皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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週一更新だといったな?


あれは最終目標だ

意訳:年度末年度初めってなんでこうも忙しいの!?


困ったときの神頼み?そんなものはない!

数日後のことになる。

 

 

「ターニャ・デグレチャフ少尉。

貴官は協商連合軍との戦闘において、増援部隊到着まで敵魔導中隊を拘束。

満身創痍となりながらも奮戦し、撃破確実4、不明2の戦果を挙げ、敵魔導部隊の突破及び対砲兵攻撃を阻止した。その行動と勇気を讃え、銀翼突撃章をここに授与する。

帝国皇帝フリードリヒ・ヴィクトル・アーダベルベルト・フォン・プロイツフェルン。

代読、ツェツィーリエ…・フォン・プロイツフェルン。 

 

おめでとう」

 

 

 

厳かな雰囲気の中、ツェツィーリエ皇女がターニャの枕元に勲章を置く。

同僚や上官、病院関係者が口々に祝福する中、幼女は願う。

 

 

 

(…前線勤務だけは勘弁してくれ)

 

 

 

エースとは思えぬ、極めて自己保身にまみれたことを。

 

 

 

 

 

 

「先日はすまなかったな」

「いえ、畏れ多いことです」

 

受勲の後、何を思ったか皇女は人払いを命じた。

皆が出て行った後の第一声がこれである。

 

「…そう言ってもらえると助かる。皇太女ともなると周りが妙に気を使う上に、軽々に詫びも入れられん」

「は、はぁ…(その割にはすごい怒鳴ってた気がするが)」

「…何か妙なことを考えてはいないか?」

「めめ滅相もありません!!(鋭い!)」

皇女の妙な勘の鋭さに戦慄するターニャ。

 

「ところで少尉、聞いても良いかな?」

「はっ!小官にこたえられることならば何なりと」

「模範的な回答で結構。

そして、そのことが質問なのだよ」

 

「…はい?」

 

首をかしげるターニャ。

 

 

 

「君、本当に9歳児なのかい?」

 

またか。この質問にも慣れたものである。

 

「はい、殿下。配属されると毎回同じように言われます。孤児院育ちなので月日までは不確実ですが、年齢については間違いないかと」

「それは失礼した。すまんな、貴官の経歴は目を通していたんだが」

「はい、いいえ。よく聞かれますの――」

「だがそういう意味で聞いているのではない」

「――で…ぇ?」

 

 

 

そして皇女は嗤う。

 

 

 

「その理路整然とした物言い、士官学校首席卒とはいえ、とても9歳児のそれじゃない。

 

単刀直入に問おう。

 

『 君 の 中 身 は 何 者 だ ? 』 」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

気づけば真綿のベッドに寝かされていた。

 

気づけば大勢の人にかしづかれていた。

 

何不自由ない生活。

 

けれどもそこに自由はなかった。

 

欲しい物はなんでも手に入る。

でも本当に欲しいモノはそこにはない。

 

神童と褒めたたえる周囲の声。

だが常に『次の皇帝たるにふさわしい』と言う定冠詞が付く。

 

 

そうじゃない。

 

 

私は私だ。

 

生憎『前世』の名前は憶えていないが、今の私にはツェツィーリエという名前がある。

私は私だ。

『プロイツフェルンの最高傑作』

なんだそれは。

私は芸術品(マスターピース)じゃない。

 

性別が変わってしまったのは受け入れよう。どうしようもないことだ。

それに、15年もあったのだ。とっくに順応しているとも。

 

けれど。

 

けれど。

 

けれど!!

 

 

 

 

私はニンゲンだ!!

 

 

 

 

それに気づいたのは何年目のことだっただろう。

どれだけ頑張っても、「私」をみてくれる人はほとんどいない。

父たる皇帝すら――そもそも王室と言う家庭環境だから、一般家庭の親子関係とは異なって当然なのだけれども――、そういう物差しで私を見る。

 

二回目の人生なのだから、勉強ができるのは当たり前。

ましてや前世は学者なのだ。むしろ退屈ですらあった。

ちなみに帝国公用語…前世で言うところのドイツ語は前世で大体マスターしていた(研究に必要だった)。

まあ帝王学とかは前世では無縁だったので大いに楽しめたのだが、それを習うころには私の心は乾いていた。

 

 

自由はない。

 

私を分かってくれる人は殆どいない。

 

前世なんて言おうものなら幽閉必至。

 

嗚呼、どうしてこうなった。

 

 

まぁ、確かに。

一人娘と言うことで皇女の割には自由気ままにさせてもらったことは事実だし、感謝してもしきれないとは思っている。

前世知識もあり、好き勝手やっても成果を出すから大目に見てもらったことは認めよう。

 

だが、それもある種の現実逃避。

「私」を誰も見てくれないことからの。

 

 

そして私は士官学校に入った。

 

何故か。

 

正直に言おう。

私は――たとえそれが欺瞞だったとしても――、前世の学校生活に似たモノをやってみたかったのだ。魔導適正もあったことだし。

 

『 魔 導 』

 

この世界でこの技術の存在を知った時、私は神に感謝すらしたものだ。

確かに私は学者だったが、同時にそれなりのアニメ好きだった。

「魔法」と言うものには心躍らされたものである。

 

 

 

けれど、私の「魔導師」としての任官希望は却下された。

危険すぎるという理由で。

 

 

 

私は抗議した。ほかの候補生たちは良くて、なぜ私だけダメなのか?

軍規の前には平等であるべきだ。皇族だからと言って規律を乱す理由にはならない、と。

 

言ってもダメだろうとは分かっていた。

 

今の私はツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン。

帝国皇帝フリードリヒ・フォン・プロイツフェルンのたった一人の子供にして、皇太女。

 

戦争でも特に戦死率の高い航空魔導師になるなど、決して許されはしまい。

 

嗚呼、ここでも私は私の自由にはならない。

この身は『ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン』。

その保全は「私」の意志よりも優先される。

 

分かっているのだ。

学者だった私にも分かる。

帝政を敷くこの国において、その絶対的主権者、最高指導者、軍最高司令官たる『皇帝』は、危険にさらされてはならない。

指揮官が自ら銃を取る時点で、その戦争は負けなのだ。

至尊の座を継ぐ皇太女とて、同じである。

 

 

分かっている。

分かっているのだ。

けれどもこの時ほど、『感情』と言うものが憎らしく思えたことはない。

私が『ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルン』と言うロボットでいられたなら、こんな悲しみを味わうことはなかっただろうから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

『もっとも。【万一の時は必要!!】と押し切ったけどね』

『おい』

 

私の同情を返せ、とターニャは毒づいた。

日本語になった途端ぶっちゃけやがって、とも。

 

『しかし、私の時の最終研修は普通に後方だったのだが』

『そこは皇女に遠慮したんじゃないのか』

『やっぱりそうか…くそぅ、実弾ぶっぱしてみたかったのに』

『おいこら』

『そんなことはともかく』

『流すんじゃない』

 

ターニャの文句を意に介さず、少女は見事なカーテシーを披露する。

 

『改めて自己紹介をば。

ツェツィーリエ・フォン・プロイツフェルンだ。

前世の職業は歴史学者。そして今では帝国皇太女なんてのをやっている。

ようこそ同郷人よ。

同じ境遇のものとして、仲良くやっていこうじゃないか』

 

『ターニャ・デグレチャフだ。

前世ではサラリーマンをやっていた。今は御覧の通りの負傷兵。

此方こそよろしく頼む』

 

そして両者は握手を交わす。

 

これが本当の意味での二人の出会い。

そして「歴史の転換点」。

 

 

『…試みに問うが、前世での性別は?』

『…男だよ』

『…私もだ。お互い苦労したな…』

『ターニャ、それは違うぞ』

『ん?』

『お姫様、着替え、入浴、侍女。あとは察しろ』

『…なんと惨いことをしやがる存在X…!!!!』

 

ターニャは戦慄した。

 

 

◇◇◇

 

 

「本国の戦技教導隊、でありますか?」

「そうだ。貴官の次の配属先はそこになる」

 

およそ一か月後のことである。

傷が癒えたターニャに届けられた辞令。それは内地勤務を命じるものであり、願ってもない好機。

(…もしや皇女殿下のご利益か…?)

とはいえ、大げさに喜んでは評価が下がりそうだったので、返事を濁しつつ質問してみたところ、幼女を最前線に立たせるのはいかがなものかと言う――前線視察に来られたさるお方の…と濁されたので、皇女殿下のことだろうとターニャは合点した――声があり、新しい配属先での任務は新型宝珠のテストパイロットであるとのことであった。

 

 

 

ターニャは心の中で快哉を叫んだ。

 

素晴らしきかな安全な後方任務!!

 

やはり頼むべきは神なんぞじゃなく、現実の権力者(皇太女)だ!!

 

 

 

◇◇◇

 

 

なんて思ってた時期が、ターニャにもありました。

 

「これの! どこが!! 安全な後方勤務だぁあああああああああ!!!!!」

 

 

『エレニウム九五式』

 

 

それが、目下ターニャを殺しかけている試作機(欠陥品)の名前である。

 

「4基の演算宝珠核を同調させることで画期的高性能を実現する」

 

はずのそれはしかし、安定性に乏しいどころか、「あ」の字すらない、ハッキリ言って空飛ぶ爆弾。

ターニャはこれを「イタリアの赤い悪魔――OTO M35型手榴弾のこと。詳細は末尾――なみに不良品だ」と評したが、一応動きはする(動いてはいけない場面でもお構いなし)イタ赤の方がましな気もする。ピザおいしいし。

 

『テストフライトからの自爆』

 

がもはや日常の一部(ルーチンワーク)になった段階で、ターニャ少尉の堪忍袋の緒が切れた。

 

 

 

 

 

 

『皇女殿下ぁあああああああ!!!!!!!』

 

困ったときの(皇女)頼み。

その記念すべき(?)第一回はかくして始まった。

神頼みじゃないので問題なし。先ほど書き上げた上申書(こんな欠陥品予算の無駄です)とおなじ主体的行動なのだ!

 

『…君。電話機ってのはそんな大声でなくとも大丈夫なんだがね?

むしろ私の耳がキーンとなってるよ。キーンと』

『そんなことはどうでもいい!』

『えぇー…』

 

人にモノを頼む態度ではおよそなかった。

ただまあ、たった一人の同郷人相手であるし、なにより荒れてる理由に心当たりがあった(・・・・・・・・)ので、心優しい我らが皇女は笑って話を聞き始める。

 

『察するに、新型宝珠のテストがやばいって話だな?』

『話が早くて助かる。早くここから出して……!!』

 

ターニャの動きがぴたりと止まる。

それもそうだろう。

 

『……待て。な ぜ そ れ を 知 っ て い る  』

 

そう、おかしいのだ。

確かに皇帝は軍の最高指揮官であるが、個々の兵器の情報なんて把握しているわけがない――かのちょび髭伍長閣下は自軍の兵器データを覚えていて、技術者をあっと驚かせた逸話を多々持っているが、例外中の例外である――。

ましてや、皇女が試作機のテストなんて知っている方がおかしいのだ。

 

その意味するところは。

 

『…少尉。落ち着いて。落ち着いて聞いてほしい。

なんだったら、上等なコーヒー豆を好きなだけ進呈するから、どうか鎮まり給え。ほら、ヒッヒッフーだ』

『…ああ、落ち着いているとも。今の会話で貴様が本件に関わっている(ギルティ)と察せる程度には落ち着いているし、ライフルの残弾を数える程度には冷静だとも。

 

だから吐け。キリキリ吐け 』

 

『サーイエッサー!』

 

 

 

さて、ここの読者諸兄の中に「自分はミリオタです」と言い切れる人はいるだろうか?

少なくとも筆者はミリオタである。

具体的には重度のミリオタだった父親から英才教育――5歳児に大和のプラモを作らせる親がいるらしい――を受け、孫子からクラウゼウィッツまで読んでしまう程度にはミリオタである。

 

話を戻そう。

 

この皇女の中身もミリオタである。

前世ではそこから出発して戦前戦中を研究対象とする学者になってしまったのだから、その程度はかなりのもの。

 

そんなミリオタ皇女が、よく似た世界で、魔導技術に出会った結果何が起こったか。

 

 

 

 

 

「エンジン4つ縦置きとか浪漫だよね!!冷却があれだけど」

「魔導技術を応用すれば行けるんじゃない?え?飛行機用エンジンには使わない?

…そっかぁ…。残念」

 

「え?演算宝珠って、連結できるの…?。ほほぅ…」

 

 

 

 

 

 

『…貴様が元凶かぁああああああああ!!!!!!』

『ごめんなさぁぁぁいいいいいいいい!!!!!!』

 

 

 

 

幼女に土下座する皇女。(電話越し)

 

 

なんともレアな絵が出来上がったものである。

『よぉく分かった。爆裂か貫通か選ばせてやる…!』

『お許しくださいターニャ様!!それに結局2連結までのはずだったんです最近まで!!』

『…変更になった理由は?』

『…開発責任者がアレに替わったから』

『やっぱりかくそったれ!!!!!!!!』

『と、ともかく。なるべく早く転属できるようにそれとなく話しておくから、な?『なるべく早くぅ?』今週中には転属させます、サー!』

 

皇太女と一軍人の会話ではないどころか、上下が逆転してしまっている。

二人の会話が日本語で、かつ防音完備の私室での直通回線――勲章授与の時に、ツェツィーリエがターニャに教えていた――使用でなければ大問題になっていただろう。

 

『…全く。それと転属先は後方で頼む』

『あ、それ無理』

 

ブチッ

 

 

これ以降の通信はとてもとても書けたものじゃない(黒塗りになる)ので割愛するが、そのわずか数日後。

 

 

ターニャは九五式のテストを成功させた(呪われた)のであった。

 

 




2019/07/16改稿


文末脚注らしきもの

『イタリアの赤い悪魔=OTO M35型手榴弾』
イタリアの老舗軍事メーカー、オート・メラーラ社が開発した手榴弾。カラーリングが赤だったことと、その欠陥からそのように呼ばれる。

オート・メラーラ社の艦砲は現在、ライセンス品含め西側諸国の艦艇の多くに採用――海上自衛隊の護衛艦でも使ってる。艦首にある単装砲がそれ――されるほどの技術力があるのだが、なぜかこの手榴弾についてはおかしなことしかない。

①一般的な時限式発火ではなく、衝撃作動式。つまり目標に当たることで炸裂する。
これだけなら、変わった特徴に過ぎないのだが。ここからが問題。

②設計上の想定通りに安全装置が解除されないことが多い。(え)
③運良く解除されても、硬いものでないと炸裂しない。砂漠だとほぼアウト(あっ)
④イタリア軍はこれを北アフリカのリビアの砂漠で使ってた(…oh)
⑤でも安全装置は解除されてたりするので、蹴飛ばしたりするとBOM!!

…地雷かな?いいえ、手榴弾です。

ウィキペディア先生曰く
「そもそも動作が不確実で、 
更 に 製 造 上 の 不 良 品 が 多 く 質 が 安 定 し て い な か っ た 。 
(中略)味方に被害が及ぶことの多いこの手榴弾をイタリア軍将兵は次第に敬遠し、より安全性・信頼性の高いドイツ製手榴弾を使用することが多くなったとされる。外観からイギリス軍の将兵は赤い悪魔と呼んでいた。」



『エンジン4つ縦置き』
筆者がどこかで見て浪漫を感じた逸品(まて)
第二次大戦期、航空機は飛躍的な性能向上を達成したが、その中で産まれたアイディアの一つ。
翼に複数のエンジンを積むのは普通に行われたが、これはそれとは違い、同じエンジンナセルに「前から4つ縦置き」で搭載することで『同じ正面面積(空気抵抗)で出力4倍だ!やったぜ!!』と言う文字だけ見ればごもっともな発想である。

ただし、後方のエンジンが冷却できればの話。
つまり、『約束されたオーバーヒート』。

皇女の中の人は、はじめこの冷却効率の問題を魔導技術で解決できないかと思ったらしいが「4連」と言う響きに道を誤った模様。

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