形の威容であった。
先頭部におろし金のような細かい刃がびっしりと並んだそれは、巨大な
地下トンネルを掘るためだけのその機械は、しかし日に数十メートルも掘り進むのがやっとの速度。刃の摩耗も激しく交換が必要となる。
ただし、
「おいおい、楽しそうじゃねえか。だがこの俺様が混ざらなきゃ始まらないんじゃないか?」
『馬鹿な…!何故、キサマが動ける?!』
「何処かのバカな
『なッ…では、ロックブレイカーは、
ナズナの花言葉とは、『
「一つだけ言っておくぞ……