海鳴市の外れの山奥。
そこにあった別荘みたいな所に私たちは連れてこられた。
アイツは準備があるからと言って私たちを奥の部屋に押し込め、出て行ってしまった。
幸いにも荷物や服装はそのまま、手足も拘束されてないから窓から出ようと思ったけど、鍵は開いてるはずなのにビクともしない。
頼みの携帯電話も、
「……どう、アリサちゃん?」
「……ダメ、全然来ない」
画面を見てみるけど、やっぱり圏外。
「どうなってるのよ、車の中からずっとこうじゃない……」
運転手が誘拐犯だと分かった時からずっとこうだ。
急いで士郎さんに連絡しようとしたけど、何故か圏外。
もう訳がわからない。
あの車にはジャミング装置なんてついてないわよ!
「七海は?」
「相変わらず寝てるみたい」
振り返ってみると、すやすやと寝息を立てる彼女の姿があった。
「この部屋に閉じ込められてすぐに、『暇なので寝ます、起こさないでください』って言って本当に寝ちゃうんだから、何考えてるかさっぱりわかんないわよ…………」
「ははは……、すごいよね、こんな時でも落ち着いてるなんて、私なんて………………」
「気にすることないわ、七海の神経が図太すぎるだけよ、……まったく、どういう育ちをしたらこうなるのやら」
つんつんと、彼女の頬を指でつついてみるけど起きない。
こんなふうに寝られると、焦ってる私たちがバカらしくなってくるわね。
「七海のことはさて置き、どうやって逃げるか考えなきゃ、……そもそも、私たちはアイツの目的も知らないのに」
私がそう言った途端、すずかの表情が曇る。
「すずか? どうかしたの?」
「…………ごめんなさい」
突然すずかが謝ってくるけど、意味がわからない。
「私が、二人を巻き込んじゃった……」
巻き込んだ?
「……すずかは、アイツが誰か知ってるの?」
「あの人は知らないけど……、身につけていた十字架には見覚えがあるの」
十字架?
……ああ、確かにそんなのつけてたわね。
イカレタ宗教者くらいにしか思っていたけど、組織の証みたいなものだったみたいね。
「何? あの十字架つけてる奴らがみんなすずかを狙ってるって言うの?」
「正確には私の一族を、だけど、…………すごく前にお互いに干渉しないって約束をしたはずなのに」
そう言ってすずかは俯く。
その顔は巻き込んでしまったという罪悪感でいっぱいで、とても悲しそうだった。
何で、すずかがそんな顔しなくちゃならないのよ…………。
「ムカつくわ」
「アリサちゃん?」
私は強く拳を握り締める。
爪が食い込んで痛いけど、私の怒りはそんなのもじゃ収まらない。
「一族が何だか知らないけど、すずかが何かしたわけじゃないんでしょ! 何であんなのに狙われなきゃいけないの! おかしいわよ!!」
力いっぱい、私は叫ぶ。
「すずかが他人に迷惑かけるような奴じゃないのは私がよく知ってる! なのはもきっと、いや絶対同じはずよ!!」
なのはがここにいたらきっと同じことを言ったと思う。
私たち三人は一年生の時からずっと一緒なんだから、それくらいわかる。
…………昨日喧嘩しちゃったけど、近いうちに仲直りしてみせるわ。
「けど、「be quiet!」!?」
すずかが何か言いたそうだったけど、その前に私は言う。
「たとえすずかがどんな一族の末裔でも、私はあんたの親友よ! これだけは絶対に変わりようがない事実なんだから!!」
これは私の本心、真実。
「たとえすずかが「化物でもか?」!?」
背後から聞こえた声に、私は急いで後ろを振り返る。
「こんな化物を人間扱いとは流石バニングスの一人娘、俺なんかとは器量がちげえや」
この部屋の唯一の出入り口に寄りかかり、両手に大きな剣みたいな物をもったアイツがいた。
その顔はおかしなものを見たかのように笑みを浮かべている。
……いや、そんあことよりも!
「あんた、今すずかのことを化物って言った?」
「ん、ああ言ったよ」
こいつは、何でもないかのようにそう言う。
「すずかは化物なんかじゃないわ! 大体。、人をこんな所まで誘拐しておいて、あんたは一体なんなのよ!!」
「………………」
私がそう言うと、アイツは急に黙り込む。
……いや、体を震わせて、
「……く、っくくく、はははははははははははははははは!!」
「な、何がおかしいよの……」
狂ったように笑うそいつに少し驚いたけど、それを表に出さないように、アイツに問いかける。
「っは……、いや、てっきりお友達には話してると思ったが、どうやらそうでもないみたいだな」
アイツがそう言ってすずかを睨む。
すずかはびくりと体を震わせると、怯えた目でアイツを見つめる。
「こいつはな、「いや…………」こいつらの一族はな「言わないで……」」
すずかの懇願も虚しく、アイツはこう言った。
「吸血鬼っていう化物なんだよ」
一瞬、私の頭は真っ白になった。
吸血鬼?
そんなのおとぎ話に出てくる空想上の生き物でしょ?
そう思ってすずかを見てみるけど、彼女の顔は絶望に染まったような悲嘆の表情を浮かべていた。
ただの冗談では、こうはならない。
だとすると、本当に吸血鬼?
「正確には吸血鬼の子孫、が正しかったか? 数百年前にいた最強の吸血鬼、人以上の運動能力に、何人をも寄せ付けない特異な力をもった一族、その末裔がこのガキだよ、差し詰めそんな人外をぶち殺すのが俺らの仕事ってわけ、こんな化物の一族なんて、生きてるだけで俺らの害悪にしかならないんだからさ」
聞いてもいないのにぺらぺらと勝手に教えてくれる。
おかげで、大体のことはわかった。
「……だから何よ」
「あ?」
怪訝な表情で私を見つめるアイツ。
そいつの目を見て、私は言う。
「さっきも言ったわ! 私はすずかがどんな一族の末裔でも、私はあの子の親友よ!! たとえ吸血鬼でも、それはぜっっっっっっっっっっっっったいに! 変わらないんだから!!!」
全身の血液が熱く、沸騰しているかのようにも感じる。
息も荒れ、喉も痛い。
それほど、私はアイツが許せない。
私の親友を、すずかを化物扱いしたコイツが許せない!
「……はは、傑作だわ」
剣を逆さに持ったまま、アイツは右手で顔に触れる。
「化物のお友達は狂人ってか、こりゃ話すだけ無駄だわ」
手を離したアイツの顔に笑みはなく、冷たいガラスのような目で私たちを見つめていた。
「しゃあない、こいつだけ殺して終わりにするつもりだったけど予定変更、全員殺すことにするわ」
それを聞いて、私の鼓動が早まるのを感じた。
「全員て、まさか七海も!? 彼女は今日出会っただけの部外者よ! 殺すなら私だけにしなさい!!」
「あ? そんなの誰が信じるかよ、化物と友達なだけで同罪だ」
「そんな…………」
すずかの顔が一層悲しみに染まる。
っく、何か、他に手はないの!?
小学三年生の私たちじゃ、大人の男には敵わない。
いくら考えても、待っているのは死という現実だけ。
「じゃあな、恨むんならそいつと出会ってしまったことを恨みな」
そいつが右手を振り上げる。
きっと、すぐにその刃が私を切り刻み、ただの物言わぬ死体へと変えるのだろう。
ああ、こんなことなら、なのはと喧嘩なんてするんじゃなかったなぁ。
なのは、私のもう一人の親友。
あの子には四郎も岐路もいるから心配はいらないだろうけど。
私がいなくなったら、きっと泣きじゃくるだろうな。
お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい。
ああ、神様。
会った事はないけど、どこかにいる神様。
私はどうなっても構いません。
どうか、すずかがここから逃げられるように、この先も幸せで暮らしていけるように、彼女を見守ってください。
景色が色をなくし、それがとてもゆっくりに見えた。
このような現象を私はテレビで見たことがある。
脳が危機を感じてリミッターを解除している状態だったかな?
そんあ状態だったから、私はそれをはっきり見ることができた。
ゆっくり、とてもゆっくり迫る刃。
そして、あいつの腕が外側に、有り得ない方向に捻れて、その剣を
「え?」
アイツ自身も、何が起きたのか全くわかってなかった。
当然だろう。
急に腕が折れて、持っていた剣が自分に突き刺さるなんて普通じゃありえない。
まさかすずかが?
とも一瞬思ったが、彼女も何が起きたのかわからない、というふうに驚いている。
じゃあ誰?
窓の外を見ても誰もいない。
扉の奥にも、誰もいない。
ここには私たち以外、誰もいない。
いや、本当は誰がやったかなんて、分かりきってる。
私はゆっくりと、彼女の方を振り返る。
「なな、み…………」
そこには杖を捨て自分の足で立ち、虹色に光る両目で私たちを見つめ、アイツ以上に狂った笑みを浮かべている彼女がいた。
吸血鬼
妖怪。
弱点は日光や銀など、一般伝承とあまり変わりないが、本当に強いものになるとそれらさえ効かなくなる。
特殊能力を持った者が多い。
月村家
妖怪、吸血鬼の血を引く一族。
数百年前、無敵の吸血鬼と人間が結ばれ、子を成したことにより彼らは吸血鬼の力を持つようになった。
現在では大分弱体化しているが、日光も流水も効かないなど、吸血鬼としては異常な特性が受け継がれている。
聖堂教会・魔術教会と不可侵協定を結んだのは約八十年前。