帝国陸軍きっての戦車屋、ハンス・クデーリアン。
彼もまた、統一歴1928年12月10日、エーリッヒ・モンシュタインとともに参謀本部に呼び出された将官の一人だった。
「貴官には、北側の対処を頼みたい」
「ちょっと前まで散々暴れていた場所だ、懐かしいのではないかね?」
「確かに、机磨きにもいい加減飽き飽きしていたところですな」
本人は冗談めかして言うが、『装甲兵総監』はそんな閑職ではない。
戦車部隊をはじめ、装甲車両全般の運用、量産計画、開発設計その他を統括する、まさに帝国軍機甲部隊を支える屋台骨。その着任に際し、任命者が言った言葉を借りれば『帝国陸軍機甲師団生みの親にして、生ける電撃戦たるクデーリアン将軍にしか務まらない』重責。
それを、一時的とはいえ前線復帰させねばならない事実が、とりもなおさず帝国東部軍の置かれた危機的状況を物語っていた。
「戦線を押し上げる必要はない。主任務は戦線崩壊を食いとどめ、緩やかに後退させること。第二は孤立している友軍の撤退援護だ」
「なるほど。多少は気が楽ですな」
「慌てなくとも良いぞ。貴官が机の上に広げた図面は、私がじっくり検分しておくとも」
「…前言撤回でありますルーデルドルフ大将。これは超特急で片付けねばなりません」
「同感だな大将、急ぎたまえ。足の速い連絡機を手配する」
「ありがたい。それなら多少は安心です」
「……君たち?私を何だと思っているのかね?」
「「帝国軍最高散らかし名人」」
「『最高司令官』だよ!」
そんなやり取りがあったかは不明だが。
兎も角、この日の深夜、クデーリアンは東部軍北方管区に復帰を果たした。…とは言え、こちらも南方同様戦線崩壊の危機にあり、時間的猶予も無ければ兵力に余裕もない。
「使える部隊は?」
「後退して休養中の第24装甲軍団が近傍に」
「よし、そこに行くぞ」
――12月11日午前10時。
彼は第24装甲軍団の将校を前に、こう述べた。
「この数じゃぁまともな戦争にはならんわな」
将校らは、ある者は嘆息し、ある者は朋輩と顔を見合わせ、またある者は大将閣下に鋭い視線を向けたが、事実である。
入念に準備された『黎明』を前に、東部軍は少々後手に回り過ぎた。戦線は薄いところから破られ、防御を固めた個所は迂回され、包囲され、慌てて撤退を始めた部隊は甚大な損害を被っていた。
だが、そんな状況にもかかわらず、帝国軍きっての機動戦の権化はにやりと笑ってこう述べた。
「――ところで諸君、山賊家業に興味はないかね?」
話は変わるが陸軍と海軍、あるいは空軍の根本的な違いはどこにあるだろうか?
――それは『目標を占拠し続けるかどうか』にある。
いかな大海戦であっても、海軍の艦隊は母港に帰投するし、航空隊もまた飛行場に帰ってくる。――だが、陸軍だけは目標に留まる。
土地の確保は、二本の足で大地を踏みしめる兵隊にしか出来ないからだ。ゆえに兵士たちは突撃し、塹壕を掘り、機関銃を据え、指定された目標を奪取し、確保し続ける。
――ならば、最初からそれを放棄した場合は?
「戦車と装甲車、トラックの保有台数は?」
「こちらに」
「ふむ、まぁまぁだな。宜しい、直ちに出撃用意だ。歩兵は乗るだけの数で良い」
「攻撃目標は、どちらに?」
「そうだな、航空偵察の状況を見て考えよう。写真はあるかね」
「直ちに。――おい!もってこい」
クデーリアンがこの日組織した複数の『戦闘団』。
その戦いぶりを、後日ハンス・フォン・ゼートゥーア元帥が評して曰く。
「まるで海軍の艦隊運用」
連邦軍の嫌がるところに平手を食らわせ、さっさと引き上げる。長くて2日、早ければ半日で帰ってくるさまは、まさに艦隊運用のごとし。
「我に機甲師団があり、敵の位置もおおよそ見当がつく。加えて面倒な占領も不要。……素晴らしい、実に私好みの仕事ではないか!」
後にクデーリアンの副官はこの時の上司の様子を、手記にこう記している。
――『絹糸の切れた韋駄天』
「燃料の心配は無用だ。連邦軍が用意してくれる。…ああ、
「弾薬?砲ともども連邦軍同志諸君から借用だ。借用書を忘れるなよ? 無論、代金の欄はゼロだ。
「食料?…実に魅力的な指摘だ。
「戦車の足回りが壊れた?…さっき鹵獲した連邦のがあったろう。それに乗り換えたまえ」
『建軍以来の山賊行為』
クデーリアンがそう豪語したのも無理はない。何しろ最終的に装甲車両の半数、トラックに至っては8割が鹵獲車両になっていた。…弾薬に至っては、作戦発起時から微増したとする報告書さえある。
当然、やられる連邦からすれば、堪ったものではない。
「227高地より救援要請!」
「真偽を確かめろ!153高地と通信が途絶してから3時間も経っていないのだぞ、場所が離れすぎている!」
「司令、今度は164高地から支援要請です!」
「帝国軍の狙いは何だ!?攻撃がバラバラ過ぎる!」
戦線のあちらこちらで、夜間のうちに浸透したと思しき帝国軍部隊が自軍の弱点を的確に痛めつけ、時には車両食料武器弾薬を強奪して回るのだ。時には無線通信に割り込んでくることさえあり、矛盾する命令が連邦軍を苛む。
「227連隊が目標に到達!…ですが、帝国軍は見当たらないそうです!」
「またか!」
しかも、ほとんどの場合救援部隊がつく頃にはどこかに消えているというおまけつき。
「同志将軍!227連隊が救援要請を発していた友軍部隊を発見」
「よろしい。…全く、無事なら無事と通信してくれば良いものを」
「…お待ちください同志、227から続報が」
「何?」
ただし実のところ、連邦軍兵士の消耗は深刻なものではなかった。
帝国は連邦軍の弱点、すなわち補給部隊やその警備部隊、移動中の歩兵部隊を優先して狙っており、その手の部隊は抗しえずに早い段階で降伏していたからだ。
――だが、そのあとが問題だった。
「捕虜を取っていない?降伏したのに解放された?どういうことだね?」
「『捕虜を取る余裕はない』と、武装解除はされたものの、1日分の食料とともに解放されたそうです」
「帝国の狙いが読めん…。…待て、1日分の食料だと?それ以外は?」
「トラックごと持ち去られたそうです」
「………連中の狙いはそれか!」
最悪な事に。
この時の連邦軍は『黎明』のため、前線近くの補給拠点、補給部隊とも常より大量の武器弾薬を積み上げていた。…すなわち、クデーリアンに言わせるところの「入れ食い状態」である。
「本物だ!本物の腸詰だぞ!」
「こっちはコー●だ!久しぶりに見たぞ!」
兎にも角にも、韋駄天ハンスは暴れまわった。
「占領」、「補給」、「整備」という、彼が嫌いとする――「好き好んでやるものではない」と言う意味であって、出来ないという意味ではない。念のため――三大業務から解き放たれたクデーリアンほど、厄介な物は無かった。
「……電文越しなのに生き生きとしておるのが伝わってくるようだ」
「以前に奴を『一本の絹糸にかかっている』と評したが撤回しよう。『一本とはいえ絹糸に頼っていた』のだな、全く」
「いやぁ、これほどやってくれるとはねぇ」
「……そう言えば陛下、陸大時代に『陸戦における機甲師団の艦隊的運用』なるレポートを書いていませんでしたかな?」
「ハハハ色々書きなぐったから一々覚えているわけナイジャナイカー」
最後のころには、「軍服と煙草のみ帝国産」とさえ言われる始末。
…何せクデーリアン式運用に機械が耐えられないのだ。彼らは文字通り戦車を乗りつぶし、連邦が用意した鉄の車に乗り換えて戦ったのである。ちなみに乗ってきた車両は連邦軍にご用意いただいた爆薬でシッカリ処分しているのでご安心を。
――当然、戦後にこんな一幕があった。
「戦時国際法違反だ!」
「失敬な。確かに鹵獲車両もありましたが、砲塔左右にしっかりと国籍識別標をしていましたとも」
「それに布をかぶせていたとの証言がある!」
「写真の類はありますかな?証言だけでは言いがかりとしか言いようがありません」
「そのカメラの類も、貴様らが全部没収したのだろうが!」
「知りませんなあ。貴国の将兵が勝手に落としたのでは?」
「何だと!」
実際にはちゃんと「攻撃前には布を外していた」らしい。
「一回なら誤射、では駄目か?」
「残念ながら、確信犯を誤射とは言いません、閣下」
「では、発砲5秒前に布を外すのは?」
「際どいですな。…しかしよくもまぁこんな手口を思いつきますな」
「なに、どっちも私の陸大同期がよく使った手口だ。何度も演習で騙されたので覚えている――」
「――御冗談はおやめください閣下」
「え?」
「いかに陸大とは言え、そんな国際法スレスレばかり狙う知能犯が居て堪りますか。さすがの小官でも冗談と分かりますとも」
「………」
…残念だが参謀長、あそこには息をするように
「何よりこのような戦法、経験者がおりません」
「それについては問題ない。恐らく帝国で最も造詣の深い奴を呼んである」
「はい…?」
「――お呼びかな?」
「っ!?」
「…全く、毎度毎度音もなく忍び寄るのは止してくれ。…常々思うのだが、その巨体で一体全体どうやっているのだ?」
「そこは企業秘密という奴ですよ閣下。――それで、御用向きは?」
「はぁ…。まぁいい。こいつを見てくれ」
「拝見いたしましょう。…ほほぅ、こいつぁ……。感謝しますぜ閣下、よくぞ呼んでくださった!」
「君が好きそうな作戦だと思ってね。どうかね、うちの連中へのレクチャーがてら、やってみてくれんか。1個連隊を預けよう」
「流石は閣下、小官のことをよく分かってらっしゃる。喜んでお引き受けいたしましょう。ここの連中を三日で立派な山賊にして御覧に入れます」
「……娑婆に戻れる程度には加減してくれよ?」
「ハッハッハッ!それが一番の難題ですな!」
かくしてクデーリアンが組織した『戦闘団』は、代わる代わる連邦支配域に飛び込み、軍事行動を
本来ならば戦力の逐次投入と言う犯すべからざる愚行。
だが、ことクデーリアンの場合、そもそも占領の意思がない。
どころか敵の反撃が予想外だったならさっさと引き上げることさえした。あるいは途中、意図的に見晴らしの良いところまで追いかけさせ、空軍の支援を要請した。
「…見せてもらおうか。帝国空軍の新型機とやらを」
――帝国空軍新型戦闘機、Ta262シュワルベ
その名の通り、徹頭徹尾戦闘機として開発がすすめられた機体なのだが、帝国空軍は途中で気づいてしまった。こいつ、並みの重爆並みに積めるぞ、と。
一部の高官から『
これに割を食ったのが対地襲撃部門である。
「まぁ、車列や歩兵は緩降下爆撃でも良い。問題はトーチカや敵戦車だ」
「然り。20ミリ機関砲では敵戦車に対し威力不足だ」
「ならば、こいつを積むしかあるまい」
「ランメタルの造った新型機関砲…重すぎて使い道がないと思っていたが」
「…まさか、こいつを本採用する日が来ようとは」
「…参謀長。私は今日ほど空軍を敵に回したくないと思った日はないよ」
「同感です閣下。30ミリ機関砲とは恐ろしいですな…。しかし閣下、確かシュワルベは帝国領外での使用は原則禁止だったのでは?」
「…そこの『ウォルフ大佐』がな、参謀本部に直談判したのだ」
――我々が作戦行動をしているということは、つまりそこは帝国である!
「…閣下、あの大佐殿は何者ですか?」
「参謀長、世の中には知らない方が幸せなことがあるのだ。あれと意気投合できる人間を、俺は一人しか知らん」
「…クシュン!」
「おや、風邪ですか?」
「いや、そんなはずはないんだが…?ところでゼートゥーア、『
【MK303/MK303L】
大戦勃発後、帝国の兵器メーカー:ランメタル社が自主開発した30ミリ機関砲。
同社は帝国空軍が4発の重爆撃機を開発中と知り、近い将来交戦相手国でも同等の大型爆撃機が登場するであろうことを予期し、本砲を開発した。
しかし、同時期に画期的な新型グスト式20ミリ機関砲が開発されたことにより、本砲は正式採用されたものの搭載例皆無と言う状況に陥った。
何故なら本砲の30ミリ機関砲団は一発当たりの威力こそ20ミリ機関砲の5~6倍あったが、総重量で1.5倍(145キロ)ある上に、発射速度は8分の1(400発程度)しかなく、空戦用としてはグスト式に全く比肩しえなかったからである。
結局、ランメタル社は弾薬や一部動作機構を対地攻撃用に再設計し、これが『MK303L』(末尾のLはライヒ語で近接航空支援を意味するLuftnahunterstützung」から)として採用された。
ただし、改良されたとはいえ本砲は重量があり、また反動もすさまじかったため、唯一Ta262シュワルベが対地攻撃用の追加パッケージ(R3)として採用した。