ハリー・ポッターと祈りの聖杯   作:塚山知良

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小さな前身と、大いなる遠回り。


八章『魔法生物飼育クラブ』

 ハロウィンの夜から一夜明けた翌日。生徒達は未だホグワーツ城へ侵入してきたトロール達に僅かばかりの恐怖を抱いていた。

 だが、ホグワーツの教師陣によって退治されたのだという情報が広まっているため、それもすぐに鳴りを潜めることになるだろう。その証拠に、朝食を取りに大広間へ集まってきた生徒達の話題はトロールの噂が五分、翌月に行われる寮対抗のクィディッチの試合の話が五分であった。

 太陽が中天に昇り、十一月の寒さが少しだけ温かくなる。コレット達スリザリンの一年生は、魔法史の教師であるゴースト、ビンズの授業を受けていた。

 

 「いいでありますか?九世紀に入るとマグルによる我々魔法使いの迫害は激化し、後の魔女狩りへの要因となりました。魔法使いないし魔女たちはその脅威から逃れるために協力体制を築き―――」

 

 魔法族からすれば中々残酷な歴史の授業である。そんな内容もビンズの授業でつらつらと語られれば子守歌に早変わりし、生徒達を夢の世界へと誘っていた。

 

 「(寝ちゃ駄目、寝ちゃ駄目・・・)」

 

 コレットは眠気と必死に戦いながら羽ペンを動かしていく。時折目を擦って瞼を刺激していると、右側に座る生徒から肘で小突かれた。

 

 「おいコレット、羽ペンのインクを貸せ」

 「はいはい・・・忘れたの?」

 「丁度切れた」

 

 コレットの隣で授業を受けていたのはドラコであった。インクが乾いて羊皮紙に細い傷跡しか残さなくなった羽ペンの先を突きながら、彼はコレットにインク瓶を催促する。

 渋々といった風にコレットがインク瓶を差し出すと、ドラコはひったくるように瓶を奪って羽ペンにインクを吸わせた。授業内容に「下らない」と悪態をつきながらも羊皮紙に書き綴っていく様子は、真面目な模範生そのものだった。常に尊大な態度を取るドラコだが、両親の期待に応えるために努力を惜しまない性格であることをコレットはやはり知っていた。

 羊皮紙に整った文字を書き連ねていくドラコの横顔を、コレットはちらりと盗み見る。タイミングよくコレットのインク瓶を返そうしたドラコと目が合い、ドラコは「何だ」と不機嫌そうに呟いてからコレットにインク瓶を突っ返した。

 

 「(コイツ、まだ目が腫れてるのか)」

 

 ドラコがコレットにインク瓶を返した時、頬が薄っすらと赤く腫れているコレットの顔が目に映った。ルベインアンツの屋敷の中でほとんどの幼少期を過ごした彼女はなまじ肌が白く、その分赤みが目立っているのだ。泣き腫らして赤くなった彼女の頬に、どこか自責の念にも似た感情をドラコは覚える。「何で僕が」とその考えを打ち消し、彼は聞きたくもない退屈な授業に集中した。

 

 「何でドラコとコンフリンガーが一緒に座ってるのよ!?それもインク瓶の貸し借りなんかしてるじゃない!」

 

 パーキンソンの小さな悲鳴は、まさにこの教室にいるスリザリン生達の疑問そのものであった。

 昨夜まで仲違いしていた筈の二人がどういう訳か今朝から関係を改善し、一ヵ月前と何ら変わらない関係―――寧ろ仲を深めている。当の二人が与り知らぬところで、スリザリン生達の話題はそれで盛り上がっていた。

 仲違いしていた二人が何故。一体何があったのか。

 その理由は、昨夜のハロウィンに遡る。

 

 

 

 

 

 「っう・・・ひぐっ・・・」

 

 二体のトロールとの戦闘を終え、コレットは一階の女子トイレからスリザリン寮へと戻るものの、彼女の足取りは重いものだった。黒い瞳は虚ろになり、目尻には幾筋もの涙の痕がこびり付き、頬は赤く腫れている。

 セイバーを酷使し、彼自身を瀕死に追いやった結果がコレットを追い詰めているのだ。唯一彼を救えるであろう手段―――聖杯の存在を思いついたとて安心などできよう筈もなかった。現状、残り少ない魔力を温存するために霊体化しているセイバーから一度も応答がないことが、猶更彼女の不安を増長させている。

 最早涙さえ枯れ果てたコレットは、湿った剥き出しの意志が並ぶ壁の前へとやってきた。

 しかし、そこにはコレットの予期しない人物が待ち構えていた。壁に背を凭れ、両腕を組む少年―――ドラコが待ち構えていたのである。

 苛々と右足を小刻みに揺らすドラコ。コレットの姿をその目に捉えると、わざと靴音を立てながらコレットに近づき、胸元のローブを両腕で掴んだ。

 

 「こんのっ・・・馬鹿コレット!」

 「!っ・・・ドラコ・・・?」

 「お前、こんな時間まで何やってたんだ!」

 

 荒々しい声がコレットの耳に劈く。ドラコは青白い頬を赤く染めながら、「馬鹿」、「間抜け」と稚拙な罵倒を繰り返す。

 コレットを罵りながらも、その声音には彼女を愚弄する意図は含まれていなかった。彼女を心配するからこそその行いを問い詰めていたのだ。

 

 「お前は何を考えてるんだ!ホグワーツに来てから可笑しいぞ!それもあのポッターに、その取り巻きのグリフィンドールの連中に関わってからだ!全く、これじゃあ父上や母上に顔向けができない・・・」

 「・・・うっ」

 「・・・うぅっ」

 「おい、聞いてるのかコレット!・・・コレット?」

 「ドラコぉ・・・!」

 

 枯れ果てた泉のように乾ききっていた筈の涙が、再び零れ出した。コレットは堰を切ったように泣き崩れ、目の前にいるドラコに泣きつきその顔を彼の肩に埋めた。

 

 「あ、おいコレット!やめろ!ローブが濡れるだろ!」

 「ドラコ、ドラコぉ・・・!」

 「一体何なんだお前はっ!全く・・・!」

 

 ドラコは泣き崩れるコレットを引き剥がそうとするも、がっしりと背中まで回されたコレットの両腕を外すことはできなかった。思いの他腕力が強かったこともあるが、何より体裁をかなぐり捨てて泣きつくコレットの弱りきった姿が、酷く憐れに思えたからだ。

 身動きの取れないドラコは溜め息を吐きつつ、仕方なくコレットの頭をぐしゃりと撫でた。それにびくりと反応を示したコレットは、特に何を言うでもなくただ嗚咽を漏らしながら涙を流し続ける。

 ドラコは敢えて何も聞かなかった。それは、大広間の入り口付近で自分を振り切ったコレットへの意趣返しであるが、おそらく何も話してくれないだろうと長年の付き合いで育んできた彼の勘がそう告げていたからだ。

 

 「くそっ、本当にお前は・・・。・・・?」

 

 コレットの涙で寝間着をぐしゃぐしゃと濡らしていると、ドラコの目に鈍い銀色を放つ“それ”が映った。コレットの首元から見えるそれは細いチェーンのように見える。

 

 「・・・コレット」

 「ぐすっ、うぇっ・・・何・・・?」

 「間違っても婦女子が気味悪い嗚咽なんて漏らすな。・・・その首にかかってるやつ、何だ」

 

 泣き疲れたコレットはある程度冷静さを取り戻したのか、ドラコの声にゆっくりを顔を上げる。泣き腫らした顔はぐしゃぐやで、お世辞にも年頃の少女が他人に晒してよい顔ではなかった。

 ドラコが指さすそれをコレットは胸元から取り出す。チェーンで繋がれた先にあったのは、ダイアゴン横丁でナルシッサから送られたロケットであった。

 

 「ロケットだけど・・・ナルシッサおばさんから貰ったのよ。ダイアゴン横丁で」

 

 その言葉を聞いたドラコは、途端に両目を大きく見開き、コレットを叱りつけた勢いで赤く染まったていた頬を更に紅潮させる。

 挙動不審なドラコの様子にコレットは首を傾げるが、当の本人は「くそっ」と小さく悪態をつくとコレットの右手首を掴んで「純血」と壁に向かって怒鳴り、スリザリン寮へと続く扉を開いて地下にある寮へ続く階段を下っていく。

 その間ドラコの手はずっとコレットの腕を掴んでおり、その力の強さは緩むことなく、あまりの痛さにコレットは顔を歪ませた。

 

 「ちょ、ドラコっ!痛い!」

 「うるさい!いいか、これ以上面倒をかけるな!」

 「っわたしはドラコに面倒なんかかけてないわ!何をしようが私の勝手でしょ?!」

 「お前がやらかすと僕が母上に叱られるんだ!」

 「だからっ・・・大体、わたしはドラコの子分でも何でもない!」

 

 談話室へ続く階段を下りながら、二人はまたもや諍いを繰り返す。

 横暴なドラコは毛を逆立てた猫のように反抗するコレット。その光景は、コレットがハリー達を救おうとトロールがいる女子トイレに向かう直前、大広間の入り口で繰り広げた二人の喧嘩の再演であった。

 二人の罵倒の応酬は鎮火するどころか燃え上がる。毛を逆立てるコレットに「お前は馬鹿か」と苛立ち紛れに切り返すと後ろを振り返り、じっと彼女を睨みつける。

 

 「僕が、いつ、お前を、子分だって、言った!」

 「・・・へ?」

 「言ったか?!」

 「いえ言ってません!」

 

 眼前に迫るドラコの迫力に気圧され即答するコレット。それに少しだけ気分を良くしたドラコは、再びコレットの右手首を握り直して階段を下っていった。

 

 「え、終わり?!」

 「それだけで十分だろ!ほら、さっさと寮に戻るぞ!」

 

 問答無用で腕を引っ張られるコレットは抗議の声を上げ続けるものの、ドラコはそれを意に介することなく進み、コレットを女子寮へと押し込んだ。

 

 

 

 

 

 「(わたしって、本当に単純よね・・・)」

 

 肩肘を机につきながら、コレットは自分自身に呆れるしかなかった。

 ドラコにより女子寮に押し込まれ一夜を明かしたコレットは、今朝からドラコと行動を共にすることを強制された。身支度を素早く済ませ談話室へ向かえば、狙ったようにドラコが待ち構えていたからである。

 大広間まで腕を引かれ、朝食を済ませたかと思えば授業毎の移動でも連行されるように腕を引かれた。おかげでコレットの両腕はじんじんと痛みを訴えるようになり、スリザリン生達からは以前とは違う意味で奇異の目を向けられるようになったのだ。パーキンソンに至っては、四六時中睨みつけてくる始末である。

 まるで保護者のように振舞うドラコに戸惑いを通り越して鬱陶しくさえ感じるコレットだが、それを心地良いと感じてしまう自分がいることも確かだった。

 

 「(そういえば、どうしてドラコはロケットを見て驚いてたのかしら・・・)」

 

 胸元で僅かに揺れるロケットを触りつつコレットは理由を考えてみるものの、答えが浮かぶ筈もない。コレットは机についていた肩肘を直し、授業に集中することにした。

 

 「コンフリンガーの癖に・・・!」

 

 コレットの背後ではパーキンソンの射殺せんばかりの視線が射抜き、周囲からは土砂降りの雨のように奇異の視線を浴びせられる。彼女はそれを大して気にすることなく羽ペンを動かし続けた。

 ハロウィンの一夜明が明けてからのコレットは、以前の“常に周りに怯えていた少女”のそれではなくなったのだ。

 今のコレットは、あれほど恐ろしいと思っていた孤独や寂しさに怯えることがなくなっていた。それは、“ハリー達と友達になりたかった”という自分の気持ちに正直になったからであり、ドラコが傍にいてくれるようになったからであろう。

 そして何より、その恐ろしさより更に恐ろしいもの―――セイバーの消失を間近で感じ、真の恐怖を知ったからであった。

 

 『君、面倒なことを考えてる?』

 『せ、セイバー!もう大丈夫なの?!』

 『一日休めば、話すくらいのことはできるさ』

 

 調子の戻ったセイバーの声がコレットの脳内に響く。今朝からコレットの胸を占めていた不安が一気に払拭され、思わず大きく息を吐き出してしまう。 

 それでも安心する訳にはいかない。消失せずに済んだものの、魔力は著しく低下していることに変わりはないのだ。金輪際セイバーを霊体化させてはならないとコレットは誓った。

 

 『また面倒なこと考えなかった?背筋がぞくっとしたんだけど』

 『か、考えてないわよ!・・・ねえ、本当に大丈夫?』

 『心配性だなあ。魔力は低下してるけど、話す分には問題ないよ。君が問題に首を突っ込まなければ、僕が現界することもないしね』

 

 遠回しに問題に首を突っ込むなと釘を刺されたコレットは引き攣った笑みを浮かべて誤魔化すが、傍から見れば一人で百面相をしている少女にしか見えない。

 それで誤魔化される程セイバーは甘くない。『分かった?』と念を押してくる彼に対し、コレットは意を決したように喉奥に潜ませていた言葉を口にした。

 

 『セイバー、わたし、聖杯を見つけようと思うの』

 『・・・はあ?君が?聖杯を?』

 

 思いもよらないコレットの言葉に、セイバーは僅かに驚愕を滲ませた声を放つ。

 

 『・・・可笑しいかしら』

 『可笑しいも何も、君はエドワードの重責から逃げたかったんじゃないのかい?』

 

 セイバーの言葉は正論だ。聖杯はルベインアンツ家の願いそのものであり、エドワードが求めてやまなった存在であり、コレットにとって悪夢そのものであった。

 今もコレットの目には、聖杯に対する嫌悪の色が宿っている。だが、それを無視してでも叶えたい望み―――セイバーを助けたいという願いを叶えたいからこそ、彼女は聖杯を求める他なかった。

 

 『大体、どうして聖杯を見つけたいんだい?』

 『・・・それは、』

 

 果たしてそれをセイバーに告げていいものか、コレットは言い淀んだ。

 セイバーは良くも悪くもコレットを第一に行動することは、昨夜の一連の出来事から彼女は理解していた。それを鑑みれば、聖杯の探索理由が“セイバーを救うため”だと知れば、彼は首を縦に振らないだろうことも予測できた。聖杯の探求には、何が待ち受けているのか全く予測不可能だからだ。

 聖杯探索にはセイバーの協力が必要不可欠である。彼が昨夜に披露した、魔力を探知する能力を駆使すれば聖杯へ辿り着くための指針となるのではないかとコレットは考えていたのだ。

 もしここでセイバーに断られたら、唯一の道標さえ失ってしまう。どうにかセイバーを納得させられる理由はないかと考えをあぐねいていると、セイバーの呆れた声がコレットの耳に届いた。

 

 『・・・別にいいんじゃないか』

 『え、いいの?!』

 『昨夜で君が変に意地っ張りで頑固だということはよく分かったからね。妙に気も強くなっちゃったし、断っても諦めなさそうだし』

 『何で素直に肯定してくれないの?一々馬鹿にしないと気が済まないの?』

 『事実を言ったまでだけど。・・・それに、僕は・・・君が危険に首を突っ込まなければ、君の行動を一々諫めたりしない』

 『聖杯の探索は、危険じゃないってこと?』

 『危険になったら止めるさ。僕にも分からないことはあるからね。・・・ただし!聖杯ばかりにかまけないように。君はあくまで学生なんだから、ちゃんと学業に励むんだ』

 『っうん!』

 

 セイバーの肯定の言葉に嬉しさを隠しきれないコレットは、授業内容を写していた羊皮紙で口元を隠す。羊皮紙に覆われた口元は密かに笑みを浮かべていた。

 

 「珍しく俯いてばかりいますね、ミスルベインアンツ。それでは、今の質問に答えてもらうであります」

 「へっ?1」

 

 ビンズの話を聞いていなかったコレットは、唐突に質問を投げかけられびくりと背筋を震わせると、すぐさま直立した。

 コレットは困惑した表情をビンズに向ける。ビンズは肩を竦めると、仕方ないと言わんばかりに「もう一度言いますぞ」と再度質問を投げかけた。

 その様子を見ていたパーキンソンは後ろでくすくすと笑っている。

 

 「9世紀のこの時期、迫害を受けた魔法使い達が結成した組合の名前は?」

 「は、はいっ。“冬の魔女の一団”です。しかし、これは正式な名称ではなく、また記録上にも残っていません。そのため組合を統率した魔女の異名に因んで歴史家が名付けました」

 「よろしい!質問を聞いていなかったので一点減点でありますが、名称を答え、且つ詳細まで付け加えたので二点加算。合計一点をスリザリンに進呈するであります」

 

 幸先の良いスタートに、コレットはほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 

 

 

 それから一ヵ月が経過した頃―――。

 朝食を取るためにコレットは大広間へと向かい、スリザリンのテーブルへと足を運んでいた

 

 「・・・お、おはようコレット」

 「えぇ、おはよう」

 同じスリザリンの生徒―――といっても顔を知っているだけで名前は知らないのだが―――にぎこちない挨拶に返答するコレット。

 そのやりとりは、この一ヵ月の間でコレットの日常は僅かではあるが変質していたことを物語っていた。

 これはドラコとの関係を修復したためであるが、別の要因として授業内における質問をコレットが積極的に答え、それによりスリザリン寮に得点を加点していったことも一つの要因であった。幼少期から勉学に励んでいたことで知識だけは有り余っているコレットにとって、一年生での授業内容など容易いものだ。

 これまでは彼女の臆病な性格が授業中でも発揮され、進んで質問を答えるような姿勢を見せることはなかった。だが、“聖杯探索を手伝う代わりに、授業は疎かにしない”という約束の元、コレットはこれまでに見せなかった積極性を発揮するようになったのである。

 その反面、聖杯探索はこの一ヵ月間では行われていなかった。これは魔力を消耗したセイバーの負担を気遣っての配慮であり、校内を頻繁に歩き回れば生徒達の目につき怪しまれることを考慮した末の結果でもあった。コレットが目立てば、引いてはセイバーの正体に感づかれるかもしれない。セイバーの休息も兼ねて、ここ一ヵ月の間は行動を制限することにしたのである。

 周囲の環境が変わったことで、精神的に追い込まれていたコレットは回復していった。以前スリザリンの中では浮いた存在ではあるものの、それを恐怖する心は薄れ今では毅然とした立ち姿で廊下を歩けるようになったのだ。

 では、彼女を悩ませているものとは―――。

 

 「はあ・・・」

 

 グリフィンドールの賑やかなテーブルに目を向けて、コレットはため息をついた。

 そこには、コレットの知らない男子生徒の肩を組んで楽しそうに話すロンの姿に、にこやかな笑みを浮かべるハーマイオニーの姿がある。今は姿を見せないハリーを加えた三人こそ、目下コレットの悩みの種となっているのだ。

 ハロウィンの夜以来、スリザリンとグリフィンドールは合同授業が行われることはなかった。そのせいか、コレットは彼らと話す機会を失ってしまったのだ。昼休みや一日の授業から解放された後は、コレットは聖杯探索の足掛かりとして図書室に籠っていたので、それも相まって彼らと出会うことはなかった。

 それに、コレットには負い目があった。ハーマイオニーを思っての行動とはいえロンに対し暴言を吐いたことや、ハリーの制止も聞かずにトロールの囮となったことは、後悔していないこととはいえ後ろめたく感じていた。ハリーからすれば無鉄砲な行動に見えただろうし、ロンに至っては彼が嫌う“典型的なスリザリン生”そのものに見えたであろう。それ故に、コレットは意図的に彼らと遭遇することを避けていたのだ。

 セイバーからすれば『変なところでヘタレ過ぎる』と呆れるところだが、当の彼女からすれば“友達になりたかった人たちに悪感情を抱かれている”と自覚することは恐ろしいことであり、認知したくない事柄なのだ。

 そういう理由もあって、コレットは未だハリー達と話すことを先延ばしにしていた。かぼちゃジュースのグラスに差しているストローを奥歯で噛みながら、グリフィンドールのテーブルを見つめることが今の彼女の精いっぱいなのである。

 

 「おいコレット、つまらなそうな顔をするんじゃない!今日はクィディッチがあるんだぞ!」

 「あーはいはい」

 「まあ、勝負せずともスリザリンが勝つに決まってる。愚鈍なグリフィンドールなんかこてんぱんさ」

 「はいはい」

 「あーあ、僕がシーカーだったら絶対グリフインドールチームのシーカーより早くスニッチを掴んでやるのに」

 「はいはい・・・」

 

 向かい側に座るドラコの熱弁に相槌を繰り返すコレットは、話の内容を毛の先ほども理解しようとしなかった。相槌も適当だというのに、当のドラコは壊れた蓄音機のように同じ話題を延々と繰り返している。

 コレットを悩ませる要因はもう一つ存在しており、それこそが今日の午後に行われるクィディッチの試合だった。

 幼少期から続くドラコのクィディッチ談義のおかげで、コレットのクィディッチの好感度は決して高いものではなくなっている。その上、ドラコの話に耳を傾けなければならない現状を鑑みればマイナスに振り切っていると言っても過言ではなかった。

 

 「(あーもう!さっさと競技場に行けばいいのに!)」

 

 そんなコレットの内心など露知らず、ドラコを始めとした大広間にいる生徒達は皆一様にクィディッチの言葉を唱え続けている。

 午後になれば、試合を開始するために生徒達は競技場へと向かう。それだけがコレットの救いであり、計画を実行する“狙い目”であった。

 コレットは今日という日を待ち望んでいたのだ。勿論クィディッチの試合が行われるからではない。クィディッチの試合を観戦するために競技場へと向かう教師や生徒達の目を盗み、聖杯を探索するためであった。

 この一ヵ月の間、聖杯の探索に乗り出さなかったのは何もセイバーの回復を待つだけが理由ではなかった。既にホグワーツの中でもある意味目立つ存在となってしまったコレットが、無暗に城内を歩き回れば不審がられるのは必然である。不必要な注目を避けるため、コレットは城内が手薄になるこの日を狙っていたのだ。

 だとしても、騒がしい城内で朝食を取り続けることに辟易したコレットは、クィディッチの試合まで自室で待機しようとがたりと音を立てて席を立った。

 

 「噂じゃあグリフィンドールのシーカーは・・・おいコレット、どこに行くんだ」

 「あー・・・ほら、わたし今日調子悪いからベッドで寝てるね」

 「あからさまな嘘をつくな。今日はクィディッチの試合に・・・あ、逃げるなコレット!」

 「じゃあね!」

 

 全速力で大広間から逃げ出すコレットの後ろ姿は、あまりにも体調不良からかけ離れた軽快な走りであった。

 出入口へと辿り付いたコレットは、少しだけドラコの方へと振り返る。そこには眉間に皺を寄せたドラコがパーキンソンと会話をしていた。生徒達の騒ぎ声で会話が聞こえることはないが、時折ドラコが鼻を鳴らしつつコレットを睨みつけてくるので、「わたしを馬鹿にしてるんだろうなあ」と当たりを付けつつ歩を進めた。

 コレットは背後に視線をちらちらと送りつつ大広間を出ようとする。よそ見をしながら歩いていたコレットは、友人と話しながら前を歩いていた生徒とぶつかってしまった。

 

 「ったぁ・・・あ、ごめんなさい!」

 「う、ううん。僕の方こそ見てなくて・・・コレット?」

 「!は、ハリー!」

 

 ぶつかった衝撃で鼻から眼鏡がずれ落ちたハリーの顔を目にしたコレットは、額に冷や汗を滲ませる。彼女にはまだ、彼らと対面して話す勇気がなかった。

 床に尻餅をついたコレットに手を伸ばすハリーの顔色は優れない。それに気付いたコレットは、おずおずとその手を取り立ち上がると、「ありがとう」とはたどたどしい口調で感謝の意を伝えた。

 

 『君、まだ蟠りが解けないの?』

 『だってあれから一ヵ月喋ってないもの!』

 

 出来の悪い愛想笑いを浮かべながら、コレットはセイバーの言葉に切り返す。

 

 「あ、えーと・・・コレット」

 「ひゃ、ひゃい!」

 

 ぎこちない雰囲気が流れていることを肌で感じていたコレットはせめて笑顔でいようとそればかりに意識を集中していたためかハリーの声に驚き、素っ頓狂な声を上げてしまった。

 コレットは思わず両手で口塞ぎ赤面してしまう。その反応に懐かしさを感じくすりと笑みを浮かべたハリーは、言葉を紡ごうとして戸惑った。彼自身、一ヵ月の空白を経て再び邂逅したコレットとどう接すればいいか分からないでいるのだ。

 

 「今日は、クィディッチの試合を見に来るんだよね?」

 「え?」

 「あ!いや、ちが・・・ううん、そうなんだ。聞いてみたくてっ。ほら、今日はグリフィンドールとスリザリンだから、君も自分の寮を応援しに来るのかなって」

 

 「違う、本当はこんなこと言うつもりじゃなかったのに!」ハリーは内心そう叫ぶものの、ついて出た言葉の戻し方が分からず、言葉を続けてしまった。

 

 「それは・・・」

 

 クィディッチの試合について尋ねられるとは思っていなかったコレットは言葉に詰まってしまう。まさかそのクィディッチの談義に嫌気が差して大広間を抜け出そうとしてことなど、コレットは口が裂けても言えなかった。

 ここでクィディッチの試合を見に行くと頷けば、聖杯の探索を行えなくなる。逆に試合観戦を断ればハリーとの溝が広がるだろう。いっそ嘘でも行くといえばいいのかとも考えたが、ハリーに嘘を吐くことは憚られる。

 どうする、どうする―――!考えに考えた末、コレットが導き出した苦渋の決断は、既視感を覚えるものだった。 

 

 「ご、ごめんなさあいっ!」

 「あ、待って!」

 

 コレット・ルベインアンツ、逃亡。

 後に、寮へ戻り落ち込んだコレットに、セイバーは追撃するように罵った。『コレットって、チキンだよね』と。

 それに言い返すことなどコレットにできる筈もなく、スリザリン寮の自室に引き籠り泣き寝入りしてしまった。

 「やっちゃった、またまたやっちゃったよ・・・」と呟きながら。

 時計の短針が十二を指し示す頃、コレットはベッドの毛布から抜け出した。城の一階へと辿り着くと、そこにはフィルチの猫であるミセス・ノリスが鳴き声を上げているだけで、生徒達の声どころか気配さえ漂っていない。

 その代わり、窓から入ってくる風が競技場で歓声を上げる生徒達の声をコレットの耳に届けた。

 

 「・・・よし、行くわよセイバー」

 『了解した。・・・あぁ、そういえばさっき、生徒達の会話から拾った情報なんだけど』

 「何?」

 『ハリー・ポッター、グリフィンドールチームのシーカーらしいよ』

 「嘘でしょお?!」

 

 ますますハリー達と顔を合わせづらくなったコレットの悲痛な叫び声が、城中に木霊した。

 

 

 

 

 

 それからコレットの聖杯探索は城中に及び、至る所を歩き回った。霊体化したセイバーの言葉を便りに歩みを進め、一階から二階、三階、時計塔―――下へと降りて、今度は地下まで。もう一度一階へと戻り中庭へ出ると、コレットは禁じられた森の手前に佇むハグリットの小屋の近くまでやってきた。

 

 「本当にこんなところにあるの?城の外どころか、森に向かってるんだけど」

 『ホグワーツ城全体から聖杯の気配がするんだ。だから、聖杯の気配が途切れている場所を見つけて、範囲を絞ってる』

 「城全体?!それって気配が大きい場所とか小さい場所もないの?!」

 『ないね。城全体に均一に聖杯の気配がする。だから探してるんだ。・・・ここもだね、真っ直ぐ進んでみて』

 

 セイバーの言葉に従い、森の近くまで進んでいくコレット。

 西へと傾いていく太陽の光を浴びて、コレットの首元に下がるロケットのチェーンがきらりと光った。

 胸元で揺れるロケットを取り出すと、コレットはボタンをかちりと押して蓋を開けた。中には写真が嵌め込まれておらず、銀色だけが光っている。

 すると、コレットの視界に小さな物影が横切った。

 

 「?今、何か・・・」

 『・・・コレット、今すぐそのロケットを胸元に仕舞い込んだ方が良い』

 「はあ?何で・・・」

 

 その言葉が言い終わらない内にまたもやコレットの視界へと入り込んだ。しかも今度は横切るのではなく、コレットの眼前へと迫った来たのだ。ぶつかることを予期したコレットは反射的に両目を瞑るが、その衝撃が来ることはなかった。

 横顔を掠めたふわりとした感触。それを追ってコレットは背後へと振り向くと、そこには小さな物影の正体がコレットから盗み取ったロケットを検分しているところだった。

 

 「あ、わたしのロケット!」

 

 コレットの声に驚いたその正体は、びくりと身体を震わせるとコレットの方へと顔を向ける。

 コレットのロケットを大事にそうに抱きしめたそれは、長い鼻を持ちふわふわの黒い毛を纏った小動物―――“ニフラー”であった。

 “幻の動物とその生息地”に記されている悪戯好きなその魔法動物は、光物が好きなことで有名である。光る物に目がなく、人が身に着ける装飾品をよく盗むのだ。ニフラーを鞄に紛れ込ませて光物を盗ませる悪戯が流行る程である。

 ぬいぐるみのような愛くるしさはコレットが好むところだが、ロケットを盗んだ犯人にときめくほど愚かではなかった。

 ニフラーの素早さは伊達ではないことをコレットは知っている。今逃げられれば、確実にロケットは取り返せないだろう。

 

 「!」

 「あ、ちょ、待て!」

 

 時既に遅し。お腹の袋にロケットを入れたニフラーは、脱兎の如く走り出す。聖杯を探すために疲れ果てた足を、コレットは再び酷使した。

 コレットとニフラーによる、仁義なき競争の火蓋が切って落とされたのだ。

 

 「返しなさいよ馬鹿ぁ!」

 『だから言ったのに』

 

 見慣れない城より森を選んだのか、ニフラーは放射状を描くように地面を走ると禁じられた森へと向かって走った。

 コレットはニフラーを捉えるために手を伸ばすが、ニフラーは身軽な動きでそれを避けていく。それどころか、伸びてきたコレットの手を足蹴にしたのである。

 ある程度距離を取った場所でニフラーは立ち止まった。息を切らしながら自らを追いかけるコレットをその黒く円らな瞳に捉えると、ふんと子馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

 

 「っ待てごらぁあああ!」

 

 コレットの走る様は、猪突猛進な猪そのものであった。本能的に生命の危機をかんじたニフラーはコレットの怒号に身を竦めると、即座に地面を蹴って禁じられた森の中に向かって逃亡した。

 怒り心頭のコレットは無我夢中でニフラーを追いかけた。城中を歩き回って疲れ果てていた筈の彼女の足は、その疲れを感じさせない走りを見せる。

 それだけ彼女の怒りは凄まじかった。魔法生物とはいえ小動物にコケにされたこともあるだろうが、彼女にとってそれほどロケットは大切な物であり、それを安易に盗まれてしまったこと、何より盗ませてしまった自身に我慢ならないのである。

 

 「こんの毛玉ぁあああああ!」

 『あ、待てコレット!』

 

 セイバーの制止を振り切り、コレットはニフラーを追って樹々が覆い茂る森の中へと入り込んだ。空から降り注ぐ太陽光を遮る樹々の葉のせいか、森の中の気温は異様に低くコレットの肌に冷たさを感じさせた。

 体力が底をつき気力だけで走り続けたコレットの足は、やがて無視できないほどの疲労に襲われ立ち止まる。それと同時に燃え盛っていた怒りも少しずつ鎮火していき、冷静に立ち返ったコレットは辺りを見渡した。

 大蛇のように太い曲がりくねった木の根に、草木の中に息づく動物たちの静かな息遣い。自分が立ち尽くしている場所が禁じられた森だと気づいた時、コレットは身震いした。

 

 「あ・・・」

 『全く、だから待てって言ったんだ』

 「だ、だってぇ・・・」

 『いいかい。今の状況でも十分危険だけど、これ以上深入りしたら危険だ。このまま城の方角に・・・』

 「だ、駄目よ!ナルシッサおばさんから貰ったロケットをあの毛玉から取り返さないと!」

 『・・・言うと思ったよ。ちょっと待ってて』

 

 その言葉と共に、コレットの目の前にセイバーが姿を現した。

 凛と佇むセイバーに反して、コレットの表情は見る見る内に歪んでいく。

 コレットの脳裏に、光の粒子となって消え去るセイバーの姿が過った。

 

 「駄目よセイバー!現界しちゃ駄目!」

 

 一ヵ月前―――ハロウィンの夜。トロールからハリー達を守るべく囮役を買って出たコレットは、セイバーにトロールとの戦闘を強いた。セイバーは身の丈の何倍もあるトロール二体を相手取ったにも関わらず見事な勝利を収めたが、その代償として大量の魔力を消費してしまった。

 水浸しになった女子トイレで、床へと崩れ落ち分解されるように消えていくセイバーの姿はコレットの記憶に深く刻み込まれトラウマと化していたのだ。

 例え一ヵ月間を霊体化で過ごしていたとしても、霊体化による魔力の温存より日常的に消費されていく魔力量が上回るというのにトロールとの戦闘で魔力を消費したセイバーがまた現界すればどうなるか。その結末を理解しているからこそ、コレットは悲痛な声を上げたのだ。

 

 「さて、と」

 

 セイバーはコレットの反応を気にすることなく森の中を見渡した。コレットが立ち止まったことで見失ったニフラーを探すためだ。

 ある方向を見定めたセイバーはじっと睨むように森の奥を見据えると、疾風のように駆け出した。

 

 「ちょ、セイバー!」

 

 それは狙いを定めた猟犬のように俊敏な動きであった。およそ人間の範疇では考えられないその動きは既にコレットの眼中から姿を消しており、彼女は自分一人だけが森に取り残されたような感覚に陥る。

 それが杞憂だと知ったのは、三回ほど瞬きした後だった。その右手の中にニフラーの両足を掴んでいるセイバーが現れたのだ。

 

 「うわっ!」

 「一々反応が大げさなんだよ、君は。ほら、ニフラーだ」

 

 セイバーは右手を突き出した。

 逆さ吊りの状態になったニフラーの姿はどことなく憐れなものだった。お腹の袋から零れ落ちそうになるチェーンを必死に戻すニフラーはコレットに気付くと、その両手からチェーンを零してロケットが入っているお腹を守るように抱き締める。

 コレットがチェーンを引っ張ると、意図も容易くロケットが姿を現した。ニフラーは最後の悪足掻きにロケットをぎゅっと抱き締めコレットに渡すまいとするが、少女といえども人間の力に敵う筈もない。ニフラーの両手に守られたロケットは零れ落ちるように小さな両手からすり抜け、コレットの手元へと落ちてきた。

 返還されたロケットを大事そうに握りしめたコレットは首にそれをかけると、改めてセイバーへと向き合う。

 

 「よかったぁ・・・今回は助かったけど、あんまり無茶しないでよセイバー」

 「君の尻拭いをしたんだ。感謝されるべきだろう」

 「・・・」

 

 セイバーの挑発的な物言いに動じることなく、ひたすら彼の身を心配しているからこそじとりと睨み警告を促した。「これ以上無茶するなら許さないぞ」そう訴えかけてくるコレットの視線に居心地が悪くなったセイバーは、「はいはい」と投げやりな返事を返した。

 

 「コレット、これあげるよ」

 「は?え、ちょっと!」

 

 セイバーは右手に掴んでいたニフラーをコレットに押し付けるように渡すと、非難を込めたコレットの視線から逃れるように霊体化した。

 コレットの腕はニフラーの首とも胴ともつかない寸胴な腹を両手で捕まえた状態のまま動けない。このまま森に帰してしまいたいが、手を離した瞬間ロケットを奪われる気がしてならなかった。

 身動きの取れないコレットは途方に暮れていると、禁じられた森の外から野太い声がコレットの鼓膜を震わせた。

 

 「おいお前さん!この森は立ち入り禁止だぞ!」

 「え、あ、ごめんなさい!」

 

 声がした方へ顔を向けたコレットは反射的に謝る。片手を振り上げながらコレットに近づいてきたのは、ホグワーツの森番の役目を担っている大男、ハグリットであった。

 ハグリットはコレットを訝し気に睨んでいると、その目線を落とし彼女の手元を見やる。すると、ハグリットの顔は花が咲くようにぱっと輝いた。

 

 「おぉ、ニッキー!お前そんなとこにおったのか!」

 「に、ニッキー?」

 

 昔からの旧友に出会ったような親しい声にコレットは首を傾げるが、コレットの両手の中にいるニフラー―――ニッキーは、ハグリットの声に反応を示している。

 ニッキーは身体を滑らせるようにコレットの両手からよじ出ると、ハグリットのふさふさの髭へと飛び移った。素早い身のこなしでハグリットの首まで移動すると、すりすりと頬に擦り寄っている。

 

 「いやあ助かった!今朝からこいつの顔が見えんでな。気になっちょったんだ」

 「はあ。・・・そのニフラーは、あなたのペットか何かですか?」

 「まあ、似たようなもんだ。それよりお前さん、何で禁じられた森なんぞに入っちょる。ここは立ち入り禁止なんだぞ」

 「そいつがわたしのロケットを盗んだからこんなとこまで入っちゃったのよ!」

 

 ニッキーの飼い主がハグリットと分かったコレットは責め立てるような口調でハグリットに詰め寄った。

 コレットの怒りの形相は大の大男であるハグリットも後ずさってしまうほどの迫力だ。

 立場が逆転したことでばつが悪そうに唸るハグリット。その様子を見ていたコレットは、これ以上ハグリットを責めても無駄だと悟ったコレットは、小さく首を振って横髪を靡かせ両腕を組んだ。

 それを見ていたハグリットの目は、大きく見開かれる。図らずもコレットのその仕草は、ハグリットの記憶の根底に眠っていた“とある人物”の姿を想起させたのだ。

 

 「“レイア”・・・?」

 「“レイア”?」

 

 無意識に呟いたのだろう。ハグリットははっと息を飲むとコレットから目を背けるように視線を泳がせた。

 

 「“レイア”って何ですか?」

 「あーいや、その、なあ・・・」

 「?」

 

 ハグリットは“レイア”の話題を言い淀んだ様子である。ちらちらとコレットを見やる視線からは、「この話題に触れたくない」という思いが見え隠れしていた。

 

 「そういえばお前さんコレットじゃないか?!ハリー達がよく言っとったなあ、呪文を唱えると何でも爆発させるスリザリン生がいるとか何とか!」

 「何よその話題!?」

 

 ハグリットによって意図的に話題を逸らされたにも関わらず、思惑通り術中に嵌り「わたしはコンフリンガーじゃない!」と地団太を踏んでいる。

 何と単純な主だろうと、霊体化したセイバーは溜め息を吐いた。コレットは噂を発した元凶であるハリー達―――特にロンを「あのノッポ野郎」「許さん赤毛」と執拗に詰っていた。

 自分の言葉が端を発してコレットとハリー達の溝を深めたことなど知る由もないハグリットは、余計なことを言ってしまったらしいということしか自覚していない。

 

 「(しかし、見れば見るほどよく似ちょる・・・)」

 

 コレットの胸元にあるロケット目がけて飛びかかりそうなニッキーをいなしつつ、ハグリットはコレットの姿をその瞳に捉えていると、不図あることに気が付いた。

 

 「そういやお前さん、よくニッキーを捕まえられたなあ。こいつは中々すばしっこかっただろう」

 「え?あ、まあ・・・あはは・・・」

 

 セイバーが捕まえたのだと素直に答えられないコレットは、是非を悟らせない曖昧な返事を返す。

 その態度を謙虚だと捉えたハグリットは気を良くした。ここ最近、ハリーの周囲をうろついてはちょっかいをかける典型的なスリザリン生であるドラコばかり見てきたせいか、コレットの気安い雰囲気は彼には好ましく思えたのだろう。

 

 「いやいや、このすばしっこい奴を捕まえるなんて大したやつだ。ニッキーは時折、俺の小屋から抜け出して城ん中をうろつくんだが、生徒達の光物を盗んでちょうと迷惑をかけるでな。こいつの身軽さは、あのウィーズリーの双子も叶わねえんだ」

 

 はた迷惑な話を聞いたコレットの顔は引き攣るものの、ハグリットはどこか誇らしげにニッキーの戦果を語っていた。ニッキーが起こした数々の盗難事件は、ハグリットの中ではある種の自慢話のようだ。

 ハグリットは禁じられた森に生息する魔法生物達への愛の熱弁を振るう様を見て、盲目的なほど生物を愛しているようだとコレットは思った。

 

 「ここにはニッキー以外にも、いろんな魔法生物がおる。ナールにポーロック、イーソナン・・・」

 「ナールは確か、ハリネズミみたいな生物でしたよね。イーソナンがいるってことは、ポーロックが護衛したりするんですか?」

 「ほう、何でそう思う?」

 「ポーロックは馬の護衛をする習性があるから。・・・イーソナンは天馬だから、もしかしたらと思って。あ、でも魔法生物だし、やっぱり習性は働かない?」

 「よく知っちょるじゃないか!勉強熱心なのか?」

 「本は、好きなので・・・」

 

 それは、幼少期のほとんどを勉強で費やしたコレットの皮肉であった。

 常より低くなったコレットの声音を特に気に留めることなく、ハグリットは嬉しそうに話に花を咲かせている。

 

 「いやあ、話が分かるやつだなあ。スリザリンはいけ好かん・・・ああいや、あんまり好きじゃないんだが、お前さんは不思議と気安いというか」

 「それ、あまり言い換えられてませんよ」

 

 コレットの指摘に苦笑しつつ頬を掻くハグリット。首回りをちょこまかと駆け回るニッキーを撫でつける。

 ハグリットは良いことを思いついたと言わんばかりに顔を輝かせると、息巻いた様子でコレットに言葉をかけた。

 

 「お前さん、生き物は好きか?」

 「は?・・・まあ、好き・・・ですかね」

 

 唐突な質問に虚を突かれたコレットだが、素直な答えをハグリットに告げる。その答えを告げるとき、コレットはルベインアンツ家での屋敷の生活を思い出していた。

 幼い頃、コレットはほんの数回だけメントと共に屋敷の外へ赴いたことがあった。エドワードの監視からこっそり逃れ、メントに手を引かれて訪れたのはルベインアンツの森の奥深く。そこにはコレットの見知らぬ動植物が数多く生息し、賑やかな鳴き声を森に響かせていた。

 野を駆ける鹿、樹々を飛び移る小鳥。木をじっと眺めていると、そこはボウトラックルの住処であったりオーグリーの止まり木であったりした。湖に船を出して顔を出せば、水面越しにプリンピーが泳いでるのが見て取れる。メントは「危のうございます」と幼いコレットにいつも注意していたが、屋敷の中では決して触れ合えない生き物達の逢瀬に胸をときめかせていた少女は、言うことを聞かなかった。

 コレットはその思い出を無意識に口にしていた。聞き入っていたハグリットは、意味を成さない感嘆を声を漏らしている。

 

 「おう、おう・・・良い思い出じゃないか・・・」

 「あ、ありがとうございます?」

 「よし、決めたぞ・・・コレット、お前さん“魔法生物飼育クラブ”に入っちゃくんねえか?」

 「“魔法生物飼育クラブ”?」

 

 聞き覚えのないクラブ名に、コレットは首を傾げる。

 

 「つっても、まだ正式に認可が降りたクラブじゃねえ。ダンブルドア先生は乗り気なだが、他の先生方から反対されててな・・・」

 

 何より、生徒が入部してくれない。目下の悩みを打ち明けたハグリットはがくりと肩を落とした。

 クラブの名前から、魔法生物の飼育を行うのがクラブ活動であることはコレットも察している。ホグワーツに存在する魔法生物達のほとんどの生息地が、禁じられた森であることも知っているコレットからすれば、“他の先生方”の懸命な決断に内心力強く頷いた。

 内容からすれば勉強になる活動だろうが、魔法生物と関わることは危険と隣り合わせであることを意味する。ハグリットほどの屈強な男であれば対処できようが、幼い生徒達は難しいだろう。

 

 「お前さんの話を聞いて思ったんだ!お前さんには生き物に対する愛情っちゅうもんがある!それに、ニッキーを捕まえたお前さんの手腕は大したもんだ!」

 「あ、あはは・・・」

 

 既に乗り気であるハグリットに対して、コレットは苦笑で誤魔化すしかなかった。

 コレットの目的は悪魔で聖杯探索である。それを疎かにして魔法生物の世話にかまける時間など自分には残されていない。どうにかして此処から切り抜けられないかと、コレットは後ずさった。

 

 「そうだ!わたしなんかより、ハリーやロンを誘えばいいんじゃないですか?」

 

 ハーマイオニーを推薦しなかったのは、勉強好きな彼女を慮っての配慮だ。

 

 「ハリーは駄目だ、あいつにはクィディッチの試合がある。ロンは・・・まあ、臆病なところがあるからなあ」

 

 論の評価に補足するように「良い奴なんだが」と続けるハグリットの脳裏には、いつのことだったか小蜘蛛に怯えるロンの情けない姿が浮かんでいた。

 

 「どうだ、やってみちゃくんねえか?」

 

 大男でありながら子供の様に目を輝かせるハグリットの顔がずいとコレットに近づいた。

 距離を置くために後ずさるコレットだが、それに比例するようにハグリットは近づいてくる。感情的になれば初対面の相手だろうと強気に出られるコレットだが、既にニッキーの被害に遭った怒りが醒めた彼女では、巨漢の大男に迫られている現状に言葉を詰まらせてしまう他なかった。

 

 「いや、あの・・・」

 「駄目か・・・?」

 「えっとですね・・・」

 

 巨漢の大男といえど、下手に出るその物言いは幼子のように頼りないものだった。

 コレットはそれを可愛いとは思わないが、罪悪感を募らせる程度には効果がある。ハグリットの目を見ないように顔を逸らすと、視線の先にはハグリットの肩にちょこんと乗ったニッキーと視線がかち合った。

 

 「・・・」

 「・・・」

 「・・・」

 「(うっ、そんな目で見ないでよ・・・!)」

 

 黒い円らな瞳がハグリットのようにうるうると潤み、コレットを見つめている。ロケットを盗んだ張本人だというのに、ぬいぐるみのように愛らしいその表情はコレットの心を鷲掴み心をよろめかせた。

 それを傍から見ていたセイバーは単純なコレットの思考に呆れる他なかった。彼は知っていたのだ。ニッキーが潤んだ瞳で見つめている先にあるものがコレットではなく、彼女の胸元にあるロケットであることを。

 それを知らないコレットは、自分を見つめるニッキーの愛くるしい表情が「クラブに入ってほしい」と懇願していると勘違いしているのか、その誘惑と戦っている。

 セイバーは真実を告げるつもりはないらしく、黙ってことの成り行きを見守っていた。

 

 「頼む1生徒の一人でもいりゃあ、先生方の気も変わるかもしれねえんだ!」

 「・・・」

 「うっ・・・!」

 「お願いだコレット、お前さんだけが頼りなんだ・・・!」

 「・・・」

 「うーっ・・・!っ分かった、分かりました!やればいいでんしょう?!」

 

 半ばやけくそで叫んだコレットの返事に、ハグリットは無邪気な笑みを浮かべた。肩に乗っているニッキーもそれに釣られるように飛び跳ねると、コレットの胸元に飛び込んだ。

 

 「わ、わわっ!」

 「よーしよし!まずはダンブルドア先生に報告せにゃあならんな!ちょいと校長室まで行ってくるから、寮へ戻っちょいてくれ。ここはまだ森の入り口近くだから、城が見える方向に真っ直ぐ歩けば出られるぞ」

 「ちょ、ちょっと!わたし、手伝いならしますけどクラブの入部は、」

 「いやあこれから忙しくなるぞ!」

 「あ、待ってったら!」

 

 両手の中で暴れるニッキーを押さえつけつつ、コレットは校長室へと向かおうとするハグリットを制止するが、それを意に介することなく彼は城の方へと足を向けた。浮かれているせいかその足取りは軽く速い。城中を探索し、ニッキーと追いかけっこをした今のコレットに、彼に追いつくだけの体力と気力は残っていなかった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝、コレットは一ヵ月ぶりに睡眠不足に悩まされたせいで通常より遅い朝食を取ることとなった。

 授業に遅刻するほどではないが、ベッドから上体を起こした瞬間に向かいのベッドで寝ているパーキンソンと顔を合わせることになったのは最悪の出来事であった。

 コレットは急いで身支度を済ませて大広間へと向かう。睡眠不足が祟り覚束ない足取りで歩いているため、頻繁に壁や柱に頭をぶつけては周囲の生徒から奇異の目を向けられるが、当の本人はそれさえも気づいていなかった。彼女の頭の中では、睡眠不足の原因となった新たな悩みのせいでいっぱいだったからだ。

 

 「(もしハグリットの申請が通って、クラブができたら・・・)」

 

 目下、彼女を悩ませているのはそれだった。

 昨日の午後、禁じられた森に置き去りにされたコレットは再びロケットを盗もうと暴れだしたニッキーとの戦いを経てハグリットを探したものの、結局見つけることができなかったのである。

 疲労困憊した状態にあるコレットにとって、校長室の場所を知らずに城中を探し回るのは極めて困難であった。生徒達が競技場から戻ってくる時間帯であったこともあり、彼女は聖杯の探索とハグリットの捜索を打ち切ったのである。ダンブルドアも、まさか生徒を危険なクラブに入部させたりしないだろうと高を括ってもいた。

 だが、その日にベッドに潜り込んでみればその不安は次第に膨張していき頭を抱えることになったのだ。

 聖杯の探索が最優先事項であるのに、そこにクラブが参入すれば探索に消費できる時間を失うこととなる。仮にクラブが設立されても「サボればいいか」と安易に考えてもみたが、ハリー達と親しいハグリットを裏切る行為は、同時にハリー達の印象を更に悪くする結果になるかもしれない。その日の朝食の際にハリーから逃げ出したこともあり、コレットはそういった印象にとても過敏になっていた。

 不安を抱えたまま就寝したコレットは、朝になっても不安は解消されることはなく、現在に至る。

 

 「・・・何かしら」

 

 重い溜め息を何度も吐き出しながら大広間の扉の前までやってくると、右側の壁に人だかりができていた。

 どうやら壁にかかっているフレームが話題であるようだが、コレットはさして気にすることなく素通りしようとヒトだかりを横切ろうとする。

 すると、コレットを視界に捕えた一人の生徒が「ルベインアンツってあいつじゃないか」と一声上げ、それに釣られるように周りの生徒達が一様にコレットへと視線を向けたのである。

 

 「(え、何、怖いんだけど!?)」

 

 スリザリン生だけならまだしも、グリフィンドールやハッフルパフ、レイブンクロー生まで入り混じった人だかりの視線を一身に浴びるコレット。恐る恐る周りの生徒たちの様子を伺うと、そこに悪意は感じられないものの珍獣でも見定めているような視線であった。

 『どれどれ』と声を響かせたセイバーは、視線の元凶であるフレームの中に収められている文章を読み上げる。

 

 『・・・何々、“私ダンブルドアは、顧問をハグリットとし、魔法生物飼育クラブの設立を認める。尚、キャプテンは推薦のあったスリザリン一年生、コレット・ルベインアンツとする”・・・』

 「はあ!?」

 『他の部員も募集中だってさ』

 「聞いてない、聞いてないわよそんな話!」

 『ちょっと、落ち着きなよコレット』

 「落ち着いていられるもんですか!あぁもう早くダンブルドア先生に誤解ですって理由を話さないと・・・!」

 『コレット、』

 「大体わたし、禁じられた森に置いてかれたことまだ許してないんだから!ニッキーのことだって、」

 『コレットってば』

 「何よ?!」

 『君、念話で話してないよ』

 「あ」

 

 セイバーの鶴の一声で正気を取り戻したコレットは、さっと顔から血の気が引いた。

 ぎこちなく首を動かすと、そこには“一人で騒いでいる少女”を訝しむ生徒達が遠巻き越しにコレットを見つめており、こそこそと囁き合っている。

 会話の内容を聞き取ると、「またコンフリンガーがやらかしたのか?」「いや、何でも魔法生物の世話をしたとか」「え、魔法生物を爆発させたの?」という声まで上がっており、徐々に噂に尾鰭が付いていっていることが伺えた。

 衆目に晒されたコレットは、へたりとその場に座り込み、呆然と呟く。

 

 「嘘でしょ・・・」

 『その言葉が何に対してなのか、聞かない方がいいのかな?』

 

 さも愉快そうに皮肉を飛ばすセイバーを尻目に、コレットはドラコが大広間の出入り口から現れるまで、その場で動かぬ石像と化していた。

 その後、彼女は授業の合間を縫ってはハグリットの小屋に殴り込む勢いで押しかけクラブの参加についての口論に費やしたのだが、その結果は翌日の早朝から餌袋を抱え森付近をうろつく彼女を見れば明らかであった。




亀更新ですいません・・・生活が全く安定しない。そしていっぱい書きたい。トゥライ。

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