「お兄ちゃん、あれってワザと? それともうっかり?」
家に帰って疲れ切った身体に糖分を与えようと、冷蔵庫のマックスコーヒーに手をかけたときに小町から言われたのがこのセリフ。
あれって何だよ、と聞くのは容易いが、残念ながら俺は性格がひねくれている。
「うっかりだよ、もちろん。小町の部屋に仕掛けたビデオカメラのことだろ。よくわかったな」
「そんなの仕掛けてたの!? それ絶対にうっかりじゃないよ、用意周到な変態行為だよ、通報だよ!」
「大丈夫だ、クローゼットの前をメインにしているから、見られるとまずい行為をしているベッドは映っていない」
「完全に着替え狙いだし、大丈夫じゃないし!? ベッドで何をしていると思ってるの!?」
くぴくぴと缶から甘露を飲みながら、妹のぴーちくぱーちくを味わう。まさに桃源郷だ、よくぞ比企谷八幡として生まれけり。
「で、そんなことはどーでもいいんだけど」
「いいのか」
「いや、本当に仕掛けてたら引くけど」
「残念ながら、うっかりビデオカメラを仕掛けられるほど器用じゃないんだ」
「でしょうね! 小町はわかってたよ」
長年連れ添った兄妹というのは、ここまで以心伝心するのだなあ。いっそ、一生一緒にいてくれや。
小町はソファーに腰掛けた。向かいに座れということだろう。マッ缶も飲み終わったことだし、本題に入ってもらおう。
「で、あれってなんだ」
「最初から聞きなよ、わかんないんだったら」
「ごみいちゃんがそれが出来ないやつだってことくらいわかってるだろう」
「あちゃー、自分でごみいちゃん言い始めちゃったかー」
ぺしんと額をはたく小町。これほど可愛くあちゃー出来る人間がこの世にいるだろうか。この様子を動画にしてアップしたら、俺もカリスマユーチューバーとして生きていけるかもしれん。勝ったな、ガハハ!
「そんなことより、あれってのはこれだよ」
最初から出してくれよ、と思いつつ受け取ったのは見覚えのある便箋だ。
「ん? 俺の書いたやつだよな」
「そうだよ」
「へ?」
マジでわからん。このプリティでキュアキュアな小町への手紙の何が……
「ああっ!? なんでこの便箋を小町が持っているんだ?」
「あー、やっぱりうっかりかー。作戦かもしれないと思ったんだけどなー、そこまでやらないよね~」
これは高坂に送られるべきだったものだろ。
急いで内容を読むが、文章は小町に宛てたもので間違いない。
つまり?
「小町への手紙が、封筒がハートで便箋がキャラもの」
「そう。つまり?」
「高坂への手紙は、封筒がキャラものと見せかけて開けてみたらハートってことか……?」
「大正解」
ハート様じゃないよな。完全にラブラブすぎるハートだよな。本当は戸塚に贈るはずだったが小町用に使用したはずなのに、高坂に送ってしまったというわけだ。
おうふ。
俺が奉仕部を出た後に一騒ぎあったのはコレか。高坂が軽い気持ちで封筒を開けたら、どうみてもラブレターな手紙が出てきたから声を上げたってわけだ。俺、やっちまったな!?
「で、どうなの? 文章はラブラブなの?」
高坂に書いた手紙の内容か。
どうだったっけ……。
「正直、詳しいことは覚えてないな」
「ちなみに小町への手紙はラブラブすぎて見てらんないよ」
「そりゃ小町への愛は本物だからな」
「麗しい兄妹愛だね。あ、今の小町的にはぐらかしポイント高い~」
なんだよ、はぐらかしポイントって。そんなのが上手だと社長秘書とか政治家の秘書とかになりそうだな。意外と有能じゃねえか。女教師みたいなタイトなスカートとハイヒールの小町とか想像できんが。
「桐乃さんにもこの調子で書いてたとすると、完全にラブレターだね」
……そうなりますね。
そもそも相手を喜ばせるための手段として書いてるわけだし、高坂は客観的に捉えた高いスペックを褒めても無駄とわかっている。結果的には主観的な評価、つまり好意を書くことになるわけで、それはすなわち好きってことを書き連ねることに他ならない。
それを他人の異性に向けて書いたものを一般的にはラブレターと呼ぶだろう。目的が違うだけだ。
「しかも桐乃さんは絶対うっかりだと思ってないよ。周到に仕掛けられた隠れラブレターだと思ってるよきっと」
……そうなりますね。
バレンタインで例えるなら、いかにも義理チョコでございっていうラッピングでもってみんなと同じように配られて、開けてみたらどうみても自分のだけ本命チョコだった。そんな感じか。一色でもやらないだろってくらいあざといな。そんなのされたら、ほとんどの男子はイチコロだろ……。
つまりそれくらいのことを俺はやってしまったということだ。
「どうするのお兄ちゃん」
「どうするって」
「まさか、間違えちゃった~てへへ、な~んて言うわけないよね」
「そんだけ可愛く言えれば高坂は許しそうだが、残念ながら俺の顔じゃ駄目だな」
どうする。
どうするか、か。
「お兄ちゃん」
「ん?」
「それでいい、ってこと?」
「は?」
「だから、うっかりやったことだけど、それでいいと思っているのかって。つまり桐乃さんがラブレターを受け取ったって思ってていいって」
「ん~、そうだな」
考えてみればそれだけのことだ。
そもそも手紙はみんなに送ったわけだし、内容に関して言えば雪ノ下にも由比ヶ浜にも似たようなことを書いている。
俺が海老名に告白してみんなが見ていたことに比べたら大したことでもない。
「問題ないな」
「おお、来たね、お兄ちゃんついに来たね」
なんか来たの? 使徒襲来? カヲル君が戸塚だったら俺は世界を守れないよ? 心も身体も一つになっちゃうよ?
「ごみいちゃんの癖に地味にハーレム作っておいて自分からは戸塚さんにしか好意を表さないクズだと思ってたけどついに来たんだね」
「ちょっと? そんなこと思ってたの? 読者よりヒドイんだけど?」
「そっかー、桐乃さんかー、正直小町と同じ歳っていうのはちょっと微妙だけど、幸せになってね」
「おい、なに勝手に高坂ルートのエンディングまで勝手に行ってんだよ」
小町はたまに俺を超える想像力を発揮しますね。
だいたい、高坂が俺を好きになるわけ無いだろ。男に免疫がなければラブレターでころっと落ちるかもしれないが、読者モデルだろ。
あのド派手な女の事だ、男性に告白された経験なんて……待てよ、兄貴と付き合ってたんだよな。兄貴と付き合ってもそういう経験があったことにはならないかもしれん。特殊すぎる。男に免疫はつかん。
それでも彼氏がいるということであれば、無謀にも高坂にナンパしようってやつは少なそうだ。実は男からアプローチされたことないんじゃないのか。
仮にあったとしても「ハァ? バカじゃん? 一昨日来いっつーの」くらいあっという間に瞬殺してた可能性がある。というかそれしか想像できない。
となるとまだ高校生になったばかりの高坂が、例え俺のような腐った目をしていたとしても高校三年生の先輩からラブレターを貰ったらぐらつく可能性がある。
しかもなんだ、その日は奉仕部でうまく褒めるスキルを鍛えられたばかり。手紙だってかなりうまく書けた自信がある。
「これ、高坂ルートだな」
「ようやくわかったの、お兄ちゃん」
小町は嬉しそうに呆れるという器用な表情でため息をついた。
その後、俺は飯を食い、風呂に入って、トイレに座って、ずっと高坂のことを考えていた。
そんななか、メッセージアプリによる通知音が聞こえる。液晶をタップすると、そこには意外な人物の名前。高坂の親友、黒猫だ。
『あなた、桐乃に恋文を送った?』
ふむ、闇の力の封印を解いて何もかも真実を暴き出す第三の目によってそのことを知った……のではなく高坂が「トモダチの話なんだケド、こういうことがあったんだけどどう思う? 絶対ラブレターだよね? ねえ?」とかなんとか言いながら相談したんだな。
そして黒猫は不思議な力でもなんでもなく、高坂にそんなものを送るやつなんてどうせHACHIMANだろうと予想した。そんなところか。
なぜかはわからんがこの黒猫からは見透かされることを不愉快と思わない。高坂に対する友情がダダ漏れで、そのための行動だとわかるからだろうか。
『送った』
簡潔に返事を返したところ、すぐに通話の着信が入る。
「あ、夜分にすみません、五更と申しますが」
「おい、家の電話じゃないんだ、いいぞいつもどおりで」
「ううっ、しまった……もう一つの人格の方がでしゃばって……今はお前の出る幕ではない……! 下がるがよいわッ」
それにしてもこの女、ノリノリである。さっきのはガチで間違えたに違いない。普段携帯で友人と通話しねえんだろうな。口調が完全に連絡網だったぞ。誤魔化す方法が二重人格って厨二すぎるだろ。まぁそういうやつらしいと知っているので別に驚くことはないし、材木座と違って可愛いから問題ない。交換してくれないかな。
「待たせたわね、黒猫よ。さっきはもうひとりの私が失礼したわ」
「まあそれでいいや。何の用だ」
「それでいいやって……まぁいいわ」
こっちがスルーしてあげてるんだ、文句は言わないほうがそっちのためだぞ。ちなみにラブライブサンシャインだとヨハネ推しだ。
「桐乃が気持ち悪いくらい脳みそピンクなんだけど、どうするのあなた」
「げえっ」
高坂の脳みそがピンク!
それは……いつものことでは?
「あいつがエロゲーのことしか考えてないのはいつものことだろ」
「あなたも言うわね。でも、そうじゃないわ。あなたの書いた恋文の影響」
まぁ、この流れだ。わかってたけどな。
「薄っぺらなケータイ小説を書いてた桐乃だからこそ、拙い恋文が刺さってしまったのね」
「お前、本当にナチュラルにディスるのな」
高坂のことも俺のことも。だが悪意は感じない。むしろその親しげな態度が嬉しい。この黒猫が俺に対して他人行儀でないということが。
「ねえ、HACHIMAN」
「なんだ」
真剣な、というか素の声になる黒猫に俺も真面目な返事で応える。
「桐乃と付き合ってあげて」
……なんつーことを言うんだ、こいつは。
「高坂は、桐乃は、付き合ってあげるようなやつじゃねえよ。付き合ってくださいって百回お願いして仕方なく付き合ってくれるようなやつだろ」
「あら、それだけ覚悟できているなら言うことはないわね。百回お願いして来て頂戴」
さすが高坂の親友だ、言うことが違うね。
「なんでそんなことを望む?」
この話は簡単にわかったと言うわけにもいかない。もちろん、それが誰の願いであれ。
「桐乃は本当に京介が好きだったの。私は桐乃と京介と三人でずっと居られることを望んだわ。でも、まさかこんな形で夢が叶うことになるとは思わなかった」
そのセリフは懺悔にも似て。とても夢を叶えたやつの口調ではなかった。
「私は三人では駄目なのだとわかったの。そこにあなたが必要なのよ」
「俺が?」
「そうよ。デスティニーランドに四人で行ってコーヒーカップを回したり、カチューシャをつけてポップコーン食べてインスタに載せるのよ」
「え? マジ?」
それは三浦なら想像つくが、黒猫はどうなんだ。いや、可愛いんだろうけど。そもそもこいつは猫耳とかの類が恐ろしいくらい似合うからな。
「本当は秋葉原で一緒にポップンミュージックしたりメイド喫茶行ったりエロマンガ買ったりエロゲー買ったりエロドール買ったりするわ」
「よっぽど想像つくな……」
つかエロドールって。京介氏、そんなの買うん?
「……ちょっと盛って言ったのだけれどHACHIMANはエロドールを買うのかしら」
なんでだよ。なんでこいつが言い出したことで引かれなきゃいけないの?
「買わないから。京介ってやつが普段使ってるんだと思っただけだ」
「せっ、先輩が!?」
いや知らねえよ。だから最初に言い出したのは誰なのかしら。
「俺は高坂の兄貴のことは知らないからな。妹がヘンタイだから兄貴もヘンタイだと思ってるが」
「そうね、否定は出来ないけれど」
やはり出来ないのか。ヘンタイの兄妹の両親はやはりヘンタイなのだろうか。意外と堅物だったりしてな。
「つまりダブルデートのお誘いってことなのか」
「……そうとも言うわね」
「黒猫と京介は普段いちゃいちゃデートしてるのか?」
「いちゃっ……実はその、まだ正式にお付き合いしているというわけではなくて」
ほーん。
この前会ったとき高坂からYOU付き合っちゃいなよされてから進展無しか。
「つまりあなた達と一緒できっかけ待ちというか」
「ちょっと待て、いつの間に俺と高坂が」
「あなた、ラブレターを渡しておいて随分と平気でしらを切るのね」
うぐぅ。
ぐうの音も出ないときに出るのがうぐぅ。
しかし俺たちはともかく、お前らはどうなんだと問いたい。小1時間問い詰めたい。
「で、京介ってのは愛しの妹が彼氏を連れてくる現場に一緒に行こうって誘ってついてくるのか? 俺は小町が男を連れてくるなんて聞いただけで発狂してバーサーカーとして英霊召喚されるまであるぞ」
「あなたも大概よね……まあ私にも可愛い妹がいるからわからなくもないけれど」
「じゃあ、どうするんだ」
「千葉でたまたまあなた達がデートしているのを私達が発見してついていくというストーリーよ」
ストーリーよ、って随分と簡単に言ってくれるな。
要するにお前らの出汁になれってことじゃねえか。
そんなことをするメリットがどこにあるんだ。
「なんで俺が……」
「HACHIMANが桐乃にラブレターを送ったことを新垣あやせに言ったらどうなるかしら」
「わかった、その作戦で行こう」
脅しには屈しない、そういうやつもいるだろうが、俺は自分の命が大事だ。
俺妹ifまだ読んでないよ! 読んだらこの小説があやせルートになっちゃうし!
あとエンゲージプリンセスが終わる前にやらないといけないし。伏見つかさ先生のキャラクエはいちゃいちゃしまくってて最高ですよ。
今回は小町と黒猫です。いちゃいちゃというより、アットホームな雰囲気でございましたですね。これでもニヤニヤしていただけたでしょうか?