皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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フランソワ共和国
閑話 次なる戦争へ


統一歴1925年2月

イルドア王国首都

 

欧州の戦禍が一時収まっていたこの日、イルドア王国国防省ではとある会議が開催されていた。

 

「――以上が、帝国が対協商連合戦で用いた作戦となります」

「野砲の大量投入による全戦域飽和攻撃と、超大型爆撃機による後方地域空襲、魔導師による沿岸砲台制圧からの強襲揚陸…」

「さすがの帝国と言ったところですな…。我が国軍では逆立ちしても不可能でしょう」

「この機に乗じて『未回収のイルドア』を解決しようと言っていた馬鹿どもの顔が見てみたいですな」

口々に出てくるのは、『中立を保っていて正解だった』と言う安堵。

そんななかでも出席者の目を引いたのは、帝国軍側に観戦武官として帯同したイルドア陸軍少佐が持ち帰った一枚のスケッチ。

 

そこには、超高空を悠々と飛ぶ四発の大型爆撃機が描かれていた。

 

「しかし何と言ってもこの、『戦略爆撃機』ですな。今までの戦争の概念をひっくり返してしまう…」

「ええ、欧州の地理を考えた時、開戦と同時に首都を叩くことも可能となる…何とも恐ろしい化け物を造ってくれたものです…」

そんなことを言い合いながら、彼らの視線が一人の人間に集まる。

 

 

 

 

「ドゥーエ殿、貴殿の意見を聞かせてほしい。

ここにいる人間で最も戦略爆撃に詳しいであろう貴方の意見が」

 

 

 

ジュリオ(Giulio)ドゥーエ(Douhet)

 

今は退役しているが、イルドア屈指の航空戦の専門家であり、『戦略爆撃』思想の産みの親でもある。

 

彼は昨年著した『  Il dominio dell'aria(邦題:制空) 』の中で、こう述べていた。

 

『航空戦力の本質は攻勢にあり、これからの戦争は空中からの決定的な破壊攻撃の連続によって、敵の物、心の両面の資源破壊に成功した側が勝利を収める』

『これからの戦争は兵士、民間人の区別ない総力戦(・・・)であり、空爆で民衆にパニックを起こせ(都市爆撃)ば、自己保存の本能に突き動かされ戦争の終結を要求するようになる』

 

彼は西暦の世界でもこのように述べており、まさに20年後を予想していた。

ただ、イルドア王国内においては『人口密集地の住民への攻撃手段』として高性能爆弾、焼夷弾、毒ガス弾を提示した事が問題となっていた。史実イタリアに比べ穏健的、中立的外交を展開しているイルドアにおいて、彼の思想は過激すぎると見なされたのである。

なお、この点についてドゥーエはこう述べている。

 

『最小限の基盤――「国家の最小単位の基盤」の誤訳か――である民間人に決定的な攻撃が向けられ、戦争は長続きしない。ゆえに長期的に見れば流血が少なくなるので、このような未来戦ははるかに人道的(・・・)だ』

 

この点、彼の予測が大きく外れたことは歴史が証明している。

 

 

ともあれ、統一歴1925年の世界において、彼はじっとスケッチを眺めていたが、ややあってこう述べた。

「私の予想をはるかに超えた早さと完成度ですな。

そして、完成形態が示された以上、他の列強も同じような機体を開発するのは必然。

その場合、我が国は都市部に極端に人口が集中しているため、戦略爆撃が実施されれば一ヶ月で戦争継続が困難になると予測します」

「貴方が『制空』で言っていた話ですな…。対策は?」

「今すぐにできる事は…。しかし、対戦略爆撃機用の戦闘機の開発は急務でしょう。帝国の…SB-1、でしたか、この性能を鑑みるに…。

 

邀撃機の性能として高度30,000フィート、時速300ノットは必要です」

 

「高度30,000を300ノット!?」

「出鱈目すぎる!!」

「ドゥーエ殿、貴方の慧眼には感服するが、さすがにそれは不可能だ」

「私は可能、不可能を論じているのではなく『必要な性能』を述べているのです。

よろしいですかな? 確かに現時点の(・・・・)SB-1迎撃だけならば、さほどの性能は必要ない。

ですが、我が国がその程度の邀撃機を開発している間に、帝国は、否、ほかの列強もより高性能の戦略爆撃機を開発するに違いありません。

結果、邀撃機が出来上がったときには時代遅れとなるでしょう」

「…ゆえに、今の時点でそれ以上のものを求める必要がある、そういうことですな?」

「その通りです総長。また、高射砲と照準装置の性能向上も必要です」

「やるべきことは目白押し、か…。

よろしい、ドゥーエ殿。貴方を空軍航空技術局最高顧問として招聘することとしたい。

その才覚をわが空軍のために役立ててほしいのです。必要とするものは最優先で調達することをお約束いたしましょう。なにか、今の時点で必要なモノはありますか?」

「…では、わたくしが退官する前に提案しました、航空技術局の権限強化を」

「良いでしょう。…本件について、異議あるものは申し出られたい。

 …無いようだな。ではこれにて散会とする」

 

 

戦後、欧州随一の航空大国となるイルドア王国。

その第一歩がこの日刻まれたことを、この時知る者はいなかった。

 

 

 

 

そんな会議の帰り道。

空を見上げながら、ドゥーエは独り言ちる

 

「あの化け物…。君の仕業でしょうなあ、お嬢さん(・・・・)

 

その脳裏に浮かぶのは10年近く前の出会い。

 

『そんなところで何をしているのかな?』

 

 

 

 

その日も今日と同じ、よく晴れた夜のことだった。

『…誰?』

『おっと、これは失敬。私はイルドア王国陸軍に所属しているジュリオ・ドゥーエ。

それで?人の家のバルコニーで黄昏ているお嬢さんはどこの誰なのかな?』

『あぁ…ここバルコニーだったんだ…。あっ、ごめんなさい。ちょっと飛びすぎて疲れちゃったの…。すぐお暇しますね』

『いやいや、それには及ばないとも。むしろそんなガタガタ震えているレディを放っておけるイルドアの紳士はいないとも』

『…つまり?』

『こっちにおいで。暖炉の前で温まるがいいさ』

 

『…そんなこと言って乱暴する気でしょう!エロ同人みたいに!エロ同人みたいに!!』

 

『君の言ってることは半分も分からないが…。

まぁ、…そういうセリフは、もうちょっと成長してから言うものだよ?』

『…今どこ見て言った?』

『はっはっはっ』

『笑ってごまかすなあ!!』

『で、どうするんだい?私としてはこのまま締め出してもいいんだけれど』

『くっ…。お邪魔します』

『ようこそ小さな(・・・)お嬢さん』

『(なんでそこ強調するかなあ…うぐぐ…)』

 

 

 

 

 

数十分後。

―― どうしてこうなった ――

立場は逆転し、ドゥーエは内心で悲鳴を上げていた。

暖炉にあたって温まってきたのか、調子が戻ってきた少女の話をまとめると以下の通り。

 

 

①少女は帝国の良いトコ――口を割らないので推測だが、貴族階級――のお嬢様である

②魔導師適性があり、飛行術式をマスターしている

 

 

③なお、昨日から家出中(ただし、空を飛んで)

 

 

④家出した直後、帝国軍魔導師部隊の追撃を受けた(んん!?

⑤追尾を撒くために、アルプスを越えた(ちょっと待て

⑥直後にイルドア王国の魔導師部隊とも遭遇(まあ、そうなるな

⑦そのあたりから寒さと疲労で記憶がない(え

 

話の途中でドゥーエはピンときた。

 

 

―― こいつ…昼間出ていた緊急警報の下手人だ!? ――

 

 

ありえない空中機動と超高高度飛行、挙句の果てにはアドリア海を海面すれすれで飛んでイルドア王国魔導師部隊を撒いた――何人かは制御を失って墜落した――のが、こんな年端もいかぬ少女だと誰が想像できようか!

しかもその理由が

 

 

 

 

「見合いが嫌だったから逃げた」だと!?

 

 

 

そんな理由で高度15,000フィートを越えたというのかこの少女は!?

才能の無駄遣いにもほどがあるぞ!?

嗚呼、取り逃がして上層部から大目玉を食らっているであろう魔導師部隊が哀れすぎる…。

 

『…ん?おじさん、あれは三発の爆撃機?』

『おじさんではなく小父様と呼びたまえ。…ああ、その通り。よくわかったね。プロペラのないただの模型なのに』

『まぁね…(見たことあるんだよなあ…サヴォイア・マルケッティ…)』

『何か言ったかい?』

『いいや、何も。ところで小父様♪ そっちの部屋にもちらっと飛行機の模型が見えたんだけど…?見ちゃダメ?』

『お嬢さん、上目遣いが上手だねえ…。使いどころを間違っている気がするけれど』

 

『 だ め ? 』

 

『そんな目で見ないでおくれお嬢さん!あっちは人に見せられないものなんだ!!』

『じゃあなおのこと見る♪』

『ダニィ!?』

 

 

いろんな意味でふざけた少女だったとドゥーエは思い出す。

その後、空への熱い思いを語り合った二人は、翌々日に少女が帰るころには立派な『 同志 』となった。

 

ドゥーエは知る由もないが、この時の少女は同郷の知人と知り合う前で、「共通の話題」が出来る相手に飢えていた。

ドゥーエとの文通が、その後大戦の直前まで続いたことからもそれはうかがえる。

 

 

 

 

 

ともあれ後日、帝国皇帝から丁重な礼状が届けられドゥーエはビックリ仰天することとなる。

 

『アンタ皇女殿下だったんかい!?』と。

 

 

過ぎ去りし日を、破天荒な少女のことを思い出しながら、彼は夜空を見上げる。

 

「さて…、貴女の目にはどんな未来が見えているのでしょうなぁ」

 

 

◇◇◇

 

 

その少女、ツェツィーリエは顔をしかめていた。

統一歴1925年2月の統合作戦本部・帝国最高指導会議合同会議の席である。

 

「――既に示しました『最終作戦計画』、これが成功すれば、共和国軍は壊走するでしょう。追撃を行い、最低でも首都パリースィイまでは占領したいと考えております」

「…政府としてはどのように考える?」

「政府としても軍の方針に賛成いたします。戦後処理、講和条約交渉を優位に進める観点からも、共和国首都の占領は必要かと」

「……なるほど」

 

「……殿下、お気に召しませんか?」

首相の声に顔をあげてみれば、心配そうに此方を見やる政府、軍首脳の姿があった。

どうやら、分かりやすいほどに顔に出ていたらしい。

 

「…間違いなく共和国民は反発するだろう。

民兵やゲリラ、パルチザンがあっちでもこっちでも出てくるに違いない。対処可能か?」

「…心配しすぎなのでは?実際、ダキアの方ではさほどの問題にはなっておりません」

「内務大臣の言うとおりです。また、軍の方でも北方戦線の整理縮小による再配置によって、それら占領地域の治安維持に問題は出ないと考えております。その後は徐々に警察に移管すればよろしいかと」

 

楽観的な重臣たちの見通しに、ツェツィーリエは内心で天を仰ぐ。

 

ダキアと共和国は違う! と。

 

共和国と帝国には、それ以前の時代から数百年にわたる因縁がある。その因縁は国民、いや民族レベルのものがあり、占領、併合の大きな妨げになることは明白。

西暦のヨーロッパ連合(EU)を見ればわかる。汎ヨーロッパ主義は二度の凄惨な殺し合いを経て、ソヴィエトの脅威があってようやく具現化したのだ。それほどまでに欧州人の「自国への愛着」は強い。

 

この世界にシオニズムがないことが悔やまれる。

2,000年もの流浪の末、約束の地に戻ったその執念を、この世界で知るものはない。

彼らがその地を守り抜くために、時には国際的ルールを逸脱してでも戦い抜いてきた歴史を。

 

人間が理性ではなく感情の生き物であることと、その恐ろしさをこの場にいる人間は完全には理解していない。

彼らの常識にある戦争とは「国境線の書き換え」に他ならず、両者の間には埋めがたい認識の相違があった。

 

「…また、大変申し上げにくいのですが、先の協商連合との講和条約に国民から不満の声が上がっております」

「…ああ。知っている」

 

そして、それは国民の大多数にも共通する問題であった。

総力戦の惨劇を知らぬこの世界の民衆は、『現下の諸問題は戦争によって解決されるに違いない』と言うひどく曖昧な『信仰』を持ち続けている。

無論、戦争で利益は得られないというのは「理論的」には説明されている。

 

だがしかし。ツェツィーリエは天を仰いだ。

 

 

 

―― 民衆は、理性とは無縁の獣(・・・・・・・・)である ――

 

こんな大事なことを、なぜ私は失念していたのだ!!

 

 

人間の大多数は、論理的とは程遠い。

その行動論理は…、いや、論理と言うのもおこがましいかもしれない。それくらいには感情で動くのが人間と言う生き物である。

 

あまりにも酷な話だが、人間は感情で動く獣だと断じざるを得ない。

あるいは「理性的に見える、自分たちにとって都合の良い作り話」にあっさりと騙されてしまう。

ツェツィーリエの中の人は、歴史研究の中でその結論に行きついてしまっていた。

 

だからこそ、ドイツ国民はユダヤ人をスケープゴートにしたナチスを圧倒的に支持し、合法的に独裁者を生み出したのだと。

極東においては『昭和16年夏の敗戦』であり、『それでも日本人は戦争を選んだ』。

 

 

ゆえに、内心暗澹たる気持ちになりながらも、彼女はそれを止められない。

止めることは不可能だと思い出してしまったから。

無理に止めようとすれば、帝国が内部分裂を起こしかねない。感情的になった国民は制御不能であることを、歴史は幾度となく示している…。

 

おそらく、帝国国民の望む勝利の形は共和国民に対して厳しいものとなるだろう。

繰り返すが、それだけの因縁が両国の間にはある。

そして共和国民は帝国へのさらなる憎悪を………。いや、それ以上はもう考えるまい。結果は歴史が証明するだろう。

 

…もはや是非もなし。

 

 

「…分かった。そのあたりは軍部と政府でよく相談して決めてくれ」

「御意」

 

せめてこの場にいる面々が、多少なりとも「マシ」な部類であることを祈らずにはいられない、皇女だった。

 

 




●文中で出てきた図書
猪瀬直樹(2010)『昭和16年夏の敗戦』中公文庫
加藤陽子(2016)『それでも日本人は戦争を選んだ』新潮文庫
※後者についてはツェツィーリエの中の人は読んでいない可能性がありますが、あえて入れました(2016年以前に出ていた気がするのですが…)。

要約すれば「戦前から負けると分かっていたし、国力差100倍を紹介する書籍もあった。けれども日本は戦争へと突き進んだ。理論的に『必ず負ける』と言う結論が出ていたのに」

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