生徒会室に行くと、忙しそうに働く副会長と暇そうな一色が居た。
ノックした返事が「入ってまーす」というふざけた返事だったのですっかり一色が一人なのだと思ったが、もはやこいつは副会長相手に猫を被ったりしないようですね。
一番奥に会長が座り、一色の右手側に副会長が座っている。その向かいの席を少し引かれたので座ることにした。
生徒会室で会長と副会長がいる状態はアウェイにも程がある。まったく落ち着かない。
副会長はちらと俺を一瞥しただけですぐに仕事に戻った。
一色は副会長がいることなど少しも意に介さずに、机に身を預けながら俺の顔をじっと見る。
「先輩、例の件ですよね?」
「ん。ああ」
もちろん例の件でわかるのだが、副会長が存在する生徒会室でその話をするのは躊躇われる。
いるじゃん、こいつが、というアイコンタクトを送るが、伝わっていなさそうだ。それが俺たちのコミュニケーションの相性の悪さなのか、俺の目が腐っているからよくわからないのか、一色がわざとわからないふりをしているのか真相はわからないが。
「どうするんですか~、先輩」
綺麗に塗り上げられたネイルを見せつけるように組んだ手に顎を乗せながら、試すような目を向けてくる。
「どうするって?」
「あれあれ、じゃあなんのためにここへ? まさか生徒会長に会いに来たわけじゃないですよね。一色いろはにどうしても伝えたいことがあるから勇気を振り絞って来たんじゃないんですか?」
おそらくだが、これはわざとだ。
俺が副会長の存在を意識していることを十分にわかった上で、思わせぶりで意味深な態度を取っているというわけだ。いろはすめ~。
お前がそういう態度であればこちらにも考えがある。
「お前はあれだ、
「は? なんですかそれ」
くそ、西尾維新風に褒め称えたのにまったく通用しないとは。
なんか副会長がちらちら俺を見てるのも気にかかる。まさか物語シリーズのファンだったりしないだろうな。こいつにだけバレてるって恥ずかしすぎるだろ。
「なんだ、要するに見てくれが良いってことだよ」
「それはなんとなくわかってましたけどね」
じゃあ多少は喜んだらどうなんだよ。マジでこいつ何いってんのって顔するからストレートに言う羽目になったんだろうが。
それにしてもやりにくいな。副会長はすっかりボールペンを動かす手が止まって固まっているが座ったままだ。空気を読んで出ていけよと思うが、彼は仕事をしているのであり、出ていくべきは俺たちだ。そして一色は出ていくつもりがない。今のは聞かなかったことにしてやるからさっさと次やれよ、という目線で俺を見ている。くそっ、俺からは伝わらないのに向こうの意思は伝わるのかよ。
やはり第三者がいる状態で褒めそやすなんてのは愚策だ。
俺は用意してあった手紙を取り出す。それを見た一色は「オヨ~?」という顔。手紙というものを初めてみた宇宙人ルン?
「それ、まさか?」
「ああ。お前にだ」
俺が右手で渡した封筒を、丁重に両手で受け取る一色。
「うわー、へぇ~! なるほど~」
ためつすがめつしながら、感嘆をあげる。そんなにキラやばですか?
変なゾンビのイラストが描かれてて大して可愛くもない封筒ですが、戸塚が気に入ってたからやっぱり女の子にはウケるのかしらん。
「これは先輩、確かにやばいです。葉山先輩からだったらコロっといっちゃいますよ」
「いや、それ葉山だからだよね。あいつからなら別にFAXでもコロっといくんじゃないの」
「まあ、それは、そうですね~」
そうは言いつつも、宝物でも手に入れたかのように撫でたり眺めたり、まるで開封する気配がない。そのままうっとりと目を閉じて、心臓の当たりに押し当てた。
「読まなくても、伝わってきますよ先輩」
「何がだよ。読めよ」
絶対伝わってねえよ。それなりに時間をかけて書いた俺の文章の価値をなんだと思っているの。
そこで存在を忘れかけていた副会長が立ち上がった。
「お先に失礼します」
「あ、お疲れ様でーす」
両手で胸を抑えたまま、挨拶をする一色。俺は会釈のみで彼が出ていくのを見送った。ようやく出ていったか。ほっとするね。これでようやく例の件だとか誤魔化すことなく脅迫されて仕方なく一色を喜ばせることになっている話ができる。
「いや~、とんでもないところを見られちゃいましたね」
「そうか?」
「だって告白じゃないですか」
「え? してないんだけど?」
「いやいや、何言ってるんですか先輩。可愛いを連呼したうえでラブレター渡してるところを見られてるんですよ?」
「ばっ、お前」
ばっか、お前何いってんの。と思ったが、どうやら彼からするとそう見えてもおかしくないな。いや、そうにしか見えねえ。
三年生が突然現れて、二年生の女子となにやら意味深な会話を繰り広げ、容姿を褒め称えた後に今どき気合の入った手紙を渡している。これは間違いないね。なんてこった。
「で、先輩は他の男子がいるところで愛の告白をしたら喜ぶんじゃないかと思ったわけですか」
「ちげえよ……完全に今のは間違えた」
ここまで俺のおつむって悪かったっけか。寝不足から昼寝のしすぎのせいなのかもしれない。息を吐きながらこめかみを抑える。
「用意した策としては二つだ。言葉で褒める、手紙を渡す。それが考え出した結論だった。手紙は決してラブレターじゃない」
「なるほどなるほど。ラブレターじゃないのは残念ですけど」
まぁまぁ満足いただけたようだ。大仰に頷く様子を見て確信する。しかし、ラブレターだったらもっと文句言ってると思うがな。
「先輩にしてはなかなかのアイデアじゃないですか」
「まぁな。俺のアイデアじゃないからな」
「はい?」
「手紙は雪ノ下、褒めるのは由比ヶ浜のアイデアだ」
「ふ、ふ~ん、そうですか、あのお二人が」
笑顔が引きつったような気がしなくもないが、人の褌で相撲を取っておいてそれを隠すような真似は出来ない。せめて真実を語ることくらいはせねばなるまい。
「ああ、小町と高坂も相談に乗ってくれた。だからこれは俺だけの力じゃない。言うなればチームの勝利だ」
「言いたいことはそれだけですか、先輩」
「ああ。だから例のアレは」
「じゃあそのチームである奉仕部のグループ全員に見せておきますね」
「ちょ、おい!? おかしいだろ」
プリクラはなんと電子データとしてスキャンされ、インターネットを介して世界中にばらまくことが可能な状態に。なんてことをしやがる。
スマホのメッセージアプリの送信ボタンに人差し指を近づけながら、
「待て、落ち着け、いいか、ゆっくりと手を離すんだ」
「先輩が悪いんですよ」
「話せばわかる! 話し合おう! な!?」
もはや探偵モノで犯人が判明したあとの悪あがきのようだった。早く誰かじっちゃんの名にかけてこいつを取り押さえたり、腕時計から麻酔針で眠らすなりしてくれ。
「先輩がいちゃいちゃするための口実を作ってしまっただなんて、一生の不覚です」
「いやいや! そうじゃない! あいつらはそんなに甘くない!」
「甘いですよ……どうせ雪乃先輩や結衣先輩にもたっぷり褒め言葉を浴びせたんですよね」
「むぐ」
「可愛い封筒に入れたお手紙も渡してるんでしょ」
「ぐぬ」
「一色が喜ぶかどうか先に試しておこうみたいな理由で、散々いろんな事やってたんでしょ」
くそ、なんでわかるんですかねえ……。恐ろしいくらいドンピシャすぎて否定できねえ。
もはや観念して目をそらす。
「先輩、甘々ですよ、マックスコーヒーより甘い甘い時を過ごしてよかったですね」
いくらなんでもそれは言いすぎだろ。そんなに美味しい思いはしていない。昨日だって寝かせてくれなかったんだぜ。
俺が抗議しようとする隙も与えず、一色は指を動かす。
「さらばだ」
待って! さらだばーしないで!
俺はカエルのようにジャンプ。もちろん青木勝のようにカエルパンチをするためではない。
ジャンピング土下座だ。この技だけは使いたくなかったが、ここでの敗北はチームの敗北を意味する。俺だけが負けるのなら我慢できるがあいつらのためにも、ここは土下座だ! プライドなんかよりも仲間たちの友情を大事にするどうも俺です。
「勘弁してくれ!」
額を床に擦り付けているため、表情は伺えない。頼む、許してヒヤシンス。
「なんでそこまでするんですか」
お、どうやら作戦は成功だ。聞く耳を持ってくれたぞ。
「高坂さんとのプリクラを見られたくない理由は何なんですか」
え。なんでと言われてもな。
「わたしには見られても平気なのに、雪乃先輩や結衣先輩には絶対に見せたくない。そういうことですよね」
そういうことなのか?
「それってつまり、そういうことですよね」
どういうことなんだってばよ。
肩を落とす一色。声が少し震えていた。ま、まさか泣いてないよね? やばたにえん……。
「まるでわたしが敵役で、奉仕部のみんなが仲間みたいになってて……うう」
やべー、べーよ、べー。一色がこうなっちゃうと八幡困っちゃう。
「先輩が私を喜ばせる方法を考えてくださいって言ったのに、先輩が一生懸命喜ばす方法を考えてくれたら嬉しいなって言ったのに、他の女の子に考えさせるなんて」
うわー、なにこれなにこれ!? そんなモテモテクズ野郎みたいなことしたの俺? してるな……。爆発しろ俺。
「待ってくれ、違うんだ、そういうつもりじゃなくてだな」
「うう……」
くっ、こうなるともう理屈ではない。なんとしてでもなんとかするしかない。
俺はがばりと頭を上げ、両手をパンと合わせる。決して錬金術をしようというのではない。みっともない謝罪の続きだ。
「すまん。喜ばせてやれなくて」
「え?」
「だから、お前が高坂に言っていたとおりなんだよ。本当に俺がお前を喜ばせたい一心でやってたんだ、とっくに。プリクラは流出しても構わん」
正直なところ、もはや理由とかよくわからなくなっていた気がする。ドリーとブロギーが戦うのと同じかもしれん。理由などとうに忘れた、というやつだ。
付け加えるならば、雪ノ下と由比ヶ浜と小町、それに高坂の力を借りて挑んでいる。だから絶対に成功させなければならない。あえていえばそれが理由だ。
「俺はお前を喜ばせる方法を一生懸命考えた。結果、自分だけじゃなくて頼れるだけ人を頼ってみんなにも考えてもらえるようにお願いした。それが俺の全力だと思ったからだ。その事自体がお前を不愉快にしてしまったというなら謝る」
「な、なんですかそれ、先輩ズルいです。それで流出させたら、わたしすっごくイヤなやつじゃないですか」
俺への文句とは思えないくらい弾んだ口調だった。機嫌がよくなっていることがわかる。
ふー、
本当に流出したら高坂に悪い。
「はぁ。ん~、手紙の内容も気になりますし、一旦は保留にしてあげます」
「そりゃどうも。それで満足できなかったら、また考える」
「一人でですか」
「……それが望みならな」
「わたし、誰にも相談せずに先輩が一人で考えた案が聞きたいです」
「文句言うなよ」
「文句は言いますけど」
言うのかよ。まぁすでに言われてるからこうなったわけだしな。
しかし、舌をぺろっと出したいつもの一色がそういうのなら。目尻に少し残った液体のことを見なかったことにしていいのなら。
文句なんていくらでも受け止めようじゃないか。
何度だって、考えてやる。
しまった、作者がいろはすのことが好き過ぎることがバレてしまう!?
ひょっとして、とっくにバレていた!?
八幡が三年生になったこの頃には、しかも高坂なんていうアドバンテージがないようなキャラがでてきたようなこのストーリーでは、いろはすが露骨に嫉妬したりしてもいいと思うんだ。
目薬を用意しているいろはすも好きだけど、こういうのもどうですか?