翌日。
朝早くから同人誌即売会に来るように言われてサークルの番号の書いてあるところに着いたが、高坂も黒猫も居やしねえ。
結局集荷に間に合わなかった同人誌は俺が持ってこなくても、高坂の友達が車で運んでくれることになった。しかし、いわゆる店番みたいなことはすることになったわけなんだが……。
初めてやってきた俺が勝手もわからずにやれるものなのかしらん?
困惑しきりだが、冷静に考えたら何かしら連絡があるよな。
案の定、スマホにはメッセージが来ていた。
ぼっちだからスマホに連絡が来ることに慣れていないんだ……。そういえば最近平塚先生の無茶振り来ないな。べ、別に寂しいとか思ってないんだからね?
きりりん氏の伝言は、そこにいる友だちによろしく伝えてあるから、言うこと聞けば
きょろきょろと周りを見渡すと、とんでもないやつから手を振られた。
「やあ、これはこれは噂のHACHIMAN氏ではござらんか?」
「あ、ああ。噂になってるかどうかは知らないけどな」
「やはり! 拙者の目に狂いはなかったでござるよ」
こいつは……古い!
なんというか材木座もいかにもなオタクだが、そのオタク感を更に10年くらい古くしたような奴だ!
しかもデカい!
女だよな? 胸があるし。しかもデカいし。
胸もデカいが、背がデカい。180cm以上あるような女性を俺はほとんど見たことがない。
更にぐるぐる眼鏡ってのも始めて見た。
あれだよ勉三さんの掛けてるやつだよ。眼鏡を外したら
チェックのネルシャツをブルージーンズにINして、背中にビームサーベルを背負って秋葉原に出没して、拙者だのござるだのと言うオタクだって? 電車男くらいの時代に絶滅したんじゃないのかよ。少なくとも俺はこみっくぱーてぃー以来見てないと思うよ……? 20年前のコミケから時を越えてやってきた可能性まである。
こいつが高坂のお友だちですか。
「あの~、きりりん氏のご友人?」
「左様。拙者はきりりん氏の友人、というよりも親友でござる。おっと名乗るのが遅れましたな。私はかつて、沙織・バジーナと呼ばれた女だ!」
「いやそれ逆だから。シャア・アズナブルと呼ばれてたからクワトロ・バジーナだから。今なんて呼ばれてるんだよ」
「おお! やはり京介氏並みのツッコミ! 流石でござる!」
京介氏……?
聞き覚えがあるな。確か……
「それって、きりりん氏の兄貴のことか」
確か高坂京介だったような。
しかしお互いにきりりん氏って呼ぶのもう恥ずかしくて嫌なんだけど。こいつと同類の古参オタクみたいに思われちゃう! 葉鍵板で東鳩のAAとか書き込んじゃう! はわわ!
「左様でござる。京介氏はそれはもうツッコミまくっておりましたな。きりりん氏にも、黒猫氏や拙者にも」
ほーん。
まぁ、こいつは普通にツッコミ入れるしかないようなやつだが。
しかし、この声のトーンの優しさ。
こいつは……
「なあ。きりりん氏も黒猫もその京介ってやつが好きみたいだけど。ひょっとしてあんたも好きだったのか」
「せ、拙者でござるか!? ん~、もちろん好き、なのですが、お二人とはちょっと違うでござる。きりりん氏や黒猫氏と同じように友達だと思ってるでござるよ」
そうか、友情だったか。
男女の友情ってのもあるんだな。俺はわからないが……ってそもそも俺は普通の友情も知らないわけだが。
しかし良かった。
京介氏が超モテモテ野郎じゃなくて。
周りに魅力的な女の子がいっぱいいて、その女の子達が軒並み好意を寄せているみたいなやつは許せん。
ましてやモテてる自覚がないようなやつは尚更だ。
「そうか。初対面で突っ込みすぎたこと聞いて悪かったな」
「いいのでござるよ、HACHIMAN氏。正直、拙者は嬉しいのでござる」
「? なにがだ」
「兄妹で愛し合うことを選んだきりりん氏を拙者は応援してはいたものの、やっぱりこうなってしまったことでどうしていいやらと。ところがHACHIMAN氏という男が出来たと聞いたので安心していたのでござる」
「ちょっと? どういう意味?」
「ああ、まだ付き合ってないとは聞いておりますが。黒猫氏曰く時間の問題とのこと。なれば、きりりん氏をよろしく頼みまする」
そう言って、ぺこりと頭を下げる沙織・バジーナ。
黒猫……勝手なことを言いやがって。
正直、頼まれても困るんだがなあ……。
ぼりぼりと後頭部を掻いていると、やにわに周囲がざわつきはじめた。
「おっと、そろそろ開場5分前でござるな。見本誌の提出はしておいたので、周りのサークルの挨拶だけはしておくでござる」
「あ、ああ」
ってどうすりゃいいんだよ。
まごまごしていたら、周囲の方から挨拶に来てくれたので、適当に済ませた。
どうやらお互いの同人誌を交換しあうものらしい。
メルルとマスケラの合体サークルとかいう不思議なジャンルのため、周りもカオスっている。
詳細はよくわからんが、タナトス・エロスの本はこっそりカバンに入れた。表紙の時点でわかる。これは良いものだ。
しばらくすると、開場のアナウンスが流れ、そこに間髪を入れず怒涛の拍手が起こった。アナウンス全然聞こえないんだけど? これは聞かなくていいの?
さぁ、始まった。
と意気込んでみたものの、辺りは閑散としている。
やる気が空回りしているような気がして、気恥ずかしい。
俺は何をしてればいいんだ。
「始まりましたな、HACHIMAN氏」
「そんな感じがしないんだがな」
「ははは、開始直後はみんな大手サークルに並んだり忙しいですから。我々が忙しくなってくるのは少し経ってからでござるよ。その頃にはきりりん氏や黒猫氏もやってくるでござろう」
ほーん。
なるほどね。
言ってしまえば、朝10時開店の定食屋みたいなものか。開店している以上客は来るが、定食屋が混むのはランチタイムになってから。それまでの店番というのが俺の役割ってことだ。
あいつらは未だに寝不足だろうからな、少しでも寝かせてやれるのなら構わないけどな。
「しかし、HACHIMAN氏も流石というところでござる」
「なにがだよ」
「よく知りもしない厄介な頼まれごとをやってしまうところでござる。詳しくはわからないがきりりん氏に頼まれたから断れなかったというところでござろう。京介氏にそっくりでござるよ」
「そりゃ、兄貴だったら妹のために何でもするんじゃねえの」
「ははは、HACHIMAN氏もお兄ちゃんでござったか。しかし、それならなおのこと。妹でもないきりりん氏のためにどうしてそこまでするのでござろう」
む。
ぐるぐるメガネは少しも透過していないが、口が
しかしこの、嬉しそうなにゅふ顔に反論する言葉が用意出来ない。
「見てもいいですか?」
丁度いいところに、訪問者がやってきた。
特に見本誌などとは書かれていない薄い本を持って、中肉中背の特に特徴のないギャルゲーの主人公のようなやつが俺の答えを待っている。
これって見てもいいのか?
勝手がわからず、沙織・バジーナに表情で伺う俺。
「どうぞどうぞ、是非ご覧くだされ」
その声を聞くと彼は巨大なぐるぐる眼鏡をかけた女に驚くこともなく、立ち読みを始めた。
「HACHIMAN氏、楽しいでござるなあ。やっぱり同人誌は目の前で読まれてこそでござる」
確かに、自分たちで作った本を目の前で読んでるってのは何やら感慨深いものがある。
ましてや自分が一生懸命描いたものであれば、尚更だろう。
高坂も俺が読んだときにどこが良かったか、訊いてきたもんな。
彼女のサークルにもぽつぽつと来客が現れ始めた。
2時間ほどするとペーパーなどというコピーされた紙を持った黒猫がやってきてようやく交代。どうやら寝てたのではなく何か作っていたようですね。ほんと頑張るなあ、こいつらは。
俺はトイレと昼飯の休憩となった。
おいおい、トイレも行列じゃねえか。
空いてるかと思って近寄ってみれば「この男子トイレは、今日は女子トイレです」などとわけのわからない張り紙がされていて女の子が並んでるし。
仕方がなく、男子トイレの行列の後ろに並ぶと、先程のセリフが思い出された。
どうして妹でもない高坂にここまでするのか。だったか。
わけのわからないイベントにやってきて、トイレですら行列に並ばなければならないような目に遭っているのか。
簡単だ。
奉仕部の依頼だからだ。
今までもずっとそうだった。認めたくはないが、仕事となればそれを達成しようとしてしまう。
彼女はオタク友達が欲しいと望んだ。俺がその友達だ。
オタク友達ならば、彼女の同人活動に協力するのは当たり前のことだ。
恐るべきは俺の社畜っぷりよ。それこそジオン軍にでも入れば結構なポストがもらえるんじゃないかね。
そんなことを考えて行列に並んでいたが、大と小の列が異なっていることに気づく。
どうやら、俺の認識は間違っていた。
てなわけで、比企谷八幡の初体験でした。まぁ楽しんでるご様子ですが、八幡はルルーシュみたいなコスプレで参加したりしません。そう考えると京介って陽キャだよねー。
ところで年下の男の子に対する沙織・バジーナって、結構いいかも?
槇島沙織だったらもっといいかも?