四月二十七日 放課後。
「うう、まだ気持ち悪い……………………」
朝に見た母の脳内神話は未だ私の精神を蝕んでおり、おかげで学校が終わってもまだ気持ち悪いのです。
なんというか、あれは人類以外の何かですね。絶対そうです。
「あの…………」
こんなことならツナに送り迎えをお願いするべきでしたね。
正直一人で歩くのも少し辛いです。
携帯電話は……家に置いてきましたね。まったくもって運の悪「ちょっと聞いてるの!?」
そんなことを考えていると、すぐ近くから女の子の声が聞こえました。
「私、……ですか?」
気配を探ると、少し近くに二人、独特の気配を放つ少女がいました。
それはまるで太陽と月のように、片方は温かく、もう片方は冷たさを感じさせながらも光をはなっているようでした。
しかし、この太陽の気配、どこかで感じた気がします。……いや、似た気配を感じたことがあると言った方が正しいですか。
「そうよ! ……あんた顔色悪いけど大丈夫なの?」
太陽のような明るい色、彼女と過ごした時間は短かったですが、私の中では良い思い出となっています。今でも時々手紙(まあ、音声媒体ですけど)のやり取りをしていま…………ああ、そういうことですか。
だとすると彼女と似た気配なのも頷けますね。
彼女はあなたの前身、前世とも言うべき人間ですから。
二人が存在しているこの世界が異常なのだけですね。
「いえ、正直なところ、かなり気分が悪いです」
ここで嘘を言っても彼女を怒らせるだけなので、こう言っておきましょう。
多分顔にも出てるでしょうしね。
「あの、よければ私たちの車に乗っていきませんか? そんな体じゃ危ないと思う
の」
月のような彼女が言う。
ふむ、ここは好意に甘えるとしましょう。
彼女たちなら、原作知識ですが、信用できますし。
「ああでは、お願いしてもよろしいでしょうか?」
私がそう言うと、パッと二人の気配が明るくなる。
私が断ると思っていたのでしょうか。
…………普段なら、この二人でなければ断っていたでしょうね。
「じゃあ、ちょっと待ってなさい、今家に連絡するからね」
カバンから携帯電話を取り出して、どこかにかける彼女。
……ああ、すっかり忘れていました。
「遅れましたが、私、八坂七海と申します」
「あ、私は月村すずかといいます、あっちで電話をしてるのはアリサ・バニングスちゃん」
「初めまして、月村さん」
「すずかでいいよ、アリサちゃんも「アリサでいいわよ!」、電話終わったの?」
話し終えたのか、アリ……バニングスさんでいいでしょう、バニングスさんがこちらにやって来ました。
「もうすぐでこっちに着くってさ、……あんたさ、体調が悪いなら素直に休みなさいよね! こっちがいい迷惑よ」
「アリサちゃん……、でも無理しちゃダメだよ、風邪でもちゃんと休まなきゃ」
言えません。
母の料理が原因なんて、口が裂けても言えません。
「ええ、次からはそうしますね」
私としては次がないことを願いますが。
「あら、意外と素直なのね、時々一人でいるのを見かけてたから、てっきりそういう感じの人って思ってたけど」
無形のナイフが私の心にダイレクトアタック。
…………うう、どうせ友達少ないですよ。
「アリサちゃん! 思ってても口にしちゃだめだよ」
無形の剣が私の心を一刀両断。
すずかさん、あなたも思っていたのですか。
とりあえず、ここは大人の対応で返しましょう。
「いいえ、私としてはお話したいのですが、何故か皆近づいて来ないのですよね」
時々変態じみた視線は感じますが。
「あ~、それは少しわかるかも」
「そうだね、七海ちゃんは美人さんだしね」
「……はは、ありがとうございます」
自覚しているとは言え、他の人から言われると少し照れますね。
「あ、笑った」
「え?」
すずかさんが私を見て言います。
私は手で顔を、口の周りを触ってみると少し口角が上がっています。
「あんた一人で本読んでる時よりそっちの顔の方が似合うじゃない、もっと笑いなさいよ」
そう言って私の体中をくすぐり始める彼女。
「くく、ちょっと、アリサさん、や、止め――」
「ごめんなさい! 調子に乗ってやりすぎたわ!」
両手わわせ、頭を下げる彼女。
私は乱れた服を整えます。
彼女にいいように弄ばれたせいで、体が熱いです。きっと顔も真っ赤ですね。
「いいですよ、私もあんなに(強制的に)笑ったのは久しぶりですからね、少しばかりスッキリしました」
そう言えば、こちらに来てから大笑いして記憶なんてありませんね。
それどころじゃなかったのが大半ですが、私はそこまで笑わない人間でしたっけ?
「あ、アリサちゃん! 車来たみたいだよ」
少し離れたところのいるすずかさんの声と、車の音。
「どうやら来たみたいですね」
「そうみたいね、さ、こっちに来なさい」
そう言って私の手をとって歩いていくバニングスさん。
その手はほんのり温かく、触っているだけで元気が流れ込んでくるような感覚があった。
彼女はそのまま車の前まで連れてくると、車を運転手に開けさせ、私を先に乗せてくれました。
すずかさんは私が手渡した住所を書いた紙を運転手さんに渡していますね。
その後すずか、バニングスさんと乗り込み、車は発進します。
けれど、少し妙ですね。
二人は気づいていませんが前にいる運転手、妙にすずがさんに敵意を向けていますね。
個人的に何かあったのでしょうか?
にしても、それを顕にするのは従者失格ですよ。
「あれ?」
「どうかしましたか?」
外を見ていたすずかさんが声を上げます。
気になった私は彼女に問いかけますが、…………嫌な予感がしますね。
「いや、いつも通る道と違うなって…………」
「そう言えば…………、っていうかその前に七海の家に行くんだから当たり前じゃない」
「でも、私住所見たけど、方向が全然違うよ」
ああ、私の嫌な予感が現実のものとなってしまいましたか。
「ホント!? ちょっと、なんで七実の家に行かないのよ!!」
怒気を孕んだ声でバニングスさんは運転手さんを怒鳴りつけます。
それを聞いた彼はククク、と笑い始めます。
「な、何よ…………」
彼の異様な様子に気圧されたのか、バニングスさんの声が小さくなります。
「ああ、いつまでお嬢さん気取りなのかおかしくてな」
そう言うと彼はかぶっていた帽子を脱ぎ捨て、その顔を二人に見せつけました。
「あ、あんた誰よ!?」
どうやら知らない人のようでした。
にしても私は本当に空気ですね。すごい暇で……?
「――――――――――――」
すずかさんの様子がおかしいです。
彼の素顔が見えた途端、小さく震えています。
いえ、顔ではありませんね。
顔ならばカードを渡した時に気がついてもいいでしょう。
ならば、彼が身につけている何か。
それを見てこうなった、と考えたほうが妥当でしょう。
集中。
音の形を聞き、彼の体を(嫌ですが)調べる。
先ほどと異なる点、首元にある十字架のペンダントですか。
帽子を脱いだ時についでに服の中から取り出したのでしょうね。
…………大体何が起こっているのか把握しました。
バニングスさんがいろいろと話しているようですが、きっと無理ですね。
さて、今回は二人もいますし、できれば穏便に済めばいいのですが。
そんなふうに思う私を乗せたまま、車は人気のない町外れへと走っていった。