他所の妹が小町より可愛いわけがない   作:暮影司

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下校時に戸塚彩加は新世界の神になる

便箋を選ぶ、などと乙女チックなことが俺に出来ると思いますか? アンケートを取るまでもない。スタンド能力を発動させなくてもNO、NO、NO、NOと怒涛のように伝わってくるぜええっ!

俺は助けを求めることにした。なんでも一人でやろうとするのは俺の悪い癖だ。この奉仕部に属した高校生活で人を頼るということを学んだよ。人は一人では生きていけないのさ。早く誰か俺を養って!

 

「小町、あのな」

 

世界中を敵に回しても小町だけは俺の味方だ。幻想だとしてもぶち壊さないで欲しい。助けて、小町。

 

「お兄ちゃんが手紙書いてくれるなんて~。どんなのかな~」

 

くっ!?

小町が素直に妹らしく楽しみにしている……だと……?

わざとかな? 今、俺が雨に濡れた子犬のような目で助けを求めていることを察してのことかな?

 

「小町楽しみだよ~」

 

猫耳が付いてるのかと思うくらいの猫なで声を出してほにゃ~っと微笑む。

これは心からだ……演技ではない。いや、そう思いたい。小町が実は腹黒いなんて設定は絶対に許さない。小町はどこぞの妹と違って完全無欠の誰もが望むリトル・シスターだ。彼女がそう望むのであれば、期待に応えなければならない。それが兄貴ってもんだろ。

 

雪ノ下は依頼主みたいなものだし、由比ヶ浜は……。

 

「ヒッキーが選ぶレターセットか~」

 

いかん、勝手に妄想している。遠くを見てにへら~とだらしなく口を開けてるのは、俺の手紙の中身の前にビジュアルでウケてること請け合いだ。これは小町より相談できない。俺のセンスに期待するとかどうかしている。

 

高坂は……すでにいなかった。長らくトリップしたままだったが、突然腕時計を見て「ヤバッ!」とか言って駆け出していった。そういえば門限があるんだったな。

 

ならば平塚先生に……いや、無理だ。あの人に相談できるのは今度行くラーメン屋くらいのものだ。披露宴の会場を相談する相手が出来ることをお祈りしつつ、他のメンツを検討する。

 

あやせ……は命が惜しい。

 

黒猫……は凄くレターセットとか詳しそうな気がするが、二人きりで会うアポを取るほどの仲じゃない。いや、そもそもそういう仲なんていないだろ、という話は別にしてだ。

こういうときに相談する相手といえば、友人だが俺には友人が……はっ!?

 

いるじゃないか、誘ったら喜んで付き合ってくれそうな天使が! 戸塚だよ! いっそそのまま付き合っちゃう!?

 

俺は夕暮れの中を急ぎテニスコートへ。もう残っている生徒はまばらだが、部長だから最後まで残ってる可能性が高い。

ハードルを片付ける陸上部の一年生や、球拾いを続けている野球部のいがぐりあたまを見ていると少し不安になるが……。

音のしない静かなテニスコートには、長い影が二つ。それはラケットの持ち方を手取り足取り教えている戸塚と、恥ずかしがりつつも懸命にスコートを揺らして腕を振る女子だった。戸塚は腰と手をとって、後ろから彼女に身体を密着させている。

 

う、羨ましい。

なんて羨ましいことを。

 

俺も戸塚に手取り足取り教えて欲しい!

こんなことなら未経験でテニス部に入るんだったぜ。

 

指を咥えて眺めていると、ぺこりと礼をして去っていく新入部員と思われる女子。戸塚は彼女に手を振って別れたのちにテニスコート全体を確認するように首を回して、俺に気づいた。

 

「あ、はちまーん!」

 

勝った。去っていく女子よりも俺に対しての方がいっぱい手を振っている。

ぴらぴらと手を振りつつ、戸塚に近寄る。爽やかな汗をかいたばかりで、まるでひんやりする洗顔料のコマーシャルのヒロインのようだ。瞬間、汗キュン。敏感、俺キュン。

頬に冷たい缶ジュースでもくっつけてやりたいところだったが、あいにく用意がなかった。もう、バカバカ!

 

「どうしたの?」

 

きょとんと首を傾げる天使。今からでもテニス部に入ろうかしら。て~きゅう。みたいに。ってあいつら全然テニスやんなかったわ。

 

「実は頼みがあるんだ」

 

勇気を出して話しかける俺。

空はいわゆるマジックアワー。紫とオレンジの光を浴びた戸塚はもはや天使を超えて女神であった。

 

「八幡のお願い? なんでも聞くよ」

 

なんでも!?

女神になんでもお願いを聞いてもらえるなら話が違うな。君にずっと一緒に居て欲しい、にしようかな。ああっ戸塚さまっ!

それとも一緒に冒険についてきてもらうか……いや、花鳥風月などと言いながら水芸をする戸塚は想像もつかない。やめておこう。

ここは初志貫徹、当初の依頼をお願いしよう。

 

「実は奉仕部で手紙を書くことになったんだが……書いたことないから、レターセットとやらを買うのがどうもな。ファンシーな店に男一人で入るのもやりづらく、付き合ってもらえないかと」

「お手紙、いいね。でも、ぼくも男なんだけど」

 

戸塚が男。ははは、面白い冗談だ。性別は秀吉では? そう言えばバカテスでも自分は男じゃがとか言ってたな。ウケる~。折本じゃなくてもウケる~。そうそう可愛い男がいるかよ。

 

「駄目か?」

「ううん! いいよ、一緒に行こ」

 

にっこりと微笑む女神を超えた何か。そろそろ俺も教祖になるときが来たのかもしれない。この人類の宝を世界に伝えないのは悪なんじゃないかと思い始めたが、やっぱり俺のものにしておこう。独占しなきゃ損だ!

 

「着替えるから、ちょっとだけ待っててね」

 

こくこくと頷く俺。

男子更衣室の前で脚を組んで待つ。こういうとき覗きをしようとする輩がいるが俺は紳士だからな。

あれ? 何かがおかしい。

男子更衣室を覗くってどういうこと?

そもそも俺は普通に入っても少しも問題ないぞ。

 

組んだ脚を解除して、ドアに近づくが、足が止まる。

 

待て、これはなんというか背徳感がやばい。明らかに天罰が下ってもおかしくない行為。

仮に材木座が戸塚が着替えている男子更衣室に堂々と入っていったとして、俺はそれを許すことが出来るのか。否。断じて否だ。

 

人は理屈ではなく心のままに行動しなければならない……。今まで散々屁理屈をこねて嫌な立ち回りをしてきたにも関わらずここでその判断に至るのは成長なのか、それとも。

 

そんな低レベルすぎる哲学の道をさまよっているとがちゃりとドアが開いた。

 

「おまたせ、八幡!」

 

男子更衣室の前で悶々とする男子の話、完。

 

自転車を押しながら、下校しつつ商業施設へと向かう。他愛もない会話をしながらな。なにこれトゥルー・ラブストーリー? やっぱり戸塚ルートこそ真の愛の物語なの?

 

「手紙かあ、いいよね。ぼくも欲しいなあ」

「書く」

 

俺はコンマ二秒で返答した。誰に何を言われることもなく二千文字を超えて書くぞ。

 

「ほんと? じゃあぼくも書こうかな」

 

なんだと!?

価値が聖書を超えてしまう! やはり教祖になるしかないかもわからんね。新しい元号どころか西暦に代わって彩加になるまである。彩加世紀0079あたりになったら独立戦争とか始まるんじゃないかしら。

 

「お、俺に?」

 

はい、どもりましたー。

 

「うん、もちろん!」

 

はい、オチましたー。いやとっくに落ちてたといっても過言ではないが、奈落まで落ちたね。死んじゃうのかよ。

 

「でもぼくたちのレターセットをファンシーショップで買うのは変だからまた今度ね」

「そ、そうだな」

 

戸塚には似合うかもしれんが、俺には似合わないしな。しかし戸塚が俺に贈るのも、俺が戸塚に贈るのも変ではない気がするが。男同士だから変なのか。ん? 何もおかしくないような? あれ? 何かがおかしいですね?

 

「小町ちゃんとかと行ったことないの?」

「ファンシーショップか? 行かないな」

「へ~。ぼくも初めてだなー。楽しみだね、えへへ」

 

そんな話をしながら、下校時の寄り道をする俺たち。なんでもないようなことが幸せだったと思うね。やっぱり死んじゃうのかよ。二度と戻れないのかよ。

 

到着したのは普段はフードコートかゲーセンにしか寄ることもない、ショッピングモールの三階の一エリア。たまに見かけるだけで全く興味のなかったファンシーショップに初めて入店。残念ながらファンシーララのグッズは置いていない。ファンシーショップなのにおかしいですね?

 

「八幡、この辺じゃないかな、レターセット」

 

先に奥の方へ入っていった戸塚が、ぴょんぴょん跳ねながら手を振って教えてくれる。あまりにも尊すぎる。今持ってるお金じゃ全然お布施が足りないな。

とりあえずいくつかを眺めてみる。

 

「ほーん。この辺が女神とか天使とかだな。これを戸塚用に購入と」

「えっ? なんで? それよりぼくは後でいいよ。誰に贈る手紙なの?」

 

おっと、戸塚への手紙のことで頭がいっぱいで他のことは忘れていた。まぁ、新しい神の登場より重要なことなどないだろうから仕方がない。

 

「雪ノ下と、由比ヶ浜と、小町。それに高坂と、一色もだな」

 

これが採用になった場合、一色の分も書くことになるわけだから、買っておいたほうがいいだろう。また、同じ理由でここに来るのも面倒……しまった、面倒なんてとんでもない。また戸塚と一緒にデートできる口実になったじゃないか! ばか、はちまんのばか!

 

ぐうう、と苦悩の表情を見せる俺を見て、新世界の神は少し驚く。

 

「やっぱり八幡は凄いなあ、そこまで真剣に悩めるなんて」

 

いや、自分の愚かさに苦悩していただけだけどな。穢れを知らない幼女のような聖なる瞳で見つめられると、ターンアンデッドしちゃう。もう死んじゃってたのかよ。

 

「大変そうだから手伝うよ。一緒に選ぼう!」と言って戸塚は笑った。

 

この笑顔で選ばれたら、それがタワーマンションでも買うまである。

 

「雪ノ下さんかぁ。この雪うさぎのなんてどうかなあ? 安直かな」

「それにしよう」

 

人差し指を顎につけて悩む戸塚。まるで新婚さんが晩御飯の買い物をしているかのようだ。彩加の作るものならなんでも喜んで食べるよ。もし由比ヶ浜より下手でも完食します。

 

「次は由比ヶ浜さんだね。何がいいかな」

「この牛とか?」

「え? なんで牛? 確かに可愛いけど……」

 

雪ノ下が雪うさぎというシンプルな発想を見習って、由比ヶ浜は乳牛かと思ったけどどうやら間違えたようですね? じゃあ何だって言うんです? メロン?

 

「動物だったら犬じゃないのかな。飼ってるんだよね?」

「お、そういやそうだった」

 

デフォルメされた犬やら骨やら犬小屋やらで構成されたファンシーなやつがあった。コレだ! と思いました。

俺がアイテムをゲットしている間も、戸塚は次を探してくれている。何か見つけたらしく、見せながら近寄ってくる。こういう犬っぽさなら俺も大好き。むしろ俺がしっぽを振るまである。

 

「このハートマークとかいっぱいのやつ、一色さんっぽくない?」

 

そう言って、ふにゃっと笑う戸塚。俺からハートマークがいっぱい出てますが、どうしたらいいですかね。今なら石破ラブラブ天驚拳も撃てそうですよ?

しかし、俺はクールな男。冷静に判断を下すことが出来るぜ。今すぐ戸塚にプロポーズすることも我慢する。

 

「俺からハートマークいっぱいの手紙送ったら、ラブレターだと思われないか?」

「え。あ、そっか。ラブレターじゃないの?」

 

俺が?

一色いろはにラブレター?

ちょっと想像してみる。

 

「なんですかこれ、どうせ罰ゲームでやらされたんですよね?」

 

そう言ってへっと笑うイメージが脳裏に浮かぶ。ぶるぶるぶる。ああ、恐ろしや。

 

「無い、無い」と手を振った。

「そっか~」

 

そう言って元の棚に戻そうとする戸塚。

 

「ま、待ってくれ」

 

それは戸塚に贈るのに使いたい。

 

「やっぱりラブレター贈るの?」

 

何故か恥ずかしそうにそう呟く相手に出すというのはもはや求婚と同様であり、さっき我慢したのが無意味になってしまうので、諦める。

 

「小町に贈るわ」

「小町ちゃんに? 愛されてるなあ」

 

ほわわんと、アットホームな笑顔を見せる。マジで俺と家族になって欲しい。

まぁ小町にハートをいっぱい送りつけるのも悪くはないだろう。愛にあふれていることに変わりはない。

 

「いろいろ可愛いのがあるね」

 

一番可愛いのはお前だけどな。ってなんで戸塚の隣にいると少女漫画の主人公みたいになっちゃうんですかね。そして少女漫画の悪役みたいなヒロインばかりに囲まれている気がしますね? 

 

後ろ手に棚を眺める戸塚から目を離すことが出来ないので、まったく買い物が進まない。真面目にやってよね、八幡。てへっ。真のぼっちは自分で自分にツッコミを入れる。

 

「一色さんは生徒会長だから、真面目な感じかな?」

「それは断じて違うことだけは保証しよう。むしろ一番ふざけてていい」

「えぇ~、それは一色さんに悪いよ」

 

ふうむ、このキャッキャウフフな時間が永遠に続けばいいのに。今夜はゆずれない願いを抱きしめて眠ることになりそうだ。

 

「このゾンビのやつなんかいいんじゃないの」

「あ、それ可愛いよね! ぼくもいいなって思ってたんだ」

 

そう言えば、戸塚はホラー映画好きだったな。俺にはこのふざけたテイストのグロキャラクターの何がいいのかさっぱりわからん。八等身のネコ娘のほうがいいね。しかし戸塚が可愛いと言うなら間違いない。とつかわいいは正義。

 

「じゃあ、まあこれでいいか」

「あとは高坂さん? ぼくはよく知らないけど、どういうのが好みなのかな」

 

エロゲー。とは言えないな。なぜか小町に言えることでも戸塚には言えない。天使だからですかね?

あとは、幼女? うーん。ろくなものがないな。

 

「そうだな、魔法少女モノとか好きだったな」

 

ようやく口に出せるものがあった。

 

「へ~。読者モデルさんだってさっき八幡言ってたけど、結構子供っぽいところがあるんだね!?」

 

いや、完全に大きなお友達の方の意味なんだけどね。むしろ子供を邪な目で見ている気がするね。子供らしいところっていうか悪ガキっぽいところはあるかもしれんけど。

 

「これとかかなあ」

「トゥインクル!?」

 

戸塚の提示したそれは女児向けとしか言いようがないレターセットだった。しかしこれは興味深いでプルンす。地球人はこんな素敵なものを贈り合ってるルン?

 

「それにするんだね、八幡。でもなんで二つ」

「か、書き損じるかもしれないからな」

「そ、そうなんだ」

 

それを言うなら全部そうだろ、というツッコミなど当然女神はしなかった。本当は鑑賞・保管用として買った。なんとか三つ買うことは自重した。

 

すぐにお会計に向かうのも何となく気が引ける。手紙はともかく、戸塚に何かお礼したいのだ。もっと言うとプレゼントを贈って好感度をアップしたい。そしてエンディングを迎えたい。

 

戸塚が内股でゆっくり、目を泳がせながらトコトコ歩いているところを見ていると、何かを見つけたようだった。よし、それを俺が買おうじゃないの。

 

「何か気になるものでもあったか」

「ん? ううん、なんかこれ面白いなって。ほら」

 

それは貝のキーホルダーだった。それの何が面白いのかしらん?

 

「ぴったり合わさるのがこのセットだけなんだって」

 

ほ~ん。貝合わせという神経衰弱みたいな平安時代の遊びに由来したものだろう。二枚貝は他のものとは合わないから夫婦の絆を表すとかなんとか。だから嫁入り道具になってたとかなんとか。

 

「これ、二人で買ってお互いのバッグにつけようよ」

 

りーんごーん♪

 

チャペルの鐘が鳴る。これはもう結婚するしかないかもわからんね。

 

「戸塚、これは俺が買って片方をプレゼントさせてもらう。今日付き合ってもらったお礼だ」

「ええっ、悪いよ~」

「いや、ここは出させてくれ。俺だって男なんだ」

「ぼくも男だよっ」

 

そう言ってぷくっと頬を膨らませるが、もうその顔が男ではない。そんなに可愛い男がいるわけがない。

数秒間見とれていると、空気を逃して、嘆息した。そして微笑む。

 

「わかったよ、ありがとね、八幡」

 

レジで買った途端にバッグに付けた。

 

帰り道は完全に舞い上がっており、家についても舞い上がっており、風呂でも舞い上がっており、飯の間もずっと舞い上がっており、ベッドに入ってから手紙を書かなければいけないことを思い出した。

 

文面、何も考えてなかった……。

戸塚への手紙なら書けるだろうが、他は何も思いつかねえ。

 





うーん、戸塚は可愛いけど、流石にこれは自信がないですねえ。
男同士のデートとか初めて書きましたw
これでもニヤニヤしていただけましたでしょうか?

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