「つまり、私達が喜んだら一色さんも喜んでくれるだろう、ということかしら」
「そうです、そうです」
小町の提案というのは、雪ノ下、由比ヶ浜、高坂の三人ともが喜ぶのであれば一色も喜ぶに違いないので、案があったら事前に三人に試して効果を測定すれば間違いないのではないかというものだった。
「しょ、しょーがないなー。実験台になってあげるよ」
由比ヶ浜、しょうがないと言うならそんなに嬉しそうに言うな。嘘がつけないタイプだということはよくわかっている。それにしてもだ。
「いや、小町の意見は間違ってないが俺の労力がかかりすぎだろ」
「ごみいちゃんは黙ってて。誰のためにやってると思ってるの」
反論を試みたが、妹がちょっと低い声を出したので、諦める。兄は妹に勝てない。しかし妹が高坂じゃなくてよかった。少なくとも妹として考えた場合、可愛いのは小町だ。世界一可愛いよ! 高坂も年下であれば小町を襲っていたに違いない。
「聞いておきたいのだけれど、全員が大喜びするものが見つかるまでやり続けるということでいいかしら?」
雪ノ下は極めて静かに、冷静さを装ってそう問うた。が、明らかに腹に含むものがあるのはわかるし、高坂と由比ヶ浜に目配せをして頷きあっている。こんなの赤木しげるじゃなくったって八百長だと見抜けます。
「おい、雪ノ下。明らかにそれは微妙にお前らが嬉しいことをエンドレスで俺にやらせるつもりが見え見えだぞ」
完全に奴隷として扱う気満々の三人を睨む。
「そ、そんなヒドイことしないよ? い、一回だけじゃあ勿体無いかなって思っただけで……」
手の指をすべてくっつけてうにうにと動かしながら、由比ヶ浜は本音すぎる意見を言った。相変わらず、いい子ですね。
「え? せっかくだから鼻でピーナツ食べさせたり、逆立ちしながら町内一周させたりすんじゃないの?」
「高坂、何本気で鬼のようなこと言ってるの? それ、のび太の罰ゲームだよね?」
こういう会話をしていると完全に高坂はジャイアンサイドの人間であり、俺がのび太サイドであることを再認識させられる。いじめ、かっこ悪い。
「冗談だっつーの。別に面白くないし。じゃあ、小町ちゃんからどうぞ」
「ええっ!? 小町ですか!? 小町は別にお兄ちゃんにして欲しいことはしてもらっていると言いますか、何をされても別に嬉しくないと言いますか、本人がちゃんと働いて、幸せになって、子供の顔でも見せてくれればそれで良いと言いますか」
「小町ちゃんがお母さんみたいなこと言ってる!?」
高坂が言い出しっぺがまず案を出せという提案をしたものの妹による兄へのガチな愛が発動してしまったようだな。由比ヶ浜も驚いているが、雪ノ下も地味に衝撃を受けているようだ。
「私は姉さんにそんな風に思ったことはなかったわ……これが兄妹愛というものなのね。比企谷くんのような兄でもここまで愛せるなんて」
「ちょっと? 一言多いんだけど? まぁ俺みたいのにっていうのは同意だがな」
「同意なんだ!?」
高坂は口をへの字にしたまま顔を赤らめていた。
「んむむ……妹から見た兄貴っていうのはその、なんというか他人とは違うっていうか……」
お前んとこの兄妹は特殊だから黙っていていいぞ。小町の思いはお前の兄に対するそれとも違うものだ。
小町は高坂のぼそぼそとした独白を意識しているのか無意識なのか、遮ることを厭わず発言した。
「ん~、だから強いて言えば彼女を紹介して欲しいです。あ、じゃあここにいる三人をそれぞれ彼女だという設定で紹介してもらうってことで! 小町ナイスアイディア!」
「なんでそうなる……お前らもこんなの拒否していいからな」
俺は嘆息しつつ、三人に目をやる。いくら可愛い小町のお願いでも人様に迷惑はかけられない。
「べ、別にあたしはいいケド」
「小町さんの頼みであれば仕方がないわね」
「あ、あたしもっ! 大丈夫!」
ぱさっ、ファサッ、くしくし。三人共髪をいじりながらやぶさかではないという態度。なんだなんだ、こういうときだけ、妙に仲が良いよね。これが女の連帯感なのか? 松本に相談したほうがいいのか? 冷やかされるからやめとこうなのか?
「小町、とっても楽しみ! じゃあお兄ちゃん、頑張ってね!」
「お、おう」
とは言われたものの、妹に彼女を紹介するとか想像したこともない。いや、嘘だった。戸塚を紹介するときにどうやって説明したものかという心配だけは散々していた。小町が理解を示しすぎて小町も女性を愛してしまったらどうしよう。むしろイイ……まで考えてた。
「ヒッキー、あたしからでいいよ」
おずおずと隣に寄り添う由比ヶ浜。少しうつむきつつ上目遣いで俺を気遣う表情はマジで彼女みたいだった。こいつのは演技じゃないんだろうが、メインヒロインとして申し分なさすぎる。冴えてる
俺はなるべく音を立てずに深呼吸をすると、小町を見る。この状況で雪ノ下と高坂の顔を見る勇気はない。小町は行列に並んで買ったプリンを食べる直前のような表情だ。期待が強すぎる。
目を右上にそらしながら、頭をかきつつなんとかセリフをひねり出す。
「あ、あー、あのな、小町。こいつが俺の彼女だ」
「こいつとか言うなし」
ぽかりと軽く肩を小突かれる。八幡に2のダメージ。心地よい痛みですね。
そのやりとりを見た小町は目を輝かせた。
「わー、わ―! 今のやり取りリアルでしたよ結衣先輩!」
「え? え? リアルってその、ホント?」
「ホントです、リアルです、もう恋人同士にしか見えないです!」
「ちょ、ちょっと動画撮っといて」
「ラジャーです! 小町にお任せ! これ、披露宴で二人の馴れ初めとして使用されるかもしれませんね、責任重大だぁ~」
「ヒッキー、ヒッキー、今のやり取りもう一回やって」
「やだよ……」
なんなんだこいつら、箸が転んでもおかしい年頃なの? なんでそんなに盛り上がってるの? 雪ノ下と高坂は冷めきってるよ?
「お兄ちゃん、いいからやって。遊びじゃないんだよ? 誰のためにやってると思ってるの」
妹に凄まれる。そう言われると弱いな……くそ、完全に奴隷だ。人間弱みを握られたらおしまいだということがよくわかる。
スマホを嬉しそうに掲げる妹に向かって、俺は由比ヶ浜の肩を抱いて言った。
「小町。こいつが俺の彼女だ」
「えへ、えへ、えへへへえええ」
「おい、さっきとリアクションが違うぞ」
小突くどころか突かれたところてんみたいにフニャフニャになっている。顔は赤く、やたらに手足をすり合わせており、もはやリアルもへったくれもない。好きな人に告白されてしまったときのような幸せの絶頂でテレてまくっているようなリアクションだ。実は新婚さんいらっしゃいに出場してるの?
「お兄ちゃんだってさっきと違うじゃん、そりゃそんなにスマートに肩を抱かれたらそうなるよ。どこで練習したの」
「してねえよ……」
肩を抱くのが上手いとか妹に褒められてもな……。妙な気恥ずかしさを覚えたので視線を外す。高坂と雪ノ下は揃って同じような行動を取っていた。
「なんで二人ともポニーテールに?」
なぜか二人は長い髪をまとめる作業に夢中だった。
ちなみに俺はキョンじゃないから別にポニーテール萌えというわけでもないし、川なんとかさんの髪型にご執心だったわけでもない。ただ、髪型を変えるという動作そのものは女性らしさを感じないわけではない。ただし、材木座がロン毛をまとめる行為はただ暑そうとかデブそうとかしか思わない。
「べ、別に理由なんかないっつの」
「そうよ。特に理由はないわね」
俺の回答に対するセリフも二人はほぼ同じ。いつの間にこいつら仲良くなったの? シンクロ率高くない? 瞬間、心重ねたの?
「じゃあ、次はあたしね」
ポニーテールの高坂が相変わらずむっつりとした表情で言う。ポニーテール属性はないが、髪型を変えた女子というのはなんとも、こう魅力的に写ってしまうような気がしないでもない。うなじってなんか色っぽいなと思わないわけでもない。
何が楽しいのかハイテンションのままでスマホのカメラをスタンバってる小町の方へ二人で並び立つ。
「小町、俺の彼女だ」
「……」
ん? なんだ? 時が止まったぞ。うっかり超能力に目覚めてしまったか。勝ったなガハハ! 俺は人間をやめるぞジョジョー!
「肩」
「は?」
「――なんで肩を抱かないのよっ!」
激昂する高坂。こいつはティファールより沸騰するのが早い。そして怒っている理由がディオ様より意味不明。
「なんのためにわざわざ抱きやすいように髪型変えたと思ってんだっつの!」
ポニーテールを振り回しつつ、地団駄を踏む高坂。逆に俺は冷静さを取り戻しつつあった。ほーん。そういうワケであったのか……。後頭部を掻きつつ、雪ノ下を見ると、全力でそっぽを向いていた。そっちにはロッカーしかありませんよ? あと、耳が真っ赤ですよ?
しかし高坂がまさかこんなふうに思っていたなんてな。
「すまんすまん、まさかそんなに肩を抱いて欲しいとは思わなかった」
「ハァ? 誰がそんなことして欲しいって? チョーシにのんな」
あー、やっぱり間違ってました。俺は人生の選択肢を間違えてばかりだ。
「じゃあ、やめとくわ」
「ハァ~!? 男が一度言ったことを簡単に変えるなボケ!」
ドスッと脇腹をパンチされる。八幡に232のダメージ。由比ヶ浜の小突くのとは訳が違うぞ。確実に痛い。まあ、あやせに比べれば児戯に等しいが。
しかし理不尽なやつだな。理屈が通じないし、理屈を言うと余計にこじれること請け合い。こういうやつが妹だとさぞ兄貴は大変であろう。この妹が可愛い訳がない。
そして俺の妹は口出しすることもなくひたすらスマホの赤ランプを点滅させていた。何が楽しいんだか。
ため息をついてから、目配せをする。やり直しの合図だ。高坂は頷いた。今度は彼女の肩を抱く。
「小町、俺の彼女。高坂桐乃だ」
「はーい、八幡と付き合ってあげてま~す」
そう言ってカメラに向かって横ピースをする彼女は、まぁそれはそれはどこに出しても恥ずかしいビッチであった。由比ヶ浜のビッチさなど、高坂の足元にも及ばない。サイバイマンとフリーザくらい格が違う。そして、こういう写真とかをインスタグラムでこういうの見ると精神にダメージを受ける。まさか俺が被写体になるとは……。おお嫌だ。俺、爆発しろ。
「うわー、これはこれでリアル―! 高坂さん、うちの愚兄と付き合ってもらってありがとうございますー」
「こいつ、あたしのこと、ちょー好きだって言うから仕方なくねー」
「なるほどなるほど」
俺がこいつらみたいなスクールカーストの最上位にいるような、いわゆるイケてる女子と付き合うなんて夢物語をリアルに感じさせるセリフだったとは思うが、そもそもなんでリアルっぽくさせようとしてんの? この上なくフィクションだろ。俺なんかが高坂と付き合うなんてそれこそお芝居でしかありえない。
雪ノ下はおずおずと後ろにやってきていた。ネクストバッターズサークルがあるわけでもないのに、律儀に順番待ちをしている。高坂は意外にも空気が読めるタイプなので、由比ヶ浜がいる方にどいた。
ふー。三度目となっても慣れない。脳内でがんばるぞいと気合を入れる。
「俺の彼女だ、小町」
「は、八幡さんとお付き合いすることになったのよ、小町さん」
演技力があると思われた雪ノ下だが、恐ろしく下手だった。舞台の上にいるよりも遥かに、緊張している。なんでこの状況でアガってるんだ雪ノ下は。らしくないな。
高坂も細かったが、抱いた肩は非常に弱々しく、ガラスのような危うさを持っていた。こんなに触れたら壊れそうなか弱い女の子だっただろうか。いや、知っていたはずだ。凛とした振る舞いをしていても、いつ壊れてもおかしくないことを。
そう思うと、何を言うわけでもなく、表情をただ見つめる。
雪ノ下も応じるように、俺を見つめた。
「わー、二人の世界をつくってますね~」
カメラマン小町がぼそっと感想を言ったが、そこでチッという舌打ちが聞こえた。
その明らかに苛つくような、誰もが不快になるであろう音は。
なぜか、今、俺の耳には嫌なものだと思わなかった。
小説じゃなくてコントなんじゃないかって?
CDドラマかよって?
ちゃんとストーリーを書けって?
「いや、これでいい」の一言をお待ちしています!!!
でも「もっとちゃんとしろ」の激励もお待ちしています!!!!
ここで笑ったよっていう報告はもっとお待ちしています!!!!!