百合の少女は、燕が生きる未来を作る   作:しぃ君

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拾壱話「終焉の音が聞こえた日」

 期限である二ヶ月まで一週間となったその日。

 生憎の土砂降りの雨の中、少女ーー結芽は巡回任務に当たっていた。

 レインコートでは動き辛い為、傘をさしながら歩きなれた鎌倉の街を歩く。

 

 

 雨だと言うのに、街はどこか活気づいてい、何故か結芽はそれが無性に気に触った。

 あの子は笑えないのに、あの子は楽しめないのに、あの子はあたなたちの為に頑張っていたのに、何であの子が……

 

 

 そう思ったら最後、結芽は不機嫌なまま巡回を進めた。

 目に映る景色で、誰もが笑っていた。

 友達と、家族と、恋人と一緒に、笑っている。

 

 

「……………………」

 

『……………………』

 

 

 少女の隣には誰も居ない。

 その事に、聖は何も言わなかった。

 否、何も言えなかった。

 慰めの言葉は、意味なんてないと分かっていたから。

 

 

 チラチラと隣を見ては、結芽は少し悲しそうに顔を歪めた。

 居る筈だった、居てくれる筈だった。

 何があっても、何時であっても、傍に彼女の姿がある筈だった。

 ない、居ない、どこにも居ない。

 

 

「……早く帰ろ」

 

 

 巡回任務で時間を潰している暇はない。

 早くノロの扱いに慣れなければ、本番で失敗は許されないのだから。

 失敗=百合の死だとしっかり理解しなければ。

 

 

 そう、自分を戒めながら、巡回任務の足を速めようとしたその時。

 聞き慣れたアラームと共に近くのスピーカーから放送が流れ出す。

 

 

『付近で荒魂の出現を確認しました。放送範囲内に居る皆様は、特別祭祀機動隊の指示に従って避難してください。繰り返しますーー』

 

「…弱っちぃのを相手するの嫌だけどーー」

 

『練習台にしなさい。暇なんてないんでしょ?』

 

「……………分かってる」

 

 

 ノロの力を引き出せば、荒魂がどこに出現したかなど瞬時に分かる。

 だから、結芽は放送では言われていない真実にも気付いた。

 

 

「……居るっ!」

 

『待ちなさい! 今のあなたじゃ!』

 

「黙れっ! 今ここで倒して! 全部終わらせる!」

 

 

 分かる。

 目と鼻の先に目的だった大荒魂クロユリが居る事が。

 聖の静止を振り切って、結芽は御刀を抜いて走り出した。

 写シを張り、全速力で目的の場所まで移動する。

 

 

 好都合な事に、クロユリは一向に動こうとしない。

 まるで、()()()()()()()()()()()()()()

 明らかに罠だと、聖は思ったが、止めようとしても今の結芽は止める事が出来ない。

 もしかしたら、百合でも止められないかもしれない。

 

 

 そう思える程に、結芽の不安定さは極まっていた。

 

 

 そして、怪物(狂人)怪物(荒魂)は出会う。

 

 

「……見つけた」

 

「遅かったですね。燕結芽。……まぁ、良いでしょう。唯一の希望である貴女を消せば、人類は降伏せざるを得ない。大人しく、新しい人の形へと昇華されれば良いんです」

 

「ゆりの声で、ゆりの姿で、偽物のお前が、私の名前を……呼ぶなぁっ!!!」

 

 

 殺念狂想を発動し、一瞬で間合いを詰め、二振りの御刀を振り下ろす。

 だが、真っ直ぐな動きに対応できないクロユリじゃない。

 振り下ろされた二振りの御刀を、切り上げで押し返す。

 

 

「ちっ!」

 

「甘いですね」

 

 

 その一言で更に火がついたのか、殺念狂想の真骨頂でもある、持続的な三段階の迅移を発動し翻弄しようとするが、クロユリの龍眼は全てを見切っていた。

 異なる輝きを放つ両の眼は、間違っても結芽から視線が外れることは無い。

 

 

 白く染まった髪がサラサラと舞う。

 止まらない三段階の迅移で動く結芽の連撃とも言える斬撃を、クロユリは一つ一つ丁寧に叩き落とす。

 

 

 その動きは百合の動きだった。

 剣舞のような動きで、彼女は確実に結芽の攻撃を叩き落とす。

 当然の事のようにそれは行われて、当然の事のように成功していた。

 

 

 知識と記憶で知っているから再現出来る。

 体が覚えているから再現出来る。

 そんなもの、とうに超えている。

 

 

 大荒魂を超えた禍神として、クロユリはそこにいるのだ。

 一分、二分、三分、四分、五分、六分、七分、八分、九分。

 刻々と時間を使い果たしていく。

 あと一分、されど一分。

 

 

 まだ、負けてない。

 まだ、切り刻む時間は残っている。

 結芽は、自分を奮い立たせた。

 ここで負ける訳にはいかない。

 ここで終わる訳にはいかない。

 

 

 死なせたくない人がいる、死んで欲しくない人がいる。

 ……必死に奮い立たせた。

 

 

 しかし、現実は非情だった。

 

 

「死ね、死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

「そんな、狂った感情で私を切ろうなんて、どこまで愚かなんですが?」

 

「煩いっ!! 黙れ、黙れっ!! お前には分からない! 分かるわけない!! この感情が!!」

 

「……分かりますよ。私にだって、心はある。経験や記憶をあの子から奪った(コピーした)から」

 

「それがどうした!! たかが奪った(コピーした)もので、私の想いを分かった気になるな!!!」

 

 

 雨は冷たいが、そんな事は気にならなかった。

 それ程に燃えていた、殺意が燃え盛っていた。

 勝手に語るな、勝手に知った気になるな。

 

 

(この想いは私のモノだ! この想いは私だけが向けていいモノだ! 勝手に分かった気になるな!!!)

 

「残念です。でもまぁ、あの子もこれで救われる」

 

「何を……」

 

 

 救われる。

 その一言で、結芽は動きを止めたーーいや、止めてしまった。

 残り少ない時間を使い果たせば良かったのに。

 聞く耳なんて傾けなければ良かったのに。

 そしたら、まだ勝機はあったのに、まだ正気に戻れたのに。

 

 

「百合は、貴女のことを好いていた。ですが、同時に貴女の事を嫌っていた。いつも自分勝手で自分本位で、他人の都合なんて考えもしない」

 

「……やめて」

 

「いつも心のどこかで呆れていました。いつも心どこかで疎ましく思っていました」

 

「……やめてよ」

 

「自分勝手な癖に、自分本位な癖に、好意を向けて欲しいなんて、誰かに覚えていて欲しいなんて厚かましいと」

 

「……お願い、やめて」

 

「鬱陶しい、嫌いだ。そう言う所が、大嫌いだ」

 

「……お願い、やめて、やめてください」

 

「あぁ、何で貴女なんて好きになってしまったんだろうって」

 

「……否定しないで、ゆりの声で、ゆりの姿でーー私を否定しないで!」

 

 

 不安定だった心に、百合の声で、百合の姿を型どったクロユリの否定の言葉は、修復不可能な傷をつけた。

 修復不可能な傷を負った結芽は、子供のように丸くなって泣き始める。

 

 

 そして、クロユリはその隙を見逃さない。

 絶対にーー

 

 

「私にも、欲するものがあるんです」

 

 

 一言、そう言ったクロユリは、宗三左文字の写シを結芽の心臓に突き立てた。

 決して助からないように、決して起き上がれないように。

 ……頭に突き立てなかったのは、慈悲だったのかなんなのか。

 

 

 先程言葉を言い終えた時から、とうに写シは剥がれていた。

 だから、結芽の生身の心臓に御刀は突き立てられる。

 

 

「あっ……ぅうう」

 

 

 燃えるような、痛みは確かにあった。

 しかし、それよりも心が痛かった。

 否定された心が、何よりも痛かった。

 

 

「がっ……ごほっ……ごほっ…!」

 

 

 血塊が口から吐き出される。

 久し振りに見た自分の血。

 真っ赤な血は、生きている証明なのか、はたまた命が尽きようとする証明なのか? 

 

 

 体から漏れ出す血は池を作るように広がっていく。

 痛みから熱く感じた体が、血が抜けた事によって急速に冷えていく。

 

 

 言葉の刃と御刀に傷付けられた事で、体も心も凍てついていった。

 

 

(……死ぬ? 私が死ぬ? ゆりを救えないで……死ぬ? まぁ、でもーー良いか)

 

 

 否定されたんだ。

 結芽は、自分の存在意義を否定されたんだ。

 いつの間にか、クロユリは消えていて。

 

 

 辺りに人は居ない。

 人っ子一人居やしない。

 

 

(……一人だ。また、一人だ。寂しいなぁ、辛いなぁ、苦しいなぁ……一人は怖いなぁ)

 

『……本当に馬鹿な子ね。あなたが、一人な訳ないでしょう』

 

 

 少女にはーー結芽には、もう誰の声も誰が出す音も聞こえない。

 頭に直接響いている聖の声さえ、聞こえていないのだから。

 

 

 だからこそ、終ぞ気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の為に駆け付けた、仲間の足音に。




 次回もお楽しみに!

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 新連載始めました(二作品)
 百合https://syosetu.org/novel/210919/

 マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/

結芽の誕生日は……

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