百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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 今回はみにゆりつば無し、本編短めですが悪しからず。


玖話「誰もが何かを求めてる」

 時は無情に過ぎる。

 最悪な事に、黒桜との一件は進展を起こせぬまま一ヶ月の時が過ぎてしまった。

 百合が眠りについて一ヶ月。

 恐らく、結芽にとってその一ヶ月は、数年間が経ったほどのゆっくりとした時間の進みだっただろう。

 

 

 証拠として、結芽の最近の言動は常軌を逸したものが多くなってきている。

 幻聴、幻覚は当たり前、時には狂気じみた笑い声を突然発すると言う事例も出てきた。

 紗南や朱音、紫等の指揮に関わる者に、カウンセリングを受けるように言われ、受けてはいるが全く持って効果は見られない。

 

 

 一周まわって、可奈美や真希たちとは話すようになったが、何時スイッチが入るか分からない結芽の対処に誰もが困っていた。

 

 

 ……眠っている百合でさえも。

 

 

「…………………………」

 

「百合、あなたの所為じゃないよ」

 

「……でも、私がヘマしなかったらーー」

 

「あのねぇ、人間誰しも完璧になるなんて無理なの。どう足掻いても未完成、それが人間ってものよ。……もし、完璧になれた人間が居たとしたら、それはもう人間じゃない。人間の枠組みを超えたナニカよ」

 

 

 真っ白な世界に聖の声が響く。

 勿論、百合の心にも。

 ……それでも、百合の心には結芽に何かしてあげたい、と言う思いが残っている。

 追い詰められた人間は何をするか分からない。

 

 

 現に、結芽はノロに手を出そうとしている。

 気持ちは分かる……分かるが……止めなくてはならない。

 

 

(……命懸けで助けられる側って、こんなに苦しくて……辛いんだ)

 

 

 今まで知らなかった。

 いつも命懸けで助ける側だったから……

 気付かされる側だったから……

 命懸けで助けられても、助けられ方は喜ばないと。

 

 

「なにか、出来ないのかな…?」

 

「今の所はね。…時間も一ヶ月を切った。そろそろ向こうも動き始めるかもね」

 

「黒桜……どう動くのかな?」

 

「さぁ? 私も分かんないよ。結芽ちゃんが作戦会議に参加すれば、何か分かるかもしれないけど……」

 

 

 紗南たちが必死に動いているものの、敵の尻尾は思うように掴めない。

 外の空気はピリピリとしたものだ。

 百合の頭の中には、考えても仕方のないもし(IF)しか浮かばない。

 結芽の為に動きたいし、みんなの為に動きたい。

 

 

 けれど、今の自分の体は、そうやって動く事を許してくれない。

 

 

「みんな……大丈夫だよね?」

 

 

 信頼は無くなってないのに、不安が募っていく。

 少女は、夢の世界の中でもがき苦しんでいた……

 

 -----------

 

 黒桜本部にてーー

 

 

「また、刀剣類管理局の追っ手が?」

 

「はい。追い払ってはいますが、ここが気付かれるのも時間の問題かと……」

 

「そうですねぇ。…特に動く必要はありません。私たちが逃げる理由はないのですから」

 

「…分かりました。その方向で進めます」

 

「そうそう。…百合の暗殺に失敗したそうですね」

 

「どこでそれを…?」

 

 

 薔薇は明らかに動揺していた。

 朱殷の瞳を微かに左右に揺らし、顔も強ばらせている。

 報告はしてないし、誰もこの部屋ーークロユリの居る部屋に入れないようにしているので、誰かが入ったと言う事は有り得ない。

 

 

 なら何故……

 その思いが、素直に口から出てしまったのだ。

 

 

「…あら。本当でしたか。ここ最近、あなたがやけに不機嫌だったので、少しカマをかけてしまいました。許してくださいね…」

 

「いえ。私の不徳ですのでお気になさらず。…私の方こそ申し訳ありません」

 

「……さて、この話はこれで終わりにしましょう。強化型大荒魂の生産は順調ですか?」

 

「はい、量産は滞りなく……」

 

「なら、私から何か言う事はありません」

 

 

 そう言うと、クロユリはベットに寝転がる。

 睡眠を必要としない筈の荒魂だが、クロユリは稀に睡眠をとる。

 その時は決まってーー

 

 

「薔薇、すいませんが横に居てください」

 

「はい。仰せのままに…」

 

 

 存在自体が未だに完全ではないクロユリは、こうやって他者に依存する形で概念として存在を安定させる。

 だが、薔薇は知っている。

 クロユリがこの行為に、存在の安定以外に求めているものを。

 

 

(荒魂である、クロユリ様が人間の温もりを求めるのは……何故?)

 

 

 人間の温もり、クロユリはそれを求めた。

 本来のクロユリから記憶を奪い、百合からも記憶を奪った。

 だからこそ、今のクロユリは知っている。

 荒魂でありながら知っているのだ……

 

 

 愛される心地良さを。

 人肌の温もりを。

 故に、彼女は求める。

 誰でもいい、たった一人でいい……自分の隣に居てくれて、自分の存在を肯定してくれる存在を。

 

 

 元のーー本来のクロユリとは全く違う性質。

 新しいクロユリだからこそ目覚めてしまった性質。

 

 

黒桜(ここ)は私を肯定してくれる。だから、力を貸す)

 

 

 根底にあるのは人間への憎悪で、人間への怨みなのに、クロユリは黒桜の面々を……薔薇を信頼し好いていた。

 

 

 

 そして薔薇も、失礼だとは思いながらも、クロユリに在りし日の可愛かった従姉妹(百合)を重ねる。

 お互いに純粋だった。

 

 

 しかし、彼女の隣を歩くには力が足りな過ぎた。

 彼女の隣を歩くには、体が脆すぎた。

 薔薇は、だからこそ荒魂との融合による昇華を求める。

 

 

 在りし日の彼女が手に入らなくても、今の彼女を殺すことになっても構わない。

 力さえ手に入れば、体さえ強くなれば、薔薇はそれでいい。

 代わりを見つけたから……

 

 

「薔薇…。あなたは、私のーー」

 

「言わなくても大丈夫です。私は、何があってもクロユリ様の隣に」

 

「そう……ですか。良かっ……た」

 

 

 ゆっくりと、クロユリは瞼を閉じる。

 左右で色が違うオッドアイのような瞳はもう見えないし、雪女のように白い体が動く事も、あと数時間はないだろう。

 

 

 服で隠れていない部分の殆どが純白の輝きに満ちており、パッと見ただけでは荒魂だとは思わないだろう。

 神々しい白さから、神と見間違う者の方が多いかもしれない。

 何せ、彼女は実質禍神なのだから……

 

 

「……クロユリ様」

 

 

 人間の温もりを求める姿は普通の少女だ……

 だから最近、薔薇は思うようになった。

 彼女の力を利用する行為は、果たして意味のある事なのかと。

 

 

 人並みの感情は、彼女にーークロユリにきっとある。

 だったら、生み出した責任として、彼女にそれ相応の報酬があるべきではないか? 

 そんな考えさえ、薔薇は持ち始めている。

 

 

 残り一ヶ月。

 物語の終焉は着々と迫っていた。

 

 

 




 次回もお楽しみに!

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 新連載始めました(二作品)
 百合https://syosetu.org/novel/210919/

 マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/

結芽の誕生日は……

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