魔理沙と魔梨沙のお話

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クーリエに投稿済み


黒白迷歌

 星屑が神社の境内に散乱する。

 世界が目まぐるしく回っていく。

 少なくとも霧雨魔理沙の目にはそう映った。

 

 日常茶飯事の弾幕ごっこ。その日常のことでさえ、魔理沙は勝ったことがない。

 楽園の素敵な巫女であり、年もさほど変わらぬ幼馴染の博麗霊夢に。

 

「霊夢ーお茶くれお茶ー」

「はいはいっと」

 

 弾幕ごっこも終わり、二人は神社の縁側に座っていた。

 せんべいを頬張りながら、軽い世間話をする彼女たち。

 それは一時の憩い。異変もなく、ゆったりと平和を満喫できる時間。

 それと同時に退屈という爆弾を抱え込む期間でもある。

 

「なぁ霊夢。今日で私は何連敗だっけか」

「さぁ、私は覚えていないわ」

「だよな……」

 

 覚えていられないほどに、魔理沙は負けていた。

 少なくとも、百という数字は優に超えてしまうほどに。

 

 夕日に光る橙色の髪を掻き毟る魔理沙。

 なんとも言えないもやもやとした気持ちが渦巻いていた。

 自身と変わらない年齢。そして自分とはまるで違う才気あふれる感性。

 異変が起これば起こるほどに差がついていく実力に、普通の魔法使いである彼女は嫉妬と同時に成長しない自分にジレンマを感じていた。

 

「魔理沙。今日はご飯うちで食べてく?」

「いや、今日は帰るぜ」

 

 箒にまたがり駆けだしていく。しばらくすると地上に影が一つ浮かぶ。

 シルエットだけなら立派な魔女だ。勝ちたいという心は、止めどない洪水のように溢れていた。

 

 

 

「ミスチーもっと飲ませろー」

「ミスチー言うな。飲むよりもっと八目鰻を食べなさい」

 

 屋台で魔理沙はお腹が破裂するくらい飲んでいた。

 視線は定まらず、誰と喋っているのかさえわからない。彼女はそんな状態だ。

 

 ミスティア・ローレライは困っていた。

 魔理沙というお客のせいで一般人が避けているからだ。

 誰だってこんな飲んだくれを相手にはしたくない。

 尤も、この店に来るのは森で目が見えなくなったお客ばかりなのだが。

 

「魔理沙はいるかしら」

 

 暖簾を人形達が上に持ち上げ、そこから金色の瞳が覗き込む。

 

「あら、珍しい。アリスも飲みに来たの?」

「こいつが付き合ってほしいっていうから仕方なくね」

 

 そう言ってカウンターに色々な液体をこぼしている魔理沙に指をさす。

 髪はぼさぼさ、顔はもうすでにぐしょぐしょの彼女を見て二人は揃って苦笑する。

 

「ミスチーも大変でしょうに」

「あんたまでミスチー言うか」

「どう?繁盛しているのかしら」

「最近はまぁまぁかな。慧音に妹紅とかも来たりするわ」

「そう。あいつらも仲がいいわね」

「あんたと魔理沙ほどじゃないよ」

「なんでそこで魔理沙が出てくるのかしらね」

 

 適当な話で盛り上がる二人。アリスにとって魔理沙は未熟者だ。

 種族としての魔法使いであるアリス。職業として魔法使いの魔理沙。

 口上では変わらない魔法使いだが、その意味は遥かに違う。

 そんなことを力説していると女将さんはいいタイミングでお酌をする。

 全く、いい商売していることだこと。そう思いアリスはミスティアの頭を軽く小突いた。

 

「あぁ、アリス来たのか。聞いてくれよ」

「はいはい。また霊夢のことでしょう」

「なぜわかる」

「あんたの顔を見れば……よ」

 

 わかるのもそのはずだった。最近の魔理沙は霊夢に躍起になって挑んでは連戦連敗。

 酷い時には汗一つかかさずに敗北することだってある。

 それほどまでに博麗の巫女は強いのだ。

 

 その度に必死な顔をしながら弾幕議論をしている魔理沙。

 聞くのももう慣れてしまった。

 その眼が必死すぎて、断りにくい。

 エキサイトして、カウンターを叩く。叩く。飲んでいたお酒もひっくり返る。

 その姿を見つつも苦笑している私って、甘いのだなぁとアリスは思った。

 

 

 

 

 ――――それでだな。私はこう考えたんだ。

 議論はまだ続いていた。アリスはもう勘弁してよね。

 という顔で魔理沙を見ている。ミスティアは客の手前上帰れとは言いにくい。これでも商売なのだ。

 

「あいつの強さはずるいんだよ」

「それで負けを認めるの?」

「そんなわけないだろう!」

 

 威勢良く立ち上がる。が、また座る。

 そしてつばの広い帽子が暖簾に引っかからないように屋台から出ていった。

 

「ちょ、ちょっと大丈夫?」

「大丈夫だ」

 

 そう言い、近くの草むらでうずくまる。

 魔理沙の顔はホラー映画にでも出てきそうな顔になっていた。

 

「ほら、無茶するから」

「飲酒もパワーだぜ……」

「はいはい。飲酒はブレインよ。ちゃんと自分の限界くらいわかりなさい」

「くそぅ……」

 

 星の光が届かないような暗い声を出す。

 上海人形達の柔らかい手が撫でるように魔理沙の背中をさすっていた。

 

「人形……便利だな」

「上げないわよ」

「借りてく」

「返さないから嫌」

 

 他愛のない会話が続く。

 そのせいか、気持ち悪さは過ぎ去って行ったようだ。

 再び、カウンター前に戻る。女将は嫌な顔をしたが、そこは腕の見せ所。

 営業スマイルで八目鰻を差し出した。

 

「んじゃこれラストオーダーでよろしくね。もちろん勘定は魔理沙で」

 

 うぎぎ、と呻きながら黒い財布を出し素直にお金を払っている魔理沙。

 これはなかなかに珍しい光景だった。

 

「そういえばあんたは黒と白よねぇ。いつも」

 

 その金髪は除いて。と付け加える。

 

「仮にも白黒の魔法使いだぜ?」

「霊夢も紅白で二色。私は七色だから勝ちね」

「意味がわからないな」

「要するに出来ることが多いということよ」

 

 後は自分で考えなさい。と言いアリスは歩いて家に帰っていく。

 魔理沙もそれに倣い、アリスとは逆方向に歩きだした。

 

 

 

 魔理沙にとって歩くことが今日は堪えた。

 主に振動が辛かった。口を手で覆いながらリバースしそうなのを避けつつ、先程アリスの言っていた言葉を反芻する。

 

「できることが多い……か」

 

 私はパワーしかないんだ。できることが少ない分それに特化するしかない。

 そう思いながら魔術書に書き殴っていく。

 

 魔術書を閉じると埃が舞う。

 最近掃除していなかったツケが回ってきていた。

 埃が口に入らないように面倒そうに手でそれを払う。

 そうしながらも考える。霊夢に勝つにはどうしたらいいかを。

 

「あいつは紅と白。私は黒と白」

 

 アリスの言葉を借りるなら、白の部分は同じである。

 しかし霊夢は天才である。同じ部分を比べるのならば明らかに霊夢の方に分があるだろう。

 それは彼女自身が一番わかっていることであった。

 アリスの言っていたことを繰り返し、そしてピースをはめていく。

 

「生半可なことじゃ勝てないな」

 

 そう、腐ってもさぼっていても博麗の巫女。中途半端なことは通用しない。

 それは重々承知していることだった。

 

 何をするにしても本日はすでに夜。

 行動するには暗すぎるし余計な怪物には襲われたくはない。

 ならば、夜が明けるまで寝ていようと思い、ホットミルクをゴクゴクとのどを鳴らして飲み、ちょっと埃臭いけれども布団をかぶった。

 

 

【The Grimoire of Marisa】

 

霊符「夢想妙珠」

・使用者      博麗霊夢

・備考   演劇タイプ

・回転度      ★★★

光の弾を適当に投げるスペルカード。近寄られたときに良く使う。

こだわりなのかはわからないが、目を瞑って回転する意味はあるのだろうか。

とりあえず適当に投げるだけ投げてお終いだ。

優れている珠らしいが、何が優れているのかはわからない。

 

 

 

 朝起きると甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 小刻みに聞こえる心地いいリズム。昨日酔っていた魔理沙にとってはこれ以上ない目覚めだった。

 

「あら、魔理沙起きたの?」

「アリス?あぁそうか。私が頼んだっけな」

 

 酔いつぶれた時はずっと寝ているだろうから起こしてくれと。

 律儀にも頼みごとを聞いてくれるアリスには、感謝をしていた。とはいえ、無償ではない。

 魔法使いにとって、いや世界にとって一方的なギブはない。ギブ&テイクは基本である。

 つまりは等価交換だ。色々してくれる代わりに。魔理沙は自分の魔術書を見せる。

 これもアリスのように使用する魔術書ではなく、日記のように書き留めていく、いわゆる魔術書と言い張っているものである。

 それでもアリスはそれを眺める。

 彼女は蒐集家であるため他人の持っているものには興味が湧くからだ。

 魔術書の類は少なからず見ていて楽しいのである。

 アリスは不出来な弟子を見ているようで。魔理沙は自分が見てあげないと、とも思っていた。

 

「はい。コーヒーよ」

「甘い香りはそのせいか。う……苦い。ミルク頼むわ」

 

 はいはいとアリスは返事をし、指を巧みに動かしていく。

 人形達がせっせと動く。黒一色の液体が白と溶け合い侵食していく。

 お互いが交わり合いそして色を変えていく。

 

「やっぱこのくらいじゃないとな」

「コーヒーは苦みを楽しむものよ」

 

 アリスは美味しそうに熱いコーヒーを喉に通す。

 魔理沙は、何度も息をかけて冷ましてから飲んでいた。

 

「うん……やっぱりブラックね。素の方が美味しいわ」

「それは人間が飲めるものじゃないだろう……私はだめ……ん」

「? どうしたのかしら」

「ちょっと思いついた。適当にくつろいでくれ」

 

 扉がバタンと叩きつけられる。

 開けっ放しになったドアとそこに取り残されたアリスを置いて、魔理沙は箒にまたがり空を飛んだ。

 

「全く。あいつはいつもそうだわ」

 

 アリスはコーヒーを飲み終え、古びた木の椅子から立ち上がる。

 見た目はボロボロなのだが、しっかりと魔法で強化されているところを見ると、魔理沙が努力をしていることは一目でわかる。

 それに免じて掃除でもしてあげるか。という気持ちにアリスはなっていた。

 料理も振舞ってあげようかしら。アリスの試行錯誤もまだまだ続きそうであった。

 

 

 

「小町ー相変わらずさぼっているなー」

「おっと、これは久々だねぇ魔理沙」

 

 流し舟の上に仰向けに寝転がっている小町に話しかける魔理沙。

 

「閻魔さまに会いたいんだがこの道をまっすぐでいいのかい?」

「映姫様に何かようさね? あー間違っちゃいないけど行くのかい?」

「ちょっと用事が出来たんでね」

「でも生きている者が彼岸に行くことは無理さね」

「くそっ、じゃあ無理なのか」

 

 がっくりと膝を折り、裾が砂で汚れる魔理沙。

 それほどまでに期待していたのだった。現状を打開する策はなく、虚ろに空を見上げる。

 

「そんなに世界が終ったような顔をしなさるなって」

「彼岸に行かないと閻魔さまには会えないんだろう」

「それは間違っているさね」

 

 にっと白い歯を見せて小町は笑い、ぐらぐらとする舟の上に立ち上がる。

 そして自身の身長よりも高い死神特有の鎌を振り下ろした。風を裂いて魔理沙の顔に風圧が直撃する。

 金髪の髪が靡き、黒い帽子が飛んで行きそうになるのをあわてて片手で抑えた。

 

「辛気臭いのは死んでからで十分。あんたはもっと元気に生きることさね」

「それもそうだな」

 

 すっと立ち上がり両手でスカートの裾に着いた砂を両手で払う。

 そいじゃ。と魔理沙は片手を上げて去ろうとする。

 

「映姫様は無縁塚にいるよ。あんたも気を付けな」

 

 舟の上で魔理沙の顔を見ずにひらひらと手を上げる。

 

「小町―! ありがとうなー!」

 

 遠くから声がする。もう行ってしまったようだ。

 本当に魔理沙と言う魔法使いはせわしなく動いている気がする。

 

「それを見るのも楽しいさね」

 

 あんたらもそうだろう。と、これから三途の川を渡る霊魂に話しかける。

 

「イキイキとしている瞳を見るのは好きさね」

 

 けれど、この後私は怒られちゃうんだあなぁこれがまた。

 言い訳を考えておかないといけないねぇ。

 サボリストたる小町はどう切り抜けるかを考えることにした。

 幸いにしてまだ時間はたっぷりとあるのだから。

 

 

 

 

「閻魔さまー遊びに来たぜ!」

 

 肝心の閻魔である四季映姫は紫の桜の前でじっと佇んでいた。

 紫の桜はある何かに似ていた。この膨大な妖気は忘れることはない。

 西行妖に通ずるものがあったからだ。魔理沙の背中に軽い冷や汗が流れた。

 

「何ですか。霧雨魔理沙」

「閻魔さまはこんなところで何をしているんだい?」

 

 スッと視線を上げまた桜を見つめる。桜の花びらがひらひらと散っていく。

 それはまるで桜が泣いているようだった。

 

「この桜は花を咲かせて迷いを断ち切るものです。一年に一度……それが今日なので私が立ちあいに来たのです」

 

 西行妖が命を食らう桜であれば、この桜は迷いを食らう桜なのである。

 無縁塚は人との関わりが無縁な魂が集う場所。

 悲しみ、妬み、迷い。それらが生まれるのは必然ともいえることだった。

 

「そう言えば貴方はなんの用でここに来たのですか」

「私は強くなりたい」

「強さを願う気持ちは誰にでもあることです。楽をして強くなるのは間違っています」

 

 どこから取り出したのかはわからないが、魔理沙はぺしりと頭を何か木の棒のようなもので叩かれた。

 魔理沙は爪が食い込むほど拳を強く握った。地面に散乱している花びらを見つめた。

 その姿に同情したのか、呆れたのか。映姫は口を開く。

 

「浄玻璃の鏡を見つめなさい。貴方の過去を見ればどこかにヒントはあるでしょう」

「私って結構いい顔しているな」

「……取り上げますよ」

 

 いつもの雰囲気に戻った魔理沙は徐々に調子を取り戻していた。

 八角形の箱に入っている鏡を覗き込む。この鏡には過去を見る力がある。

 

「おぉ、これは紅霧異変の時の……」

 

 魔理沙がパチュリーと魔法の比べ合いをしているところが映し出された。

 懐かしさがでる。もうずいぶん前のことだなぁと感慨にふける。だが過去はまだ続いた。

 

「……私の知らない過去だ」

 

 鏡の中でちゃんと巫女をしている(?)霊夢とその相方らしきものが存在している。

 

『きゃはは!』

 

 なんだこれは。私の知らない私が居る。魔理沙は一目で分かってしまった。

 これは私であると。魔理沙の中でぐるぐると思考が回る。

 考えるのも億劫になり地面に崩れ落ちる。脂汗が浮き出て、顔が蒼白になっていた。

 

『魅ー魔っさま! 今日は何を教えてくれるの?』

『あぁ魔梨沙。今日はとっておきの魔法を教えてあげよう』

 

 ほのぼのとしている風景。魔梨沙はこの魅魔と言う人に魔法を習っていたらしい。

 

「過去を垣間見ましたか?」

「あ……う…………」

 

 知らない自分が居ると言うのは怖いものである。

 恐怖と言う心が芽生えるのは、人間ならば当然のことである。

 魔理沙も例に漏れずガタガタと震えていた。

 

「知らない自分と話すことも大切だと思いますよ」

 

 力なく首を横に振る魔理沙。それほどまでに強烈なものだった。

 

「霧雨魔理沙。そう、貴方は過去を知らなさすぎる。知っておいて損はありませんよ」

 映姫が悔悟の棒をしまい、座りこんでいる魔理沙の頭に手を乗せる。

 風が息吹を止める。音が消える。一つの密室がこの場に生まれた。

 徐々に魔理沙の身体から、思念のようなものが取り除かれていく。

 それは形と成り魔理沙の前に姿を現した。

 

「あたしは魔梨沙。貴方は?」

「わ……私は魔理沙……だぜ」

 

 同じ名前。だが、映姫の力によって生まれた魔梨沙は髪の色が真紅だった。

 それに服の色は紫がかっている。魔理沙が見れば見るほど相違点しか見当たらなかった。

 よく見るとみつあみもない。そして口調も違う。

 それでも同一人物であることは魔理沙が一番知っていた。

 

「ねぇ、神社に行こうよ」

「神社って?」

「博麗神社に決まってるじゃない。靈夢は元気かなって」

 

 勢いよく袖を掴まれて、引っ張られる。

 魔理沙は未だに混乱している。無理もない、誰だってもう一人の知らない自分が居ると言われると、信じることは簡単にはできないからだ。

 ただ、久しぶりに外を見ることのできた魔梨沙にとっては、もう一人の自分と言うのは些細なことであり、なんの弊害もない出来事だった。

 

「靈夢! 靈夢!」

 箒から飛び降り、境内に砂埃が舞う。高いところから飛び降りたはずなのに、すぐに駆けだして、掃除をしている巫女に両手を広げて飛びついた。

 

「はいはい、あまり調子に乗るんじゃないの」

 

 魔梨沙が地面を蹴り、飛んだ瞬間にさっと身を引き、掃除用の箒を(元来箒は掃除用だが)軽く振り下ろす。

 すると境内には乾いた音が響き、飛びついた彼女は涙目になっていた。相当痛かったのかしゃがみ込み頭を抱えている。

 

「おい、大丈夫……か?」

「うん。大丈夫」

 

 魔理沙が頭を抱えている彼女の頭をなでる。

 なんだか自分が叩かれたようで、人事のようには思えなかったからだ。

 打撃を与えた巫女さんは、普通に掃除を続けていた。

 魔理沙が二人いることを知っていて、なお平然としていた。

 

「あぁ、魔理沙も来てたのね。あれ、魔理沙が二人いる」

 

 気づいてすらいなかった。

 さすが楽園の素敵な巫女と言われることだけはあり、その頭の中はおめでたいものだった。天然恐るべし。

 

「まぁ、上がって行きなさい。掃除も終わったしお茶でもどうぞ」

 

 いつの間にかに霊夢は掃除を終えており、神社の中に入ろうとしていた。

 二人は頷き、霊夢に促されるままに神社の中に入って行った。

 

 神社の中は一人の少女が住むには少し広い。

 五、六人がこの部屋に入っても窮屈にならないほど広い。

 三人が丸テーブルを囲み、座布団の上に腰を下ろす。

 霊夢はあまり物を置きたがらないのか、それとも執着がないのかはわからないが、必要最小限の物しかここにはなかった。

 

「はいお茶」

 

 湯呑みに濃い緑色の液体が注がれた。

 ズズっと音を立て霊夢がお茶を飲むのに対し、魔理沙たちは息を吹きかけてから飲もうとしていた。

 その様子がなんだかおかしくて、霊夢は頬を緩ませた。

 

 

 

 時は過ぎ去っていく。お茶を飲んで数時間が経とうとしていた。

 魔梨沙は霊夢の懐かしい話を聞かせてくれた。

 最初は空を飛ぶことができず、亀に乗っていたこと。それを見兼ねてか、訓練と称して遥か上空まで霊夢の手を取って行ったこと。

 昔話が出るたびに、霊夢は「そんなことあったかしらね」ととぼけていた。

 魔梨沙は笑って話す。魔理沙が知らないことをたくさん……。

 

 

 夜も更けてきていた。形の整った月が空に浮かんでいる。

 魔理沙は何かを忘れているような気がしてならなかった。

 

「魔理沙ー」

「んー?」

「なになにー?」

 

 二人の返事が被る。霊夢は苦笑しながら今日は二人とも泊って行きなさいと言って、布団を敷き始めた。魔梨沙はともかくとして、魔理沙は久々に霊夢の家に泊ることになった。

 その夜、魔理沙はなかなか寝付くことができなかった。

 隣を見ると、霊夢はすぅすぅと規則正しい寝息を立てて熟睡していた。

 しかし、もう一人の自分の姿を魔理沙は見ることができなかった。

 

「あいつ、起きたのかな」

 

 霊夢を起こさないようにそっと立ち上がろうとする。

 気配に敏感な巫女は衣擦れの音だけでも起きてしまうかもしれないので、布団から出るだけでも慎重を極めた。

 縁側の近くを見渡しても気配はない。

 神社中央、ちょうど賽銭箱がある場所で赤い髪をした魔梨沙は誰かと喋っていた。

 

「魅魔様! 魅魔様ぁ! 魅魔様!」

「魔梨沙は甘えん坊だな……」

 

 そう言って、魅魔と言う名の女性らしき人が彼女を抱きしめていた。

 

「魅……魔……」

 

 浄玻璃の鏡で見たのは確かにこの人物だった。

 遠くから覗き込んでいるだけなので、魔理沙には良く見えなかったが、この魅魔という人物は人ではなかった。

 魅魔の眼光が鋭く射抜く。魔理沙は目があったような気がして、すぐに寝室に戻って行った。

 

「ふん……全くあの馬鹿弟子が」

「なぁに魅魔様?」

「なんでもないよ……」

 

 ぽんぽんと背中を叩いて再度魔梨沙を抱きしめる。

 柔らかく包むのような笑みを浮かべ笑いかける。その笑顔に安心して魔梨沙は身を委ねた。

 魔梨沙にとっては一夜限りの優しい夢だった。自分の身体のことは自分がよくわかっている。

 今の自分は幻影であり、近日中に、いや今晩中にでも戻ってしまうだろうと。

 だからこそ、甘く二度と味わうことのない夢を過ごしていた。

 

 一方の魔理沙は布団にくるまっていた。息が苦しくなってくるのも構わずにだ。

 やはり自分は何かを忘れている気がしてならなかった。

 欠落感が彼女を襲った。本当に古い記憶で、本当に大切なものだったはずだ。

 そこまでは覚えているのにその先を思い出すことができなかった。

 

 長い時間失ってしまったものについて考える。

 だんだん酸素が頭に回らなくなってきてしまい、布団から顔を勢いよく出てしまった。

 霊夢を起こしてしまったのではないかと思い、霊夢の方に顔を向ける。

 先程と変わらずに寝ている霊夢を見てほっとしたのも束の間、魔梨沙に手招きされていた。

 

「こっちこっち」

 

 ひそひそ声で呼ばれたので布団の中から出ようとしたが、身体がうまく動かなかった。

 知ることに対して魔理沙は憶病になっていた。知ることは怖い。それでも行かざるを得ない。

 これは彼女自身の問題であったからだ。

 立ち上がり、神社中央まで案内される。案の定そこで待っていたのは先程の魅魔と呼ばれる女性だった。

 

「馬鹿弟子……元気だったか」

「弟子……」

「忘れているのかい。しょうがない奴だねぇ」

 

 弟子と言うことは魔理沙にとって魅魔は師匠と言うことになる。それを信じることは難しい。

 今まで教えてもらったことはなかったし、霊夢からそんな話を聞いた覚えもないからだ。

 

「私は久遠の夢に運命を任せる精神。そしてあんたの師匠の魅魔だ」

 

 魔梨沙は寂しそうに魔理沙を眺めていた。身体の一部が徐々に崩れ落ちていた。

 気付いているのは魅魔だけだった。

 

「魅魔……師匠……」

 

 何度も何度も繰り返し繰り返し復唱する。

 

『魅魔様に勝っちゃった……うふうふふふうふふふふふふふふふ』

 

 何か懐かしいものを思い出した気がする。魔理沙の見えないところで崩れ落ちていく身体。

 止まらない時間。それに呼応するように魔理沙は一つ一つを思い出していく。

 

「そう…………だ。どうして私はこんな大切なことを忘れていたんだ」

 

 思い出した。遠い過去に師匠と仰ぎ色々と教えてもらっていたことを。

 あの時の自分は本当に未熟で、それでも一生懸命に努力することだけは忘れていなかった。

 

「やっと思い出したか馬鹿弟子」

「あぁ、本当に……魅魔様なんだな」

 

 忘れられし悪霊。博麗神社に住みし悪霊。永い永い時をこの神社で過ごしていた。

 

「あんたの活躍は見ていたよ……私はずっとね……」

 

 紅霧異変の時を、春雪異変の時を、永夜異変の時を。私はずっと見ていたよ。と魅魔は言う。

 

「魅魔っ……様っ……」

 

 感情と言う波が氾濫を起こし、理性と言うダムが決壊する。

 涙が零れ落ちるのも構わずに魅魔に魔理沙は抱きついた。満足そうにその姿を見ている魔梨沙。

 こくりと師匠が頷いた。もう話すことはない。けれども魔梨沙も共に泣いた。

 

「話したいことはたくさんあるけれども、そろそろ時間だね」

 

 魅魔が空に指をさす。太陽がゆっくりと登ってくるのが見えてしまった。

 

「悪霊は夜にしか会えないのさ」

「それでも……」

 

 言いかけようとしたが、止められてしまった。魅魔は言葉を続ける。

 

「私はいつでもあんたを見ているよ。私はずっとここにいるよ」

 

 そう言って、魔理沙の胸をドンと叩く。

 

「元気でな魔理沙……」

 

 すーっと今まで実体化していた身体が消えていく。魅魔は笑って、魔理沙は泣いていた。

 手をずっとつかんでいたい。手を握ろうとしたが、もうその手を掴むことができなかった。

 

『私はここにいるよ』

 

 最後に言われたこの言葉。それを忘れなければずっと魅魔は魔理沙に心の中に居続けるだろう。

 

「そうだ……」

 

 魔梨沙にお礼を言わないと。もう一人の自分のおかげで忘れていたものを思い出させてくれたのだから。

 魔梨沙がさっきまでいた場所を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。

 魅魔の手の温もりの残滓を感じた。確かめるように何も握っていないはずの手を握る。

 

「もう、忘れない」

 

 誰かが聞いているわけでもない。それでも魔理沙は誓いを立てた。

 

 

 

「小町! 貴方が魔理沙にあの場所を教えたのでしょう?」

「きゃん! あの子が映姫様を必要としていたからですよ」

 

 三途の川のほとりで二人が喋っていた。

 

「まぁ、善行を積ませるために私のもとに送ったのは分かりますから許してあげましょう」

 

 それでもぺしぺしと棒で叩く。

 

「映姫様痛いです! 絶対に許していないでしょう!」

 

 映姫の手が止まることはなく、小町の頭を叩き続ける。

 

「働きづめも良くありませんね。小町。今日は飲みに行きますか」

 

 不意に手が止まる。小町は満面の笑みで頷いた。

 ちょっと説教臭くなるのだろうけど、映姫様と飲むことは楽しいことを小町は知っているからである。

 

 

 

 世界と言うのは常に二つの側面を持っている。

 それこそ、どちらかが欠けてしまうと価値がないものになってしまう。

 白と黒。人間にも二つ以上の側面は必ず持っている。

 それでも一途な想いを持つ者は焦らずとも強くなる。

 

 魔理沙がそれに気づくのはもっと先のことである。

 気付けないからこそ面白いものもある。何にせよ今日も幻想郷は平和である。




懐かしかったので。

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