トイレで顔を洗って戻ると三人は次に行く店の相談をしているようだった。
「あんた、兄貴に下着選んでもらったら?」
「なによそれ。自分が下着を選んでもらいたかったからってダシにしている訳? ならあなたも京介の選んだ下着をつけたらどうかしら?」
「いや、それだと俺が妹と一緒にランジェリーショップに入ることになるからすげー嫌なんだけど」
「あたしの方が嫌だっつーの!? なんで兄貴の下着の趣味を知らなきゃならないワケ!?」
いやはやこの三人は本当に仲良しだな。この中に俺が混ざっているというのが信じられん。自分だけが普通なのにそこにいるという感覚は、SOS団に所属したキョンのような気持ちだ。もっとも彼との共通点は妹が可愛いことくらいのものだが。
しかし、俺は小町と一緒に下着を選ぶことに抵抗はないな。問題は小町がしま○らのプリ○ュアのぱんつを履いてくれるかということだけだ。そもそもサイズがあるかどうか知らんけど。
戻ってきた俺に黒猫が気づき、声をかけてくれる。
「八幡はどう? 好きな下着を選ぶというギャルゲーっぽいイベントよ」
「確かにな……。黒猫はエロいのが似合いそうだな。黒のガーターベルトとか」
「ちょ、あ、あんたが黒猫の下着を想像すんな!」
裏腿に蹴りを食らってしまった。しかしこのギャルゲーイベントは選択肢があっても正解を選ぶのは難しいのでは?
「確かに似合いそうだな、比企谷くん」
「お褒め頂き恐縮です」
「あ、あなたたちは……まったく」
「こういう風に恥じらう黒猫は可愛いと思わないか、比企谷くん」
「激しく同意ですね」
「痛え!」「痛っ!?」
高坂は無言で俺と京介氏の足を踏みつけた。今のはお前の兄貴にあわせて会話しただけだから俺も攻撃されるのは理不尽ではないだろうか。
「八幡、桐乃が嫉妬しているわよ。良かったわね」
「は!? はぁ!?」
高坂は本当に嫉妬しているのかどうかはわからないがとにかく腕を組んでむっつりしていた。こいついっつもこういう感じですね?
黒猫は顔を赤らめたまま、左手を腰に当てて人差し指をぴんと立てた右手を前に繰り出す。黒猫らしくない、高坂っぽい仕草だ。なんならハルヒっぽい。
「八幡が下着姿を妄想していい女の子はあたしだけなんだからねっ!」
黒猫の変な動作はどうやら高坂のモノマネであるようだった。言い方とかめちゃくちゃ似てますね。
「ふ、ふざけんな! あたしはそんなこと言わなーい!」
地団駄を踏みつつ、ぷんすこ怒り出す高坂。そりゃまぁ言わないだろうな。黒猫もわかってておちょくってるんだよ。
「いや、似てたけどな。なぁ、比企谷くん」
「俺に同意を求めるのやめてもらえませんかね……痛いのは好きじゃないんですよ」
同意するだけでダメージを受けるのはもう避けたい。黒猫の攻撃だったらじゃれてる感じになるかもしれんが、高坂の打撃はマジで痛いからお断りだ。
それにしても京介氏はたいそう愉快そうに見える。彼女と元カノが喧嘩してるという状況からするとここで笑ってるなんて常軌を逸しているわけだが、気持ちはわかる。この高坂桐乃と黒猫のやり取りというのは見ていて本当に楽しいからだ。
ところで、高坂の兄貴にはちょっと不在時の疑問に答えてほしいことがある。
「でもなんで下着を買いに行く話に?」
藪から棒だろ。まさか本当にギャルゲーっぽいイベントをしたいからじゃあないだろうな。
「さーな。なんか桐乃がいきなり言い出した」
「あら、わからないの?」
京介氏がさっぱりわからないとばかりに手を挙げると、黒猫がニヤニヤしながらこちらに寄ってくる。
「八幡が落ち込んでるみたいだから、あたしのセクシーな下着姿で元気づけてあげるわ! とそういうことよ」
「はああああああ!? どこをどうやったらそういう翻訳になんのよっ!?」
「あら、本人すら自覚してなかったのかしら。私にはココロの中にある言霊が直接理解できるのよ」
「んぐぐ……まぁその、ちょっと元気無さそうだからちょっとサービスしちゃおうかなー、くらいだし」
「あら、図星じゃない。思ったより直訳できているわ」
「ぐぎぎ」
高坂は悔しそうというよりは恥ずかしそうに顔面を真っ赤にしていた。
え。じゃあ、そうなのか?
どこまで本当かはともかくとして、俺がさっき落ち込んでいたからギャルゲーイベントでもやってやろうと思ったってことか。
……嬉しい、な。うん、嬉しい。
だがしかし、だがしかしだよ。
本当にその気持ちは大変嬉しいのだが、高坂の兄貴が一緒にいる状態で高坂の下着を選ぶなんてありえない。俺が高坂の兄貴だったら俺を殺してしまう。物理的に殺すと怖いから社会的に殺すまである。
よって俺は寿命を伸ばすために提案をせざるを得ない。
「逆にしようぜ。逆に。男子の下着を女子が選ぶ分には問題ないだろ」
「ほう。それはいいアイデアだ」
俺の無難な案に京介氏はすぐに賛同。黒猫も首肯した。それを受けて高坂も武装解除だ。
そのまま無難中の無難なテナントであるユニ○ロへ。
高坂は見慣れない男性用下着売り場で大はしゃぎだ。はしゃぐ場所じゃねえよ。
「ほら、銀魂コラボの下着もあるよ~?」
「いやそれ新八じゃないから! ただのメガネ柄のトランクスだから!?」
すかさず兄からツッコミが入る。おいおい、京介氏は志村新八風のツッコミもこなせるのかよ。すげーな。
俺が高坂の兄貴のツッコミのスキルに関心していると、黒猫はくっくっと声を殺して笑っていた。この人も本当に高坂兄妹が大好きなんですね?
「京介はこういうのを履いているのよね?」
「いや、白ブリーフなんてとっくに履いてないぞ」
「こういうのっしょ?」
「ああ、桐乃はこういうボクサータイプが好きなのね。クンカクンカしやすいものね」
「だからしてないっつーの!?」
流れるようなボケとツッコミが怒涛のように押し寄せ、こっちとしては何も言うことはない。俺も大概ツッコミのタイプだと思っていたが、こいつらの前では出る幕がない。
と思っていたのに黒猫がこちらを見て含み笑いをする。
「HACHIMANは白ブリーフよね。DTだから」
「いや、それ関係ないし。DTだからブリーフってブリーフに失礼だし」
普通に返しただけだが、高坂姉妹が腹を抱えて笑った。
「比企谷くん、ツッコミうまいなー」
いやいや、あんたには遠く及ばないですよ。
「兄貴とはタイプが違うツッコミよね~」
比較されるのもおこがましいと思いますがね……こっちは脳内でひねくれるだけですよ。
「で、あんたは兄貴にどんなぱんつ履かせるの?」
高坂は黒猫にひじでツンツンしながら非常に摩訶不思議な質問をするが、これ、現実なのよね。
「あなた、もうちょっと言い方があるでしょう……そうね、これなんかどうかしら」
黒猫が指差したのは、銀色の骸骨だの十字架だのがふんだんに盛り込まれた黒いボクサーだった。なんというかとても頭が悪そうな感じだ。世紀末にヒャッハーする人たちに似合いそうですね。
「こ、これかよ……」
京介氏は鈍痛がしているかと思うような顔を見せる。まぁ、わかる。
「そこまで嫌がらなくてもいいでしょう」
意外とマジで選んでいたのか、黒猫は軽くショックを受けていた。いや、俺は黒猫がそれを選んだというなら喜んで履くけどね?
「さっきの新八で良いんじゃないの? ほら、兄貴はメガネフェチだし」
「そう言えばそうね」
「いや、メガネをかけているのが好きなのであって、メガネそのもののフェチじゃねえんだよ」
わかる! ここで声をあげて賛同はしないけどわかる!
「え、八幡もメガネスキーなの?」
高坂が俺を妙なロシア人であるかのような疑惑を持ったようだ。口に出さなくても考えがわかっちゃうような顔してたの、俺?
「いや、そういうわけじゃないですけどね。世の中の属性というものは理解しているつもりだ」
「ふーん。まぁあんたも妹属性だしね」
男の娘属性もわかる、とかは言うのやめておこう。戸塚は特別な存在。秀吉も。
俺が妹属性を認めたのに、妹を彼女にしていた男は否定をし始めた。
「いや、あんたもって言い方だと俺に妹属性があるみたいだろ! 心外なんだけど!?」
「京介、それは今更言い逃れ出来ないわよ。あと、ドMもね」
「ドMじゃねえよ! 別に俺はあやせに蹴られたいわけじぇねえんだよ! 身体が勝手にセクハラしちゃうだけなんだよ!」
「この男、本当に最低ね」
「ごめんね、うちの兄貴がサイテーで」
なんか、高坂京介という人間は俺が思っていたのとはちょっと違うようだな。
新垣あやせにセクハラするとか、そこにシビれるあこがれるゥって感じですよ。俺にはとても真似できねえ。もちろん恐怖のためです。
さて、ここはさっきからずっとユニ○ロの男性用下着売り場なわけだが、さすがに周囲の視線が痛くなってきた。
「ちょっと場所、移動しようぜ」
俺はポケットに手を突っ込んで、その場を去る。はっきりいって恥ずかしい。
周囲の人たちからは「なんだこいつら、男モノのぱんつ指差して何を大騒ぎしてるんだバカリア充、爆ぜろ」と思われているに違いない。少なくとも俺ならそう思うね。
しかしなんだ、この三人と同じくくりにされているというか、仲間みたいに思われているとしたら。
それはなんともこそばゆい気持ちだった。
自分が思っている以上に話が進まないゾ!?
でもこの四人のダブルデートは意外と好評なので、もうちょっと続きますね。
しかし今回はサービスカットが発生するつもりで書き始めたのにおかしいなあ……。