一ヶ月半、百合が眠りに就いてからそれほどの時間が経った。
残った時間は約二週間であり、彼女たち刀剣類管理局側は知らないが、一週間後には余興の襲撃が控えている。
そんな中、結芽は研究所に呼ばれていた。
理由は、ノロのアンプルの件だ。
「……戦う前に使うんじゃないの?」
「最初はそう思っていたんだがな。元病人のお前はノロのお陰で生き長らえた。今の、フェニクティアを投与したあとのお前に、以前と同じような適性があるかは分からないからな」
嘘である。
本当は、ノロを入れても問題ない事など既に分かっているのだ。
だがしかし、安全を期す事に損は無い。
研究所で、取り扱いに慣れている者が、バイタルデータを見ながらやる事で、安全性を限界まで高める。
アンプルを打った途端に暴走ーーそれが有り得ない訳じゃない。
危険も伴うが、一人で暴走されるよりはマシだろう。
「…では、いくぞ」
「いつでもいいよ」
結月は落ち着いた様子で、周りの白衣を羽織った者たちの様子を見ながら、結芽に近づいて行く。
右手にアンプルを持ち、左手で髪をどかして打つ場所を確保する。
(…………………)
考えないように思考を殺し、感じないように心を殺す。
ゆっくりとアンプルを首筋に近づ、打ち込んだ。
すると、結芽が短い悲鳴を上げる。
一瞬、苦悶に満ちた表情を周りに見せたが、即座に表情を戻す。
痛いし苦しいが、結芽にとってはどうと言う事はない。
病気を患っていた時の方が痛かった、百合が隣に居ない方が苦しかった。
だから、こんな痛みで立ち止まっている暇はない。
稽古の時間を増やしても勝てない、百合との面会の時間を減らしても勝てない。
なら、もう一度、使いたくない手を取ればいい。
ユリを殺そうとした時のように、クロユリを殺そうとすればいいのだ。
(……ころす、殺す、コロス。私からゆりを奪おうとする奴は、ミンナコロス)
「……バイタルは?」
「問題ありません。暴走の危険性も、今の所は」
「分かった。…結芽、体に違和感ーーいや、調子は悪くないか?」
「大丈夫。むしろ、調子が良いくらいだよ!」
真剣な顔付きはどこえやら、取って付けたような笑顔で結月にそう言う結芽。
可笑しいと感じても、結月は何も言わない。
いや、結月は何も言えない。
作戦を考え、死地に送り出す事しか出来ない大人に、何かを言う資格はないと思っているからだ。
そうして、結芽の言葉を最後に結月が黙っていると、また結芽が話し掛けてきた。
「ねぇ、相楽学長? ……ノロの力を全部引き出して戦ったら、私の体は何分持つ?」
「……十分だ。お前の切り札、持続して三段階の迅移を使い続ける……殺念狂想は体への負担が大き過ぎる。糸見の無念無想は持続的に使い続けると言っても一段階の迅移だ。しかも、デメリットは行動が単純化するだけ、体への負担はないし、あれは神力を抑える燃費のいいものだ」
「だけど、私のは違う」
「そう。本来、三段階の迅移は普通に使うだけでも三日から四日、全力で戦う事が出来なくなる。……まぁ、一部例外もいるがな。だが、本来はそう言うものだ。それを、持続的に使うとなれば、ノロの力で体を補強しても十分が限度だ。十分以上使おうものなら、体が完全に機能を停止する」
「……死ぬってこと?」
言葉を濁した、言い方を変えた。
少女にとってーー結芽にとって死は身近にあったもので、今も大切な人の近くにあるものだから。
周りにいる研究者も気を使って黙っている中、結芽は真っ直ぐな瞳で言葉を返す。
「あぁ、死ぬ。殺念狂想のデメリットは二つ、十分という絶対の限界と、安定性のない感情コントロール」
「……最初のは分かるけど、二つ目のは?」
「情緒不安定になると言う事だ。一つ一つの物事に敏感になる」
ただでさえ、今の結芽は情緒不安定気味なのに、殺念狂想を使えばそれに拍車をかける事になる。
避けたい現実だ、だか避けられない現実だ。
何せ、結芽の一存で全てが決まるのだから。
決定権の全てが彼女にある。
未来への選択肢は、彼女しか選ぶ事が出来ない。
自分を殺して、大切な人を救うか。
自分を殺さず、大切な人を見捨てるか。
答えなど、とっくに出ている。
だから、結月は言うのだ。
言う資格なんて無いのに、言うのだ。
「私からの身勝手な願いだ。聞かなくてもいい。ただ……最後に二人で笑っていて欲しい。一人は、辞めてくれ」
「……………………頑張る」
一言、そう残して、結芽は研究所を出て行く。
一人になって欲しくないから、出た言葉だった。
二人で居て欲しいから、出た言葉だった。
叶うなら、幸せな結末が見たいから……
-----------
刀剣類管理局本部に併設されている剣道場に、多くの刀使が詰め寄っていた。
理由は一つ。
ある二人の刀使の戦いを見る為だ。
一人は当然だが結芽で、もう一人はーー可奈美だった。
最強の刀使の一角でもある二人の戦いは白熱しており、野次馬に来た駐在の刀使は観客として楽しんでいる。
だが、戦っている二人は違う。
可奈美は酷く苦しそうに攻撃を受け流して守りに徹している。
反対に、結芽は緋色に輝く瞳とニッカリとした笑顔で、嵐のような激しい連撃を続けている。
守りに徹している可奈美は、異変に気付いていた。
攻撃一辺倒で、スタミナを無視した動きは、いつもの結芽とは思えない。
勝つ為だったら何でもする彼女だが、こんな自暴自棄のような無茶苦茶な攻めはしない。
殺念狂想は使ってないようだが、大分ノロの力を引き出しているのか、あまり精神状態も良くない。
ニッカリとした笑顔が本当の笑顔ではないことに気付いていたし、瞳の奥に良くないものが視えた。
(無刀取りで何とかしたいけど……隙がない…!)
強者との戦いは嫌いではない、可奈美はそう思っているが、これは違う。
こんな立ち会いは苦しいだけだ。
変則的に持ち手を変える、百合の戦い方を真似た二刀流は厄介で、間合いを取っても素早い対応で詰められて斬られる。
受け流せない程ではないが、攻撃に転じられる隙がない。
加えて、不規則に速さを変えるチェンジオブペースのような動きは、隙をなくす一因でもある。
「はははっ!! やっぱり、可奈美おねーさんは強いね! 楽しい、楽しい楽しい!!」
「私は……楽しくないよっ!!」
彼女が発した否定の言葉は拒絶の言葉のようで、結芽の不安定な心をぐにゃりと握り潰した。
……それが、トリガーだった。
一瞬、ほんの一瞬、瞬きの間に、可奈美の写シは切り刻まれる。
最初は胴を斬られ二分にされ、次に右足と左足、その次に右腕と左腕、最後に脳天から振り下ろしで切り裂かてれ……視界が割れた。
遅れてやってきた痛みで、ようやく自分が斬られた事を自覚する。
写シを張っていても感じる燃え盛るような激痛は、可奈美の視界を明滅とさせた。
チカチカとする視界で、可奈美はくしゃくしゃに泣いている結芽の顔を見た。
「ごめん…ごめんなさい!! 可奈美おねーさん…私、ここまでやるつもりなくて、本当にーー」
「分かってるよ…。私の言い方が悪かっただけ」
優しい言葉は、今の結芽には効きすぎる。
苦しさでどうにかなりそうだった結芽は、剣道場を飛び出した。
覚悟して使った、自分がどうなろうとどうでもいいと思った……なのにーー
「なんで、なんで……!!」
『…後悔なんて、今更遅いわ。自業自得よ』
「煩い!!」
『使わないで勝てる方法を、最後まで探せばーー』
「そんなのない!! 私が一番知ってるっ!! 私が一番分かってるっ!! だから、使う。私がどうなろうとーー」
『それを喜ばない人が居るって言ってるのよっ!!』
頭に直接響くような言葉。
御刀ーー宗三左文字を持っている時にーー帯刀している時に聞こえる事は、最近分かってきた。
離せば良いだけだ。
腰に固定している器具を取れば、それで終わる。
御刀を握らなければ、何も聞こえないで済む。
でも、それは逃げる事だ。
百合から逃げる事だ。
それだけは出来ない。
それだけはしてはいけない。
他からなら逃げても良い。
他からなら逃げても悪くない……だが、これからだけは逃げてたくない。
「……私はーー私はゆりが笑っていてくれるなら、生きて幸せでいてくれるならそれでいい」
『筋金入りね。勝手にしなさい』
吐き捨てるように言われた聖の言葉は、結芽の心を苦しめたが気にしてなどいられない。
やらなければいけない事が山積みなのだ。
多く見積っても、あと二週間の内にクロユリを倒さなければ、百合は死ぬ。
暴走しないようにセーブする術を掴めなければ、勝てない。
少女にとって、時間は最悪の敵だった。
みにゆりつば「……おねロリ?」
百合の体の半分ーーいや、存在の半分は大荒魂クロユリで出来ている。
だからこそ、どんな異常事態が起きても可笑しくない。
だが、誰もこうなるとは思わなかっただろう。
「結芽おねーちゃん! 抱っこ抱っこ!!」
「痛い、痛い! 髪引っ張らないでよ〜ゆり〜!」
彼女が……若返るなどと。
事の発端は今日の朝だった。
休日だった事もあり、結芽は何時もより遅い九時頃に目が覚めた。
しかし、結芽はここですぐに疑問に思った。
いつも通りだったら、休日だろうと百合に叩き起される時間をとうに過ぎている。
カンカンに怒っていることを想像してしまった所為で、朝からぐったりモードで指令室に向かうと……
そこには、結芽が初めて会った時より幼い姿の百合が居た。
何でも、結芽以外の人間が起きる前からこうだったらしく、調べた結果の限り原因は分からないとのこと。
体内にクロユリが居る副作用的なナニカだろうと仮定し、治まるまでの世話係を探していたらしい……そこに結芽がグットタイミングで現れた。
幼くなった百合は、精神年齢も同様に低くなっている。
本来は、昔と同様に人見知りな感じになる筈だが、結芽との出会いで精神的に一歩前進した百合は、普通の女の子らしい明るく可愛らしい少女になった。
問題は、結芽が子供のあやし方など知らない事だ。
「抱っこー!」
「はいはい! 分かったから! 髪は止めてー!!」
「はーい!」
笑う百合は天使のようで、見ていて癒されるが、些かやんちゃ過ぎる。
……結芽は一瞬、百合は自分の事をこんな風に思っていたんだろうと思い、少しだけホッコリした……が、時間はゆっくりとは流れない。
息付く間もなく、抱っこの後はおままごと遊び、おままごと遊びの後はテレビゲーム、テレビゲームの後は鬼ごっこ。
遊び疲れて眠るまで、三時間は掛かった。
丁度、お昼時だった事もあり、結芽は簡単な料理を作る事にした。
お姫様抱っこで給湯室まで百合を運び、備え付けのソファに寝かせる。
その後は、冷蔵庫の中身を見て、何か作れそうな物を探す。
「卵に、冷ご飯、ウィンナーに玉ねぎ……後は何故かブロッコリー。……うーん、炒飯?」
ご飯を入れて、具を入れて、卵を入れてフライパンで炒めれば、大体チャーハンになる、とは百合が言っていた。
「……よし!」
手始めに玉ねぎの皮を剥き、剥いたらみじん切りにする。
涙が出たが我慢どころ、溢れる涙を玉ねぎに落とさないよう注意して、みじん切りを続ける。
終わったら、一度包丁を水洗い。
次はウィンナーを小口切りにする。
包丁を持つ手は猫の手を意識するのが、手を切らない基本とは百合の言葉。
具を切り終わったら、フライパンに油を少し入れて熱する。
給湯室のコンロはIHなので出火する事は無い。
……炒めているもの焦がしたりしなければ。
因みに、フライパンを温めている間に、卵を溶かしておくと良い。
数分も経たない内に、フライパンが温まるのでそのタイミングで具を投入。
玉ねぎどウィンナーを少し炒めて、玉ねぎに色が着いてきたら、冷ご飯を投入する。
ご飯、玉ねぎ、ウィンナーを炒めて一分ほどで、卵を全体に掛るように入れれば完成は近い。
その後は、焦げないように炒めていくだけ。
少ない材料でもあら不思議、簡単にチャーハンを作る事が出来る。
……味付けは塩コショウで整えるだけで、店には出せないがそこそこのチャーハンを素人でも作れる。
……現に、結芽はあたふたしながらも完成させた。
「ゆり〜! ご飯出来たよ〜」
「…ごひゃん? 食べる〜」
起きたばかりの所為か、眠そうな目を擦りながら、更に盛られたチャーハンをスプーンで掬って口に運ぶ。
すると、一口食べた途端、百合は急に笑顔になった。
それはまさに、天使の笑顔だ。
「おいしい……おいしい!! 結芽おねーちゃん! これ、おいしい!」
「そっかぁ、良かった」
「食べたい! 次も食べたい!」
「はいはい、次があったらね」
天使の笑顔を振りまく百合に、つられて結芽も笑った。
後日、元に戻った百合は、迷惑を掛けた全員に謝罪し、どうか記憶を消して欲しいと言って回ったと言う。
-----------
次回もお楽しみに!
誤字脱字などがありましたらご報告お願いします!
感想もお待ちしております!
新連載始めました(二作品)
百合https://syosetu.org/novel/210919/
マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/
結芽の誕生日は……
-
X年後のイチャラブ
-
過去のイチャラブ