お昼をだいぶ回った午後の時間、蔵へと繋がる天板が慌ただしく開けられた。
「遅れてごめんね!」
そこから顔を覗かせたりみは、荒く呼吸をしながらハの字の眉を見せた。
「りみおせーぞ。主役が遅れてどうするんだ」
「ご、ごめんね」
「有咲、誰よりもソワソワしてた」
「おたえは余計な事言うんじゃねー!」
「随分遅かったけど、何かあったの?」
「うん、ちょっとね。また今度、ちゃんと話すよ」
適当に言葉を濁したりみは、
「りみりんはそこ座って!」
と見るからにウズウズしている香澄に、テーブルの正面に座らされる。
すでにテーブルにはお菓子やジュース、やまぶきベーカリーのパンが所狭しと並べられている。
「えー、それじゃあみんないいかな? クラッカー持った?」
「持ったから早くしろー。りみも待ってるぞ」
「分かってるよ〜」
香澄は咳払いを一つすると、クラッカーの紐を握って心からの笑顔をりみに向ける。
「──りみりん、ハッピーバースデーッ!」
パンパンッ。と同時にクラッカーが鳴り響き、りみの頭には飛び出したテープが降りかかる。
「えへへ、みんなありがとう」
「う〜ん、ついにりみりんの誕生日だね〜! 待ちに待ったよこの時を!」
勢いあまって立ち上がった香澄は、ジュースを注いだコップを高々と掲げる。なみなみと注がれた中身が溢れないかヒヤヒヤするりみだったが、幸いその心配もなく。
「みんなコップ持った⁉︎ ──カンパーイ!」
カンパーイ、と。それぞれのコップを軽くぶつけ合う。少し遅れて、座り直した香澄も。
「さて、じゃあ早速だけど、りみりんにこれを」
沙綾が取り出したのは、お馴染み『やまぶきベーカリー』の紙袋。テーブルの上にもいくつか置かれているのだが、そこに『あのパン』は無い。
「りみりんの誕生日って事で、私もお父さんも張り切って作ったんだ〜」
少しもったいぶる沙綾。りみの目は、隠す気がないほどにワクワクしている。
「──じゃーん! 特製チョココロネ!」
「わあぁぁ〜! チョココロネだ〜!」
キラキラと顔を輝かせるりみの前に、沙綾はチョココロネを置いていく。
「今日は特別に、色んなチョココロネ作ってきたんだ〜。ビターチョコを使ったのとか、ホワイトチョコ使ったのとか、あとは桜風味にしたのもあるよ」
バリエーション豊かなチョココロネに、りみは感極まって両手を合わせる。
「どれもめっちゃ美味しそう……。ありがとう沙綾ちゃん!」
「どういたしまして。そうやって喜んでくれると、作った甲斐があるよ」
「うんうん、沙綾の家のうさぎのしっぽパンは格別だよね」
「ってオイおたえ、空気読めよ! てか食べるのはえーよ!」
誰よりも先にパンを頬張るたえに、有咲が呆れ声を飛ばす。
「あっ、おたえのそのパン、私も狙ってたのに!」
「いくら香澄でも、これは譲れない。このパンは、私に食べられる為に生まれてきた」
「むむ〜! じゃあ私はこっちの星パン食べる!」
「実はそれヒトデパンなんだけどねー……って聞いてないか」
「お前ら今日何の日か忘れてるだろ!」
「あ、有咲ちゃん、そんな気を遣わなくても平気だよ? ちゃんと気持ちは伝わってるから」
ツッコミの気苦労が絶えない有咲を、りみはフォローする。
「はぁ……。これじゃいつもと変わんねーな」
「私はその方が嬉しいよ。こうやってお祝いしてくれるだけで嬉しいもん」
「──あ、じゃあ特別にすればいいんだ」
パンを一つ平らげたたえが、おもむろに立ち上がった。そして何故かりみの背後に回り込むと、頭を撫で始めた。
「りみ、よしよし」
「えっと……おたえちゃん?」
「りみの誕生日だから、りみを甘やかす。今日だけりみは、ポピパの妹」
「……何で妹なんだ?」
「ポピパの五人で、誕生日が一番最後だから」
「安直じゃねーか……」
呆れた有咲だったが、
「はいっ! 私もりみりん甘やかしたい!」
ギターボーカルは乗っかる。
「おたえが頭撫でてるから〜、私はどうしようかな〜」
香澄は少し思案した後、たえと同じようにりみの背後へ回る。
「香澄、ここは私のポジション」
「え〜いいじゃんおたえ。半分譲ってよ〜」
香澄は強引に場所を陣取ると、りみの肩に手を置く。そしてトントンと優しく叩く。
「りみりんはいつも作曲頑張ってくれてるからね〜。こう見えて肩たたきは得意なんだよ!」
「はわぁ〜、確かにほぐれる気がするかも……」
「マジかよ……」
まんざらでもなさそうなりみを見ながら、止めるタイミングを失った有咲。
「あ、じゃあ私も甘やかしちゃおうかな〜」
意外と、沙綾もこういった事には乗り気である。りみ本人も、少し楽しそうである。
「んーでもどうしようかな。おたえも香澄もいいとこ取ったな〜」
完全に弟妹二人を見る表情の沙綾。
「──あ、りみりん髪型ちょっと崩れてる」
「えっ、ホントに?」
「うん、前髪とかこの辺とか、よく見るとね」
「急いで来たからかな……。うぅ恥ずかしい……」
「いいじゃん。それだけこのパーティー楽しみにしてくれてたって事だもん」
沙綾はウインクをすると、ポーチから櫛を取り出す。慣れた手つきでりみの髪を梳かし、
「沙綾ちゃん、すっごい上手だね」
りみは少し目を丸くする。
「まあね〜。沙南の髪をセットするの、私の役目だし」
三人に囲まれリラックスしたりみを見ながら、
「…………」
どうしていいか分からない有咲。
「有咲はいいの?」
そんな心を見透かしたかのように、沙綾が振り返る。
「な、何がだよ」
「 りみりん甘やかせるのなんて、今日くらいだよ〜? どうせ普段は恥ずかしがってやらないんだしさ」
「はぁ⁉︎ 別にやりたいなんて言ってねーだろ!」
「有咲ちゃん?」
「な、何でりみがそんな顔するんだよ……」
本日の主役から、何かを期待するような眼差し。
「……………………うぁーっ!」
有咲は下を向いて葛藤。直後に大きな声で吠えた。
「分かったよ! やればいいんだろ!」
投げやりな気がしないでもないが、有咲は勢いよく立ち上がった。
「ところで有咲は何をするの?」
「は? 何ってそれは……」
改めてりみを見る有咲。後方をたえと香澄、前方を沙綾の配置に、有咲の入る余地が無い。
「えっと……」
何も考えていなかった有咲は、りみからの視線に耐えられずテーブルを見やる。そしてそこに置いてあった、数々のチョココロネに目が止まった。
「……よし」
有咲はチョココロネを一つ掴むと、
「…………ホラ、りみ」
それをりみの口元に差し出した。
「わ、有咲ちゃん……」
「わお、大胆だね有咲」
「有咲、侮れない」
「ずるーい! 私もやりたかった!」
「お前らうるせー!」
ニヤニヤと微笑む三人に噛み付くと、そっぽを向きながら有咲は頬を染める。
「……まあ、りみの頑張りはいつもすげーなって思ってるし? 実際助けられてる場面も多いからさ……」
「有咲ちゃん……ありがとう」
「いいから早く食べてくれよ。何か恥ずかしいだろ!」
「うん、いただきます。──あーむっ」
有咲が差し出したチョココロネにかぶりついたりみ。
「ん〜、やっぱりチョココロネおいひ〜……」
うっとりするりみに、やれやれと肩をすくめる有咲。
「──あ、おいりみ。チョコ付いてるぞ」
「へっ? どこどこ?」
「ちょっと動くなよー」
そう言って、りみの口元をティッシュで拭う。
「ありがとう、有咲ちゃん」
「勢いよく食べすぎなんだよ……。もうちょっと落ち着けよな」
チョココロネをお皿に置こうとした有咲を、
「あの、有咲ちゃん」
りみが呼び止める。
「ん? どうした?」
「その……もう一回やって欲しいなって……」
「……はあ⁉︎」
「その、結構新鮮というか、楽しくて……。ダメ……?」
微妙な態勢のまま固まっていた有咲は、大きく息を吐き出した。
「……りみって案外そういうとこあるよな……。──もうここまで来たら、開き直ってやるよ。今日はトコトン甘やかすからな、覚悟しとけよりみ!」
ビシッと差し出されたチョココロネを頬張りながら、
「えへへ、めーっちゃ幸せ」
りみは楽しそうな笑顔を浮かべた。