時は無情に過ぎる。
最悪な事に、黒桜との一件は進展を起こせぬまま一ヶ月の時が過ぎてしまった。
百合が眠りについて一ヶ月。
恐らく、結芽にとってその一ヶ月は、数年間が経ったほどのゆっくりとした時間の進みだっただろう。
証拠として、結芽の最近の言動は常軌を逸したものが多くなってきている。
幻聴、幻覚は当たり前、時には狂気じみた笑い声を突然発すると言う事例も出てきた。
紗南や朱音、紫等の指揮に関わる者に、カウンセリングを受けるように言われ、受けてはいるが全く持って効果は見られない。
一周まわって、可奈美や真希たちとは話すようになったが、何時スイッチが入るか分からない結芽の対処に誰もが困っていた。
……眠っている百合でさえも。
「…………………………」
「百合、あなたの所為じゃないよ」
「……でも、私がヘマしなかったらーー」
「あのねぇ、人間誰しも完璧になるなんて無理なの。どう足掻いても未完成、それが人間ってものよ。……もし、完璧になれた人間が居たとしたら、それはもう人間じゃない。人間の枠組みを超えたナニカよ」
真っ白な世界に聖の声が響く。
勿論、百合の心にも。
……それでも、百合の心には結芽に何かしてあげたい、と言う思いが残っている。
追い詰められた人間は何をするか分からない。
現に、結芽はノロに手を出そうとしている。
気持ちは分かる……分かるが……止めなくてはならない。
(……命懸けで助けられる側って、こんなに苦しくて……辛いんだ)
今まで知らなかった。
いつも命懸けで助ける側だったから……
気付かされる側だったから……
命懸けで助けられても、助けられ方は喜ばないと。
「なにか、出来ないのかな…?」
「今の所はね。…時間も一ヶ月を切った。そろそろ向こうも動き始めるかもね」
「黒桜……どう動くのかな?」
「さぁ? 私も分かんないよ。結芽ちゃんが作戦会議に参加すれば、何か分かるかもしれないけど……」
紗南たちが必死に動いているものの、敵の尻尾は思うように掴めない。
外の空気はピリピリとしたものだ。
百合の頭の中には、考えても仕方のない
結芽の為に動きたいし、みんなの為に動きたい。
けれど、今の自分の体は、そうやって動く事を許してくれない。
「みんな……大丈夫だよね?」
信頼は無くなってないのに、不安が募っていく。
少女は、夢の世界の中でもがき苦しんでいた……
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黒桜本部にてーー
「また、刀剣類管理局の追っ手が?」
「はい。追い払ってはいますが、ここが気付かれるのも時間の問題かと……」
「そうですねぇ。…特に動く必要はありません。私たちが逃げる理由はないのですから」
「…分かりました。その方向で進めます」
「そうそう。…百合の暗殺に失敗したそうですね」
「どこでそれを…?」
薔薇は明らかに動揺していた。
朱殷の瞳を微かに左右に揺らし、顔も強ばらせている。
報告はしてないし、誰もこの部屋ーークロユリの居る部屋に入れないようにしているので、誰かが入ったと言う事は有り得ない。
なら何故……
その思いが、素直に口から出てしまったのだ。
「…あら。本当でしたか。ここ最近、あなたがやけに不機嫌だったので、少しカマをかけてしまいました。許してくださいね…」
「いえ。私の不徳ですのでお気になさらず。…私の方こそ申し訳ありません」
「……さて、この話はこれで終わりにしましょう。強化型大荒魂の生産は順調ですか?」
「はい、量産は滞りなく……」
「なら、私から何か言う事はありません」
そう言うと、クロユリはベットに寝転がる。
睡眠を必要としない筈の荒魂だが、クロユリは稀に睡眠をとる。
その時は決まってーー
「薔薇、すいませんが横に居てください」
「はい。仰せのままに…」
存在自体が未だに完全ではないクロユリは、こうやって他者に依存する形で概念として存在を安定させる。
だが、薔薇は知っている。
クロユリがこの行為に、存在の安定以外に求めているものを。
(荒魂である、クロユリ様が人間の温もりを求めるのは……何故?)
人間の温もり、クロユリはそれを求めた。
本来のクロユリから記憶を奪い、百合からも記憶を奪った。
だからこそ、今のクロユリは知っている。
荒魂でありながら知っているのだ……
愛される心地良さを。
人肌の温もりを。
故に、彼女は求める。
誰でもいい、たった一人でいい……自分の隣に居てくれて、自分の存在を肯定してくれる存在を。
元のーー本来のクロユリとは全く違う性質。
新しいクロユリだからこそ目覚めてしまった性質。
(
根底にあるのは人間への憎悪で、人間への怨みなのに、クロユリは黒桜の面々を……薔薇を信頼し好いていた。
そして薔薇も、失礼だとは思いながらも、クロユリに在りし日の可愛かった
お互いに純粋だった。
しかし、彼女の隣を歩くには力が足りな過ぎた。
彼女の隣を歩くには、体が脆すぎた。
薔薇は、だからこそ荒魂との融合による昇華を求める。
在りし日の彼女が手に入らなくても、今の彼女を殺すことになっても構わない。
力さえ手に入れば、体さえ強くなれば、薔薇はそれでいい。
代わりを見つけたから……
「薔薇…。あなたは、私のーー」
「言わなくても大丈夫です。私は、何があってもクロユリ様の隣に」
「そう……ですか。良かっ……た」
ゆっくりと、クロユリは瞼を閉じる。
左右で色が違うオッドアイのような瞳はもう見えないし、雪女のように白い体が動く事も、あと数時間はないだろう。
服で隠れていない部分の殆どが純白の輝きに満ちており、パッと見ただけでは荒魂だとは思わないだろう。
神々しい白さから、神と見間違う者の方が多いかもしれない。
何せ、彼女は実質禍神なのだから……
「……クロユリ様」
人間の温もりを求める姿は普通の少女だ……
だから最近、薔薇は思うようになった。
彼女の力を利用する行為は、果たして意味のある事なのかと。
人並みの感情は、彼女にーークロユリにきっとある。
だったら、生み出した責任として、彼女にそれ相応の報酬があるべきではないか?
そんな考えさえ、薔薇は持ち始めている。
残り一ヶ月。
物語の終焉は着々と迫っていた。
次回もお楽しみに!
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新連載始めました(二作品)
百合https://syosetu.org/novel/210919/
マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/
結芽の誕生日は……
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