ある日の夜、それは起こった。
東京の上空に突如、紅くて丸い月の様な物体が出現してそれを行ったのが八百八狸の仕業だと。
という事をテレビで見た殺生丸は、取り敢えず家の周りに結界を張った。
悪意あるモノが触れれば、その途端に毒に灼かれる攻性結界である。
更に現在家にいるまなと純子の二人にそれぞれ渡していたお守りをメンテナンスと称して強化して、取り敢えずの用心は出来た。残念ながら祐一は今はいないので現行のお守りで頑張ってもらいたい。
というのも、ニュースで取り上げていた月の様な物体は八百八狸が用意した代物。
殺生丸の記憶が正しければ、この物体は地に落ちるとアンコウと猿が混ざった様な醜い化け物が生まれる筈。
はかいこうせんとか撃ってきそうな見た目の化け物である。
妖怪獣という名で呼ばれて、八百八狸に良い様に利用されているただのケモノ。
狸共がガチの本気で動き出したのであろう事は、特に考えずとも察する事が出来る。
余談ではあるが一般的に蛟龍は、中国に伝わる龍の一種、或いは鱗を持つ龍であり姿が変態する龍の成長過程の幼齢期の名称だ。
更に言えば人里から遠く離れた湖や水のある静かな場所の水底、或いは池や河川に住み着いているとされていて水に潜っている事から潜蛟とも呼ばれている。
どう頑張っても似ているとは言えないし、同一存在と言うには無理がありすぎる。
つまりは、この妖怪はその蛟龍とは関係がない。
蛇が産んだ卵が云々間何、うにゃうにゃして産まれた存在なのだ。つまりは殺生丸はこの妖怪についてよく知らない。
兎にも角にもネットが繋がらなくて父親の心配をしつつ不安そうに服の裾を掴んでくるまなを安心させるように頭を撫でて、今日はもう遅いからとまなを部屋に送り出すのに伴いそれぞれの部屋に戻った。
──
午後11時過ぎ。まなは隣の部屋から殺生丸が出て階段を降りるのを察知して咄嗟に追い掛けた。
「せつ兄……」
「まな、か。お前は家に居ろ」
「何処か行くの?」
「……心配する必要は無い」
微かな笑みと共に静かに告げた殺生丸は、ふわりと宙に浮き空を飛んで行った。
月夜を背に立つ殺生丸の不意打ちの微笑みをくらったまなは、少しの間心臓に深刻なダメージを負って動けなくなった。
「きっと、あの月みたいなのを何とかしに行ったんだ。でも……あれの他に八百八狸がいるから、せつ兄一人だけだったら大変かも……そうだ! 鬼太郎に連絡すればもしかしたら……」
再起動してそう思い立ったまなだが、ネットが繋がらない状態では今直ぐに連絡は出来ない。ならば、妖怪ポストに手紙を入れるしかないと考えた。
手紙を書き、少し前に一度だけ入れた妖怪ポスト目指して外出する。
「たしか、ここら辺だったような……」
「あら? まなちゃん、こんな所でどうしたの?」
「あ、ねずみ男さん。鬼太郎に連絡したくて」
妖怪ポストの近くまで来たまなに、偶々出会したねずみ男が声を掛けた。
「ふーん……ですってよ、皆さん!!」
ねずみ男の一声でまなを取り囲む様に現れた、大量の二足歩行の狸達。ザワザワザワと音を立てて少しずつまなに近付いていく。
「え、え……? えぇ……?」
唐突な出来事に驚く事しか出来ないまなは、あっという間に狸達に担がれて地下に連行された。
その時に手紙を落としたが、その手紙は猫や蛙、烏達によって鬼太郎の下に運ばれて八百八狸の所業が鬼太郎達に知れる事になる。
狸達に連行されて辿り着いた場所には、見上げるほどに大きな一体の狸妖怪がいた。
ねずみ男が刑部狸と呼んだその妖怪が、この狸達のボスらしい。
「あいつらの所為で俺はいつも、酷い目に、お〜いおい……」
「いつも助けて貰ってるくせに……」
あまりにも白々しい言葉にまなは思わず口を出した。
「まなちゃんよ、ここは妖怪の国だ。人間の言葉と妖怪の言葉、どっちが重たいか分かるだろ?」
まなの言葉に悪びれもせずにねずみ男がそう言った瞬間、下駄が一足ねずみ男の頭を強襲。
それに気付いたまなは視界を巡らせて鬼太郎を見つけた。
「鬼太郎!」
鬼太郎の登場によりまなの心には安堵が広がる。
が、狸達は各々鬼太郎に対する感想を言いながら素早く鬼太郎を取り囲み始めた。
刑部狸が21世紀は妖怪の時代になる云々と刑部狸が言うが、鬼太郎は興味は無いと一蹴。
更に他の妖怪達にそれを通達する様言い募った刑部狸の言葉を断ると、まなは狸達の人質にされる。
それと時を同じくして、日本政府の戦闘機により空に浮かぶ月が落とされて妖怪獣が生まれ落ちた。
「おお、見ろ! 妖怪獣が生まれたぞ!! 愚かな人間共に鉄槌が下るのだ!!」
「これで人間界は妖怪獣様が如何にかして下さる。残るは妖怪達だ」
刑部狸に続いてシルクハットを被った狸が言う。
その言葉を聞いて目玉親父が鬼太郎に助言した。
目玉親父の助言を聞いた鬼太郎はこの場を穏便に済ませるために要件を飲み、次いで今回の一番の目標であるまなを開放する様に言う。
周囲の狸達は厚かましいと非難を鬼太郎に浴びせるが、刑部狸はそれに承諾した。
「ただし──」
そう言いながら刑部狸は片手でまなを掴み上げる。
そして、まなの右手の甲に口を吸い付かせた瞬間──
「あ、が、ぐあぁぁぁ!!」
刑部狸の目や鼻、口、耳や身体中から血を噴き出し、片手に持っていたまなを取り落とした。
「きゃっ!」
「まな!」
まなを助ける隙を窺っていた猫娘が、まなを空中で掴んで助けた。
「何が、起きたの……?」
「グオオ、グウウッ……!! な、何なのだこれはぁ!! 身体に何かがぁ!!」
身体中から血を噴き流し、今にも倒れそうな刑部狸の姿に呆気に取られている狸達を尻目に鬼太郎達はその場を退却した。
「猫娘、僕と父さんは行く場所がある。まなを送り届けてくれ」
「わかった。行こう、まな」
「うん……」
大通りまで猫娘に送られたまなは、其処で祐一と純子に会いそのまま避難所に向かう。
その時に殺生丸がまなと居ない事に純子は疑問を感じていたが、まなが一緒に行動していない事を伝えると後でお話しねと少し立腹していた。
その頃、鬼太郎と目玉親父は妖怪獣と狸達の力の源である要石を破壊する為に要石が安置されている場所に辿り着いた。
「これですね、父さん」
「ああ、これが要石じゃ」
「いきます、霊毛ちゃんちゃんこ!!」
手にちゃんちゃんこを纏わせて要石を破壊する為に殴り掛かり、要石に反射されて吹き飛ばされた。
そして、刑部狸が掛けた呪いにより鬼太郎は石化。
鬼太郎が飛ばされた時に地面に落ちた目玉親父は無事だったが、自分一人では力になれない。
今は仲間達に知らせて態勢を整えなければならないと判断した目玉親父は、追い掛けてきた狸とねずみ男達に見つからない様にその場を静かに離れた。
──
殺生丸は、戦闘機に落とされた卵を見ながらどうしようか考えていた。
こんなバンバン戦闘機が飛び、ヘリやら何やらが大量に行き交うこの場所で目立つ行動はしたくない。
取り敢えず様子見していると、ミサイルやら何やらが卵に向けて放たれて妖怪獣が生まれ落ちた。
化物出てきたんだし人間達撤退してくれないかなぁと思っていると、妖怪獣は妖力を練り上げる様に高めて爆発的に周囲に放出。
目が眩む肌の閃光と何かが砕けて落ちる様な音が響いて気が付けば一帯が瓦礫の山となり、人間達は悲鳴を上げて我先にと撤退していく。
その様子を見て人の目がなくなったこの時を絶好の機会と判断した殺生丸は鉄砕牙を抜き、自身の扱える技の中で一番環境に影響が出ない技、龍鱗の鉄砕牙を発動した。
鉄砕牙に鱗模様が浮き出て、妖怪の急所にして力の源である妖穴を斬り、斬られた相手は死に至る。
風の傷や蒼龍波は勿論、破壊力の高い鋭く尖った巨大なダイヤを無数に生み出す金剛槍波や対象とともに周囲の物も吸い尽くす冥道残月波を使うには人間の物があり過ぎる。
まあビル程に巨大な妖怪獣だが、所詮は単体の妖怪。群体の様な妖怪でなければ、妖穴を斬られればほぼそれで終わる。
そんな技なのだが、何故か妖穴を斬られた妖怪獣は死ぬ様子がない。
正確には苦しんでるし、どんどん妖気も漏れ出ているのだが何処かから供給されている様に見える。
はて、一体何処から……。
そう考えて、一つだけ思い当たる節があった。
それは八百八狸の力の源である要石。母上の屋敷でプー太郎していた時に、書庫にある文献で読んだ記憶が微かにある。
曰く八百八狸全ての力の源であり、命そのもの。
八百八狸と繋がっているこの妖怪獣であれば、その要石から力が供給されているのかも知れない。
そして、そうならば現状にも納得がいく。
よし、先に狸共を片付けるか。
幸い妖怪獣は妖力の供給と流出が均衡していて、身動き出来ていないし。
そう判断するや風の匂いから狸共の居場所を探ると、何故かそこにまなの香りが混ざっていた。
今は狸達の所には居らず、雄一や純子と一緒に避難場所らしい所にいる。
お守りを渡しているから大丈夫だろうとは思うが、念の為にと殺生丸はまな達の居る避難所に向かった。