誠にありがとうございます。
なんでこんなものがあるんですかね……。
俺の手には、バラエティ番組などでよく見る○と✕の書かれた札が握られている。
メイド喫茶ではこのアイテムを使ったゲームがあるのか、高坂が借りてきたのだ。
なぜかはわからないが、話の流れで高坂と黒猫は対決をすることになり、俺が審判ということに。
しかもそれは可愛さ対決などという不可思議な競技で、俺が可愛いと思ったら○を上げる。すると1点が加点される。
逆に可愛くねえー! っと感じたら×で、1点が減点。
今から秋葉原を回遊し、帰る時点での点数にて勝敗が決まるということだ。
この審判をすることによるメリットがあるとはとても思えない。
どうやったって恨まれるだけでは……?
しかし初めて会ったゴスロリ美少女を勝たせても仕方がないわけで、そうなれば高坂を機嫌よくさせたほうが今後のためだろう。
俺が支払いをしている間に2人は店を出る。この店を出たら勝負が始まるのだ、高坂の勝利が確定した勝負が。
悪いな、黒猫。
2階のメイド喫茶から階段を降りながら先に外で待っていた黒猫に心の中で詫びた。
黒猫は何やら俺の方に近づいてきた。
日差しを防ぐつばの広い黒いレースのいっぱいついた帽子を被っており、そのつばを俺に当たるかというところまで顔を寄せて、手を口に当てていた。内緒話があるのだろう。少しかがむようにして顔を近づける。
黒猫は帽子で高坂の視線を遮ってから、俺に囁いた。
「変なことに巻き込んでしまって本当にごめんなさい。正直なところ、久しぶりに彼女に会っていつもの調子ではしゃいでいるだけなのよ。どちらが可愛いかなんて考えるまでもなく彼女に決まっているのだから私なんかに遠慮なんかしないで頂戴」
そう言って、ほんのりと微笑む。長いまつげが柔らかく動くのを見ていたら、目の下にある泣きぼくろに気づいた。
「ちょっ、何もう○を上げてんのよ!?」
高坂が怒号を上げた。
その声で気づく。完全に無意識だったが、確かに俺は○の札を握った右手を上げている。
「はっ、いつの間に」
「いつの間にじゃないわよ、がっちり○を上げてるじゃん!? あんた、あたしに隠れて何やったの!?」
そう言って高坂は黒猫に詰め寄った。まぁ、なんだかわからないうちに1点発生したので納得いかないのだろう。
しかし本当のことを言うわけにもいかん。
黒猫は高坂のためを思って俺にアドバイスをしてくれただけなのだ。
なんと友達思いのイイやつなのだろう。高坂には勿体無いくらい良い子に違いない。
俺は黒猫をかばうように高坂との間に体を差し込む。
「黒猫は何もしていない。ちょっと笑顔が眩しすぎただけだ」
俺がぶっきらぼうにそう言うと、高坂はふ~んと苛立たしげに睨んできた。可愛くねえなあ。×上げてもいいのよ?
黒猫は○のついた札を上げたままでいる俺の間抜けな顔を見ながら、
「あなたもばかね……」
などとつぶやいて、目をそらした。頬が赤らんでる。
「あー!? また、○を上げ直したー!?」
「うおっ、いつの間に?」
「あんた、わざとやってんでしょ!?」
「可愛いんだからしょうがねえだろ……」
勝負が始まって1分そこらで、俺と高坂がにらみ合う展開になってしまった。
思い通りにならねえもんだなあ……。
黒猫は自分の容姿を卑下したが、なかなかどうして大したものだ。
確かに高坂は読者モデルだから、垢抜けているし華がある。派手だがそれがばっちり似合っているオシャレな女の子かもしれん。
しかし実際に男子高校生が好むのは黒猫の方なんじゃないかと思うくらい、見た目は悪くない。
困ったな、俺は自分で思っているよりも打算的じゃない素直な人間だったのかもしれませんね?
「まぁ、あたしくらい完全無欠の美少女からしたら2点くらい丁度いいハンデだけど」
にやりと笑いながら、いかにもモデルといった風情の小憎らしい立ち姿でポーズを決めた。
思わず、俺は左手を上げる。
「ちょっ!? なんで今のがマイナスなのよ!」
「今のお前の言動で可愛いと思うやつは、お前の兄貴くらいのもんじゃねえの?」
げんなりしつつ言うと、黒猫が横から、
「いえ、今のは京介だったらやっぱこいつ可愛くねえー! って絶叫すると思うわ」
そう言いながら、ふふ、と。
とても愉快そうに笑った。
こいつ、本当に高坂とその兄貴のことが好きなんだろうな。
左手を下げて、右手を上げる。
「HACHIMAN、どうして○を上げているのかしら」
「そりゃあその、可愛いから、だろ。京介ってやつが羨ましいね」
俯いた黒猫はつばの広い帽子に隠れて表情が読み取れないが、赤くなっていることは間違いないだろう。
その様子を見て、高坂はチッと舌打ち。
当然俺は×の札を上げる。
「はあああ!?」
「いや、いくら俺がひねくれ者でも舌打ちが可愛いって思うほどひねくれてないんだけど?」
そう言うとこれ以上反論してもマイナス点を稼ぐだけだと気づいたのか、口をつぐんだ。
黙ったまま、親指をくいくいと動かして移動を促している。完全に「表に出ろ」って感じのジェスチャーだが、左手を上げるのは勘弁してやることにする。
万世橋までやってきたところで、高坂がいかにも今から本番だと言わんばかりに、
「さて、これから本領発揮といきますか」
などと言って、アキレス腱を伸ばしたり、首を回したりしている。運動と勘違いしてない? カワイイはスポーツなの?
ちなみにすでに結構な点数の差がついてるからね? 仕切り直し感出してるけど。
とはいえ、この高坂桐乃が本気でカワイイアピールをしてくるというのは興味がある……。
きらっ☆だけで材木座をデカルチャーさせてしまうポテンシャルはあるからな。
少し期待をしつつ、3人で秋葉原をてくてくと歩いていると、高坂がゲームショップの前で止まった。
何やら、右腕を差し出しつつ手のひらを上に向けてにっこりと笑っている。
地獄に落ちそうな人を助けようとしているのかな? 我々には見えないものが見えているのかもしれん。
それとも突如ネオ・ヴェネツィアのウンディーネになったのかな。お手をどうぞとでも言うのかしらん。
実際のところ何をしているのかと思いつつ首をひねりながら近寄ると、ゲームショップに貼ってあるポスターと同じ格好をしているのだとわかり、正面に回った。
「え、何やってんの……?」
「何って、べっかんこう立ちに決まってるじゃん! 激萌えでしょ!?」
ポスターは、オーガストというレーベルの新作ゲームだった。うん、18禁というマークが付いているね。
「いや、お前、エロゲーのポスターの前で女子高生がエロゲーのヒロインと同じ格好をするとか、いくら秋葉原でもどうかと思うよ?」
「カワイイっしょ!?」
「いや、引いちゃって無理だわ」
「はあああ!?」
可愛くないわけではないから✕は上げないけどな。
俺たちのやり取りを黒猫は静かに眺めていた。他人のふりをしないなんて良いやつだな、マジで。
ありえない、誰がどう見たってカワイイのに、などとぶつくさ文句を言いつつ、不機嫌な態度を隠すこともなく歩いている高坂の後ろを黒猫と付いていく。
あれは一緒にいると恥ずかしすぎる状況だったが、写真かなんかで見れば可愛かったのだろうな。撮っておけばよかったね?
引いたと言いつつも先程の光景を脳内で何度か再生していると、またしても高坂が立ち止まる。
本屋の前みたいだな。新入荷のアイテムが記載されているボードを見ていた。
今度こそ俺の右手を上げるときが来るのか?
「あーっ! ぼるぜの若おかみは小学生本出てるじゃん! 双子キター!?」
多くは語るまい。
俺と黒猫は他人のふりをして店の前を通過した。左手を上げることすら拒否したいね。
高坂が待ってよーと慌てて駆け寄ってくるのを待たずに早歩きしていると、黒猫が立ち止まった。
まさかエロ同人を買おうとしたりはしないだろうな……。
黒猫は無言でガチャポンの前で膝を折って腰を落とした。
シュタインズ・ゲートという作品でうーぱというキャラクターがガチャポンの景品になっているものを再現したもののようだ。
ゲームの中でもキーポイントとなるアイテムだったな。
「あー、確かにあんたって鳳凰院凶真とか好きそうよねー」
後ろからやってきた高坂が、黒猫をそう評した。そうなのか?
別に黒猫は突然機関からの電話に出たりしないし、突然左腕を抑えて苦しんだりもしていないけどな。
「とぅ」
黒猫は何やら口をとがらせている。
なんだ?
俺も腰を落として、隣に座る。
「とぅ」
「とぅ?」
何を言いたいのか。
じわじわと耳を寄せた。
「トゥットゥルー♪」
……。
まゆしぃだよ、まゆしぃがいるよ。
「あっはっはっは! トゥットゥルーって! あっはっはっは! でも似てるー!」
高坂が笑い転げ、黒猫は真下を向いていた。
つばの広い帽子が尚更、まゆり感があった。黒いまゆりだ。
「あははは! ってなんで○上げてんの!?」
「いや、そりゃしょうがないだろ。俺だってラボメンなんだよ。ルカ子とか好きなんだよ」
ラボメンが好きというよりラボメンになっていると言い切れる程度にはファンであると言えよう。
むしろ戸塚が本当に女になっちゃう世界線に移動しているまである。
「ルカ子じゃないし! まゆしぃだし!?」
「声とか似すぎなんだよ」
本当のまゆしぃと違って恥ずかしそうに言うところがまた良い。
しかし、トゥットゥルーって言うのは本当に恥ずかしいと思うぞ。なんで? そんなに勝ちたいの? おとなしそうな顔をしているが実は負けず嫌いなのかしらん。
その後、暫くの間勝負は行われたが膠着状態に陥り、大きな点数の変動はなく終わった。
高坂はなんやかんや可愛くないわけではないのだが、何かと残念なため○を上げることはなく終了した。
決して俺がヒネデレだからでも何でもなく、誰がやってもそうなってたんじゃないかと思います……。
それにしてもこの勝負、戸塚が参戦してきたら○を上げっぱなしになりそうで怖いぜ。
駅で解散する流れになり、圧勝した黒猫がそれなりに勝ち名乗りを上げて颯爽と立ち去るのを憮然と見送った高坂だったが、一緒に総武線に向かうエスカレーターに乗っていると一つ下の段から俺を見上げながら、話しかけてきた。
「あのさ、あたし黒猫と会うの久しぶりで……なんかぎくしゃくしたらどうしようって不安でさ。元々あたし達ってちょくちょく喧嘩してて。そんなときにいつも間を取り持ってくれたのも兄貴なんだよね」
俺は黙って聞いていた。
総武線のホームに並んで立ち、黄色い電車を待つ間も高坂は一生懸命に言葉を紡ぐ。
「兄貴が、京介が居ない状況でも黒猫と、親友と仲良く出来るかなって……でもあんたがいればって思って。だからね……変なことに巻き込んじゃってごめん。だけど楽しかった。あんがとね」
ばかやろう。
もうメイド喫茶には返してしまったから○の札を俺は持ってねえっての。遅すぎるだろ。
しかし上げてしまった右手はその意味を求め、そのまま高坂の頭の上に乗せて撫でた。これはあれだ、あくまでお兄ちゃんスキルが自動発動してしまっただけで、他意はない。
意外にも黙って撫でられていた。やはりこいつも妹だということなのだろう。
電車に乗り込むと、空いている椅子にささっと座り、スマホをいじりだした高坂を見て思った。
他所の妹がこんなに可愛いわけがないってな。
声優ネタ多くてごめんね!
ちなみにこの黒猫が中二病っぽい言動が少ないのは、まだそこまで八幡に気を許してないからです。大人になっちゃったわけじゃないからご安心を(?)