ハーフドワーフの弟だけど、姉が女子力無さすぎて心配になる   作:伊都洋治

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少し長くなってしまったので、今回は六月までを掲載します。

下半期は近い内に投稿致します。


二年目(上半期)

 

 

1月▼日

 

年が空けた。

新しい一年が始まったと皆は言うが、俺にとっては特に変わり映えのない今日である。人が変わる訳でもなければ世界そのものが変わる訳でもない。ただ新しい年を迎えたと言う事実だけが一人歩きしている状況である。

 

俺は今年も刀を振るう。振って降って振りまくって、柄が指の形に陥没するまで何度でも振り続ける。学問に終点が無いように、武道にもまた終着点は存在しない。人生これ修行である。という訳で目出度い日にも関わらず泥臭く素振りしている俺の元に、姉上がキラッキラの着物姿で現れたのは完全に不意討ちであった。

 

「どうだ、手前も中々に似合うだろう!」

 

そう言って自信満々に晴れ着を見せびらかす姉上は、それはもう可愛らしいの一言であった。まるで年相応の少女のようであった。普段が普段なだけに、こう言った華やかな着物を身に付けた姉上の破壊力はワイヴァーン三十頭分に相当する。まあ要するに何が言いたいのかと言うと、俺は不覚にも姉上の晴れ姿に見惚れてしまったということだ。

 

冒頭の文句を訂正しよう。やはり元旦は特別な一日だ。女子力皆無の姉上が女子力の化身にさえ成れる素晴らしい一日だ。刀なんか振るっている場合じゃない。今日は姉上と一緒に心行くまで遊び尽くそう。

 

 

二月◆日

 

友人曰く、今日は「バレンタインデー」なる特別な日らしい。バレンタインデーとは女子が親しい男にチョコ菓子を渡すイベントらしく、そのチョコを渡すという行為そのものが親愛や情愛の意思表示であるのだという。

 

……イマイチよく分からないが、俺には全く関係のない日であることだけは理解した。そもそも俺と親しい女などばば様か母上か姉上しかいない。完全に身内である。友人によれば家族からのチョコはノーカウントらしいので、いよいよもって俺に無関係のイベントであることが判明した。

 

逆にこういう催しに最も関わりが深いのは姉上である。あの人はとにかくモテるのだ、女子に。この日記でも何度か取り上げてはいるが、姉上のイケメンレベルは異常である。道を歩けば男子よりも女子の方が振り返り、ちょっとした気さくな行動が彼女たちの乙女心を悉く鷲掴みにして離さない。告白された回数など三桁に及び、イケメン好きで知られる女神様に誘拐されかかったこともある。

 

正直俺の目から見ても姉上は男らしくてカッコいい。肝が異様に据わっているところとか、一人称が「手前」であるところとか、半裸のサラシ姿が物凄く様になっているところとか、とにかくワイルドで爽やかな性格が女子にウケているポイントの一つなのだろう。こうしてまとめてみると、なるほどこりゃあモテる。そして女らしさから遠ざかっているのがよく分かる。

 

姉上、将来異性の相手を見つけることができるのだろうか。まあ流石に同性愛のケは無いだろうし…………ないよね?俺にもう一人姉が出来るなんてことはないよね、ホントにないよね、割りと現実味を帯びてて怖いんだけど。姉上けっこう懐の深い人だから、そう言った愛も簡単に受け入れてしまいそうなのが何とも言えない。チョコだってどうせ渡されたやつ全部貰って帰って来るだろうし。両手に紙袋なんか沢山引っ提げて、

 

 

「…た、ただいまー…」

 

 

などと疲れた声で帰宅するのだ。分かりきった話である、伊達に十一年間あの人の弟はやっていない。

 

「…いや、参った。道行く女子に次から次へと菓子を渡されてな。気づけば両手にすら収まりきらない有り様だ。流石の手前もこの量の甘味をひとりで処理しきれん」

 

という訳で、と姉上が俺に貰ったチョコの半分を渡してきた。どさり、と卓の上に置かれたその数は少なく見積もっても四十個以上存在する。そして中にはあからさまに怪しいヤツも混ざっている。

 

…これの一体何割が惚れ薬で、何割が媚薬で、何割が性転換の秘薬であろうか。いやむしろ真っ当なチョコなんてあるのだろうか。更に言えばこれだけのチョコレートを女性たちはどうやって入手したのだろうか。いくら極東が交易の盛んな国だからって、つい最近出回り始めた洋菓子をここまで大量に輸入するするのは不可能である。まさか全国から取り寄せたのか、そこまでするのか恋する乙女よ。その情熱をもっと他のところで有意義に使って貰いたかった。

 

「あ、そうだ。これ手前からのチョコだ、やる」

 

更にもう一個追加ときた。こちらは唐草の包装紙にくるまれたかなり渋めのチョコレート。先ほど渡されたチョコの山に比べれば何とも色気のない一品である。まるで姉上が自作したかのような代物だ。

 

ん?

 

「結構苦労したんだぞ。惣菜や吸い物を作るのは得意だが、菓子を作ったのは生まれて初めてだったからな。上手く出来ているかは分からんが、まあ気が向いたら食べてやってくれ」

 

それだけ言うと、姉上は残りのチョコ山を抱えて自室へと入っていった。残された俺の手元には、いかにも姉上が作りましたと言わんばかりのいぶし銀なチョコレート。俺はそれを、しばらくの間神棚に飾ることに決めた。

 

 

四月〓日

 

桜が見頃を迎えた。俺の地元は桜の名所がかなり多く、至るところで花見を楽しむ人々の姿を見ることができる。

 

俺も今日は鍛練を休み、家族全員で花見に参加した。呉座を敷き、その上に腰を下ろして母上の手作り弁当をつつき合う。味で楽しみ目で楽しみ雰囲気を楽しむ、なるほど花見をというのは素晴らしいものだ。極東のワビサビの真髄がここにある。

 

「よーし、んじゃ呑むかぁ!!」

 

そんな雰囲気をぶち壊したのは他でもない、姉上であった。分かりきっていたことであるが、姉上は完全に花より団子なお方である。風情を楽しむなんて女子力の高いことをする筈がなかった。

 

そしてそんな姉上の号令に賛同したのが父上とじじ様である。流石は生粋のドワーフ、酒が絡むと行動が素早い。あっという間に一升瓶が開封され、三つの盃に並々と注がれていく。そして今にも溢れそうな盃を互いに手に持ち掲げると、姉上が待ってましたと口を開いた。

 

 

「我ら三人、性は違えども兄弟の契りを結びしからは!!」

「心を同じくして助け合い、困窮する者たちを救わん!!」

「上は国家に報い、下は民を安んずることを誓う!!!」

 

 

…その、打ち合わせでもしていたかのような桃園の誓いを披露すると『イェーイ!』と三人はハイタッチを交わした。いや何だこれ、そんなの毎回やってたっけ。というか父上キャラ変わってないですか、そんなノリノリでおふざけに乗るような人じゃないだろ貴方。

 

そして生粋のドワーフ+αは酒を水の如く呑み進める。…アレって確か「ドワーフの火酒」並に度数高いんじゃなかったっけ。普通にガブガブ飲んでるんだけど。というか姉上のペース早!あんなに呑んで大丈夫なのか、いや大丈夫じゃないだろ。今すぐ止めさせないと危ない!

 

 

「ぐてい~、おねぇちゃんだぞ~」ガオー

 

 

遅かった。

姉上は意外と酔うのが早い。それこそ火酒二杯くらいでフラフラになるレベルだ。本人は酒が強いと思っているようだが、それは酔っている間の記憶が丸ごと消えているからである。酔った記憶がないから強いと豪語し、酔い潰れては周りに迷惑をかけまくる。一番タチの悪い酒飲みである。

 

「ふふふ~、ぐてぇのあたまはもしゃいなぁ~」

 

何をしてくるかと思えば、いの一番に俺の頭を撫でてきた。ああ、なんだこれ、すごい鬱陶しい。姉上は酔うと甘え上戸になり、周りにいる人間にところ構わずボディタッチしてくるようになる。それがまた鬱陶しいことこの上無く、酷いときは酔いが醒めるまでの間ずっとオモチャにされることもある。

 

そしてこの甘え上戸は、青少年にはあまりにも刺激が強すぎる。ただでさえ美人な姉上が頬を赤らめてトロンとした目でこちらを見詰めてくるのだ。俺にとっては即死魔法に近い。そのため現在俺は自主的に目を瞑っている。目を開けたらこの花見は瞬く間に血の狂宴となるだろう。…というか大人たち止めさいよ、なに目の前のデンジャラスビースト放置してるの。息子が実姉のハレンチな姿にToloveる-ダークネス-しちゃうでしょうが!

 

「も~、ぐてぇはかわいいなぁ。はぐ~」ギュッ

 

そしてとうとう、姉上が俺の身体に抱き付いた。

ふんわりとやさしい香りが広がる、いやそんなこと言っている場合ではない。俺の頭は現在姉上の胸部に埋もれている。最近とくに成長著しいここは、サラシを巻いていてもなお自己主張の激しさが目立っている。いやもう正直に言うとめっちゃ柔らかい。温かくて良い匂いでめっちゃ柔らかい!何度も言うけどめっちゃ柔らかい!!

 

「……スヤァ…」

 

そして姉上は、寝た。

散々人をヤキモキさせた上で、俺を抱き締めたまま深い眠りに落ちたのだ。俺はハッと我に返り、寝落ちした姉上を引き剥がすと呉座の上に横たえさせる。すると母上が何処からともなく毛布を取り出して姉上の身体にかけてくれた。母の優しさを垣間見た。そして父上とじじ様は俺たちそっちのけで呑み比べに興じていた、あんたらほんといい加減にしろよ。

 

――姉上が起きたのは花見があった日の夜中であった。皆が寝静まっている中で「酒は!?花見は!?」と大声を上げた姉上は起きた母上にど突かれていた。俺は面倒ごとに巻き込まれたくないので狸寝入りをきめこんでいた。

 

 

六月¶日

 

梅雨に入った。

雨が降りやすいこの時期、俺は相変わらず刀を振り続けている。

 

今日は父上に必殺技なるものを伝授して頂いた。必殺技、必ず殺す技、要するに戦いの肝を担う武技である。父上はかつて【鷹の目】と呼ばれた凄腕の剣豪であり、母上と結婚するまではあの迷宮都市で冒険者をしていたそうな。今はもう主神が天国に還ってしまったため神の恩恵は存在しないが、それでも三十年以上に渡り常勝無敗を貫いてきた父上は今なお現役の剣豪である。

 

父上曰く、剣技に必要なものは速さである。一撃必殺を旨とする極東の剣術において、相手の先手を取ることは生死を分かつことに等しく、より速く鋭い剣こそが求められる。そのため侍は全身を利用して刀を抜く。足の力、腰の力、肩の力、そして腕の力。特に腰の力は重要で、これが不足していると他の力が分散してしまう。故に、刀は腰で斬る。父上はそう言うと、庭に生えた一本の大樹の前に立ち、腰に提げた刀の柄を緩く握る。そして父上が少し前のめりになったかと思ったその瞬間、大樹が根元から寸断された。

 

刀を抜く動作など見えなかった。ただ気がつくと、父上が既に刀を抜き放っており、ドラゴンの首ほど太い大樹が一刀の元に切り伏せられていたのである。まさに刹那の剣技、視認すらできないその剣閃に、俺はただ放心することしかできなかった。

 

父上曰く、この技に名前はない。そもそもこれは基本の延長上にあるものであり、あえて名を付けるとしたら「一閃」である。父上は言った、最も強い技とは最も素朴なものであると。ただの振り抜き、それを究極まで高めたものが父上の言う必殺技であるらしい。

 

かくして、俺の修練が始まった。使う刀はもちろん迦具夜、青白い輝きを一旦鞘に収めると、それを一気に抜き放つ。だがその刃は木に食い込むも両断には程遠い結果となった。

 

それからは反復練習である。抜いて斬るの動作を何度も繰り返す。父上の指導の元、腰の使い方も僅かながらに覚えていった。これまでの六年で培った基礎は無駄ではなかったのだと実感させられる。切っ先まで身体に発生させた力を伝え、一ミリのブレもなく、まるでバターを切るかのように、硬い繊維の塊を両断する……

 

気がつくと、既に外は暗くなっていた。俺の体は休みなく動かしていたため今にも倒れてしまいそうなくらいの疲労が蓄積している。もはや立つのがやっとの状態、それでもなお俺は迦具夜を振り続けた。足に力が入らない、腰に力が入らない、それが一体どうしたと言うのだ。

 

姉上は一本の刀を作るために三日三晩鍛冶場に籠る。最低限の休息のみをとり、ほとんど休むことなく鉄を打ち続ける。それに比べたら、たった一日地獄を見るくらい何てことはないだろう。俺は強くなると決めたのだ。姉上を護れる侍になる、その理想を叶えることに安易な道など存在しない。不可能など捩じ伏せればいい、困難など乗り越えればいい、必要なのは意思の力だ。自分を曲げない、意思の力だ。

 

そして、俺は迦具夜を振り抜いた。すでに足腰立たぬ状況、それでもなお、俺は刃を走らせる。何もかもが、スローに感じる。そして切っ先は、大樹の幹を柔らかく捉えた。

 

 

スルッ…

 

 

奇妙な感覚に陥った。大樹を斬ったはずなのに、まるで手応えが感じられない。一瞬空振りしたのかと考えたが、どうやら真相は違ったようであった。

 

俺の目の前にあった大樹がゆっくりと分かたれる。それは俺が両断を成功させた何よりの証拠であった。倒れた大樹の切断面を見れば、まるでヤスリで磨いたがごとくツルツルスベスベとした独特の光沢を放っている。

 

横を見れば、滅多に顔色を変えない父上が驚愕の様相を浮かべていた。本人もまさか一日で習得するなどとは思わなかったのだろう。俺も思わなかった。というかこれは果たして習得した内に入るのだろうか。明らかに偶然できた感じだし、極度の疲労状態からくる脱力が生んだ奇跡だったのではないかとも考えられる。

 

それでも大樹を斬ったのは紛れもない事実。偶然であれ何であれ「できる」ことが証明されたのは本日の最大の収穫だ。これは後の自信に繋がる、真の意味で「一閃」を体得できる日は意外にも近いのかもしれない。


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