魔眼の少女   作:火影みみみ

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第19話

 

「え、あ、…………がああがああああああああああがあああああああああががあああああああがあ!!!?」

 

 男が悲鳴を上げる。

 皮膚を、筋肉を、血管を切り裂いた痛みが、彼の全身を駆け巡る。

 男はその場にうずくまり、傷ついた右足を押さえる。

 

「少しうるさいですね…………」

 

 七海は彼の方へ視線を向ける。

 その瞳には一切の感情はなく、まるで道端に落ちているゴミクズを見ているように感じられた。

 七海にとって男は、ただそれだけの存在だった。

 

「七海、ちゃん?」

 

「ん? ああ、すずかさん、おはようございます」

 

 驚くすずかに、七海は笑顔でそう返す。

 今さっき、人を傷つけたとは思えない程、綺麗な笑顔だった。

 

「七海……、あんた今、何をやったの?」

 

 冷静さを取り戻したアリサが七海に問いかける。

 友人の常識を逸した秘密、それを知った彼女には今の状況を飲み込むことは然程難しくなかった。

 

「ああ、少し、あの方の腕を曲げさせていただきました」

 

 少しと言うが、九歳の少女が、それも直接触れずに成人男性の片腕を折ること自体が異常だ。

 それを彼女は何となしにそう言った。

 彼女にとって先ほどの出来事は、取るに足らないということだ。

 

「あ、があああ!!」

 

 男が一際大きく声を上げる。

 少し後にカラン、と音を立てて剣が床に落ちる。

 男が力を込めて、右脚に刺さっていた剣を引き抜いたのだ。

 

「く、そ……」

 

 その後、すぐに懐から包帯を取り出し、それを脚に近づける。

 すると包帯自体が意志を持ったかのように独りでに動き、彼の脚を血がもれないように、渾身の力を込めて、縛り付ける。

 

「あら、あなたは魔術師だったのね」

 

 七海がそう言うが、男は応えない。

 しばらく痛みに苦しんだ後、男はようやく顔を上げる。

 

「はぁ、はぁ、はぁ…………、お前」

 

 顔を汗で濡らし、怒りの表情で七海を見つめる。

 

「その目は、魔眼、か?」

 

 その息は乱れ、今にも倒れそうな印象を受けた。

 アリサは魔眼とは何かわからず頭にクエスチョンマークを浮かべ、すずかと共にその目を見つめる。

 その目は明らかに普通の瞳ではなく、見る度に、いや見ている間にも刻々とその色を変えている。

 それはまるで万華鏡のようであった。

 

「ええ、そうですが、何か?」

 

「……………………」

 

 七海の返事に、男は応えない。

 

「…………ああ、そうか、なら問題ねえな」

 

 ぶつぶつと、小さく何かを呟いている。

 

「何? 聞こえませんよ?」

 

 そう言って、七海は近づく。

 その時、男の顔が怪しい笑みを浮かべたのをアリサは見逃さなかった。

 

「ダメ! 急いでそいつから離れなさい!」

 

 アリサは七海に警告するが、手遅れだった。。

 

「……え?」

 

 ドス、と小さな音が響き、七海は音の発生源である彼女の胸元を見る。

 彼女の体の中央、胸と胸の間から鋭く光る刃が顔を覗かせていた。

 

「かかったな、クソガキ!」

 

 彼がそう叫ぶと、それに反応してこの部屋のいたる所から刃が飛び出し、七海の全身を突き刺す。

 

「あ………………」

 

 この部屋にはある仕掛けが施されていた。

 外界との接触を断つ魔術的な結界に加え、術者の思うがままに対魔武器を発射する結界と、二重の結界が張られていたのだ。

 

「七海!?」「七海ちゃん!?」

 

 手足を貫かれ、肺を切り裂かれ、心臓をぐちゃぐちゃにされた彼女は、そのまま床に倒れ落ちる。

 男はそれを見ると、勝ち誇ったように声を上げた。

 

「はは、魔眼なら死角からの攻撃が有効って、相場が決まってるんだよ! 残念だったなクソガキが!」

 

 彼女の体を中心に、血が流れ出す。

 確認するまでもない、彼女はもう、死んだ。

 そうこの場にいる全員が確信した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

            「あら? もう終わりですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男がアリサに視線を戻そうとした時、確かに聞こえた。

 

 男は恐る恐る、振り返る。

 

「はは、ありえねえ…………」

 

 彼女は、立っていた。

 骨が折れ、心臓が潰れ、致死量を超える血液を流してなお、彼女はそこに立ちすくんでいた。

 

 アリサとすずかも言葉を失った。

 ありえない。

 彼らの常識がそう訴える。

 けれど、目の前に起きている出来事を否定できる材料が、見つからない。

 

「では、次は私の番ですね」

 

 唖然とする彼らを気にもとめず、七海は刃が突き刺さった腕を上げる。

 右手でピストルの形を作り、それを彼に向ける。

 

「バン」

 

 と彼女が発した時には、彼の左腕は消えていた。

 彼らには何が起きたのかわからなかった。

 ただ、瞬きした後に、彼の腕が消え去ったとしか理解できなかった。

 

「ああ腕が! 俺の腕が!」

 

 混乱しているからか、男は痛みを感じなかった。

 泣き喚く彼に七海は眉をひそめて、こう言った。

 

「うるさい」

 

 彼女がもう一度その手を男に向けると、男の頭部は跡形もなく消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

              「ジャスト一分」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「え?」」」

 

 その声に、全員が正気を取り戻す。

 彼らが最目にしたのは、あんなに切り裂かれたにもかかわらず傷一つない七海の姿。

 それだけではない。

 男の頭部や左腕もまた、まるで消えたことがなかったかのようにそこにあった。

 

 男は膝から崩れ落ち、左手を地面について、荒々しく息を乱して震えている。

 

 七海は彼に近づき、人差し指を口に当てて、彼に尋ねる。

 

「いい悪夢(ゆめ)は見れましたか?」

 

 彼はゆっくり顔を上げ、虚ろな目で応える。

 

「ゆ、め、だと…………」

 

「ええ、あなたたちは私の目を見た時からずっと、夢を見ていたのですよ」

 

 目を合わせた者に一分間だけ幻覚を見せる「邪眼」。

 これが今回使った魔眼である。

 

「この、化物…………」

 

 その言葉を最後に、精神が限界に達した彼は意識を失った。

 

「ええ、私は化物です」

 

 当然とばかりに、彼女はそう返す。

 

「こんな私が、人間であっていいはずありません」

 

 そう言った彼女の目は、どこか悲しそうに見えた。

 

「七海、ちゃん…………」

 

 すずかは立ち上がり、彼女に近づこうとする。

 

「すずかさん」

 

 その前に、七海はその虹色に輝く瞳ですずかを見つめる。

 その目に気圧され、すずかは足を止める。

 

「怖い、ですか?」

 

 その目を開いたまま、すずかに問いかける。

 

「え、あ、その…………」

 

 そんなとこはない、そう言いたかったすずかだったが、口が震えて思うように声がでない。

 その様子を見て、七海は笑顔で言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

        「なら、あなたはれっきとした”人間”です」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

 すずかは彼女が何を言っているのかわからなかった。

 今の今まで、家族すら、彼女のことを人間と言った人はいなかったからだ。

 

「このような状況を引き起こした張本人に恐怖を感じる、それは人間なら当たり前のことです、本当に化物ならばこれくらい何も感じませんよ」

 

 私のように、と彼女は付け加える。

 

「まったく、本当に酷い人ですね、少し吸血鬼の血を引いているだけで化物扱いとは、可笑しすぎて笑えます」

 

 その笑顔からは先ほどの狂気は消え去り、本当に同一人物なのか疑わしいほどだ。

 その変化についていけず、二人は何も言えない。

 

「ああそういえば聞くのを忘れていました」

 

 ふと、思い出したかのように七海は扉の方を向いて、尋ねる。

 

「あなたがたはどちら様ですか?」

 

 誰もいない場所に話しかける七海。

 その声に反応する人などいない、はずだった。

 

「あら、バレてましたか」

 

 そう扉からは見えない死角から、女性の声が聞こえた。

 

「だから言っただろう、バレているぞと」

 

 今度は男性の声。

 

「相談は後にして先に出てきて自己紹介などをしてくださると、ありがたいのですが」

 

 七海がそう言った少し後、彼らは姿を現す。

 

「申し遅れました、私はシエルと申します、こちらはアレクサンドロ・アンデルセン神父」

 

 紺色のシスター服に身を包んだ女性がそう答え、

 

「我らは神の代理人、神罰の地上代行者、我らが使命は、我が神に逆らう愚者を、その肉の最後の一片までも絶滅すること、Amen!」

 

 あの男と同じ十字架を身につけた神父が、両手に持つ銃剣を交差させ、そう言い放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 余談だが、そう言い放った神父の横で、困った表情でシスターは頭を抱えていたという。

 

 

 

 

 


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