薔薇の襲撃から四日、百合が眠りについてから二週間が過ぎた。
関東圏でも雪が降るほど寒いこの季節、結芽は制服の上に薄手のコートを羽織り、とぼとぼと歩いて任務から帰還する。
ここ四日ほど、結芽は誰とも口を聞いていない。
可奈美や真希が心配そうに話し掛けても、紫や呼吹が稽古の件で話し掛けても、彼女は全く持って返事を返さない。
イタズラっ子のような笑顔も、小悪魔のような笑顔も、楽しそうにニッカリとした笑顔も、まるで過去のものになってしまったかのように、綺麗サッパリ消えてしまった。
淡々と任務と稽古をこなし、百合の見舞いに時間を割く。
日に日に、百合との面会時間が増えていく。
今も、任務の報告を電話で済ませて、百合の見舞いに行こうとしている。
「……………………」
……稽古の成果は着々と出ているのに、どこまで登っても勝てる気がしない。
だから、諦めかけている。
絶対に取りたくない手を使おうとしている。
きっと、みんなに怒られる方法だと知りながら、百合が望まぬ救われ方だと知りながらも、結芽は禁じ手にーー最凶の悪手に手を出そうとしているのだ。
しかし、誰もそれに気付かない。
結芽が誰とも喋らなくなったから、誰も彼女の考えに気付けない。
異変には気付けても、考えには気付けない。
……ある、一人を除いてはーー
『……やっても、百合は喜ばないよ』
「煩いなぁ…。私の命をどうしようが、私の勝手でしょ?」
『でも、あなたの命を救ったのは百合で、あなたは自分の命を百合のものだと言った。…違う?』
「……………………ウザイ」
『ほら、そうやって逃げる。逃げてても良い事なんてないよ? 稽古、もう少し頑張ってみれば?』
宗三左文字の中に居る聖だけは、彼女の考えに気付いていた。
本当なら手を出す時期じゃない筈なのに、取り返しのつかない道に進もうとしている結芽を、どうにかする為に話し掛ける。
結芽も結芽で、聖の話にだけは耳を傾けた。
どこか百合に似た優しい声音だったから、気を紛らわす為に耳を傾けた。
それ以上の意味は無い、だから説得は効かない。
「……おねーさんには分かんないよ、どうせ負けた事なんてないんでしょ…?」
『そうだね。負けた事は無いよ』
「だったら……何も言わないで」
『……………………』
一方的な言葉で聖を黙らせて、都合の悪い事は耳に入れようとしない。
そうして、燕は深く落ちていく。
天に届く才を持つ燕は、自信という翼を折られて落ちていく。
救わなければならない少女に縋らなければ、燕は生きていくことさえままならない状態にまでなっていた。
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百合が眠る部屋には、所狭しと精密機器が並べられている。
ベットの近くに置いてあるイスに座るのも、一苦労がかかる程の過密さだ。
それほど慎重を期さなければいけない状況だと、医学に精通してない者でも一目で分かる。
結芽はそこで、百合に絶えず話しかける。
最近起こった事や、過去に起こった事、果ては未来に起こるであろう事を、少女は絶えず話し続ける。
何か喋っていないと、気が変になりそうで、返事が来ないと知りながらも喋り続ける。
それを、二人の少女が硝子越しに見ていた。
「ゆめゆめ……。相当不味いデスネ」
「見たいですね。…稽古の成果は出てきてはいますが、それで折れた自信が補えるとは思えません」
「薔薇……ですか。似てるけど対照的デスネ、百合と薔薇。棘のある薔薇に対し、滑らかな百合」
「どちらも花言葉には純潔が入るらしいですよ」
「む〜。ゆめゆめに話しかけたい所デスガ…無視させるのがオチですねヨネ」
「……でしょうね」
仲間だからこそ心配だった。
出来るなら声を掛けてやりたいが、彼女はそれを受け付けない。
なら、そんな言葉を吐く時間に意味は無い。
だったら、他の事に有効に時間を使うべきだ。
百合を助ける為にも…………
「ゆりりんが居たらこうならずに済んデ、ゆりりんが居ないからこそこうナル」
「彼女は、良くも悪くも、燕さんにとって大きな存在でしたからね……。こうなる事は必然の結果でしょう。暴走していないだけマシですよ」
二人は他の仲間に比べて、幾分か落ち着いていた。
怒りも、辛さも、苦しみもあっただろうが、それでも落ち着いている。
何故なら、彼女たちは探求する者だからだ。
どれだけ嬉しい事があっても、どれだけ悲しい事があっても、表に出し過ぎず、探求し続ける。
感情の波に任せた探求が上手くいかない事を知っているからだ。
昂った感情は内に宿すが、決して脳まで届かせない。
あくまで冷静に物事を処理する。
それが出来なければ、結果など出すことが出来ないからだ。
「グランパが、珠鋼搭載型S装備に対抗する物ヲ、今全力で制作していマス。……完成はギリギリでショウ。」
「確か……燕さんや皆さん達のような強い方専用のS装備でしたっけ? …完成するんでしょうか?」
「才ある刀使限定にしても、完成の目処は分かっていマセン。……再開発だとしても、そう簡単には進みませんカラネ」
未来の研究者である二人は、結芽の事を心配しながらも先を見据えて話していた。
才ある刀使限定のS装備、フリードマンが手掛ける最後の作品は、全く持って全容の見えない……霞のようなものだった。
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「……今、なんて言った?」
「ノロのアンプルが欲しいって言ったの。相楽学長」
「意味を分かって言ってるのか? ……今、お前の体の中にノロが無いのは、フェニクティアのお陰なんだぞ!! あれだって、そう何度も使える代物じゃないんだ」
「知ってるよ。ノロを抽出する機械ができるまで、私の中にノロが居続けるんでしょ? ……別に良いよ、ゆりが居なくなるより万倍マシ」
一歩も引く気は無いと、雰囲気と声音が伝えてくる。
だが、結月も引く訳にはいかない。
そんな事をさせたら、百合がどれだけ悲しむか知っているからだ。
助かっても、救われても、それじゃ意味が無い。
……ただただ、虚しいだけだ。
「……話にならん、もう一度良く考え直せ」
「………………考えたよ」
「何?」
「考えて考えて! その結果がこれなの!! どんなに強くなっても、全然勝てる気がしない! だけど……あの時の力があれば…! きっと倒せる!! …だから、アンプルが必要なの!!!」
普段の結芽なら絶対にしない行動だった。
恩師である結月に、御刀を向けるなど……
切っ先が、結月の頬をかすり、浅く切り傷がつく。
切り傷から、すーっと血が垂れた。
結月は何を言うでもなく、ただ悲しそうに一言、こう言った。
「残念だ……」
悲しそうな表情のまま、彼女はデスクに置いておいたアンプルを結芽に手渡す。
「…出来るだけ使用者への負担を減らした最新のアンプルだ。戦う前に使え」
「開発、続けてたんだ」
「……まぁな。世界中には、昔のお前のような子供は五万といる……そう言う存在を救う為だ。……こうやって、戦う為に使うものでは無い」
「でも、作った。……こうなるって分かってたんじゃないの?」
「………………さぁな」
結月にとって、結芽だけが大切な存在なのではない。
百合も、結月にとっては大切な存在なのだ。
それを救う為なら……なんだって……
「じゃあ、行くね」
「………………好きにしろ」
皮肉な事もあるものだ。
かつて、結月の事を幾度も守ってくれた御刀ーー宗三左文字が、今になって彼女を傷付けるなんて。
「聖……私は、何をするのが正解だったんだ…?」
今を生きる筈の結月の言葉が、過去に生きていた聖に届く事は無い。
だが、聞かずには居られなかった。
「こんな事になるんだったら、あの時、聞いていれば良かったな……」
彼女は久しく感じていなかった後悔の念を、その日、思い出した。
みにゆりつば「VR」
先日、百合は結芽がどうしても欲しいと言っていたVRゴーグル(イヤホン付き)とゲームを買った。
だが、それは間違いだった。
何故なら…………任務をサボってゲーム三昧の毎日を一週間も過ごしているからだ。
「……結芽?」
「やっふぅ!! VRゲーム、最っ高!!!」
今は『Beat Saber』と言うゲームにご執心らしい。
VRゴーグルを掛けてリモコンをフリフリしながら遊んでいる。
百合の心を正直に言うなら、「結芽可愛い」だ。
笑顔で楽しそうに遊んでいる結芽は可愛い……が、任務を疎かにするのは不味い。
薫に、明日には引っ張ってでも連れて来いと言われた百合としては、早々の内にゲームを没収し封印すれば良いのだが…………
(……楽しそうだしなぁ。最近、任務の所為で遊べてなかったし、しょうがないのかなぁ……)
本当に楽しそうに遊ぶ彼女から、ゲームを取り上げるのは、百合にとってどんな稽古よりも辛い事だ。
でも…………
(結芽に構って貰えないのは……やだな……)
自分の中の天使が、「薫先輩の為にも、結芽の為にもゲームを取り上げるのです」と囁いて。
自分の中の悪魔が、「自分の我儘を言って、結芽と一緒に遊ぼうよー!」と囁く。
二つに一つの選択。
……百合はーー
「結芽?」
「イェーイ!! ふっふー!」
聞こえてないのと見えてないのを良い事に、そっと片耳のイヤホンを取り囁く。
「…構ってくれないと…寂しいなぁ」
「ひゅっ?! い、いきなり、なに!?」
「……だってぇ、結芽がぜ〜んぜん構ってくれないんだもん。……浮気しちゃおっかなぁ」
最後の言葉が無かったら、きっと優位に立ててただろうに……
結芽は百合の最後の言葉を聞くと、ゴーグルを外してリモコンと一緒にテーブルに置く。
そして……百合をベットに押し倒した。
「ゆ…結芽?」
「………………」
鬼気迫る表情で自分の上に馬乗りになる結芽に、百合は頬を赤らめながら声を掛ける。
しかし、結芽は無言のまま顔を百合に近付けていく。
そして、さっき百合がやったように耳元で囁いた。
「絶対に…誰にも渡さいなから」
「ぁっ…」
その瞬間、百合は悟った。
今日は勝てない事を。
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新連載始めました(二作品)
百合https://syosetu.org/novel/210919/
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結芽の誕生日は……
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