皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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悲報:終わりが見えなくなった
悲報2:明日の六時から投票所勤め
悲報3:いつ開票が終わるのか全く分からない
悲報4:月曜日もお仕事

よって後半の予定が未定(



ブレスト港襲撃(その1)

 統一歴1925年4月18日 0415時

 カレー近郊にある帝国軍秘匿V1基地は喧騒のただなかにあった。

 

 「ヒドラジン燃料の充填状況は!?」

 「まもなく完了!ですが、発射角の調整に10分ほどかかるとのこと!」

 「5分でやらせろ、とにかく時間がない!」

 「ハッ!」

 敬礼を解く時間も惜しいとばかりに駆け出すヴァイス中尉の後姿を見やりつつ、ターニャ・デグレチャフは臍をかんだ。もう少し、それこそ半日気づくのが早かったならば、と。

 

 

◇◇◇

 

 

 遡ること前日の4月17日 2100時

 

 「共和国軍が後退?」

 その日の書類作業を終え、そろそろ風呂にでも入って寝ようかと考えていた――この体は夜9時以降稼働率が低下する。戦場ではそんなことなかったのだが、勝利目前で気が緩んだのか?と彼女自身は思っていた――ターニャの耳に飛び込んできたのは、そんな何気ない情報だった。

 「はい、パリースィイ南方の防衛拠点からも撤退し、南部ヴィシーと西部のブレストへ移動しているとの情報です」

 「ふぅん…エスカルゴ共め、とうとう音をあげたかな?」

 「ヴァイス中尉達はそう言ってました。先日アラスも開城しましたし、勝利も目前だと」

 「あぁ…あれは、ひどいものだった」

 

 帝国軍最高の勝利と言われる『春の目覚め』計画だったが、唯一の誤算はアラスに包囲された共和国陸軍の頑強なまでの抵抗だった。彼らは自分たちの抵抗が少しでも帝国の進撃を抑え、自国のためになると信じていたのだろう。

 結局、一か月近くにわたる籠城戦のすえ、弾薬はもちろん食糧さえ底をつくに至って降伏したのだが、その時市街地に入った帝国軍が目の当たりにしたのは飢餓地獄。それは軍人にも市民にも分け隔てなく訪れる死神。

 共和国軍は壊走状態になったとき大量の糧秣を残していったから、このような結末になるのも時間の問題ではあったのだが、むしろその状態で一か月近くも抵抗を続ける方がおかしいのだ。共和国軍人の帝国憎しの情はそれほどまでに強かったらしい。

 

 「しかも推定以上の敵が立てこもっていた。無理に攻めていればこちらが大やけどを負っていただろう…。兵糧攻めにして正解だったな」

 「ええ…。ところで少佐、明日から大隊全員休暇とのことですが…。その…。

 本当によろしいのですか?」

 「不満なのか少尉?なんなら追加するように掛け合おうか?」

 「逆です少佐殿!本当に一か月もお休みを頂いてよろしいのでしょうか…?その、幼年学校入学以来、これほど長期の休暇など……」

 「それだけの仕事を我々(203)はしてきたのだと誇りたまえ。実際、今まで支給できなかった分の一括払いだそうだ。まったく、こまめに取得させてくれていればこれほど長い休暇を消費する羽目にならなかったものを…」

 「ははは……ところで少佐殿は休暇中には何を?」

 「そうだな…。取り敢えず、我々に超過勤務を強いていた最高司令官殿が良いコーヒー豆を用意してくれるそうだから、帝都までそれを受け取りに行くつもりだ」

 「…あの、そのお相手ってもしかしなくても――」

 「ツェツィーリエ皇女殿下だが?」

 「――ですよね…。はぁ…。少佐殿は殿下とお親しいようですが、いつの間にそのような…?」

 「…まぁ、色々だよ。長く生きていれば色々妙な縁があるものなのだよ、セレブリャコーフ少尉。覚えておくと良い」

 「はぁ…」

 この人、まだ12歳にもなってないはずなんだけどなぁ…、とヴィーシャは思ったが、それを口に出すような命知らずなことはしない。『触らぬ(ターニャ)に祟りなし』。それも親愛なる我らが大隊長殿は間違いなく「死神」にカテゴライズされるお方である。命が大隊分あっても足りないこと請け合いである。

 「ああ、帝都までの足と宿は確保してあるから気にしなくてよい。貴官も帝都に行くと言うなら話は別だが?」

 「はい。いいえ、一か月もありますし、数日はこちらでゆっくりしてから考えたいと思います」(意訳:皇女殿下のところにお出かけする上官についていくなんて命知らずじゃありません)

 「なるほど。では、お互い気をつけて休暇を満喫しようではないか」

 「ハッ!少佐殿もお気をつけて」

 「うむ、特にコーヒーの飲みすぎに気をつけよう。はっはっはっ」

 

 思えば、久方ぶりの長期休暇に頭のネジがだいぶ緩んでいたのかもしれない。

 明け方になって、まどろみの中でハタと気づくまで、ターニャ・フォン・デグレチャフは共和国軍のたくらみに気づけなかったのだから。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 ≪目標地点まで残り300()!≫

 ≪総員、降下用意!≫

 後悔したところで遅い。

 それに自分は運が良い。

 

 V1でブレストに突っ込んでいく途上、ターニャは思った。

 明け方3時に叩き起こしてもついてきてくれる部下に、攻撃許可を出してくれる上司。自分と同時刻に同じ結論に行きついたらしい彼女の指示は単純明快。

 

 ―― ただちに出撃し、ブレストの共和国軍を断固撃滅せよ。それ以外のことはこちらで処理する ――

 

 単純明快な指示にアフターケアの確約。

 これぞ理想の職場、理想の上司…でもないな。いくつか『アドバイス』をくれる点からしても悪い上司ではないが、惜しむらくは彼女に「勤務時間」の概念が希薄な事。

 聞けば前世では大学の研究者だったというから、サラリーマンのような出退勤、残業時間と言う概念に無頓着だったのだろう。曰く、『論文書いてたら翌々日の(・・・・)夜が明けていた。注意していたのは提出期限と論文発表のタイムスケジュールくらい。ゼミ指導?自分の研究室に来てくれるから待ってるだけでいいのだよ。使う資料と道具?研究室の壁と床にいくらでもあるでしょ』…なるほど、あのマッドの近縁種だったか。

 

 ともあれ、そのおかげで第203航空魔導大隊は今まさにブレスト港に殴り込みをかけられるわけである。とは言え事前偵察も不十分、状況からして共和国軍の残存部分の多くが集結している。と、なれば魔導師が待ち受けていることを前提にせねばならないだろう。

 そこに2個中隊で突入?

 飛んでいる間に冷静になった頭で考えてみれば、狂気の沙汰である。まったく、自分はいつの間にこんな勤勉な軍人になってしまったのだろうか。

 

 

 ――だが、それでも。

 

 ≪よし、ドアノッカー分離!攻撃開始!≫

 ≪了解!!≫

 

 ――軍人であるからには、義務を果たさねばならないのである。

 

 

 

 ≪ 天祐を確信し、全騎突撃せよ! 我に続け!! ≫

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 同時刻、同じ空の下では共和国陸軍次官ド・ルーゴが焦れていた。

 

 「…なぁエミール。もっと早く出航することは出来ないのかね?」

 「その質問はこれで10回目だし、我輩の答えも10回目だ。『無茶を言うな』!

陸軍はどうか知らんが、軍艦と言うのは出港に半日以上かかるものだ。これでも相当早めた方なのだぞ?それに――」

 「ああ、分かった。私が悪かった。その先の説明も十二分に覚えたからそう怒らないでくれ!ただ我々に時間的余裕がないのも事実なんだ、分かるだろう!?」

 「分かっているさ!だからわが共和国海軍の最短記録を更新してるんじゃないか!」

 

 『自由共和国海軍』

 

 数日中にその名乗りを上げるであろう海軍組織、その旗艦に内定している新型戦艦『ノルマンディー』艦橋でのことである。その艦隊は、本艦に将旗を掲げた司令長官エミール・ミュズリエの言うとおり、今までにない速さで出港準備を進めていた。

 

 事の発端は昨日正午のこと。

 見張り員が高高度を飛ぶ見慣れぬ機体に気が付いたことから始まった。

 

 この時点で、より時間のかかる大型艦はボイラーに点火していたが、それ以外の船は燃料の搭載も完了しておらず、出航は18日夕刻、夜陰に紛れての脱出が予定されていたのである。

 だが、当該航空機が帝国軍SB-1と分かったからには悠長なことは言っていられない。燃料は途中で洋上給油なりすることとし、本日未明に到着予定の魔導師部隊を載せたらすぐに出航するよう、予定を繰り上げたのだ。これほどの繰り上げを成し遂げた時点で、共和国海軍は優秀さをたたえられて良い。

 とは言え、根っからの陸軍軍人、機動戦重視派の人であるド・ルーゴにそれが分かるはずもない。いや、頭では理解はしているのだ。頭では理解していても気が急くのである。

 

 ―― 察知された以上、いつ帝国軍が襲ってきてもおかしくはないのだぞ! ――

 

 「案ずるな。すでに前路警戒の水雷戦隊は出港し隊列を整えつつある。あと数時間で出港はすべて完了だ」

 「数時間だと!?」

 「だから大声を出すんじゃない。大型艦は岸壁から自力で離岸できないのだ。タグボートに回してもらう必要がある。そしてこれだけの数だ。一斉にという訳にもいくまい?」

 「無理やり自力で出ることは?」

 「…停泊場所と向きによっては可能かもしれんが、お勧めはしない。少なくとも本艦はムリダナ(・×・)」

 「…なるほど、私が根本的に海軍に向いてないことがよくわかった」

 「私もそう思う」

 二人は思わず笑った。

 「言っておくが、超信地旋回も出来ないからな?」

 「それぐらいは分かるとも!…むしろ君の方こそよく知っていたな?」

 「共和国紳士のたしなみさ」

 「…で、本当のところは?」

 「自走して積み込んでいるところを見かけたので、質問してみた」

 「なるほど」

 

 確かに共和国海軍は優秀だった。

 ド・ルーゴが糾合した共和国軍の生き残り部隊と合わせれば、そして植民地マルジェリアに無事到着できれば、『自由共和国』の旗揚げも十二分に可能だっただろう。

 

 

 そう。

 

 帝国軍が非常識な速度で突っ込んでさえ来なければ。

 

 

 

 

 

 

 

≪敵騎直上! 急降下!!≫

 

 

 

◇◇◇

 

 ≪我々の任務は制空権の確保(・・・・・・)だ!エスカルゴどもを叩き落せ!!≫

 ≪≪了解!≫≫

 

 間に合った、のか?

 命令を出しながら、ターニャ・デグレチャフは首を傾げた。

 見たところ、共和国海軍の駆逐艦は既に湾外に出て隊列を組んでいる。その一方で大型船は多数残っている。この状態が何を示すのかがよくわからない彼女からすれば「間に合ったのだろうか?」と不安にならざるを得ない。これがツェツィーリエだったら『しめた!』と言っただろうが。

 

 一つだけ言えるのは、「空」では先手を取れた、ということ。

 見たところ、共和国軍の航空魔導師は基地から上がってきたと思しき1個大隊が陸の方から接近中。これには第2中隊を向かわせたところである。203からの選抜で、なおかつ高度はこちらが上という状況で彼らが負けるとは思えない。

 自分たち第一中隊はと言うと、艦隊上空で警戒していた2個中隊を海水浴にご案内しているところである。5月の海はまだ冷たいだろうが、その前に魂が抜けているので問題あるまい。

 そして今、セレブリャコーフ少尉が下から続々と上がってくる敵魔導師を発見した…。

 

 …ん?

 …下?

 

 「…セレブリャコーフ少尉。下というと?」

 「あ、はい。えー…。あっ、あの船です!あの船から敵魔導師が発進しています!!」

 「なんだと!?」

 

 船からの魔導師だと!?

 ターニャは戦慄した。

 帝国海軍とて魔導師の運用法を模索している最中だというのに、共和国の連中、いわば「魔導師の空母」を造りやがったのか!?そんなものを実戦配備されたら、軍事常識が変わってしまう!

 そう思った彼女だったが、その方向を見て自分の早合点を知る。

 

 「あれは客船か…。なるほど、お客さんとして魔導師を載せているわけか」

 「どうされますか?魔導師の火力は艦船攻撃には威力不足ですが…?」

 「それは軍艦相手のときだ。…行くぞ、第一中隊、我に続け!!」

 

 この時、幼女の耳には出撃前のとあるアドバイスが聞こえていた。

 『確かに軍艦の装甲を魔導師が抜くのは困難だが――』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『 船とて火災には弱い。民間船ならなおの事よく燃える。

端的に言おう。火を放て

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 「おお…神よ!!」

 ド・ルーゴは悲鳴を上げた。いや、彼だけではない。戦艦『ノルマンディー』艦橋から客船『ノルマンディー号』の惨状を目にした人間は、皆が皆悲鳴と嗚咽を漏らしていた。

 突然現れた帝国軍の魔導師。

 彼らは共和国側が十分な対応を取る前に、急降下して攻撃を加えたのだ。ちょうど船首を沖に向け、航行を開始した客船『ノルマンディー号』に。

 

 豪華客船『ノルマンディー号』。

 Compagnie Générale Transatlantique(カンパニー・ジェネラール・トランザトランティーク。邦訳すれば「大西洋横断総合会社」)の発注により1921年に起工され、翌年1922年に進水した、全長300メートル超の共和国が誇る世界最大の巨大客船であった。

 本次大戦が勃発しなければ、彼女は「洋上の宮殿」と謳われた華麗な内装と、平均で30ノットと言う快足を以て、『大西洋の女王』の称号をほしいままにしていたであろう。

 だがその高性能ゆえに軍に目を付けられ、昨年軍に徴用されて兵員輸送用となったことが本船の運命を決定づけた。

 

 

 いま、その洋上の宮殿は、その白く美しい船は、ド・ルーゴたちの目の前で真っ赤な炎に模様替えを遂げていた。しかも、よくよく見ればその炎の中から時折マッチ棒のようなものが燃えながら海面に転がり落ちているのが望見できた。その正体が何なのかは…考えたくもない。

 

 「…クルーエ中佐。『ノルマンディー号』にはどの部隊が?」

 「…陸軍第13歩兵連隊と第七魔導師団です。先ほど発進した魔導師以外は…まだ船内に…」

 その場にいる人間が全員うめき声をあげた。

 彼らの目には明らかだった。

 あれだけの火災に包まれた『ノルマンディー号』を救う手立てがないことは。

 「…ミュズリエ提督。ノルマンディー号に救命ボートと駆逐艦を差し向けてくれ。脱出者を収容せねばならん」

 それでも、生存者がいるかもしれないという一縷の望みにかけてド・ルーゴは命じなければならない。それがたとえ絶望的な願望だったとしても。

 「…承知しました。ただちに」

 命じる方も、命じられる方も分かってはいるのだ。

 可能性は限りなくゼロだと。

 滂沱と流れる涙をぬぐうこともせず、ド・ルーゴは命じる。

 「急げ!これ以上被害が出る前に脱出するのだ!!」

 「「「ハッ!」」」」

 

 このとき、彼らには希望があった。

 最初こそ混乱したが、よくよく見れば帝国軍魔導師はたったの2個中隊。対する此方は――練度に難のある新人が多いのがネックだが――魔導師3個大隊。十二分に勝てる数字であり、またノルマンディー号以外の船舶には被害のひの字すら出ていない。

おそらく、敵はこちらの魔導師との戦闘で手一杯なのだ。であるならば、今のうちにブレスト港を離脱せねばならない。

 

 「本艦はただいま離岸を完了。これより自力航行に移ります」

 「よろしい。…通信兵、艦隊全艦に下令。最大船速で本港を離脱、所定の集結地に向かえ!」

 「了解!」

 「艦長、速やかに洋上に出るぞ。委細は任せる」

 「了解。航海長、舵そのまま、黒15、両舷前進強速!」

 「舵そのまま、黒15、両舷前進強そーく!!」

 

 

 

 

 

 

 この時彼らは知らなかった。

 「悲劇」の幕は開ききってすらいなかったことを。

 

 

 

 

 




『まどろみの中でハタと気づく』
お風呂の中とか、オフトゥンの中とか素晴らしいアイディアが閃きませんか?
私は閃きます。そして机に向かう頃には雲散霧消しているのです(悲しみ

『論文書いてたら翌々日の夜が明けてた』…経験談(なお複数回)。かつ所属していたゼミのあるあるネタの一つ。今になってみればおかしい。さすが「〇内随一の変人の巣窟」と呼ばれる文学部歴史学科だけのことはあった。なおうちのゼミがその中でも別格上位だと言う指摘はこれを認めない。少なくとも私はまともだ(

『研究室の壁と床に資料』…同じく経験談もとい指導教官のお部屋(汚部屋と言ってはいけない。教官曰く「最も効率的な研究室と言いたまえよ」)。文字通り足の踏み場がなく、初めてお邪魔した時に「申し訳ございません、そちらに行くのに本を少々踏んでしまうのですが、お許しいただけませうか」と言上奉ったところ。
「大丈夫、そういう仕様だから」←
「まあ、君が忍者の末裔だと言うのなら止めはしないけどね」天井に張り付けと!?
「あ、その辺に土器埋まってるから気を付けて」発掘現場かっ!?

※思い出補正と文学的表現のため、若干の誇張が入っております。具体的には最後の一行(本当は、「キャリパーが埋まってるぽいから気を付けて」)

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