唐突に行われた襲撃から三日、そして百合の余命もあと三日。
そんな日に、彼女は目覚めた。
眠気眼を擦りながら、自分に付けられている医療器具を引き剥がし、二振りの御刀を持って外に出る。
しかし、そんな彼女ーー結芽を誰も止めない訳が無い。
一人の職員が、彼女を止めようと近付くと、明らかにいつもと最近の雰囲気と違うことが分かった。
…いや、それ以前に、外見からして昔の姿から少し変化していた。
右目は碧色のままだが、左目は薄茶色に変化しており、髪も綺麗な桜色に混じって紺色が見えている。
「つ、燕様? そ、その目と髪が……」
「あぁ、これの事? 気にしないで、色々事情があるから」
「で、ですが!?」
「どうせ、バイタルデータ? で私の体に問題はないって分かってるんでしょ? ならいいじゃん」
「ちょ、ちょっと待ってください! 燕様ーー!」
職員の呼び止める声が辺りに響くが、結芽は何処吹く風と言ったように颯爽とその場を後にする。
残されたのは、慌てふためく職員たちだけだった。
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バタバタと動く職員や駐在する刀使の間を通り抜けるように、結芽は指令室までの廊下を歩く。
何人か見知った顔を見た気がするが、結芽は特に気にすることなく先を急ぐ。
今の彼女には、何がなんでもやらなければいけない事があった。
覚悟の為に…百合の為に…。
「……着いた」
『一歩、踏み出す時よ』
「…分かってる」
苦しい程に高鳴る心臓。
顔を合わせるのが怖い。
そう思うのは自然の事だろう。
あれだけの事をしてしまって、「治りました大丈夫です、お願いを聞いて下さい」、なんて馬鹿正直に言ったら何て言われるか……
分からない、分からないから怖い。
けれど、進まなければ始まらない。
彼女は、一歩踏み出して指令室のドアを開いた。
誰もが、バタバタと忙しなく動いている。
その中心になって動いているのは、やはりと言うべきか特別遊撃隊の面々や元調査隊、可奈美たちだった。
そして、その中心を統括し回すのはーー相楽結月学長。
もう一人の結芽の師匠。
息を大きく吸っては吐いて、それを何度か繰り返し、呼吸を整えてから結月の元へと向かう。
「学長」
「……報告は聞いている。安静にして欲しかったんだがな」
『嘘つかないでくださいよ、結月先輩ー! どうせ、遅かれ早かれここに来るって分かってたでしょ?』
「聖…なのか? 報告でもしもと思っていたが、まさかな……まぁいい。やるべき事が山積みでな、今お前にやれる事はーー」
「今すぐ、鎌府の体育館に駐在している刀使を集めて。お願い、相楽学長」
謝りたい事があった…けれど、今言っている余裕はない。
そんな心の余裕ありはしない。
壊れた心を必死に修復している途中で、触れば砕けるような脆い心のままなのだ。
短い言葉で、結月にそう告げると、結芽は指令室を出る。
出る直前、一瞬だけ大切な人たちと目が合って、出来るだけ自然な形で微笑んだ。
上手く笑えているか、それさえ分からない。
今、結芽が分かる事は、敗北のあの日より自分が強くなったと言う事実だけ。
それ以外は分からない。
クロユリに勝てるのか?
百合を救えるのか?
そしてーー自分は生き残れるのか?
何も分からない。
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三十分後、鎌府女学院の体育館には三桁を優に超える刀使が集まっていた。
これだけ居れば、見知った顔を見つけるのは難しいが、結芽はすぐに仲間を見つける。
奥の方で、心配そうに、自分を事を見つめる仲間たちが。
(頑張らないと…)
(気を張らないとね)
聖の声援を受け、結芽は壇上に立つ。
全員の視線が彼女に集められる。
憐れみや悲しみの視線を寄越す者も居れば、憎悪や怒りの視線を寄越す者も居る。
マイクを取った右手が、自然に震えた。
視線が怖い、ただそれだけで結芽の体は凍えるように震える。
いつもなら、こんな時は百合が手を握ってくれたが、彼女は居ない。
いつも勇気をくれた大切な人は居ない。
今は、自分の力だけで勇気を出していかなければならない。
出来ない、と頭が言って、出来なくてもやるんだ、と心が言った。
震える右手に重ねるように、左手を添えて、結芽は話し始めた。
「初めまして…じゃないよね。知ってる人も居ると思うけど、私は燕結芽。元折神紫親衛隊第四席で、今は特別遊撃隊所属の刀使。集まって貰ったのには理由があるんだ……実はね、皆に死んで欲しいの」
結芽の一言に、周りがざわついた。
だが、そんな事知らないと言わんばかりに、結芽は話を進める。
「勿論、ただ死んで欲しいから言ってるんじゃないの。…自分勝手かもしれないけど、私の大切な人の為に、命を預けて死ぬ気で戦って欲しい。大切な人の名前は夢神百合、聞いた事あるんじゃないかな? 結構有名だと思うし……実はね、今の百合はすっごく危険な状態なんだ。なんでかって言うとーー」
話した。
夢神百合に纏わる全てを話した。
今までどれ程の事があって、自分がここに居るのか。
今までどれだけ彼女が自分自身を犠牲にしてきたか。
洗いざらい全てを話した。
途中、苦しくなって一度泣いてしまったが、結芽は話す事を止めなかった。
そして、全てを話し終えて、こうも言った。
「私を恨んでる人は、いっぱい居ると思うんだ。理由は色々あると思うけど…いっぱい。この戦いが終わったら、何をされても構わない。斬られても、殴られても、悪口を言われても、本当に何をされても構わない。…だから、お願い…お願いします」
初めて、誰に頭を下げた。
傲慢だった彼女は、自分の為ではなく、誰かの為にーー大切な人の為に初めて頭を下げた。
涙を流して、嗚咽を漏らすように言葉を吐き出す。
「ゆりを助けるのを、手伝って下さい! 」
協力など、群れることなど、弱い人たちがするものだと結芽は昔、そう思っていた。
親衛隊に入って、今の特別遊撃隊に居て、ようやく誰かと助け合う事の大切さを知った。
最強であった彼女に必要ないものが、新たな壁が現れた事で必要になり、初めて正直に助けを求める。
百合以外にそんな事しないと思っていたのに……現実とは何が起こるかわからないものだ。
シーンとした空気の中、誰かが声を上げた。
「……良いよ、協力する!」
「わ、私も!」
「私も!」「じ、じゃあ、私も!」「なら、私も!」「いっちょやりますかー!」「任せといてー!」「一緒に頑張ろー!」
一人、また一人と声を上げてくれる。
初めての感覚に戸惑うが……それでも純粋に嬉しいと思った。
きっと、私の為じゃない、結芽は思ったが、それでも嬉しかったのだ。
百合の為に、命を預けてくれる人がーー死ぬ気で戦ってくれる人がいる。
百合の紡いだ縁が、今、この瞬間、巡り巡って彼女を助けようとしていた。
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嵐のように過ぎた三日だった。
半壊している心を補う為に聖の力を借り、夢神流を鍛える為に心血を注いだ。
今日が決戦の日。
泣いても笑っても、今日で全てが決まる。
全国各地によりすぐりの刀使が舞い降り、人を守る為に準備をしている。
そんな中、結芽はクロユリが訪れるであろう、刀剣類管理局本部がある鎌倉に配属されていた。
特別遊撃隊は散り散りになっているが、可奈美が居る。
心強い味方だ。
けれど、念には念を。
結芽は任務が始まるギリギリまで、百合の傍に居た。
ずっと傍に居ると約束したから。
「……ゆり。私、絶対に救ってみせるから。ゆりの事を絶対に」
「……………………」
冥加刀使が使う珠鋼搭載型S装備の対抗装備は、既に作られており、限られた人間に渡されている。
彼女も、その限られた人間に含まれていたが辞退した。
理由はただ一つ。
『私は負けないから、要らない……か。大きく出たわね』
「負ける気でやってたら勝てないもんね」
そう言って、名残惜しそうに結芽は部屋を出る……が、その時声が聞こえた。
…紛れもなく、百合の声だった。
「……助けて……たす…けて」
「助けるよ、必ず」
しっかりと手を握り、自分の御刀でもあるニッカリ青江を傍に置く。
数秒ほど間を開けて、外に出る為に歩き始めるとまたしても声が聞こえた。
今度の声は凄くはっきりしていた。
「…みんなを助けて」
「……本当に、我儘だなぁゆりは。分かったよ、全部助けてハッピーエンドにしてあげる」
ニッカリと笑いながら、結芽は部屋を出た。
異なる輝きを放っていた瞳は一つの色に戻り、髪も元の桜色一色に戻った。
歩く、歩く、歩く。
辿り着いた場所には、良きライバルの一人でもある可奈美が、改良型S装備を纏っていた。
オレンジ色に輝いていたS装備の部分が碧色に輝いている所を見ると、本当に改良に成功したらしい。
気迫が違うと、近くに近付いただけで分かった。
(心強いね)
(えぇ…そうね)
快晴の空の下、一人の少女の為のーー世界の為の、終焉の戦いが幕を開ける。
次回もお楽しみに!
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新連載始めました(二作品)
百合https://syosetu.org/novel/210919/
マギレコhttps://syosetu.org/novel/206598/
結芽の誕生日は……
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