「よう、随分とイチャイチャしてたな」
「貴方達には負けるわよ」
フードコートの外に出る際、高坂兄妹がトイレに行ったので、俺は黒猫に作戦が成功しているか確認しようと話しかけたが、カウンターを食らった。
しかし俺は自分たちのためじゃなくて黒猫のためにチョコミントのアイス買ったんだよ。
「そっちが上手くいくように気を使ったんだけど?」
「それは有難う。でも周りが恥ずかしくならない程度にお願いしたいわね」
そうは言ったものの傍から見た俺たちはどういうことになっていたんだ……。京介氏はデレデレしてるのが似合うからいいが、俺はヤバイだろ。あやせに見つかる前に自分で自分に通報するまである。
「お互い様だろ……瑠璃ちゃん」
「その呼び方は止めて頂戴。その、それは彼だけに許したことよ」
照れたような怒ったような。
その静かな感情の揺らぎが伝わってくるのがなんとも心地良い。
……マジで、京介はなぜこの人と一度付き合ってから別れたのか。ありえねえ。
「で、黒猫。今からどこいくの?」
「そうね、家電量販店で液タブを見たり……」
「え、そんな事して楽しいのか?」
「ぐ……本屋で漫画を見たり……」
「京介氏はそれほどオタクじゃないんだろ? 退屈させるんじゃないのか?」
「ぐ、ぐふっ……後はゲームセンターで好きなゲームを」
「……黒猫……」
「ちょっと、憐憫の目で見るのはやめて頂戴」
どうやら俺は黒猫を買い被っていたようだ。女子力がありそうで無いし、知力もありそうで無い。いや、どう考えても能力に恵まれているのだろうが、桐乃とは違う意味で女子としてポンコツっぽい。
いや、まあ俺が京介氏だったら黒猫と二人でどこか行けるならどこでもいいけど。できれば花火大会とかがいいです。
それはともかく、これからダブルデートでどこへ行くかだ。食事……は今したばかりだ。カラオケ……はもう行った。卓球……はヤメておこう。プール……はさすがに黒猫の水着が見たいだけだとバレてしまう。
「よし、帰るか」
「あなた、使えないわね」
当然だが、俺もポンコツだった。そもそもぼっちなんだからみんなで遊ぶ場所とか知らねえよ。鴨川シーワールドと東京ドイツ村とマザー牧場しか知らねえよ。今から行くには遠すぎる。
何も出来ずにいると、高坂が帰ってきた。
「ねぇねぇ、あたし夏服見たいんだケドー」
ウィンドウショッピングというやつだな。まったく想定外だ。
「黒……瑠璃は、あまり涼し気な服を持っていないし、いいかもな」
一緒に戻ってきた高坂の兄貴は賛成のようだ。
確かに黒猫はいつもフリルいっぱい夢いっぱいの服装で、夏はどうしてるんだと思っていた。
「じゃ、行くか……黒猫」
「え、ええ」
「よし、って痛え!」
二人で歩きだすと、スネに強烈なダメージを受けた。
「あ、あんたねえ……。何で黒いのと一緒に歩くワケ?」
どうやら高坂に蹴っ飛ばされたようだった。しかし「何すんだ!」というような抗議をしかねるくらい顔が怖い。
「お、おう……そういや黒猫は京介の兄貴のものだったな」
「そ、そういうわけでは……ないのだけれど」
怒り狂った高坂と違って恥じらった黒猫は可愛いですね……。
「そういうことじゃなくて! あたしがあんたの……違う、あんたがあたしのものなの! 文句ある!?」
「無いです……」
主従関係ってわかりやすくていいですね。社畜として行きていく道が開けたな。最悪だ……。
「ふふふ、貴方達はいいわね」
「どこがだよ……」
人類は平等ではないという悲しい現実を直視することの何が楽しいのか。
「よし、じゃあ行こうぜ、瑠璃」
「ええ」
俺たちよりも先に行く高坂兄と黒猫。後ろから見るとお似合いのカップルだな。
「ほら、さっさとする! ぼさっとしてたら置いてくかんね」
「はい……」
それに比べて元ヤンの母親と息子みたいな俺たち……。
このショッピングモールにはファッションのショップも数多く入っている。フードコートの一番近くは皆さん御用達のG○だ。まぁ、こういう安い店には入らないんだろうな……。
と思いきや意外にも女子二人は興味津々のようだ。
「桐乃、どうやら今回のコラボTシャツは買いのようね」
「ちょ!? まさかのマスケラコラボ!? メルルじゃなくて!?」
「当然ね。ジョジョやマスケラはアートの領域だもの。メルルのTシャツなら、そこにある赤ちゃん○舗で売ってるわよ」
「な、な、なにをー!?」
「でも気をつけたほうがいいわね、うっかり避妊に失敗したアホそうなビッチだと思われてノンカフェインコーヒーとか薦められそうだから」
「あ、あ、あんたそこまで言う!?」
Tシャツ一枚でよくもまあここまで盛り上がれるものだ。家族連れが多くにぎやかな場所のためそこまで目立つことはないが、あまり近くにいるのは恥ずかしい。
同じような距離感の高坂の兄貴も、俺の隣で腕を組んで苦笑いしている。
「こいつらが口喧嘩してると、なんか落ち着くよ」
「……そういうもんですか」
「不器用だけど、本当に仲が良いんだこいつらは」
どうやら京介殿は本当にこの二人のことが好きなんでござるなあ……。沙織殿でなくてもそれくらいわかるでござるよ、ニンニン。
ま、確かに侃々諤々してはいるが、これが親友というものなのかもしれん。ここまでの交友関係を築いている人間を俺は知らない。なんというか、もっと相手のことを考えながら話していると思う。こいつらはもう言いたいことを言っている。それは相手がそれを受け止めてくれると信じ切っているからだろう。
俺も高坂兄と一緒にもう少し二人を見守るか。
「だいたいね、八幡はちゃんとゴムつけてくれると思う!」
「ぶっ!?」
流れ弾どころの騒ぎじゃねえ。驚異的な角度でホーミングミサイルが飛んできたぞ。
「あ、あなたね」
さすがに少し慌てる黒猫だが、高坂はもうアクセルを踏みっぱなしだ。別に黒猫は高坂の見た目の話をしているだけであり、俺は何一つ関係ない。俺と高坂が赤ちゃん○舗を一緒に歩いていても夫婦だと思うやつはいないだろう。
「それに比べて兄貴はどうかしらねー。外に出せば大丈夫とかコーラで洗えば大丈夫とか、さきっちょだけだからとか言いそ~」
俺は隣を恐る恐るみたが、ここで割って入るのも恥ずかしいのだろう、目を覆って知らないふりをしていた。そりゃそうだ、赤ちゃんを抱いたお母さんやお腹の大きなお母さん達がぎょっとして見ているわけで、そこに近づいていくということはそういう目で見られるということだ。やばたにえん……。
「そんであんたもなんだかんだで兄貴に押し切られそう。仕方ない人ねとかなんとか言って」
「ちょっと待ちなさいよ、私のことは兎も角、私の京介を貶めるような言葉は慎んで頂戴」
「わ、私の京介ぇ~!?」
「そうよ。私の京介は紳士だもの」
「あ、あ、あたしの八幡だって紳士だもんね! ちゃんと0.02ミリ離れてくれるかんね!」
俺は目を覆って知らないふりをした。高坂の兄貴とまったく同じポーズになったのは偶然なのか、あの二人が為せる技なのか。とりあえず避妊具は密かに買っておこう……。
「いや~、比企谷くん、コーヒー飲みたくならないか」
「そうですねー、ちょうどそこのカル○ィで配ってますから入りましょうか」
俺たちは戦略的撤退を試みる。
カル○ィのコーヒーはマッ缶ほどではないが甘いのでちょいちょい入る。海鮮せんべいとかオリエンタルな菓子とか買っちゃうよな。
「甘いな~これ」
「そうすかね。もっと甘くていいですけどね」
「そうか~」
なんと他愛も無い会話だろう。平和。男同士って安心だね?
「ところで比企谷くん」
「なんです?」
「その桐乃とは、その、したのか?」
「……いえ」
二秒前まで安心していたのに、もう冷や汗をかくことになるとはな。彼女の兄と二人きりになるというのはつまりこういうことなのだ。小町に彼氏が出来たとき、俺はこんな冷静に会話できるだろうか……。
ここでそっちはどうなんです、黒猫とはもうしたんですか、などと返すようなやつもいるんだろうが、こういったことは頭の中では想像するけど口には出せない。
「ぶっちゃけ、どこまで行ってるんだ?」
「いや、その、全然どこにも行ってないです」
「一緒にエロゲーやったことは?」
「無いですね」
彼氏彼女の進捗状況を確認するのに一番最初にそれが出てくるのはさすがだなと思いました。
しかし緊張するなあ……。
高坂兄がゆっくり歩いていくのにあわせて、着いていく。特に興味はないだろうパスタソースの前で足を止めた。
コーヒーを飲み終えて、紙コップを捨てるまでは、まだ少し時間がかかる。
「今の質問って」
「うん?」
聞いていいのだろうか、と戸惑ってはいるが、これは重要なことだと思うからな。
「元カレとしての嫉妬からですか。それとも兄貴としての心配からですか」
その質問の返事をする前に、高坂京介は紙コップを煽って、ゴミ箱に投げ込んだ。
「どうだろうな。兄貴として嫉妬してるのかもしれない」
「あ、マジでシスコンなんすね」
「そうだな。初めて彼氏を連れてきたときのことを思い出すと否定できねえよ」
……え? 彼氏連れてきたことあんの……?
考えてみれば兄貴と付き合っていたとは言っていたが、その前にも誰かと付き合っていた可能性があるのだということを考えていなかった。
「どうした、比企谷くん」
「い、いえ」
慌ててコーヒーを片付け、二人で高坂と黒猫の元へ移動を開始した。
なんだか地味にダメージを受けた気がする。なんというか付き合っていたのが兄貴だったのは自分としてはノーカンになっていたのだろう。普通に彼氏が居たというのは、ちょっと、いや結構ショックかもしれない。
ましてやさっきのゴムを付けたとか付けてないとかのことを思い出すと……高坂は兄貴とはしてないと公言していたし、俺はそれを信じたわけだが。
その前の彼氏とは……。
高坂の兄貴の後をとぼとぼ歩いていると、元気すぎる女の声が近づく。
「あ、八幡! どう、どう? 似合うっしょ?」
「え、あ、うん、そうだな」
「……どしたの? なんか顔色悪くない?」
正直なところ、彼女を正面から見れなかった。
「どうしたんだ比企谷くん? コーヒー飲むまで普通だったよな?」
「京介が妹への愛をこじらせて毒を盛ったのかしら」
「してねえよ!」
……どうにもこの会話の中に混ざれる気がしない。
「わり、コーヒー飲んだらトイレ行きたくなった」
「あっそ。じゃ、行ってら~」
顔でも洗えば、少しは気分が晴れるだろうか。
やべーみんなが期待した展開じゃない気がしてならない……
でもだってみんな京介と八幡の絡みが見たいって言うから……
とりあえずこのダブルデートはしばらく続きそうです!
作者もびっくりの展開の遅さですからね!(爆)