皇女戦記   作:山本 奛

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・令和初日に間に合った!
・ヤマモトレイは文字で遊ぶことを覚えた!!
・デ「また妙な遊びを覚えたな…」



大西洋戦争(その2)

統一歴1925年7月14日

帝都ベルン 統合作戦本部・帝国最高指導会議合同会議

 

「――以上、『ライン演習』作戦は当初の目的を完遂したことをご報告いたします」

 

海軍次官からの報告に、場の面々からどよめきが上がる。

 

「水上艦での通商破壊、危ういと思っていたのですが…」

「恥ずかしながら、我々海軍も二の足を踏んでおりました。殿下直々のご命令でなければ、実施に移していなかったかと…」

「さすがは我らが皇女殿下」

「連合王国ご自慢の海軍も、殿下を前にしては赤子のようなもの――」

 

 

「慢心するな!!」

 

 

皇女の一喝に、場にいる面々は思わず飛び上がった。

 

「コホン…。失敬。

諸君に褒めてもらって光栄なのだが…。ただ、そもそも連合王国に出入りする商船が毎月何隻いるか、諸君は知っているかね?」

 

皇女の問いかけに、その場の全員が口をつぐんだ。

理由は単純。

想像がつかないのだ。

大陸国家たる帝国はその物流の多くを鉄道に依存しており、ライン河等での水運はあるが、島国たる連合王国のそれに比べれば微々たるものだろう。

そんな国で生まれ育った帝国軍人たる彼らにとって、皇女の問いかけは難問に過ぎた。

 

「では、専門家たる海軍次官殿。正解をどうぞ」

皇女のフリに苦笑しながら、海軍次官は答えた。

「試算ですが、毎月6,000から7,000隻ほど*1になります」

 

「…は?」

「ろく、せん…?」

「何かの間違いでは?」

 

あっけにとられる面々の様子に、上座の皇女殿下が思わず笑い始める。

「なんだなんだ、帝国の頭脳たる諸君がそんな顔をして。鳩が豆鉄砲を食らったようなとはこのことだな」

「で、殿下はこのことをご存じだったのですか…!?」

「まぁ、1万隻くらいは行くんじゃないかと思っていたよ」

さらりと言ってのける皇女殿下に、今度こそ場の面々は絶句した。

 

「あの国は島国なのだ。ありとあらゆる産業活動、経済活動、人の移動のすべてに船を必要とする。つまり海運はあの国の『生命活動そのもの』と言っていいだろう。

さて諸君、今回の『ライン演習』作戦で撃沈した商船の数は?」

「およそ30隻…」

「そう、そして出入で6,000だから、船数は3,000としよう。全滅まで行かなくとも半分も無くなれば継戦困難として1,500隻。つまり今回と同等の襲撃を50回も成功させればこの戦争は勝ちだな。

 

  …出来ると思うかね? 」

 

 

―― 無理だ ――

 

全員の心が一つになった。なにせ今回の襲撃は『大成功』。潜水艦による襲撃が連合王国の『船団護衛方式』で頭打ちになっていた時に舞い降りた福音だったのだ。

それと同等のものを50回?不可能なのは目に見えている。

 

「ついでに言うと…どこにあったかな。ああ、これだこれ」

 

議長席の後ろの馬鹿でかい本棚――中身含めてツェツィーリエが持ち込んだ私物――から、ツェツィーリエは何やら分厚い本を取り出す。

 

「えーっと。…ああ、ここだ。

諸君、やや古いデータだが1900年の連合王国の造船量は144万総トン。…改めて見ると凄いな。全世界の造船量の6割があの国なのか…*2

さて海軍次官、『ライン演習』含めたところで、現時点で何トン沈めたのだったかな?」

「…合せて20万総トン程度かと」

 

連合王国の参戦後、実質2か月でそれである。

つまり、年ベースに換算すると120万総トン。

 

「…沈めても補充されるという事ではありませんか!?」

「まあ、そうなるな」

「殿下、笑いごとではありませんぞ!」

「そういきり立つなルーデルドルフ。補充できているとはいえ、いわば『出血以上の輸血で持たせている』のだから、いずれ輸血限界に到達する」

 

だが、と皇女は続ける。

 

「諸君の言うとおり、短期的には沈めた分だけ補充されているのも事実。しかも合州国に発注していればこの数はさらに跳ね上がる。

ゆえに通商破壊だけで連合王国の戦争継続能力を喪失させるのは短期的には不可能ということだ。根競べになるぞ」

「…手はないのですか?」

「あるにはある」

「それは?」

「無警告、無差別の『無制限通商破壊戦』だ。

すなわち航行している船を見かけたら即時撃沈する。こうすれば臨検やらの手間が省け、潜水艦は浮上することなく効率的に撃沈できるだろう。

 

…だが、これは危険過ぎる賭けだ」

 

「何故です?連合王国の戦闘能力を削げるではありませんか?」

「…海軍次官、説明を」

 

 

「戦時国際法をダース単位で破ることになります」

海軍次官の回答は端的かつ明快であった。

 

 

「そもそも戦時国際法は通商破壊戦を想定しておりません。

わが海軍は通商破壊戦を対連合王国戦の切り札と考え、戦前より法解釈を検討した結果『期日と海域を事前に宣言する』ことで国際法の穴をついておりますが、これ自体危ういところがあります。

このうえ船籍確認、臨検、退船もなしの即時撃沈となりますと…」

「しかも船籍確認を無くす、あるいは簡略化するとなると中立国船の撃沈が避けられない。

今でさえ連合王国籍の船に便乗していた人間の母国から抗議が届いておるのだ。このうえ合州国船でも沈めた日には何が起こるか、想像したくもない」

 

そして皇女は続けた。

 

「結局のところ、今回は『奇襲』になったから上手くいったが、水上艦による通商破壊戦も連合王国の対策で長続きはすまい」

「…ライプツィヒ級を以てしても、ですか?」

「賭けても良いが、そのうち護衛船団に戦艦を組み込むだろうからな」

 

 実際、史実ではやっている。

 

「まさか!戦艦ですぞ!?商船護衛に戦艦を駆り出すなど…」

「言っただろう、あの国の『生命活動そのもの』だと。ありえないと言い切れるかね?」

「……」

 

「そうなった場合、従来通りの地味で地道な潜水艦による制限付き通商破壊を続けるか、合州国の参戦覚悟で無制限通商破壊戦を断行するか、二つに一つだな。

千日手に突入するか、ハイリスクハイリターンを取るかになる」

 

「「「………」」」

その場の全員が沈黙した。

あの『新大陸の化け物』がどれほど危険なのか、この場にいる人間は重々承知している。そして国民レベルはともかく、「大統領」は連合王国よりなのも。

 

「個人的にはハイリスクはごめん被る。

あるいは以前、陸軍で検討していた連合王国上陸作戦、空軍が実施した連合王国本土空襲作戦という手もあるが…。それぞれ担当者から状況説明を」

 

「では、陸軍の連合王国上陸作戦からご説明いたします」

ルーデルドルフが言った。

 

「結論から申し上げて、少なくとも本年中の実施は不可能です。

そもそも我が陸軍の装備、兵員、輸送能力は『内線戦略』に最適化されており、フランソワ共和国への侵攻の時点で鉄道部門、輸送部門には無理をさせました。

これがドードーバード海峡を越え、連合王国本土内での作戦行動となりますと…、小官はもはや、軍事行動が継続できるかさえ保証できません」

「ドードーバード海峡はかなり狭いと聞きます。先のノルデン戦役でのオースフィヨルド上陸作戦同様に実施できないのですか?」

 

政府閣僚の一人からの問いかけに、ゼートゥーアが首を横に振る。

 

「あれは協商連合海軍が脆弱だったからこそ可能となったものです。

連合王国相手となれば、かの国が誇る強力な『女王陛下の海軍』を撃破ないしドードーバード海峡から遠ざける必要があります。それも連合王国が白旗をあげるまで、です」

「その点、海軍の意見を」

 

「まことに残念ながら、不可能と言わざるをえません」

先ほどまでと打って変わって、海軍次官の声色は悲壮感に包まれていた。

 

「わが海軍の総力を結集しても、連合王国艦隊に対しては劣勢を免れえません。

収集した情報によれば、かの国の海軍は戦艦に限っただけでも戦艦40隻、巡洋戦艦12隻の計52隻を有し、または建造中です。それ以下の艦艇は無尽蔵と言ってよいでしょう。

対するわが海軍は戦艦14隻、巡洋戦艦6隻の計20隻*3に過ぎません。

現在建造中のライプツィヒ級、プリンツ・オイゲン級は既存戦艦にも一定程度対応可能ですが、それとて限度があります。

よって現状、連合王国海軍の撃滅は困難であると申し上げざるをえません。

その状態でドードーバード海峡付近の制海権を確保し続け、連合王国海軍の接近を排除するのは不可能です。

…一応、殿下に戴いたスケッチをもとに『新型戦艦』の設計は進めているのですが…」

「なに!?」

「それを早く言ってくれたまえ!」

「そうとも!それを建造すれば万事解決ではないか!!」

 

 

 

 

 

「…それがその、性能は世界一と言ってよいのですが…。

 …建造用ドックを造るところから始める必要がありまして……」

「たぶん諸々込みで10年くらいかかるとなったのでな、取りやめた」

「…でしょうな」

 

列席者の目が遠くを見るそれに変わる。

ここにいる人間の多くは二か月前の『ライプツィヒ』のお披露目に参加しており、それが「皇女殿下の凝り性」の結果、設計から起工までに9年を要したことも承知していた。

 

ちなみに、件の新型戦艦の要目は以下の通り。

 

プラン『H-406』

全長:約280m

排水量(基準/満載):約63,000t/約71,000t

主砲:50口径40.6センチ3連装砲4基12門(新規開発が必要)

高角砲:72口径8.8センチ連装高角砲16基32門(両用砲として使用)

機関砲:多数

魔導師運用能力:2~3個増強大隊運用可

最大速力:27~28ノット

舷側装甲厚:(最大)400㎜

水平装甲厚:(最大)60㎜+180㎜

ハッキリ言って20年以上時代を先取りしたオーパーツであり、『ライプツィヒ』のときは頑張った技術局の第一声が、「堪忍してつかぁさい」だったほど。

ツェツィーリエとしても「駆逐艦や軽巡なら一人で大体の図面引けるけど―― その時点でおかしいと技術局の技師が指摘したが無視された ――、戦艦ともなるともうむーりぃ」とのことで、設計はほとんど進まなかった。

 

 

「まぁ射程だけなら『プリンツ・オイゲン』級(射程33キロ)で何とかなるし、量産性もそちらの方がはるかに良いから、大戦中はそれで行くしかあるまい…。

…さて、最後に空軍の方から報告を」

微妙な空気に包まれる中、咳払いでごまかしながら皇女が水を向ける。

 

だが――。

 

「空軍も状況は似たようなものです。恥ずかしながら、空軍の戦略爆撃機SB-1ですが…

 

稼働率…つまり動かせる機体が部隊定数の6割ほどまで低下しておりまして」

 

 

 

「「「「はぁああああああ!!!???」」」」

 

 

 

統合作戦本部は怒号に包まれた。

「どういう事ですか空軍次官殿!?」

「迎撃不可能な超高高度爆撃機だったのでは!?」

「それが半分しか残ってないとはどういうことなのですか!?」

 

「損耗率と整備率の両方が問題なのです!」

 

思わず叫んだ空軍次官によれば――

 

そもそも、SB-1はその高性能を実現するため、「職人技」がそこそこ使われている。

これは1918年制定の『武器規格統一令』の趣旨に反しているが、SB-1については『この性能の戦略爆撃機は絶対に必要であり、その実現のためやむを得ない』ということで特例として許されていた。

無論、可能な限り職人技を減らすこととされていたが、それでもやはりこの時代としては「オーパーツ」な機体性能を実現する以上、完全な規格化、合理化、機械化は不可能となってしまったのである。

 

当然、生産速度も遅いし、単価もかなり高い。

そして整備にも手間のかかる飛行機となってしまったのである。必要とされる性能達成のためには仕方のないことではあったが…。

また、機体相互の部品互換性にも若干「あやしい」部分があり、熟練の整備士が機体ごとに細かく調整する部分が多く存在した。

 

 

「整備と補充の難しさは承知した。しかし損耗率というのは?迎撃不可能ではないのかね?」

「ええ、仕様上はそうだったのですが…」

だが、ここでもう一つの『早すぎたが故の欠陥』が存在した。

 

 

 

超高高度用爆撃「照準器」が無いのだ。

…いや、正確には試作には成功しているのだ。

 

 

 

肝心のSB-1に搭載できない大きさの、飛行機本体とほぼ同額の代物を成功と呼べれば、の話だが。

 

 

 

そもそも、高高度からでは目的地点を見定めることすら困難を極める。

必然、高高度からの爆撃は「まず当たらない」。

よしんば高性能な照準器が開発できていたとしても、風に流されるので精密爆撃は不可能である。

これの解決方法は「誘導弾」にするか、「とにかく大量に降らせる」(米帝方式)しかない。

そして、その両方とも持ちえない統一歴1920年代の帝国空軍が取れる方法はただ一つ。

 

 

―― 降下して、低高度から爆撃する ――

 

 

「さすがに協商連合、共和国と使えば悟られても仕方ないか…。そのタイミングを狙われたわけだな?」

「おっしゃる通りです。連合王国空軍は目標地点手前で我々が降下するのを待ち受けておりました。更に新型高射砲を投入したようで、数も少なく被害こそありませんが、こちらの巡航高度まで届くモノが現れております」

「…必要は発明の母という訳か」

 

そもそもSB-1の原型初号機は、統一歴1923年10月ごろにはレヒリン航空技術センターで飛行テストを行っている。この情報が連合王国諜報部に届けられたのは同年末のこと。

当初、そのあまりの高性能に連合王国はこの情報を戦場伝説の一つとして放置した。

だが、1924年のクリスマスにそれが事実だと判明し、大急ぎで対策を練ったのである。

 

そして、それから半年余り。

連合王国はSB-1の弱点を知り、適切に対処し始めたのである。

 

「…ちなみに『海上での機体放棄』は徹底しているな?」

「可能な限りは…。ただ、操縦不能になった何機かが連合王国の地上に…」

「やはりそうなるか。…だが、不味いな…」

「…操縦不能になるレベルですので、回収できる可能性は低いかと…。

無論、先月からは投弾高度18,000フィート以上を徹底し、被撃墜は皆無です。

ただ、その高度ではもはや狙っての投下は不可能であります」

「だろうな…。いや、機体鹵獲を防ぐのが最優先だ。それでいい」

「ハッ。面目次第もございません」

 

 

 

いまや、統合作戦本部はお通夜のような状況である。

それも仕方あるまい。通商破壊作戦が大成功だと思った矢先、悪いニュースが立て続けに届いたのだから。

 

だが、皇女は笑う。

笑って部下を鼓舞する。

 

「諸君、悲観になりすぎではないかね?ライン戦線当初のころも似たような状況だったろうに」

「「!」」

「最近勝ち戦続きで逆境に弱くなったんじゃないか?まったく、その程度で悲壮感を漂わせるとは、帝国軍の精華を謳われる精鋭集団の名が泣くぞ?」

「そのようなことは!」

「断じてありませぬ!」

「…そうか。ならばやるべきことは分かっているな?

帝国は各員に一層の奮励努力を期待する。以上!」

 

「「「「「「ハッ!!」」」」」」

 

皇女の檄に、その場の全員が最敬礼で以て応える。

 

 

 

時に、統一歴1925年7月14日。

ツェツィーリエの答礼は、窓からの日差しに照らされて、燦然と輝いて見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところで諸君。

 

 ――さっき廊下に葉巻のヘッドが落ちていたんだが?」

 

「「「「「「((((((ギクゥ!))))))」」」」」」

 

 

*1
鳥巣建之助2006『回想の潜水艦戦~Uボートから回天特攻まで~』36ページより。孫引きになりますが、底本はチャーチルの回顧録のようなのでそこまで間違ってないと思います

*2
(財)海事産業研究所平成14年「20世紀における世界造船業の趨勢に関する分析と研究―欧・日造船産業の発展と衰退の要因分析―(中間報告)」19ページ~21ページより。ちなみに同時代の日本の造船量は5千総トン…すくなっ!?そして米帝は1919年には建造500万総トンに到達。チートェ…

*3
(株)学習研究社『歴史群像太平洋戦史シリーズ41巻 世界の戦艦』98ページより。なお、帝国の戦艦はライプツィヒ級や機甲師団に予算を取られ、史実より6隻ほど減っている(オイ




◇◇
と、いう訳で「皇女殿下も頑張ってるけど、連合王国はそれ以上に化け物です」と言うお話でした。あと、先進技術故の無理も出ています。
ちなみに史実ドイツ帝国は1917年以降「無制限潜水艦作戦」を行い、「毎月」56万~104万総トン沈めていますが負けました(白目
まあ英国もかなりぎりぎりだったようですが。それでも船舶保有率が戦前の4割以下になっても頑張った模様。つまりツェツィーリエの見積もりでも甘い(白目
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