もし荒野のコトブキ飛行隊の二次を連載するとしたらこんな感じの主人公になると思うのでテストがてら。(とはいえ世界観設定がまだ完全には分からないので書くのは難しい)

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序章

 それが“祖国”を護る為だと信じた。

 

 

 

 それが“家族”を護る為だと信じた。

 

 

 

 それが“軍人”が歩むべき道だと信じた。

 

 

 

 それが“男子”が歩むべき道だと信じた。

 

 

 

 

「ーーお先に参ります」

 

「ーーどうかお元気で」

 

 

 熟練搭乗員と比すれば飛行時間が雲泥の差の若手の搭乗員達が機体の胴体へ吊るした250kgの爆弾が放つ鈍い輝きとは正反対の目映いばかりの笑顔で敬礼する姿に彼は一瞬、何と返答すれば良いのか言葉に詰まった。

 

「ーー必ず貴様らを敵艦隊まで送り届けてやる。後ろは気にするな。全ての敵機を叩き落としてやる」

 

 その言葉は彼等にではなく、自身へ言い聞かせるかのようだった。

 

 

 南洋へ跋扈する敵艦隊へ必死の作戦の為に出撃する搭乗員が駆る片道だけの護衛任務を仰せ付かり、日々見送るだけの毎日は酷く心身を磨り減らした。

 

 雲霞の如く押し寄せる敵機の群れに散々と追い回された末に主翼を砕かれ、敵艦隊の対空砲火で押し潰された必死の機体が何度、火の玉となって蒼穹へ散った姿を見たのか。

 

 海面へ叩き付けられる寸前の機体を駆る若い搭乗員が万歳を唱え、懐かしい母を呼ぶ声は幻聴のようにけたたましい発動機や機銃の銃声へ紛れて聞こえて来るようだった。

 

 

 

 それが目に見えない“何か”を護る為だと信じたかった。

 

 

 

 

 一通の電報は無機質な羅列で家族の死を報せて来た。

 

 開戦から“祖国”を“家族”を護る為に、この国に生まれた“男子”として“軍人”として戦う事こそが本懐であると信じて今日まで戦って来た。

 

 あれほど焦がれた蒼穹の空を駆る飛行機ーーその操縦桿を握り、一個の部品と化してまで戦って来た。

 

 辛うじて彼を繋ぎ止めていた軍人としての矜持か、或いは男子としての誇りか。

 

 それらがぷつりと音を立てて切れた瞬間、彼は膝から崩れ落ち、声を押し殺して涙を流した。

 

 男子が涙を流すなと怒る、厳しくも優しい父親はこの世にいない。

 

 男子が泣いてはならない、と困ったようにだが慈悲の微笑みを浮かべて頭を撫でてくれる母親はこの世にいない。

 

 兄が泣いていると心配し、釣られて泣き始めてしまう歳の離れた可愛い妹はこの世にいない。

 

 

 ーー護りたかった“家族”はこの世にいないーー

 

 それがやっと理解出来た彼は、一頻り涙を流すと深い溜め息を吐き出してふらふらと立ち上がった。

 

 

 

 

 嗚呼、と彼は眼前の光景に安堵の溜め息を吐き出した。

 

 やっとこの日を迎えられた、と感無量と言った様子で直立不動の姿勢を保ちつつ眼前で訓示する上官の姿を眺めている彼は視線をやや上方へ向ける。

 

 

 ーー今日も良く晴れてる。

 

 

 初夏が近い事を知らせる蒼い空が広がっている。

 

 散華するには良い日和だ。

 

 

 上官の訓示が終わり、搭乗員一同で敬礼と遙拝を行い、各自の乗機へ駆ける。

 

 

 墨書きされた鉢巻をきつく飛行帽の上から縛りながら彼は世話になった機付員へ礼を告げ、暖気の為、発動機が唸りを上げる機体の操縦席へ滑り込んだ。

 

「ーーやっと……」

 

 全ての苦から解き放たれる事への安堵か、それとも“家族”の下へ逝ける事への安堵からか。

 

 溜め息を口元を覆ったマフラーの下で吐き出す彼は左手を置いた絞弁把柄を徐々に押し込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 艦隊の防空網へ僚機が次々に突入する。

 

 

 対空砲火の炸裂が蒼穹へ弾ける。

 

 

 あともう少しすれば全てが終わる。

 

 

 彼は絞弁把柄を一杯にまで押し込み、頼み込んで片道分しか入れて貰わなかった燃料を発動機へ送った。

 

 

 一層強く発動機が唸りを上げて回り出す。

 

 まるで馬に鞭を入れたかのように彼が駆る機体の速度が増して行く。

 

 海面スレスレーー少しでも操縦桿を前へ倒せば海面へ突っ込んでしまう程の高度を保ちながら彼は遥か向こうに見える敵艦を睨み付ける。

 

 敵艦隊の中央を航行する敵空母へ狙いを付けて突入する彼の機体へ対空砲火の曳光弾が束になって向かって来る。

 

 海面の反射で信管が誤作動を起こし、明後日の方向で炸裂する砲弾や海面へ突っ込んで水柱を上げる砲弾の雨霰の中を彼は一本の矢の如く突入する。

 

 砲弾の破片がガンガンと機体を叩く度に振動が激しく操縦桿を握る手を揺らす。

 

 

 敵艦まで残り僅か。

 

 

 彼は左手で無電の電鍵を強く押し込んだ。

 

 

 

 そのツーーーという長音を遥か遠くに離れている味方が拾っているか否かは彼に取ってはどうでも良かった。

 

 

 瞬きをする暇もなくみるみる敵艦が接近する。

 

 

 彼の鍛えられた眼が豆のような大きさにしか見えない対空砲へ取り付いている敵兵の鬼気迫る表情まで捉える。

 

 

 機体の間近で炸裂した敵弾が風防を貫通し、頬を破片が切り裂き、右腕に突き刺さるが彼は操縦桿から手を離さなかった。

 

 

 目と鼻の先にまで敵艦が迫りーーふと時間の流れがゆっくりとなる。

 

 

 嗚呼、と彼は全てを察した。

 

 

 これが走馬灯という奴か。

 

 

 幼い頃から現在までの出来事が思い浮かんだ。

 

 

 父には良く叱られたが、それ以上に自分の事で色々と心配と迷惑を掛けてしまった。

 

 母にも迷惑を色々と掛けてしまった。

 

 なにひとつ孝行が出来なかった事への後悔が胸を突いた。

 

 妹は歳が八つほど離れていたが父や自分のように人相が悪くなく、母に似て愛嬌のある顔となった事が幸いだった。

 

 入校してから何度か帰省したが、あまり構えてやれなかった事への後悔が胸を突いた。

 

 

 

 良き息子、良い兄ではなかった事をなんと詫びれば良いのか。

 

 怒られるだろうか、それとも呆れられるだろうか。

 

 

 だがーーそれも良いだろう。

 

 

 時間はたっぷりある。

 

 

 時間を掛けて謝罪すれば良い。

 

 

 そんな考えが浮かび、ふっとマフラーの下で笑いを溢した刹那、彼の視界は暗転した。

 

 

 

 



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