マエリベリー・ハーンと賢者の石   作:ろぼと

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オマケみたいな話。
更新優先で挿絵はないんだ、すまない…


EPILOGUE:無垢なる観測者たち

西暦1992年6月7日

英吉利・蘇格蘭某所『ホグワーツ魔法魔術学校』4階医務室

 

 

 

  ここ……は…?」

 

「お目覚めかの、ハリー」

 

 

 暗闇に差し込む光に導かれ、深い海から浮き上がった少年  ハリー・ポッターの意識が最初に捉えたのは、穏やかな老人の声だった。

 

「ダンブルドア……先生…?」

 

「そうじゃ、アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。もっともレイブンクロー生でも覚えていてくれてるかは不安じゃがのう、ホッホッホ」

 

 強い倦怠感の中、ハリーは微睡む眼で周りを見渡す。声の聞こえた先には、仰々しい名を持つ我らがホグワーツの校長先生の笑顔。周囲には濃い青緑のカーテンが広がり、体を覆う温もりは清潔なシーツに守られている。横の机には山盛りの色とりどりのプレゼント。簡素な衣類の隙間からは白い包帯が除き、少年は自分が医務翼のベッドにいるのだと、ぼんやりした頭で理解した。

 

 そこでハリーは反射的に寝台から跳ね起きる。何か、途轍もなく大事な何かを忘れているような気がしてならなかったのだ。

 

「そっそうだ、賢者の石は!? クィレルは!? ヴォルデモートは!?」

 

 咄嗟に口から飛び出た三つの単語に、少年は戦慄した。想起された記憶の断片。何故これほどの危機を今まで忘れていたのか、焦燥に駆られる幼き英雄は己の働かない脳に激怒する。

 

「これこれハリー、落ち着きなさい。三日も眠っておったのじゃ、そうはしゃいでは体が驚いてしまう」

 

「なっ、三日も!? そんな  ッぐ…っ、頭が…!」

 

 ぼやけた意識を覚醒させようと思考を回した瞬間、少年の脳が鈍痛を訴えた。まるで“魔法史”の試験に出題された撹拌鍋に掻き混ぜられたかのように、頭の中がぐちゃぐちゃだ。

 

 だが隣のダンブルドアは、さもありなんとハリーを宥めるようにゆっくりと彼の小さな背中を摩る。

 

「わしがMiss グレンジャーに呼ばれ辿り着いたときには、君は燃える最奥の間で倒れておった。その手に守り抜いた賢者の石を持ってのう」

 

「石を…? で、でも石はクィレルに……あれ?」

 

 ダンブルドアの言葉にハリーの混乱は悪化する。だがあのときの出来事を思い出そうとすればするほど記憶は混濁し、現実と空想の判断が付かない。

 あの事件は本当に起きた出来事なのだろうか。それすら彼の虫食い状態の海馬ではわからなかった。

 

「大丈夫じゃよ、少年。あそこでクィレルが使った呪文はわかっておる。凶悪な闇の魔法は相手の心さえ傷付けてしまうのじゃ、何も覚えておらんでも仕方がなかろうて」

 

   よく、耐えきったのう。ハリー

 

 そう優しく頭を撫でられ、少年の視界が水面のように滲む。霞みがかった思考は頼りない。しかし体が覚えている激痛は、自身がクィレルとの戦いで受けた苦しみ、感じた絶望の残滓なのだろう。ハリーは震える肩を抱きしめ、ダンブルドアの温かい掌に縋りながら、呼び起こされた恐怖を静かに涙で流し落とした。

 

 

 人に見せられない弱みを最後まで受け止めてくれた老魔法使いが去ってしばらく。赤らむ目元を恥ずかしげに冷布で冷やしていたハリーは、一人きりの黄昏の病棟に新たに表れた人物の姿に飛び上がるほど驚いた。

 

  マエリベリー!?」

 

「具合はいかが、Mr. ポッター? お目覚めだと伺ったもので急いで参りました」

 

 白絹のような肌に浮かぶ紅はただの斜陽の悪戯か、はたまた強い想いの高揚感故か。いつもの物静かな彼女らしからぬ、肩を僅かに上下させるその姿は思わず魅入るほど可憐で愛おしい。ハリーは昂る感情のまま少女に抱き着こうとする両腕を制止してくれた病み上がりの疲労感に、このときばかりは心から感謝した。

 

 マエリベリー・ハーン。心細い少年が今最も会いたかった人物の筆頭で、同時に最も今の無様な自分を見せたくなかった相手である。

 

「あの、こっこれは目にゴミが入っただけだから…!」

 

「えっ? あ…」

 

 泣いて充血した両目を隠そうとそっぽを向けば、視界の端でマエリベリーが気まずそうな咳と共に杖を手にしていた。か細く【Episkey(エピスキー)(癒えよ)】と唱えられた彼女の呪文が、ムズムズする痒みと熱の後、重たい瞼の腫れを治す。親友のハーマイオニーが熱心に練習していた二年生の呪文を既に完璧にマスターしている彼女は、やはり学年最優秀に相応しい人物だ。

 

「…ごめんなさい、こちらの呪文はまだあまり使い慣れてなくて。少しはマシになったかしら」

 

「そ、そんなことないよ! まるで寝起きに顔を洗ったあとみたいにスッキリさ! あ、べ、別に泣いてたとかじゃないから、勘違いしないでね!」

 

 身悶えするほどのむず痒い感覚は治癒呪文の副作用に決まっている。右から来る生暖かい視線を無視し、ハリーは窓の外を見つめ続けた。

 

 コチコチと時計の秒針の音が木霊する二人きりの医務室。

 幼いハリーにも多少は相手の立場で物事を考えることは出来る。顔を逸らしたままの少年は、相方のマエリベリーへ掛けるべき言葉を持ち合わせていなかった。ダンブルドアの話を信じる限り、事実を伝えれば彼女が辛い想いをすることになるのだから。

 

 だが無言の彼に代わり沈黙を破ったマエリベリーは、どうやら既に事の顛末を知らされていたらしい。

 

「…凡そのお話は既にハーマイオニーから伺いました。クィレル先生のことは……やっぱり致し方ないことだったのでしょう」

 

「……そう、なのかな。あのとき何があったのかは、がむしゃらでほとんど覚えてないんだ。だけどクィレルが死んじゃったのは、多分、僕のせいだ…」

 

 促され、ハリーはぽつりぽつりと自身の穴だらけの記憶を語り出す。

 少年自身は自分が成し遂げたことを誇らしく思うことこそあれど、後悔はしていない。クィレルは敵であり裏切り者。勧善懲悪を愛するグリフィンドールに迎えられた彼に相手へ情けをかけるつもりも、その余裕もなかったのだ。

 

 しかしそれでも後ろめたさが拭えないのは、聞き手の少女へ対する想いが大きいからだろうか。紡いだ言葉は自身にも、どこか弱々しく聞こえた。

 

「ダンブルドアは賢者の石を、願いを映すあの“みぞの鏡”に隠してた。でも石を使おうと考える人には取り出せないようになってたらしくて、だからクィレルは代わりに僕に持ち出させようと考えたはずだって先生は言ってた。そして僕はあいつと戦って……僕の肌に宿るお母さんの愛の魔法があいつを灰にしちゃったみたいなんだ」

 

  それは校長先生がそうおっしゃっていたの?」

 

「…え?」

 

 抑揚のない、異様に静かな声だった。一瞬誰の声かわからず、ハリーは顔を上げ、こちらをじっと見つめるマエリベリーの端正な顔を目にする。

 

「あっ、う、うん。僕が倒れてたところの近くに灰の山があって、それがクィレルの、その、死体だろうって  

 

「ではあなたが当時のことをあまり覚えていないのも魔法的な効果ではなく……心理的なものだと?」

 

 間を置かずに投げ掛けられた質問にハリーは戸惑い、思わずダーズリー家でのように卑屈な上目遣いでマエリベリーを窺う。

 目に映るのはいつもの変わらない儚げな表情。しかし今は何故か、その美貌が異様に恐ろしく見えた。

 

「えっと……魔法の効果と言うより、憎しみとかの悪い感情が作り出す“闇の魔法”は相手の体以上に心を攻撃するみたいなんだ。凄く痛かった感覚だけは残ってたし、多分その時に僕の記憶が傷付いたんだろうってダンブルドアは言ってたけど…」

 

「そう…」

 

 ハリーは少女の纏う異様な空気に混乱しながら、校長が語った台詞を慌てて記憶から引き摺り出す。

 その内容にマエリベリーが得心の声を零した。俯く彼女の華奢な体は見た目通りに小さく、伏せられた紫水晶の瞳は亡き恩師の不幸を憂いているようにしか見えない。ハリーの良く知る彼女らしい優しさがそこには感じられた。

 

 夕焼けの中に佇む妖精に見惚れる彼は、故に少女が呟いた「そういう風に解釈されたのね」という小さな独り言を聞き逃す。

 

「…ではあなたは友達である私のためを思って、凶悪な闇の魔法使いに挑んでくださった。そう己惚れてもいいのかしら」

 

「…えっ?」

 

 見上げた先で、マエリベリーは微笑んでいた。

 

 

「もしそうなら……あなたはとても勇敢なヒーローよ  ハリー」

 

 

 この日見た彼女の笑顔を、自分は生涯忘れないだろう。そう思えるほど目の前の光景は切なく、そして胸に重くのしかかるものだった。

 たとえ悪人であったとしても、クィレルは彼女にとって大事な人。友人の名誉を認める精いっぱいの笑顔の奥に、痛みに歪む心を隠す。そんな彼女の姿にハリーは拙い頭で全てを悟った。謙虚な少女は、またしても胸中に渦巻く感情全てを呑み込もうとしているのだと。

 

 単純な正義感だけでは解決出来ないこともある。幼い少年は己の浅はかさが浮かばせた想い人の涙という傷を胸に、ハーマイオニーが常に口にしていた「思慮深くあること」の重要性を身を以て理解した。

 

 二度と、こんな顔を彼女にさせてたまるものか。

 

 幼き英雄は自身を戒め、己の行動に責任を負う覚悟を決める。それは英雄たる彼の正義を揺るがす心境の変化。だが奇しくも一人の人間としては、「成長」と形容すべきものであった。

 

 

 そして、そんな大人の階段を上ろうと意気込む少年を見つめるマエリベリーの瞳は、まるで懺悔室で罪の重さに震える告解者のように淀んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西暦1992年6月18日 夜

愛蘭土(アイルランド)都柏林(ダブリン)某所 『旧ハーン診療所』

 

 

 

 

  お、光った! メリー、これ成功しちゃった感じ?」

 

「…ええ、そうね。犯罪者デビューおめでとう、私」

 

 

 暗い闇を彷徨う最中、男の身体に突如形容し難い激痛が走る。強烈な刺激に意識が引き戻され、最初に知覚した外部の気配は、澄んだ涼音のような少女たちの声だった。

 

 その片方には覚えがあった。男は辛うじて開けた瞼の隙間に眩い蝋燭と魔術反応の蒼光を捉えながら、くらむ眼で自身の周囲を囲む二つの人影を視認する。

 

「お、まえは……ハーン、か…?」

 

 木造の、古書の挿絵などで見る魔法族の全盛期中世イングランドの魔術工房と似通った、巨大な拡張空間。その天井の手前でこちらを覗き込む二人の少女、その片割れの名を男は疑念を込めて呼ぶ。

 

 マエリベリー・ハーン。魔法学校に勤務する男が目をかけていた、非常に優れた“闇の魔術”の才を持つ女子生徒である。

 

「な、何故お前が私の前に  いや、そもそもここは一体…? 私は主に見捨てられ、ポッターに殺されたはず…」

 

 状況が理解出来ず困惑する彼は、話の通じる教え子に説明を求める。だが返答したのは、その隣にいるモノトーンの中折れ帽を被ったアジア系少女の口が紡いだものだった。

 

 

「ここは我らが『秘封俱楽部』のダブリン魔術工房ですよ。クィリナス・クィレル教授」

 

「…!」

 

 記憶にない、間違いなく初対面の小娘に名を呼ばれた男  クィレルは徐々に復活しつつある思考力で警戒を強める。

 見た目はただの子供。しかしその赤銅色の瞳はハーン以上に幼子の純粋さとはかけ離れた、賢者の如き深い知性を感じさせる。直前に、ポッターを小僧と侮り死の寸前まで追い詰められた彼の目に、眼前の少女はヤツと同じく危険な存在として映っていた。

 

「…名乗れ、『ヒフウクラブ』とやら。貴様は何者だ」

 

「おっと失礼  お初にお目にかかります。私は英国魔法研究家のレンコ・ウサミと申す者にて、以後お見知りおきを」

 

 仰々しく名乗られたそれは、あまり親しみの無い響きの人物名であった。自身がかつて研究していたオリエント魔法圏より更に東、いわゆる極東、あるいは中華魔法圏と呼称される国家群出身の生徒が持つ外見的特徴。毎年何人かホグワーツに入学するが、中でも子音に必ず母音を追従させる独特な発音の名を持つ彼ら彼女らの出身国名は、生粋のスコットランド人であるクィレルにとっても決して未知ではなかった。

 

「…聞き覚えが無い。貴様、我が校の生徒では無いな?」

 

 だが少女の名そのものは、ホグワーツ全生徒が学ぶ必修授業を担当するクィレルにとっても、全くの未知であった。

 

「…理解出来ん、これは一体どういうことだ? 私がポッターの攻撃に倒れた後に何があった…! そもそもハーン、何故お前が夏季休暇前にホグワーツを離れ学校外部の子供と共にいる! 説明したまえ!」

 

 先ほどから一向に口を開かない教え子の非礼を責め、クィレルは苛立ちに身を任せ声を上げる。しかしハーンは感情の読めない瞳でこちらを見下ろすばかりで、彼の問いを煙に巻く言葉を返したのは、またしても部外者のウサミなる東洋少女であった。

 

「やれやれ……ご自分のお立場を理解しておられないようですなぁ、クィレル教授。お控えなされよ、我が部員マエリベリー・ハーンは先生の命の恩人にして  ヴォルデモートに代わる貴方の新たな主人なのですから」

 

「…何だと? どう言う  

 

 クィレルは不審げに彼女の発言の意図を問い質そうとし、ふと、自分のものとは思えない己の老衰した死人の如き嗄れ声を訝しんだ。朦朧とする意識を覚醒させた、先ほどの謎の痛みが原因だろうか。聡明な男は鈍った頭脳を必死に回転させ、自分の身に起きた変化を探る。

 

 そこで男は驚愕する。霊魂魔法に明るい彼だからこそ気付いた、自分の魂に起きた度し難い異変の正体に。

 

「こ、これは【服従の呪文】  いや【服従の呪い】か!? まさか先ほどの蒼い光は…っ!」

 

 半狂乱に胸を押さえた彼の視界の端で、ウサミの不気味な微笑が深まった。

 

「流石は“闇の魔術に対する防衛術”の教授、よくご存じで。心身ともに弱ってらしたのでロクな抵抗も無くスルリと成功しましたよ。先生をここまで追い詰めてくださった魔法界の英雄殿に感謝しなくては、ふふふ…」

 

「バ、バカな…!」

 

 蒼白なクィレルは自分に起きた変化に戦慄き、美しい少女を象った二体の化物から必死に距離を取る。

 

 呪文と呪い。効果は似て非なるもので、その本質には決定的な違いがある。即時的効果が期待出来る呪文に対し、呪いは魔術触媒や魔法陣などの専門的な知識と用意の手間が要求される分、成功すればその効果は半永久的に持続する。

 ヴォルデモートの残滓を体に宿していたクィレルは、魂に直接付与される呪いの恐ろしさを身を以て理解していた。魔法としての影響力はおよそ最強と言え、解呪に失敗すれば自分の魂そのものが消滅する危険がある極めて恐ろしい術である。それが、魔法学校に通い出して僅か一年の女の子の手で行われるなど尋常ではない。

 

「ありえん…! こんなもの生徒どころか並のデスイーターですら真面に扱える呪いでは……お前、お前たちは一体何なんだ…!?」

 

「ふむ、まだ混乱なさっておいでかな? では改めまして  

 

 そんな腰砕けな彼を楽しそうに見下ろしていたウサミが、徐に黒い膝丈のスカートを摘み微笑んだ。

 

 

  我らは『秘封俱楽部』。私の祖国、日本のとある大学に本部を置く、由緒正しい霊能者サークルですよ」

 

 

 拙いカーテシーで誇らしげに名乗る彼女の姿は、何も知らぬ者の目にこそ可憐で微笑ましく映るだろう。だが呪いを受けたクィレルにとっては擬態で相手を油断させる捕食者にしか見えない。

 そして少女の二度目の自己紹介。男は予想だにしていなかった単語の登場から心底混乱する。

 

「日本の……大学? それに、『霊能者サークル』……だと?」

 

「おや、ポッター君とのお話を振り返るに、前からお気付きだったのでは? 齢11にして【閉心術】や【姿くらまし】を自在に操り、優等生の演技で先生に近付き禁術の知識を盗み、“組み分け帽子”を騙し、ダンブルドア校長を騙し、ホグワーツを騙し、魔法界を騙す私の自慢の諜報員『Dr. レイテンシー』がただの子供だなどと……そのような世迷い事を信じてくれるのは、恋に盲目の初心な英雄殿だけですよ」

 

  !?」

 

 その発言はこれまでの彼の混乱を根こそぎ吹き飛ばす衝撃であった。思わず阿呆のように聞き返してしまうほど、クィレルはかつてなく動揺する。

 

   賢者の石を巡ったあの夜の出来事を、この二人はヴォルデモートすら欺き全て監視していたと言うのか。

 

 恐怖に震えるクィレルをころころと笑い、無様な姿を晒す彼をウサミが更に追い詰める。

 

「いやはや、それにしても実に面白い魔法戦を見せて貰いました。ポッター君の規格外な力も確認出来ましたし、何とかこうして二人の死を避けられて一安心といったところです。貴方は実に幸運だ」

 

「…『死を避けられた』だと?」

 

「ふふ、ネタ晴らしはまたいずれ。ただ一言申し上げれば……我々はただ、“公平に”力をお貸ししただけですよ」

 

 まさか。その言葉で聡いクィレルは全てを悟る。

 

 思えばあの夜に起きた出来事の中には幾つか不可思議なものがあった。名高いダンブルドアの策とは思えないほど簡単に例の鏡から石を手に出来たこと。【悪霊の炎】で死を待つばかりであったポッターが何故か火傷一つなく復活し、勇猛果敢にこちらへ襲い掛かってきたこと。そして両者の勝敗を喫した、あの石化の拳。

 ポッターに殺され主に捨てられたはずの自分がこうして生きていることも、事件に気付き少年の下へ急行したであろう教師陣を躱し、魔法界随一の要塞ホグワーツから国を超えて逃げ切っていることも、およそ己が置かれている現状全てが正気を疑う現実だ。そして目の前の少女の話を信じる限り、これらを成したのは彼女らの規格外な魔力なのだろう。

 

 如何なる手段を講じたのかは定かではない。しかし深い闇の知識を持つ死喰い人たる自分でさえ見たことの無い高度な魔法、【服従の呪い】を行使出来るこの子供たちならばあるいは、とクィレルは常識を捨てて真実へ想到した。

 

「…何が目的だ。何故私を助けた」

 

 故に男が重視したのは、彼女たちの一貫性の無い不可解な行動原理を知ることであった。

 

「これは心外。可憐な少女の健気な献身を受けて真っ先に裏を疑うとは、とても教師とは思えませんなぁ?」

 

「惚けるな小娘! 貴様らが死喰い人などより遥かに質の悪い連中だということはわかった。私を癒し、呪いで縛り、どんな非道をさせるつもりなのかと聞いている!」

 

 恐怖心を必死に隠し、クィレルは魔法族の誇りにかけてこの「霊能者」を騙る子供たちへ怒声を張り上げる。年長者、成人男性としての意地もあった。無制御の魔法で威圧すると、流石の少女らも怯んだのか口を噤む。

 

  がッ!?」

 

 だが直後、それに倍する重圧がクィレルの呪いに侵された体に襲い掛かった。堪らず重厚な板張りの床に這い蹲り、震え上がる男は辛うじて動く首で荒ぶる魔法の発生源を必死に視界に捉える。

 

 そしてクィリナス・クィレルは、ようやく理解した。

 脳裏で“闇の帝王”が繰り返し彼女のことを「人ならざる異形」と形容していた真の意味を。

 体系化された彼ら魔法族の神秘が児戯と化す、真の神秘の存在を。

 

 

「簡単なことですよ、クィレル先生。あなたの魔法の知識と  あなたを捨てた、心無い元ご主人様のことが聞きたいだけですから」

 

 

 その少女が背負う深淵の(ひずみ)の奥底から、血より赫い、意思無き無数の瞳が覗いていた。

 




 これにて拙作『マエリベリー・ハーンと賢者の石』は閉幕です。長々とお付き合いいただきありがとうございました。
 東方projectシリーズ外伝『秘封俱楽部』メインの二次作品はそれなりに年季の入った東方ファンくらいしか興味持ってくれないだろうなーと予想しつつも、逆にお気に入り登録数/投票者数の比率が凄いことに。やっぱ秘封コンビ好きな人は好きなんやな!小説1巻分のストーリを終わらせるのに15万文字近くかかりましたが書いてて凄く楽しかったです。

 さて、タイトルにある通り当初は『賢者の石』のみで完結のつもりでしたが、やっぱりここで終わらせるのは忍びないので『秘密の部屋』以後の物語もただいま準備中です。モチベの問題で放置していた別作品もこのままでは区切りが悪いので、そちらを先になんとかしてからまた戻って参ります。

 投票高評価、お気に入り登録、数々の温かいコメント、大変ありがとうございました。
 美幼女から美少女に成長したメリーちゃんと共に必ず戻って参りますので、それまでしばしのお別れとさせてもらいます。

 ではまたいずれ!
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