ホグワーツ城に夕日が差し掛かる。生徒たちは全ての授業を終えて大広間へと集まり、夕食を取り始めていた。
ある生徒は友人と、ある生徒は恋人と―――。各々が思い思いの者と共に夕食を取る中、コレットは壁際にあるスリザリンのテーブルに座っていた。その隣には、霊体化したセイバーを連れている。
『見事にぼっちじゃないか』
『ふっ・・・もう慣れたわ』
『慣れたら負けのやつでしょ、それ』
『うるっさい分かってるわよそんなこと!』
傍目から見れば、コレットのその姿は所謂“ぼっち”であった。
今やコレットの存在は、ハリーとは違った意味で目立っていた。魔法を扱う授業毎に起こす爆発事故を始めとして、様々な噂に尾鰭が付いて吹聴されていたからである。特にセドリック・ディゴリー絡みの噂は彼を狙っている女子生徒たちを刺激したらしく、彼女らの視線は常にコレットの身体を刺し貫いていた。
さしものセイバーも今の精神的に過酷な状況にあるコレットを馬鹿にするほど冷酷ではなく、寧ろ口には出さないものの心配していた。これまでの人生の中で、あまり人と関わることがなかったこの少女が、この孤独な状況を耐えられるだけの精神を持っているとは思えないからだ。
できることなら、ここ二週間近い期間の中である程度仲良くなったハーマイオニーやセドリックと共に行動した方が良いのだろう。だが、ハーマイオニーは所属する寮同士が険悪な関係であるため、コレットが共に行動するには悪目立ちする。セドリックに至ってはコレットを孤独にした噂の原因であるため論外だ。せめてこの少女にもう少しコミュニケーション能力があればと、セイバーは溜め息を吐くことしかできなかった。
コレットが顔を俯けてかぼちゃジュースをちびちびと飲んでいると、ふたつの大きな影が彼女を覆った。
前に視線をやると、そこにはクラッブとゴイルを後ろに連れたドラコが仁王立ちしていた。ドラコはコレットの向かい側の席に座ると、テーブルの中央に置かれていたローストチキンを自分の皿の上に置き、ナイフとフォークを使って小さく切り分け口に運んでいく。ドラコの両隣に座ったクラッブとゴイルは、食いつくさんばかりの勢いでテーブルに置かれた料理を口に頬張っていった。
「うちには劣るが、ホグワーツの食事も中々悪くない」
その言葉はドラコなりの最大限の誉め言葉だということを、小さい頃からの付き合いであるコレットは知っていた。コレットはドラコが食べているのと同じローストチキンを手に取り、豪快に齧り付いてみる。
「お前、もう少し品性ってものを身に付けろ」
「お生憎さま、わたしに魔法を勉強させる人はいても、テーブルマナーを教えてくれる人はいなかったのよ」
「ふん、相変わらず自虐を言わせたら一級品だな。・・・そうだ、そんなつまらない顔をしているコレットに、一つ面白いことを教えてやろうじゃないか」
「・・・何よ」
訝しみつつも話に食いついたコレットに、ドラコはにやりと笑う。その笑みは、大抵ろくでもないことを思いついた時にするものだと、コレットはやはり知っていた。実体験である。
ドラコは勿体ぶった態度で足を組むと、自慢げに言い放った。
「あのポッターとウィーズリーに、魔法使いの決闘を申し込んでやった。勿論行く気はないけどね。あいつら、今日の真夜中にトロフィー室でフィルチに見つかって、ホグワーツを退学になるだろうさ」
「!?」
その様を想像して悦に浸るドラコとは反対に、コレットの顔は真っ青になる。ドラコはコレットの反応など気にすることなく、明日の朝には学校から発車する汽車に乗っているハリー達を嘲笑っていた。その話を盗み聞いていた周囲のスリザリン生たちも、くすくすと笑っている。ドラコの物言いと陰湿な雰囲気に我慢ならなかったコレットの青白い顔は赤く染まり、コレットはテーブルに両手を叩きつけて付けて立ち上がった。
「この馬鹿ドラコっ!」
「な、」
コレットの怒声に、ドラコは呆気に取られた様子だった。常日頃から文句は言いつつも怒鳴ることのなかったコレットにドラコは驚きを隠せなかったが、コレットからすれば、それほどドラコの行動は許しがたいものだったのである。
オリバンダー杖店で出会って以降、ハリーの存在は常にコレットの心の片隅にあった。それは杖店でハリーに言葉を返すことができなかった後悔の念や、入学式の日にドラコの謗りを諫められなかった罪悪感が交じり合った複雑な感情がそうさせていたからだ。
ドラコが入学式の日を境にハリーを目の敵にしていたのは知っていたし、それに対しコレットがとやかく言うつもりはない。だが、もしドラコの行いをこのまま見逃しハリーがホグワーツから退学にでもなれば、きっと自分は一生後悔することになる。コレットの内心ではその思いだけが積もっていた。
立ち上がっているコレットはグリフィンドールのテーブルを見渡すも、そこにハリー達の姿はない。苛立ちを隠せないコレットはドラコを人睨みすると、またもや怒声を発した。
「ドラコ!普段から碌でもないことするヤツとは思ってたけど、あんまり度が過ぎると本当に友達がいなくなるわよ!?」
「何でそんなことをお前に言われなくちゃいけないんだ!」
「それくらいのことをするからでしょ!?少しは反省して!」
その言葉を最後にコレットは大広間から走り去った。その一部始終を見ていた周囲の生徒たちは異様な目でコレットの後ろ姿を見つめ、またドラコもコレットの後ろ姿を呆然と見つめることしかできなかった。
「っ・・・コレットの癖に・・・!」
そこにはもう、ドラコの知っている“屋敷の中で怯え続ける少女”の姿はなかった。
長い歴史の中で増改築を繰り返してきたルベインアンツの屋敷と比べても、ホグワーツ城は圧倒的な広さを誇っていた。コレットはハリー達を探すために広大な城内を探し回るもののその姿は見えない。歩き疲れた頃に、おそらくグリフィンドールの談話室にいるのだろうという考えに至った。コレットは仕方なくスリザリン寮へと戻り、決闘の待ち合わせ場所であるトロフィー室で待ち伏せることにした。
時計の針が十一時半を刻んだ頃に、コレットは行動を開始した。本来、真夜中に生徒が城内を歩き回ることは禁止されている。コレットは物音を立てないように静かに部屋を出てスリザリン寮を抜ける。
夜の城内は不気味なほど静寂に包まれていた。廊下の壁に掛けられている絵画の中の人物に「夜に校内を歩き回るな」と注意を促されるも、コレットはそれを無視して歩みを進めていく。
「うぅ、怖い・・・」
『君、今まであのお化け屋敷みたいな所に住んでいたんでしょ。何を怖がるのさ』
「何気にわたしの家を貶すのやめてくれない?それに、うちはここまで広くないわよ!」
『五月蠅い。見つかるよ』
「(お前のせいだろうがっ!)」
睡眠を必要としない使い魔であるセイバーの言葉は実に小気味良くコレットを罵る。睡魔と戦っているコレットからすれば、そのやり取りは眠気覚ましになることだけが救いだった。米神をひくひくと痙攣させながら、コレットはセイバーを伴ってトロフィー室へと向かっていく。
暗闇のせいで足元が覚束ない中、コレットは危うい足取りで階段を登る。その様子を罵りつつも見ていたが、ふと溜め息をひとつ吐いて声を響かせた。
『ねえコレット』
「何よ・・・もうわたしを馬鹿にする材料はなくなった?」
『それはまだまだ尽きないよ』
「あ、そ・・・」
『というより、今の君の行動こそ“馬鹿な行動”じゃないか?』
その言葉は、コレットを罵るような軽い口調ではなく諫めるような声音であった。
眉を顰めたコレットは、拗ねたような声音でセイバーに問いかける。
「どういう意味よ」
『何故そこまであのハリー・ポッター達を助けようとする?確かに君は彼らに負い目があるかもしれないが、ここまでするほどのことでもないだろう』
「それは、そうかもしれないけど・・・」
『寧ろ、その負い目も君が気負いすぎているだけの話だ。彼らを助ける義理も、助ける義務もない』
「・・・アンタ、何が言いたいの?」
『じゃあ言わせてもらうけど、君にとって、ハリー・ポッターはどういう存在なんだ?』
「―――!」
その言葉は、どんな鋭利なナイフよりも鋭くコレットの胸を突き刺した。何故なら、その言葉はコレットが今まで無意識に考えることを放棄していた問いだったからだ。
ドラコの悪事を知ったコレットのこれまでの行動は、彼女自身半ば本能に突き動かされるようにして行動した結果であった。彼らを、ハリーを助けなければならない。ただその思いだけでコレットはここまでやってきた。
しかし、ホグワーツ城を探し回ったときやトロフィー室へ向かう最中にも、彼女の心の片隅には常に“何故自分がこんなことをしているのか”という疑念があった。
コレットは自分の性格をよく弁えていた。根暗で、人見知りで、視野が狭くて、意地っ張り。そんな自分が、自らを顧みずに他人を助ける筈がない。
セイバーの言葉で浮き彫りとなった疑念の思いに、顔を俯かせたコレットは四階へと続く階段をゆっくりと登っていく。早く向かわなければとという義務感にも似た感情に急かされていたはずの足が、今や鉛のように重くなってしまった。
「(―――わたしにとって、ハリーってなんなの?)」
その答えに辿り着くことなく、コレットの目前にトロフィー室は差し迫っていた。
「あ・・・」
『ほら、早く入りなよ。もうここまで来ちゃったんだ。あとはやるしかない』
セイバーの言葉に背中を押されるように、コレットはトロフィー室の扉をゆっくりと開けた。
トロフィー室の内部はガラスケースの中に飾られたトロフィーでいっぱいだった。窓から差し込む月明かりを受けて輝くトロフィーは金銀に淡く輝き、幻想的な雰囲気を醸し出している。
コレットはトロフィーが陳列するガラスケースに隠れるように身を屈め、ハリー達を待ち伏せることにした。内心では今も自身の行動に納得できていないが、コレットは頭を左右に振ることでその気持ちに蓋をして、ハリー達を探すために辺りを伺うことにした。
月の光が周囲をぼんやりと照らすものの、部屋の全容を見渡せるほど明るくもない。コレットが目を凝らして周囲を見渡すと、不意に扉の開く音が木霊した。
それはコレットの入ってきた扉ではなく、別の扉が開いた音だった。その扉からは四つの人影がこそこそと蠢き、囁き声で話し合っている。
ハリー達だと確信したコレットは、足音を立てないよう気を付けながら急いでその人影の元へと向かった。
「ポッター君!ウィーズリー君!」
「あ!何でコンフリンガーがいるんだ!?」
コレットの声にいち早く反応したのは、ハリーの隣にいたロンだった。彼はマルフォイ一人が来ると確信していたため、その取り巻きであるコレットがトロフィー室にいたことに驚いている様子であった。
コンフリンガーと呼ばれたコレットは目元をひくりと動かすものの、すぐに現状を思い出し湧き上がる怒りを抑えてハリー達に駆け寄る。
「コレット!どうしてあなたここにいるの?」
「グレ・・・ハーマイオニーもどうしてここに?!それに・・・あなたは?」
「ぼ、僕、ネビル・ロングボトム。・・・ねえ、君って杖を向けたら何でも爆発させるって本当なのかい・・・?」
ネビルと名乗った少年はどうやら臆病な性格らしく、何でも爆発させるという噂を持つコレットに対し、怯えた目で見つめている。
「ネビル!あなたコレットが何でも爆発させるって本当に信じているの?!」
ネビルの言葉に激怒したのはハーマイオニーだった。ネビルはその声にもびくりと身体を震わせて、おずおずとハーマイオニーの方を見る。その視線からは、噂を信じているが故に恐怖している感情が見え隠れしていた。
対して、ハーマイオニーに庇われたコレットは表情にこそ出さないものの心の内では感動していた。ここ最近のコレットは後ろ指を指されることが常であり、コレット自身を心配し庇ってくれる人物などいなかったからだ。
「だ、だって合同授業の時、何でも爆発させてたし・・・」
「まあ、確かにそうだけれど」
「ハーマイオニー!庇うなら最後まで庇ってよ!」
「仕方ないでしょう。だってあなた何でも爆発させるんですもの!」
「しっ!みんな静かにして!」
状況を忘れ声を荒げるコレットやハーマイオニーを制止したのはハリーだった。彼は耳をすませつつ、辺りを警戒するようにこっそりと全員に指示を出す。五人が息を殺して身を屈めると、扉越しから低く漏らすような声が聞こえてきた。
「どこかこの辺にいるな?逃がさんぞ・・・」
五人の心臓が強く脈打ち、額に冷や汗が滲む。その声は、いつも生徒を仇のような目つきで睨み、罰を与えることに生き甲斐を感じている人物、フィルチのものだったからだ。
今彼に見つかれば、罰則は避けられない上に最悪の場合退学になるに違いない。恐怖と焦燥感から足を震わせるコレットを他所に、最も冷静さを保っていたハリーはフィルチがトロフィー室に侵入するところをじっと見ていた。
「今だ、みんな扉に行くんだ!」
フィルチが扉を開けて部屋の内部に入ると同時に、ハリーはフィルチから遠い位置にある扉に全員を誘導し脱出させた。
廊下に出た五人は足音を気にせずに走り出した。鎧が陳列された長い回廊を走り、当てもなく走り続ける。ハリー達の背後で走っていたコレットは、その背中を見つけながら薄暗い後悔の念に苛まれていた。
「(わたし、何のためにここまできたんだろう)」
ハリー達にドラコの狙いを伝えて、いち早く寮へ帰すことが目的だったというのに、達成することができないどころか、今やコレットさえもフィルチに狙われる身となっている。セイバーに告げられた“馬鹿な行動”という言葉の意味を、コレットは痛感せざる得なかった。
五人は無我夢中で城内を逃げ回っていく。背後にフィルチが追いかけているかどうかも確認することなく、ハリーを先頭にひたすら前を向いて両足を素早く動かし続け長い廊下を駆け抜ける。タペストリーの裂け目から抜け道を見つけ、そこを抜けていくと妖精の魔法の教室近くに出てきた。そこはトロフィー室から大分離れた場所にあるところであった。
走り疲れた五人はその場で立ち止まると、膝に手をついて乱れた呼吸を整える。運動音痴であるネビルやコレットに至っては、ぜいぜいと咳き込み、今にも倒れそうなほどであった。
「コレット・・・どうして、君は・・・あそこに、いたんだい?」
息を切らしながら、ハリーはコレットに問うた。ハリーに話しかけられるとは露ほども考えいなかったコレットは肩を震わせるものの、おどおどとしながらも自分の目的を伝えた。
「それは、あの・・・ドラコが、あなたたちを嵌めようとしていたから、伝えようと思って・・・」
「だから、言ったじゃない」
ハーマイオニーが、胸を押さえながらハリーとロンを睨みつける。
「ハリー、あなたも分かってるんでしょう?初めから来る気なんかなかったんだわ。コレット、ドラコはフィルチに告げ口したんじゃない?」
「・・・それは、分からないけど」
「分からない?分からないってどういうことさ」
ロンは眉を潜ませながら、コレットをじっと見る。
それに気まずさを覚えたコレットは、視線から逃げるように顔を下に向けると、悲嘆に暮れたような弱々しい声で言葉を紡いだ。
「わたし、ドラコと喧嘩したから」
「喧嘩?コレット、それってどういう―――」
「どういうことだい」。ハリーがコレットにそう問いかけようとしたとき、教室の扉の取っ手がガチャガチャと鳴り、教室の中から何かが飛び出してきた。
奇抜な恰好ににやにやとしたいやらしい笑みを称えたそれは、ビープスだった。五人を見ると、げらげらと歓声を上げる。
「黙れ、ビープス・・・お願いだから。じゃないと僕たち退学になっちゃう」
ハリーの必死の説得を意に介さず、ビープスは笑い続ける。
「真夜中にフラフラしてるのかい?一年生ちゃん。チッ、チッ、チ、悪い子、悪い子、悪い子、捕まえるぞ」
「っお願いビープス。言わないで」
「おぉ、おぉ!スリザリン生もいると来た!それも噂のコンフリンガーときた!」
「いいからどきなさいよこの性悪ゴースト!」
意地悪く光らせた目を向けてくるビープスに苛立ったコレットが払いのけようとすると、彼は待っていましたと言わんばかりに大声を上げた。
「生徒がベッドから抜け出した!妖精の魔法教室の廊下にいるぞ!」
五人はまたもや逃げ出す羽目となってしまった。ロンが背後を走るコレットに「お前がビープスを刺激するからだ!」と声を荒げ、それにコレットは押し黙ってしまう。先頭を走るハリーは「いいから早く走るんだ!」と後ろを走る四人を連れて廊下を走り続けた。既に体力が底をつき気力だけで走る中、彼らは廊下の突き当たりで扉にぶつかった。鍵がかかっている部屋だ。
「もう駄目だ!おしまいだ、一巻の終わりだ!」
絶望に打ちひしがれつつ、原因はお前だと言わんばかりにコレットを睨みつけるロン。そんな彼を押しのけて、ハーマイオニーが扉の前にやってきた。その手には杖が握られている。
「“アロホモラ”!」
ハーマイオニーが放った呪文と共に鍵がかちりと音を鳴らすと、扉が開け放たれる。五人は急いで中へと入り扉を閉めて、扉に耳を寄せて外の物音を聞き取ろうとした。
気まぐれなビープスはフィルチで遊ぶことにしたらしく、笑い声と怒声が交じり合った騒音が聞こえてくる。ハリーがほっと胸を撫で下ろすと、隣にいたコレットが袖を引っ張った。
「フィルチはこのドアに鍵がかかってると思ってる。もうオーケーだ。だから、袖を離してくれ、コレット」
それでもコレットは視線を部屋の奥に向けたまま袖を引っ張り続ける。心なしか、その顔色は血の気が引いているようにも見えた。ハリーは訝し気に部屋の奥へ振り返ってみる。
「―――」
そして、はっきりと見てしまった。ハリー以外の四人が凝視していた“それを”。
巨大な体躯と獣臭い吐息、三つの犬の頭―――三頭犬だ。
そこはダンブルドアに立ち入り禁止であると入学式の日に言い渡された場所だったのである。五人は得心した。何故この部屋が立ち入り禁止なのかを。この怪物がいるからだ。
血走った三つの頭の目玉がぎょろぎょろと五人を見つめ、口元から涎を垂らす。五人は怪物を目の前にして放心していたが、怪物の口から放たれる雷のような唸り声を聞いて正気を取り戻した。即座に扉を開け放ち廊下へと出る。それでも五人を噛み砕こうと扉から頭を出そうとする怪物を押さえつけるために、五人は必死に扉を閉めて走り出した。フィルチがうろついていることなど既に五人の頭にはない。あの怪物から一刻も早く離れるために、五人は走り続けた。
「はあ、はあ・・・!もう無理だよ・・・!」
最初に音を上げたのはネビルだった。ほとんど転ぶようにして足を止めたネビルに続いて、彼より前を走っていた四人は足を止める。周囲にフィルチやビープスの気配はなく、四人は溜め込んでいた疲労を吐き出すように大きく息を吐いた。
「あんな怪物を学校の中に閉じ込めておくなんて、連中はいったい何を考えているんだろう」
ロンの言葉に、不機嫌さを隠さないハーマイオニーはつっかかるように言った。
「あの犬が何の上に立ってたか、見なかったの?」
「床の上じゃないの?」
至極真っ当な意見を言ったハリーだったが、ハーマイオニーは呆れたように首を振った。
「違う、床じゃない。仕掛け扉の上に立ってたのよ。何かを守ってるに違いないわ。―――どう、これで満足?マルフォイに騙されて、さぞかしご満悦でしょうよ」
ハーマイオニーの皮肉気な言葉に、真っ先に反抗したのはロンだった。ロンは怒りでそばかすの付いた顔を真っ赤に染めると、唾を飛ばす勢いで口を開いた。
「そこまで言うなら、君がついてこなければよかったんだ!大体、こいつのボスがあんな約束しなけりゃ、僕らだってあんな所には行かなかったさ!」
「なっ・・・!」
ロンはコレットを指さしながらそう言い放った。責め立てるような口調は、まるでコレットにこそ比があると言わんばかりだ。
―――ブチリ。
コレットは、心の中で何かが引きちぎられたような音を聞いた。
心の奥底から、何やらどろどろしたものが湧き上がっていく。これまで内に秘めていた後悔の念や憤りが混ざり合ったそれは、心を満たすどころか溢れていく勢いで、コレットの目の前を赤く染め上げた。
「(わたしが悪いの?)」
怪物に襲われた恐怖から小刻みに痙攣していた右手を、爪が食い込む勢いで力強く握りしめる。コレットは勢いよくロンの首元の寝間着の布を掴みかかり、ぐいと引き寄せた。
「わっ、な、なんだよ!」
「・・・わよ・・か・・・」
「は?」
「煽られてのこのこ来る方がどうかしてるわよバァカ!」
ロンの眼前で発せられたその怒声は、先ほどの三頭犬の唸り声よりも威力があった。思わず腰を抜かしたロンはがくりと膝を曲げ、コレットはふんと鼻を鳴らして右手で掴んでいた寝間着の布を突き放すように離した。
ハリー達へ背中を向けたコレットは、そのまま踵を返して寮へと戻っていく。その後ろ姿からは、常では感じることのできなかった毅然さを滲ませており、堂々した姿であった。
コレットに呆気を取られ、ぽかんと口を開いていた四人。中でもコレットと親しい間柄であったハーマイオニーが、床に座り込んでいるロンに口を開いた。
「ロン、あなたってある意味凄いわよ」
「あの子って、あんな風に怒るんだね・・・いつも俯いていたから、想像もつかなかったよ」
ネビルの評価は最もであった。コレットはセイバーやドラコに対しては遠慮がないものの、他の生徒たちの前では基本的に顔を俯け、他人と関わらないようにしている。そんな彼女が、ロンが腰を抜かすほどの怒鳴り声を発するなど、おそらくコレットの隣で霊体化していたセイバーでさえも考えつかなかったことだろう。
コレットの去った方向を見つめていたハリーは、ぽつりと言葉を漏らした。
「僕たち、彼女のことを勘違いしてたんじゃないかな」
誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるようにハリーは呟いた。
その勘違いが、果たして何に対してなのか。コレットをドラコの取り巻きと思っていたことか、コレットの本来の性格のことか。
それを知る者は、ハリー以外に分かる筈もなかった。
「やっちゃった、やっちゃったよ・・・」
『その言葉、デジャヴじゃない?』
スリザリン寮に戻ったコレットは、自室のベッドの毛布に包まりながらその言葉を繰り返していた。
怒りを噴出させ半ばやけくそで部屋に戻ったコレット。ベッドに横になって冷静に思い返してみると、先ほどの行動の愚かさを嘆くしかなかった。
あれではドラコと何ら変わらないのではないか。そう思うと、やりきれなさで胸に裂けるような痛みが走った。
後悔の念からベッドの上でのたうち回るコレットを見ていたセイバーは、溜め息を吐きながらコレットに言葉をかける。
『はあ・・・これを機に、考え直してみるんだね』
「・・・考え直す?」
『君にとって、彼らがどういう存在であるのかを』
それは、自虐に浸り頭を抱えるコレットを諭すような声だった。
「どういう、存在・・・」
『それが分からなければ、君が彼らに慈悲をかける行為は彼らにとって迷惑にしかならない。そんな意味も理由も見出せない行為はね、心の贅肉でしかないんだよ』
頭に直接響いてくるセイバーの言葉はひどく鮮明なもので、コレットの脳に浸透する。
しかし、コレットにはセイバーの問いに答えられるだけの明確な思いなどなかった。ただ助けなければと思った。衝動のような感情だけで、トロフィー室へ向かったのだ。
―――彼らとわたしは、どういう関係にあるのか。
それに名付けられるだけの他人と関わった経験が、今のコレットには圧倒的に不足していた。
ここ最近忙しかった私生活が少しずつ落ち着いてきたので、ぼちぼち更新していければな、と思います。
週一くらいのペースで話を進めていければな、という感じです。