夕食を終えたコレットたち新入生は、スリザリンの監督生に寮へと案内され、まず談話室へと足を運んだ。大理石に囲まれた荘厳な場所ではあるものの、地下にあるせいかジメジメと冷たく陰鬱な雰囲気が漂っている。
だが、今のコレットの気分はその談話室よりも更に陰鬱なものであった。
「あーやだやだ。根暗な子が部屋にいるだけで空気が澱んじゃうわ」
「あらパンジー、彼女と知り合いなの?」
「まあね、でも関わらない方がいいわよ。彼女の陰気さがうつるから」
「それは勘弁してほしいわね」
「(そいつの方が陰険じゃない!)」
これからコレットが生活していく大部屋の中では、パーキンソンが他の女子生徒たちにコレットの悪口を吹聴している。これがコレットを顰め面にしている原因だった。
純血を重んじるスリザリンの寮生は、基本的に家柄によって上下関係を決める。没落し名声の衰えたルベインアンツ家の小娘より、聖二十八一族に名を連ねるパーキンソン家のご令嬢に味方するのはごく当然の流れであった。既にキーパンソンのグループが確立しつつあった部屋の中はとても居心地が悪く、コレットはその部屋を出る他なかった。
部屋を出たコレットは誰もいない談話室の椅子に深く座り込み、膝を抱え込む。湖の地下に設置されているスリザリンの談話室の窓からは、湖の内部を見渡すことができた。雲一つない夜なのか、月の光が水面に差し込み、ゆらゆらと揺れている様が窓に写り込んでいる。気分を紛らわせるように、コレットはその様をじっと見つめていた。
「はー・・・」
『本当に、君ってツイてないよね』
「自分の運の無さが身に染みるわ・・・」
この先あの女と同じ部屋で生活していくのか・・・。汽車の中でコレットの中に満ち溢れていた期待は、今やこれからの学校生活を憂う不安に変わり果てていた。
未だにコレットを嘲笑う声が彼女の耳には残っている。それから逃れるように両耳を両の手の平で塞いでいると、霊体化を解いたセイバーが姿を現した。
その姿は、ルベインアンツの屋敷で過ごしていた時のような白のYシャツに黒のベストという簡素な恰好ではない。銀の装飾が施されている黒のチェスターコレットに細身の剣を腰に差した、初めて出会った時の姿であった。
「何でわざわざ出てきたのよ」
「忘れたの?君の令呪を隠さなくちゃいけないんだ。これを君にあげるために、少しだけ現界した」
セイバーがコレットに手渡したのは黒い手袋だった。薄いレザー生地で作られたそれは、コレットの右手の甲に刻まれた令呪だけを隠すように、指部分を覆う生地がなかった。
「それには幾重にも魔法がかけてある。手袋を着けていることにさえ気付かないだろうさ」
「でも、どうやって用意したの?」
「メントが君に持たせていた冬用の手袋を改造した」
「嘘でしょ最悪すぎる」
「仕方ないだろう、他に代用できる物がなかったんだ」
コレットは手に巻かれていた包帯を取り去り、しぶしぶ手袋を右手に嵌める。
それをしっかりと見届けたセイバーは、幼い子供に言い聞かせるようにコレットに注意を促した。
「いいかい?それを極力外さないようにするんだ。君みたいな子供がそんな規格外の魔力を秘めた刻印を持っていると知られたら、非常に厄介なことになる」
「・・・分かった、外さないようにする」
コレットの言葉を聞いたセイバーは、すぐに姿を消す。
セイバーの方へ向けていた顔を抱え込んでいた両膝に隠した。せめて明日から始まる授業は楽しいものであればいい―――そんな思いを抱きながら、コレットは暫く談話室に座り込み、しぶしぶと部屋へ帰っていった。
コレットの授業は、まず“薬草学”から始まった。魔法界で群生している植物の育て方やその使用方法などを学ぶ授業である。次の授業は“魔法史”で、これはホグワーツで教鞭を執る教師の中でも唯一のゴーストであるピンズが教える授業であった。これら二つの授業は杖を使用することがなく、寧ろエドワードによって強制されていた勉強で培った知識が役に立ち、他の生徒と比べて良い評価を得ることができた。コレットはスリザリンに二点分の追加点を加算させることができたのである。
魔法史の後の授業は、マクゴナガルが教える“変身術”の授業だ。グリフィンドールと合同で行うことになったため、席を早めに確保しておこうとコレットは駆け足で教室を移動した。まだまばらにしか生徒が席に座っていない中、コレットが席に着こうとすると、後ろから声をかけられる。そこにいたのは、入学式の組み分けの儀式の際、コレットの隣でホグワーツの歴史という本の一説を紹介してくれた少女だった。
「あなた、スリザリンに入っちゃったわね」
「・・・うん、同じ寮になれなかったね」
「顔が強張ってるわよ?あなたって人と話すのが苦手なのね。・・・そういえば、自己紹介してなかったわ。私、ハーマイオニー・グレンジャー。まあ、昨日の入学式で名前を呼ばれたから、知っているでしょうけど」
「わたし、コレット・ルベインアンツ。よろしくね、えっと・・・グレンジャーさん」
「ハーマイオニーでいいわ、堅苦しいもの。・・・本当に人と話すのが苦手なのね、何だか変に心配になるわ・・・」
挨拶もそこそこに、二人が席に着くとちらほらと生徒が教室に入室してきた。予鈴が鳴ると、昨日と同じ緑のローブを靡かせながらマクゴナガルはやってきた。
「変身術は、ホグワーツで学ぶ魔法の中で最も複雑で危険なものの一つです。いい加減な態度で私の授業を受ける生徒は出て行ってもらいますし、二度とクラスには入れません。初めから警告しておきます」
マクゴナガルは厳格な雰囲気を漂わせながら教卓の前に立ち、ぴしゃりと言いつけた。
多くの生徒はマクゴナガルの威厳のある声に肩を竦ませていたが、コレットの隣に座っていたハーマイオニーだけはきらきらとした目でマクゴナガルを見つめている。
マクゴナガルはまず手本に机を豚に変えると、また元の姿に戻して見せた。それを見た生徒たちは、すぐにハーマイオニーのようにきらきらと目を輝かせ、早く自分もやってみたいと逸る気持ちを抑えられない様子だった。
彼女は生徒たちにさんざん複雑なノートを取らせると、マッチ棒を配布し“マッチ棒を針に変える”という課題を与えた。それを達成できた生徒は一人としていなかったが、ハーマイオニーだけはマッチ棒を僅かに変身させた。滅多に見られないマクゴナガルの笑顔を引き出すことができたのだが、その笑みはすぐにコレットによってかき消された。
コレットがハーマイオニーをお手本に杖を振ると、マッチ棒が爆発し四散したのである。
「ちょ、何をどうしたらそんなことになるの?!」
「ミス・ルベインアンツ!一体何をどうしたらマッチ棒を爆発させることができるのですか!」
『君、“コンフリンゴ”を唱えたのかい?』
「・・・すいません」
授業にさえ付いてくるセイバーの悪態と、生徒たちからの笑い声で、コレットは顔を俯けることしかできなかった。
沈んだ気持ちを抱えたまま、コレットは次の授業が行われる教室に向かった。変身術の授業と同じくグリフィンドールと合同になったその授業の名は”魔法薬学”。スリザリンの寮監であるスネイプが受け持つ授業である。
変身術の授業の相違点は、コレットの目の前にキーパンソンが座っていて、両隣には彼女の取り巻きが座っていることだった。
コレットは肩身が狭くなる思いを募らせながら、スネイプの演説を聞く羽目になった。
「このクラスでは杖を振り回すようなバカげたことはやらん。そこで、これでも魔法かと思う諸君が多いかもしれん。沸々と沸く大釜、ゆらゆらと立ち昇る湯気、人の血管の中を這い巡る液体の繊細な力、心を惑わせ、感覚を惑わせる魔力・・・諸君がこの見事さを真に理解するとは期待しておらん。我輩が教えるのは、名声を瓶詰にし、栄光を醸造し、死にさえ蓋をする方法である―――ただし、吾輩がこれまで教えてきたウスノロたちより諸君がまだましであればの話だが」
そう語ったスネイプは相当ハリーを嫌っている様子だった。演説中に机に向かってノートを取っていたハリーに容赦なく専門的な知識を要する質問を投げつけ、答えられないと容赦なくグリフィンドール寮の点数を減点していったのである。
減点して満足したのか、次にスネイプは初歩的な魔法薬である“おできを治す薬”を、生徒たちをいくつかのグループに分けて調合させた。杖を使わずに済むことに安堵したコレットだが、果たしてパーキンソンとそのお供と協力して作れるのか不安で仕方ない。意を決したコレットは教科書通りを見ながら製作に取り掛かったのだが、そこでパーキンソンが邪魔してきた。
「あなた、変身術の授業であんなに笑われたのに、よくもおめおめと顔が出せたわね」
パーキンソンのその一言で、コレットの両隣に座っていた取り巻きたちはくすくすと笑い始めた。その失敗を未だに引きずっていたコレットは見事に手元を狂わせた。火にかけていない鍋の中に“山嵐の針”を落とすと、鍋は噴水のように水を噴き上げて、コレットとパーキンソン、取り巻きたちをびしょ濡れにしたのである。
教室の床も水浸しにしたことで、スネイプはこめかみをひくひくさせながらこう言った。
「・・・スリザリンは2点減点」
コレットは、薬草学と魔法史で獲得した点数分を減点された代わりに、”今年初めてスリザリン生でスネイプから減点を受けた一年生”という名誉を授かることになった。
「おい、“コンフリンガー”だぜ」
「ほんとだ、テーブルで本読んでる。本まで爆発させる気か?」
『ぶふっ!面白いあだ名を付けられてるね・・・!』
「(穴があったら入りたい!)」
あれから数日が経った木曜日の朝、コレットの心は既に羞恥心でいっぱいだった。
大広間のスリザリンのテーブルで、一人ぽつんと座るコレット。彼女を見かける一年生たちは一様に“コンフリンガー”とコレットを呼ぶ。それは“爆発呪文”で知られている”コンフリンゴ”から名付けられた悪名であり、魔法を実践する授業でことごとく爆発を引き起こすことからそう呼ばれるようになった。
パーキンソンに至っては、これまでまともにコレットの名前など呼ばなかったというのに、このあだ名が流行してからは「あらミス・コンフリンガーじゃない」と煽ってくるようになった。その上、彼女がこの悪名を流行らせているせいで、一年のスリザリン生でコレットと仲良くなろうという人間はいなくなり、ドラコくらいしか話しかけてこなくなったのだ。
周囲の生徒が向けてくる視線は、明らかにコレットを揶揄しているものであり、コレットは手に持っていた本で顔を隠す他にそれから逃れる術はなかった。どこにいっても同じ視線を向けられるからだ。
「ほんとにもう、最悪すぎる・・・。あー、“クィディッチとは、二チームに分かれ、所定の球をゴールに投入して得点を競う協議であり・・・”」
『“クィディッチ今昔”なんて読んでも、箒の飛行技術は上がらないよ』
「読まないと落ち着かないのよ!」
コレットははっと息を飲む。周囲に誰もいないのに、あたかも誰かと喋っているような大声を上げたコレットに更に視線が集まったからだ。
泣く泣くコレットは手にしている本を無心で読むことにした。コレットが手にしている本は”クィディッチ今昔”という、言うなればクィディッチについての歴史やルール、果てにはクィディッチにおいて必須である飛行技術についても事細かに記してある書物である。
この日、またもやスリザリンとグリフィンドールは合同授業であった。授業内容は“飛行訓練”であり、これはコレットが最も心配していた授業でもあった。
コレットは箒に跨ったことがない。エドワードに箒を触らせてもらえなかったことも理由の一つだが、何より幼少期からドラコに聞かされてきたクィディッチの自慢話のせいで、興味を持つ前に毛嫌いするようになったからである。
人間なんだから地面に足を付けて歩けばいいじゃない。魔女らしからぬ思考に陥っていたコレットの横に、“クィディッチ嫌いの原因”となったドラコがやってきた。
「おはようコレット。今日は飛行訓練の日だな」
「オハヨウドラコ、ソウダネ」
「どっかの誰かさんが、箒の柄に頭をぶつけないことを祈ってるよ」
『僕はぶつけるに3ガリオン賭けるよ』
「もういやぁ!」
この世に味方はいないものかとコレットは嘆いた。こうして彼女はその日の午後三時に、嫌々ながら校庭に向かうことになったのである。
良く晴れた少し風のある日は飛行訓練にもってこいの天気だ。既に校庭の地面に置かれていた箒の横にコレットが近づくと、変身術の授業の時と同じようにハーマイオニーがやって来た。
「こんにちはコレット。あなた、随分面白い呼び方されてるわね」
「うっ!ひどいよグレンジャーさ」
「ハーマイオニー」
「ハ、ハーマイオニー」
「あなたはもう少し会話に慣れるべきね。そんなんじゃ、何時まで経ってもハリーに話しかけられないわよ」
「え、何でわたしがハリーと話したいって思ってると思ったの?」
きょとんとするコレットに、ハーマイオニーは呆れつつ理由を話した。
「だってあなた、合同授業の最中ちらちらハリーを見てたもの。入学式の日だって、本当はマルフォイを諫めようとしたんでしょう?ロンはあなたを取り巻きか何かだと勘違いしたみたいだけど、実際は、なんていうか・・・無理やり付き合わされてた感じがするもの」
「おっしゃる通りで・・・」
「やっぱりね」
「で、でも!ドラコはかなり嫌味なところがある陰険だし自慢ばっかだけど、悪いやつじゃないの。・・・多分、もしかしたら、おそらく、ちょっぴり・・・?」
「説得力が欠ける弁明ね・・・」
顔を合わせることが多くなったハーマイオニーは、コレットにとって話しやすい存在となっていた。二人が話し込んでいると、この授業を受け持つ教師であるマダム・フーチがやって来た。
白髪を短く切り揃え、鷲のような黄色い目をした彼女はがみがみとした大声で校庭に散らばっていた生徒を集める。
生徒全員が箒の傍に立ったことを確認し、マダム・フーチは「右手を箒の上に突き出して」と指示を出した。
「さあ、皆さんこう言って。“上がれ!”」
「上がれ!」
マダム・フーチの言葉に続くように、生徒全員が“上がれ!”と叫んだ。
コレットが叫ぶと、箒は起き上がる素振りを見せてすぐに地面に転がった。どうやらハーマイオニーも同じ結果のようで、彼女の箒は地面の上でころころと転がっている。
対して向かい側にいたハリーはすぐに箒を手に取った。ここ数日間、どうにかハリーと話したくて彼に関する本を読み漁っていたコレットは、これが”生き残った男の子”の才能なのかなと純粋に羨ましいと思った。
ハーマイオニーに指摘された通り、コレットはハリーをちらちらと見る。それにハリーが気が付き訝し気に視線を向けると、コレットは思わず顔を背けてしまった。
見ていないふりをするように、半ばやけくそで「上がれ!」とコレットが叫ぶと、
「あだっ!」
「コレット!?」
中途半端な気持ちが伝わったのか、地面に伏せていた箒は勢いよくコレットの額に衝突してしまったのである。
その反動で地面に後頭部もぶつけたコレットは、目を回しながら仰向けの状態で気絶した。横にいたハーマイオニーはすぐに膝を折ると、コレットの上半身を抱き起こす。
「コレット、コレット!しっかりして!」
「星・・・星が見えたスター・・・」
「訳の分からないこと言わないで!早く医務室に行きましょう!」
「全く何をしているんですか!ミス・グレンジャー、ミス・ルベインアンツを医務室に連れて行きなさい」
まるであらかじめ用意されていたような寸劇を一部始終目の当りにしていたマダム・フーチは呆れ返っていた。ハーマイオニーはコレットの右側を支えると、たどたどしい足取りで医務室へと向かう。
「・・・大丈夫かな」
心配そうに見つめていたハリーを、コレットは知る由もなかった。
翌日の昼休み、コレットは“クィディッチ今昔”の本を返却するために図書室に赴いていた。
「おい、コンフリンガーだぜ」
「噂じゃあ飛行訓練の授業で、箒の穂先を爆発させたってさ」
「まじかよ」
この作り話を広めたのはコレットを目の敵にしているパーキンソンであった。昨日の飛行訓練の後から伝染病の如く広めたらしい彼女の今日の笑顔はとても光り輝いている。その代わりに、噂の的であるコレットの顔には隈ができていた。
『ひどい噂になってるね。あのパグ犬面、下らない働きだけは一級品だ』
「図書室に行くまでに凄い見られてた・・・。もうわたしここで生活していけないんじゃないかしら・・・」
パーキンソンの陰湿ないじめは、着実にコレットの精神をすり減らしていた。
他人を避けて通るように本棚に隠れながら図書室内を移動するコレット。却ってそれが目立つことをセイバーは知っていたが、敢えて指摘することはなかった。
隠れることばかりに集中していたコレットは、周囲ばかりに視線を彷徨わせている。そのためだった。彼女は前方に人がいることに気づかず、ぶつかってしまったのだ。
「わっ!す、すいません!・・・って、あ!」
「こちらこそ、本の背表紙に集中してたから・・・って、コレットじゃないか!」
コレットがぶつかった人物はセドリックであった。セドリックは「入学式以来だね」と愛想良く笑うと、ぶつかった拍子に尻餅をついたコレットに手を差し伸べて立ち上がらせた。
「ディゴリーさんこそ、久しぶりですね」
「セドリックでいいよ。そういえばコレット、随分面白い呼び方をされてなかったかい?」
「んんっ!」
コレットの噂は同級生だけでなく上級生にも広まっていたらしい。あまりの恥ずかしさに頭を抱えるコレットを見て、セドリックは心配そうに眉を顰める。
「他人から変な目で見られるのって辛いよね。もし、僕にできることがあったら相談してくれよ」
「そんな、その言葉だけで十分です。・・・わたしが招いた結果なので」
「でも、君は辛そうだ。・・・そうだ。もしよければ、僕が魔法を見てあげようか?」
「へっ」
良い思い付きだと言わんばかりに笑顔を浮かべるセドリックとは裏腹に、コレットは驚きを隠せなかった。面倒見の良い先輩だとは思っていたが、ここまで真摯に向き合ってくれるとは思わなかったからである。
「そんなに驚くことかい?」
「いや、だって、諸々言いたいことはありますけど・・・第一に、わたし、スリザリン生ですよ?」
「スリザリン生である以前に、君は入学式の日、コンパ―メントで知り合った後輩だ。後輩の面倒は、先輩が見るものだろう?」
少しおどけたように軽くウインクをするセドリック。たったそれだけの仕草は、コレットの顔を林檎のように赤くするには十分な効果があった。
現状、唯一コレットが頼れる存在はハーマイオニーしかいない。しかし彼女はグリフィンドールの寮生である。かの寮と因縁のあるスリザリン生のコレットは、合同授業以外の時間では中々ハーマイオニーに近づくことができないでいたのだ。
そんな状況の中、降って湧いたような救世主に、いっそ縋ってみようかと考えたコレットはちらりとセドリックの方に視線をやる。そこには人好きのする笑みを浮かべたセドリックがおり、最早頼る他に選択肢は残されていないような錯覚に陥ってしまう。
いっそ本当に頼ってしまおうか。だが、その背後にいた存在を見てしまったコレットは、すぐにその考えを打ち消すしかなかった。
「(あ)」
彼の背後から睨みつけてくる女子生徒の殺気を感じ取ったのである。
「え、遠慮しておきます」
「やっぱり、他の寮の先輩じゃ頼りないかい?」
「そんなことないです!ただ・・・」
後ろの、人たちが・・・。そう言い淀むコレットに促される形でセドリックは後ろへ視線をやる。女生徒たちの痛いくらいの視線に気づいた彼は、心底申し訳なさそうにコレットに謝った。
「ごめんね。君に迷惑をかけるつもりはなかったんだ」
「そ、そんな!謝らないでください。わたし、その言葉だけで凄く救われました」
「そうかい?でも、相談事や悩みがあるなら相談してくれ。それくらいは力になりたいから」
幼い妹を励ますようにセドリックはコレットの頭を撫でる。手から伝わってくる温もりは、学校生活の中で孤独感を味わっていたコレットに安心感を齎した。
きっと、こういうところも女誑しの原因なのだろう。そう思いつつも、ただひたすら直向きに自身と向き合ってくれるセドリックの心遣いに、コレットは傷ついた心が癒されるのを感じる。
『君って単純だよね』そう声を響かせるセイバーに、コレットはそれを自覚するものの仕方がないと思った。
何せ彼の優しさは、コレットには眩しすぎたのである。
「ディゴリーさ・・・―――セドリック。本当に、ありがとう」
セドリックの目に映ったコレットの笑顔は、汽車で見たぎこちないものではない、はにかむような笑みだった。
「ねえ知ってる?コンフリンガーがハッフルパフのセドリック・ディゴリーに色目を使って、図書室で猛アタックしたらしいわよ?」
その日の夜のことである。コレットが図書室で借りた“君は箒に乗れるかな?―トロールでもできる実践的飛行訓練法―”の本をスリザリンの談話室で静かに読み耽っていると、取り巻きを連れたパーキンソンが上級生の女子生徒―――それもおそらくセドリックと同学年の三年生を重点的に狙って、噂を流していた。
スリザリンはグリフィンドールだけでなく、他の寮も格下に見ている傾向が強い。特に“劣等生が多く入寮している”と噂されるハッフルパフはその対象となっているのだが、どうやらセドリックの場合だとそれは免除されるらしいと、コレットは確信した。
何せ、パーキンソンの出まかせを信じた女子生徒たちが、射殺さんばかりの鋭い眼光を、噂の当事者たるコレットに向けてくるのだから。
女誑しをこんなところでも発揮するセドリックを若干恨みつつ、コレットはスリザリンへと入寮させた組み分け帽子を激しく呪う。次の入学式で姿を見せたなら、必ず破れ目から引き裂いてやると心に誓った。
「今すぐグリフィンドールに行きたい」
『もう遅いよ』
コレットの居場所は、ますます狭まるばかりであった。