「あたしと一緒にランチ出来ない理由が、他の女の子とのランチだったとはね」
高坂は口の端をヒクヒクとさせていた。俺は頭がちっとも働かない。睡眠不足でもないのにね。
「まあ? 約束は? 大事だけど?」
お、そうだな。約束していたことにすれば問題ないぞ。一色、わかるね?
「いえ、先輩と約束なんてしてないです。さっき突然誘ってきました」
しれっと言いのけた一色のセリフで俺は天を仰いだ。
終わったな――。短い人生だった。我が生涯に一杯の悔いしか無し。
「へ~。ランチのお誘いをする用事があったのに、誘っちゃってごめんね~八幡」
へ~。そんな雪ノ下みたいな皮肉を繰り出してくるとはね~。怖っ。新垣が言ってたらチビるまである。
「待て高坂。お前はとんでもない勘違いをしている」
一応反論を試みてしまうのが悲しい性というやつか。このパターンでうまくいった試しなんかないと思いつつも他に言うべき言葉がみつからない。俺が敵役だったら最後はやっぱり「覚えてろよー」と言い放ってしまうのかもしれない。
「何をどう勘違いしてるってのよ」
ほらね。この時点で終わってる。さて、この状況を一色が助けてくれるという可能性はあるのだろうか。俺はちらと表情を伺う。
一色はニマニマとにやけながら状況を楽しんでいただけだったが、俺の視線を受け取ると仕方がないなあとばかりに手で胸を叩いた。
「高坂さん、残念ですが先輩とお付き合いしているとかそういうわけじゃないんですよ~」
心底残念そうに寂しそうな顔をする一色。絶対残念じゃない。お前は演劇部に入れ。シンデレラの姉とかオススメ。
「へえ~、じゃあどんな関係なのよ」
高坂は面白いじゃない、と言わんばかりの顔をしたが当然のごとく何一つ面白くなどない。どうしたものかと思いつつも、とりあえず言い訳を試みる。
「あのな」
「うっさい! あんたは黙ってて」
一言も言わせてもらえずになぜか発言権が無くなってしまった。ろくな言い訳も思いついてなかったから助かったと言えば助かったが、このまま一色にすべてをお任せ出来るほど俺の心は図太くはない。
高坂が一色の方を向いたことにより直射日光がじりじりと俺の肌を温めるが、流れる汗は冷や汗だ。
一色はふむんと考えているような素振りを見せる。頼むから本当に考えて。
「そうですね。先輩が、一方的に、私のことを喜ばせたい一心でこうなっているんです」
うん、間違ってない。嘘ではないね。いろはすめ~。軽く睨むが、俺の方を見てもいない。逆に高坂は俺の顔を覗き込んだ。居心地の悪さから目線をそらす。
「ああ、なるほどね。弱みを握ってるってことか」
おお!? 高坂凄いな……。俺の心配を他所に得心したような表情に変った。しかし、わかられても困るんだが。弱みってのがお前とのプリクラだとバレてしまっては元も子もない。
「人聞きが悪いなぁ~、ねえ先輩」
腕を絡ませてくる一色。こういうとき男は腕を振り払うことが出来ない。肩に当たっている胸の感触が失われてしまうので勿体無いということではなく。
「八幡から離れろっての」
逆側の腕を掴む高坂。やめて、引っ張らないで体がちぎれちゃう! 先に手を離した方が本物の母親じゃ! それどんな大岡裁き? ハハハ……二人が私を奪い合っている……などとエンジェル・ハイロゥにおけるカテジナ・ルースの気持ちに浸っている場合じゃない。こんなところを誰かに見られたら、まるで俺がモテモテ男みたいに思われちゃう!
「ちょ、ちょっと待ってくれ。それぞれに話をさせてくれ」
そう懇願すると、二人は顔を見合わせた。
「あたしはもちろん、聞いてあげるけど」
「先輩の頼みなら聞いてあげますよっ」
うわ~、二人とも随分と聞き分けのいいことで。普段からそうしていただけます?
「一色、先にいいか?」
「はいはい」
ベンチの後ろの木陰に移動する。高坂は日光を恐れることもなく仁王立ち。読者モデルなんだから紫外線に気をつけた方がいいぞ。
「弱みを握られているところまではもうバレてるんだ。いっそお前の要求をなんでも言ってくれ。高坂には何度でも土下座するから」
「わぁ、一瞬格好いいように聞こえますけど、内容はクズですね」
ほっとけ。そいつが俺のやり方だ。
「でも言ったはずですよ。先輩が私を喜ばせる方法を考えてくださいって」
ちっ、意外とブレないやつだな。
「そうだな、読者モデルになれるよう紹介してもらうとか?」
「え~、なれないですよぉ~」
無理無理、と手をパーにしてわちゃわちゃさせるが、これはアレだな。「そんなことない、いろはす可愛いもん! 絶対なれるよ!」って隣でモブの女友達が言うパターンのやつだな。自分を照橋心美と勘違いしてるのか?
「そうでもないだろ。なんなら初めて会った時点で動画撮影が始まって、他愛もないインタビューの後、水着を着たり、下着を見せたり段々とエスカレートしていっていつの間にかみんなもやってるからとかいう謎の口車にのせられて女優になってるまである」
「最悪じゃないですか!?」
「お前のルックスなら大丈夫だ、きっと人気が出る」
「こんなに嬉しくない褒め言葉は初めてですよっ!」
おかしいな。俺がこれほど赤裸々に女性を褒めるなんてSSRだよ? グラブルなら10万円課金してようやく出るレベル。
「うーん、お前のことだから男にちやほやされたり有名になったり大人気になれば満足だと思ってた」
「なんかあながち間違ってない気がするところが本当に嫌ですね……」
なぜか凹ませてしまった。なんかごめんね?
「いや、正直本当にわからなくて悪い」
「そういうとこ、ずるいですよね……」
わざとらしくぷうと頬を膨らませる一色。お前のそういうとこ、ずるいと思うけどな。
「高坂さんのことは憧れます。でもそうなりたいわけじゃないんです」
「へえ」
なんか意外だな。一色はやりたいことは言うしやりたくないことも言うが、ああなりたいとかこうはなりたくないって言わないと思っていた。未来のことを考えていないというネガティブな意味ではなくて、目の前のことに一生懸命というか……。いや、よそう。俺なんかが一色の何を知っているというのか。
「さっきのちやほやされたいっていうのが図星かもしれませんが、先輩が一生懸命喜ばす方法を考えてくれたら嬉しいなって」
「お前……」
言いかけてやめた。代わりに後頭部をぼりぼりと掻く。
「俺なんかが喜ばせられるわけないだろ」
「奉仕部の依頼は実現させてきたじゃないですか」
俺は首を横に振る。問題点を解決するというマイナスをゼロにすることは俺にも出来るが、ゼロをプラスにすることは話が違う。それこそ俺じゃなくて葉山の出番だろう。
「じゃあ、待ってあげます。良い提案をお待ちしてますね」
にっこりと笑う一色。納期を伸ばしてくれるクライアントに俺は感謝すべきなのか?
ため息をつきながら、とぼとぼとベンチに戻って今度は高坂と木陰へ。
「で? 弱みってあたしに言えないこと?」
直球どストレート160kmをぶん投げる高坂。
「まあな」
「ふ~ん」
ずっと眉毛を逆八の字にしたままだ。桐須先生かよ。
「貸しにしたげる」
「は?」
「あんたはあたしに貸しを作ってくれて、返してくれた。だから今度はあたしの番」
妙に律儀なやつだな。まるで誰かに対しては貸しばっかり作ってしまったことを悔やむかのように。
「人生相談、乗ってあげる」
そう言った彼女の顔は晴れやかで、まるでずっとそのセリフを言う機会を伺っているかと思うくらいだった。
俺は一瞬だけ思案するが、すぐに決意する。
「一色いろはを喜ばせたい。理由は言えない」
「わかった」
了承(1秒)ってやつか。リアルでは初めてだ。
「なんでそこまでしてくれるんだ」
疑問だった。兄妹ならわかる。俺だって小町のためならなんでもする。だが、なぜ俺に。
「友達じゃん」
腕を組んだまま、顎を上げて見下ろすように、当然だと言わんばかりにそう言い放つ。
ぼっちである俺にとって、その言葉は特別だった。
特別嬉しい言葉であるはずだったが、その友達という関係は。そう言い切られたことについては。
なぜか、胸がチクリと傷んだ。
行き当たりばったりすぎて毎回自分でもどうなるのかわかってないという長編にあるまじきこのSSですが、みなさまお付き合い頂いて本当にありがとうございます。
いただいた感想は本当に参考にしておりますので、キャラクターの出番などは結構左右されます。ぜひぜひ、もっとこのキャラ出せとか、こういうシーンを増やせとかお聞かせくださいね!