「ふ~、いや~、小町は満足だよ~」
何がそんなに嬉しいのか、ほっぺたをツヤツヤさせながら妹は口を
「俺が彼女を紹介して喜ぶのはあくまで妹だからだろ。俺が彼女を紹介して一色が喜ぶわけないだろ」
なぜこんな当たり前過ぎることを説明することになったのか。三人だって気づいただろ。
「言われてみればそうね」
雪ノ下が、言われてみれば、の部分を強調して言った。なーんか、わざとらしいですね。本当は言われなくったってわかってましたよね。俺をからかってるだけですね。俺をからかっても良いのは高木さんだけですよ?
「まぁ、彼女として紹介される役割なら喜ぶことはわかりましたけどね~」
にゅふふふと笑う我が妹。
「そりゃこいつらが意外と演技力があるだけだ」
別に耳垢が溜まっているわけではないが、耳に人差し指を突っ込みながら嘆息する。みんな奉仕部なんてやめて演劇部に行ったほうがいい。きっと恐ろしい子! って言われるだろう。
「演技? そうですかねぇ~」
小町はニヤニヤを増した。三人を比較するように眺める。なんかいやらしいぞ。さながら雌奴隷を選ぶ商人だ。俺も異世界転生したら雌奴隷を従えたいと思います。そのためならデスマーチで働くことも厭わない。今からでも理系に変更するか。
雌奴隷達はその自覚があるのか目をそらしたり頬をかいて誤魔化していたが、高坂が突然ニヤッとした。ろくでもないことを思いついたに違いない。
「じゃあ小町ちゃんもやってもらったら?」
「へ?」
小町は鳩が豆鉄砲を食ったような顔で間抜けな声をあげた。
「いやいやいや、小町とお兄ちゃんは兄妹ですから。カレカノとかありえないですから」
パーにした両手をブンブンと振りながら強烈に否定した。しかし、高坂は親指を自分の顔に当てて、勝ち誇ったように笑う。
「兄妹でカレカノは存在する。ソースはあたし!」
後ろにババーン! と、漫画みたいな効果が見えた。そして小町はワンピースのキャラクターみたいに顎をがくーんと下げた。
兄妹でカレカノ。そういえばそうでしたね。ソースは俺をされちゃうともう覆らないですね。
「し、仕方がない……」
ゾンビよりも肩を落とし、うなだれる小町。そこまで嫌なの? お兄ちゃんちょっとショックだよ?
「この時点で結果はわかってるんだから……」
やめないかと言おうとしたら、高坂は人差し指を口元に当てた。いわゆる黙れというジェスチャーであろう。しかしなんと様になるポーズだろうか。きっと読者にも黙ってろと言わんばかりにこのポーズで写真を撮りまくってるに違いない。
「いいからやれ」
「はい」
ポーズだけでは済まなかった。信長様の命令は絶対なのだと言わんばかりの態度に明智光秀の気持ちになる俺。いつか見てろよ。
俺たち兄妹は漫才師のように並び立ち、三人の方を向く。
「俺の彼女、小町だ」
「彼女で~す」
俺の妹は世界一可愛い。間違いなく可愛い。世界中の人間から寵愛を受ける存在だ。それでも彼女として紹介することはちゃんちゃらおかしい。はっきり言って寒い。兄妹というのはそういうものだ。すげーよ、高坂京介。あんたはヘンタイだ。もし自己紹介でごく普通の高校生だなんて言ってるとしたらとんでもない誤解である。あんたに比べたらその幻想をぶち壊すという名目で女の子をぶん殴る主人公の方がよっぽど普通だね。
「あはは……」
由比ヶ浜からいつもの愛想笑いを受ける。
この表情をされるのも慣れたな。しかし優しさはときに人を傷つける。
「そう。よかったわね、可愛い彼女で」
雪ノ下の表情は慈愛に満ちているようで、その瞳に映るのは憐れみである。
「ぷっ、ぷくくく。あはははは! 妹を! 彼女って! あはははは!」
高坂はバカパク10の満点大笑いである。
お前だけには言われたくないんだが。だからやめようって言ったのに、こいつは本当に意地が悪いな。しかし愉快そうに膝に手をバンバン打って笑い転げているさまを見るといっそ清々しい。
「さ、次だ次」
「そうだね」
俺たち兄妹は心が一つになった。
「小町がして欲しいことはイマイチだったということで次に期待したいです」
散々目を輝かせて盛り上がっていたのに、うってかわって淡々としたナレーション。比企谷小町は笑わない。こういうときは意外と声が低いのよね。
「そうね。では由比ヶ浜さん、どうかしら」
「えっ、あたし!? ヒッキーにして欲しいこと、ヒッキーにして欲しいこと……」
「仕事とか、まっとうに生きるとか、紳士的に振る舞うなどのような現実的でないものは駄目よ」
「おい、雪ノ下。別に大喜利のお題じゃないからね? そういうボケはいらないからね?」
「あら、本当に危惧しただけなのだけれど」
「えとえと、お、思いついた!」
由比ヶ浜は割と短い時間だったが考えをまとめたようだ。高坂はまだ笑い転げている。
「褒めて欲しい!」
「は?」
良いことを思いついたという由比ヶ浜の顔を見ながら唖然としてしまった。その様子をみた雪ノ下と小町が由比ヶ浜のフォローに入る。
「な、なるほど~。褒めてもらって嬉しくない女の子なんていませんもんね~」
「そうね。さすが由比ヶ浜さんだわ」
本気で思ってるのか? 一般論としてそうかもしれんが、俺だぞ。証明は簡単だ。
「小町、世界一可愛いな。可愛すぎてどうにかなりそうだ」
「うわっ、気持ち悪っ!」
「ほらな。俺が褒めても気持ち悪いぞ」
「ドヤ顔だ!?」
「これほど堂々と気持ち悪がられる人もいないわね」
全員が思ったとおりの反応だ。ほらみたことか。やっぱりそうだろう。あまりにも想像通りで拍子抜けだ。悲しくなんて無いよ? ほんとだよ?
そこで高坂が笑うのを止めた。
「ああ、うちの兄貴の方がキモいから大丈夫」
ざわ・・・
ざわ・・・
高坂の一言は奉仕部の部室を戦慄させた。
しかし考えてみれば当然だ、俺達は普通の兄妹だが高坂はリアルガチで妹を彼女にしたわけだからそりゃもうシャレになっていない。
「やっぱキモいんだあ」
ドン引きしている小町。ところが高坂はマジで吐きそうな顔の小町を見て、兄貴のフォローに入った。
「いや、キモいことはキモいけど、なんつーかキモくないキモさだから大丈夫なんだけど」
何を言っているのかはわからんが、擁護していることだけはわかる。愛だな、愛。
雪ノ下と由比ヶ浜は甘くて苦いお菓子を食ったような表情で見守っていた。
小町はどうやらなんとか精神的ダメージが回復したようで、心臓を守るように胸に手を当てる。同じ兄好きとして心拍数が上がっちゃったのかな。
「うん、まあ桐乃さんがお兄ちゃんラブなのはわかったからいいよ」
「は、はあ!? 誰が!」
ここまでヒドいツンデレは見たことがない。誰がもクソも高坂が兄貴を好きすぎて男女の関係だったことは周知の事実であり、自分でキモいって言っておきながら小町に言われたらそんなことないと否定するくらい兄貴のことが大好きなのだ。それを素直に言えない性格なのもよくわかっている。
それは俺だけの認識ではないようで、奉仕部は少し暖かい空気に包まれる。
「まあ、比企谷くんがキモいことはどうでもいいわ」
「ちょっと? ナチュラルな誹謗中傷はやめてもらえる?」
「ヒッキーはキモくないよ! ちょっと……アレなだけだよ」
「由比ヶ浜、全然フォローになってないからね?」
いつものやりとりをしている間に、高坂は冷静さを取り戻したようだった。みんな優しいな。その優しさを少しでも俺に向けたらどうか。
「小町は兄に変に褒められても気持ち悪いだけですが、皆さんは喜ぶんじゃないでしょうか。まーお兄ちゃんのセンスは大変疑問ですが」
「そうね。人を褒めるなんてひょっとしたら人生でしたことがない可能性があるわ。下手くそな初体験の相手をしなければならないなんて」
「おい、それちょっと言い方エロいぞ」
どう考えてもわざとだろうと思って言ったのだが、雪ノ下は顔を赤らめた。
「そ、そういうことを言うのはやめてもらえるかしら」
「え、お前だろ言ったの」
「ヒッキー、ちょっとそのへんでやめといた方がいいよ、セクハラだよ、法的措置とかになるよ」
ありえる。怖い。法律怖い。
「由比ヶ浜さん、さすがに今のやり取りで訴えたりしないわ」
「ゆきのん、優しい!」
なんでだよ。お前らの優しさは間違っている。
「初体験の相手はあたしがしてあげるからね、ヒッキー」
前言撤回。雪ノ下はともかく、由比ヶ浜は完全に無自覚、無意識、無邪気だ。こんなセリフを言われてしまって、こっちが恥ずかしい。ビッチとか言ってた俺はアホなのだろうか。
「けぷこんけぷこん、それじゃ、褒めるぞ」
わざとらしく咳払いをしてしまう。っていうか完全に材木座だよねコレ。どんだけ動揺しているんだ。そういうときは冷静になるまで何もしないほうが良い。絶対に。人を褒めるなんてとんでもない。そのことは後でほとほと後悔することになる。
「由比ヶ浜は、胸が大きいな。形もいいしメロンみたいで、本当に美味しそうだ」
ピシャーン
俺はいつの間にかマヒャドでも唱えていたのだろうか、凍てつくような空気が周りを包んだ。俺また何かやっちゃいました?
しかし俺は異世界転生もしていないしチート能力も持っていないようだった。
「こ、こ、このアホー! ヘンタイ! セクハラ! 死ねっ!」
高坂の脳天チョップ攻撃を受けてようやく我に返る。どうやら混乱していたようですね。ダイッコンッランです、ダ~イコンラン! しかし、ドサクサ妖精のせいには出来ないようだった。
「由比ヶ浜さん、セクハラ訴訟なら私に任せて」
「すみません、結衣先輩。きっと普段思っていたことがつい口に出たんだと思います。塀の中で反省させますんで」
どうやら実刑判決不可避のようですね? 人生終了かな? 助けてナルホドくん!
「ま、待って待って。ヒッキーは一応褒めてるから、うん。あたしは嫌じゃないよ」
「ええっ!? このセクハラ野郎を許すのお!? あやせだったら殺してるのに?」
確かに、あやせに言っていたら死んでいたな。あやせはそんなに大きくないけどな。それを言っても死ぬな。Anotherでもないのに即死フラグがすぐに立つ、それが新垣あやせ。怖すぎる。
「えっと、ヒッキー。もっと褒めてくれるかな。他の部分だと嬉しいな」
「お、おう」
由比ヶ浜はすでに命の恩人だ。一生懸命考える。
「まぁ、可愛い、よな。とりあえず」
「ん。うん、ありがと」
死ぬほど恥ずかしい。なんだこれ。彼女だと紹介する方がお芝居という建前があった。しかし、これは恥ずかしい。正直、言う前はそうでもないと思っていた。なぜならば、さすがに由比ヶ浜クラスの女の子を可愛いという評価はあまりにも当然というか、周知の事実であり、可愛くないと思ってるやつはそうそういないだろうという話であり、だから言っても恥ずかしくないと思っていた。
いやー、恥ずかしい。
その恥ずかしさを周囲に悟れれぬよう、次の褒め言葉を捻り出す。
「由比ヶ浜は他人に気を使える優しい女の子だ。今の俺を許してくれるくらいな。器用じゃないのに、いつも頑張って誰かのために役に立とうとしてる。そんなところが好きだな」
俺はたどたどしくも言葉を紡いだ。
ふー。暑い。さっきマヒャド状態だったのに、なんだこの熱気は。誰かベギラゴン唱えた?
由比ヶ浜は沸騰したヤカンさながらにボシュっと頭の上から湯気を出していた。
「お、お、お兄ちゃんが、お兄ちゃんがー」
小町はテンションが上っていた。ワチャワチャと手足を細かく動かしている。どうしたの?
雪ノ下は目を開いたまま固まっている。だから、どうしたの?
そして高坂は、
「あ、あ、あ、アホー! 誰が告白しろって言ったー!?」
スパーンと俺の頭を
「違うぞ、由比ヶ浜。褒めただけだ」
「そ、そうだよね!? わかってる、わかってるよー」
茹でダコのように顔を真っ赤にしたまま、わかってるを連呼していた。それにしても嬉しさが溢れ出ている。どうやら褒めるのが上手すぎたようですね?
これなら高坂も雪ノ下も褒めまくれるな。だ~いじょうぶ、まぁ~かせて、てなもんよ。
話が進むの遅くてごめんね!?
でも、これでみんな良いって言うから!!
ガハマさんが可愛ければそれで良いって言うから~。
正直ここで一回投稿することになるとは思いませんでしたが。
カワイイよね? 大丈夫ですよね?