皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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協商連合に甘いと思ったでしょ?
裏があるんです、裏が。


ルーシー連邦
閑話 さらなる戦争へ


『協商連合』

正式には『レガドニア協商連合』というこの国は、先だっての対帝国戦で敗北した。

首都にまで攻め込まれ、城下の盟を結ばされると―― 自国の人間からも ――思われていたこの国だったが、蓋を開けてみれば予想以上の好条件での「講和」。

 

国境線は従来のまま。

賠償金も帝国軍の基地、港湾使用料と相殺という形で実質無し。

しかも帝国側に立っての参戦は求められず、「中立国」を宣言することを許された。

 

 

『 協商連合は残ったのだ 』

 

 

そう思った人々だが、それから約1年が過ぎた頃に気づく。

 

 

『 帝国は甘くなかった 』と。

 

 

まず結果から述べよう。

協商連合の工業生産は一部を除いて「戦後に」壊滅的な打撃を受けた。

 

理由は帝国との間に結ばされた「貿易協定」。

 

「相互の関税を撤廃し、かつ変更する場合は双方の合意を必要とする」と言う自由貿易協定の先駆ともいえる協定だったが、この時ばかりは協商連合側に極めて不利に作用した。

 

何しろ帝国の工業製品は、規格化と大量生産を実現しているから安いのだ。

そして協商連合は戦争からの復興のために大量の工業製品を必要としていた。

特に鉄道用のレールはいの一番に必要な資材だった。これが無ければ物流が始まらないのである。道路?自動車がないと意味がないでしょう?

 

 

「需要があり、低価格の製品がある」

 

 

何が起こるかは自明であった。

協商連合産は駆逐され、帝国産がシェアの大部分を占めた。

これにより、ただでさえ戦災による打撃を被っていた協商連合国の工業は「一部を除いて」壊滅状態に陥った。この成り行きを目にして、協商連合の経済人が言った言葉が事実を端的に表している。

 

 

 

『 帝国との戦争は終わっていなかった。 我が国の工業は、今まさに帝国の手にかかり断末魔の悲鳴をあげている 』

 

 

 

太刀打ちしようにも自国の産業は工場を建て直すことから必要な状態であり、そしてその資材は安くて高品質の帝国産しか選択肢がないのだ。

何故なら連合王国からの輸入はまず届かない―― 帝国軍の臨検を突破するのがほぼ不可能 ――し、合州国からだと輸送コストが嵩むため、帝国産に価格で勝てないのである。

ルーシー連邦産?ああ、うん、あれはねぇ…。

 

一応、協商連合から帝国向けには帝国国内で作り手が―― 兵隊か工場に取られて ――減りつつある『農産品』『食料品』を安く輸出しているが、帝国からもたらされる工業製品の額の方が大きかった。

 

いとも堂々たる『 貿易赤字 』である。

 

しかもこの赤字は帝国からの輸入品に関税をかけない限りは終わらない。

だが、「関税の変更には両国の合意が必要」。

戦争に敗れ、軍隊が壊滅状態の協商連合に協定内容の変更を言い出せるわけもなかった。

 

 

 

『廉価な中国製品が入ってきたとき日本国内で起こったことを人為的に再現したまでだよ。しかも競争相手(連合王国)は物理的にシャットアウトできる。ふふ、最高だねえ』

『…まさか、各地の主要な港に帝国海軍の基地を設置したのは…!』

『大海原で探し回るより、目的地付近で張ってた方が確実でしょう?』

『…鬼か』

 

 

 

 

無論、「生かさぬよう」だけでは協商連合の経済が破綻し、破れかぶれに再戦を挑んできかねない。だから「殺さぬよう」栄養を与えることにした。

 

 

それが『機関銃の製造』。

 

 

いやいやおかしいでしょう。

そう思われる読者の方もおられるだろう。

折角殺した協商連合の鋼業が生き返るじゃないか、と。しかしそうではないのだ。

分かりやすくするために擬人化するとこうなる。

 

 

帝国『大砲と戦車もっと作りたいから、機関銃は外注しよう』

帝『人件費安いし関税もないし、技術力もあるボフォース※さんお願いします』

※協商連合軍御用達の老舗兵器メーカー。創業統一歴1640年

 

ボフォース『うっひょおおおおお!!協商連合はんの引き合い少のうなって困っとったんや!!ええでええで、金さえくれるんならいくらでも造りまっせ。良い具合に仰山失業者おるで、安う雇って造らせまひょ』

 

失業者A『工場潰れて困っとったんや!行きます行きます!!』

失業者B『わても軍の動員解除で無一文や。安うでええから雇うてくれ!』

失業者C『俺も俺も!』

 

協商連合政府『うーん…帝国軍の兵器造るのは業腹やけど、雇用も生まれるからしゃーなし……。ま、もとは帝国の金やし、ええか』

 

ボ『さて次は材料の発注、それにこれだけの注文や。工場も拡大せんと』

ボ『…って、なんやこれ!ご近所さんみんな潰れてしもとるやん!』

ボ『こっちは生き残ってるけど量を確保出来ひん…。連合王国産はまず無理やし、合州国んは輸送コストがなぁ…。どないしよ…』 

 

帝国鋼材メーカー『安い鋼材、仰山ありまっせ』

 

ボ『お、えぇところに。で、おいくら?』

鋼『こんなもんでどうでっしゃろ?』

ボ『買った!』

 

協『…あっ』

 

鋼『儲かったお金で設備投資して鋼材増産しまひょ。造った分だけ売れる、良い時代になったもんや』

鋼『そういや、協商連合では鉄鉱石が取れるらしいな…』

帝『ふむ、ならば進出を後押ししよう』

 

帝『と、いう訳で採掘権頂戴♪ お金は払うから』

協『ぐぬぬ…。金がないのは辛いでぇ…』

帝『で、くれるの?くれないの?』(財布引っ込めつつ)

協『…くっ!もってけドロボー!! あ、採掘業者の納税義務は忘れんといてや!!』(せめてもの抵抗)

帝『分かってる分かってる』

 

帝『ハイ許可証。その代わりどんどん鋼材造ってね』

鋼『イエッサー!!ようし、なじみの採掘業者送り込むで』

採掘業者(帝国資本)『よし来た!さあ安い給料で協商連合人働かせるでー!』

 

協『…こ、雇用は生まれたから』(震え声)

採『掘れば掘るだけ売れる。良い(後略)』

鋼『サァどんどん鋼材造って売るでー』

 

帝『あ、そうそう。当然だけど儲かった分、税金と国債をよろしくね♪ あと、うちの軍需用の鋼材はキープしてね』

鋼『も、勿論でさぁお代官様』

 

 

 

 

 

『人件費や設備投資は協商連合に落ちるけど、それなりの金額が帝国に還流する。ソースは日本の政府開発援助』

『…あれか。受注するのは日本のゼネコンだから結局還流するっていう』

『先人の知恵は偉大だねえ』

『躊躇いもなく実行する貴様も大概だぞ…』

 

 

無論、この現状に不満を持つ協商連合の人間は少なくなかった。

だが、現実問題として金がないのだ。

資本主義経済においては、なんだかんだ言っても「金のある人間が強い」のである。

 

 

 

~ 嘆かわしいことだ。心ではなく金で人を動かすとは ~

~ 「歴史には理屈では説明できない、人の感情が介在する」と言っていたので期待していたのだが… ~

 

~ やはりあの娘も道理を知らぬか… ~

 

 

 

さらに、不満に思ったところでそれを政策に反映できる『対帝国強硬派』が殆どいなくなっていたという現実がある。

 

そういう人間は先の帝国戦の大敗で政治生命を失い、多くは国外に脱出した。

何故なら、講和条約の内容が明らかになるまで協商連合は滅ぼされるとみられていたから、当然戦争のきっかけとなった「越境」、これを指示した当時の政権幹部がギロチンにかけられるのも当然だと思われていた。

中には覚悟を決め、祖国を見捨てることは出来ないと残留した気概のある人物もいたが、かなりの数が帝国軍に港湾を抑えられるまでに連合王国や合州国に脱出した。

 

 

そして、その多くが祖国に帰れずにいた。

 

 

「今の協商連合は帝国の傀儡に成り下がった」と言う思い、「協商連合の現在の状況は貴様らの無謀な越境が生み出したのだ」と非難されることへの恐怖が彼らに二の足を踏ませた。

対帝国強硬論を唱えていた政財界の大物ほどその傾向が強い。

軍人の家族は戻るものと戻らないものに分かれた。

祖国への思いはあるが、合州国で収入を得ていた人間の中には協商連合の失業状況を知らされて戻らず、逆に「元」軍人となった夫を呼び寄せることすらあった。

 

では、軍人であった夫が帝国との戦争で戦死し、妻の実家である合州国に渡った例などは?

 

これもまた協商連合には戻らず、寡婦は実家の縁で働き、娘は帝国への復仇の念に囚われるのであった…。

 

~ なるほど、あれらとは真逆の存在といえよう ~

~ 娘よ、あの悪魔を打ち滅ぼすのだ ~

 

 

◇◇◇

 

合州国 首都

大統領官邸

 

「義勇軍か」

「はい。先月大統領から諮問のあった『国民の支持を損ねることなく、連合王国に今以上の支援を行う方法』としてはそれが最適かと。連合王国としてもそれが望ましいとのことです」

 

陸軍長官の答申に、大統領は満足そうにうなずいた。

 

「よろしい。ではその方向で進めてくれたまえ」

「…大統領、本当によろしいのですか?現時点でも『レンドリース』で相当な支援を行っております。これ以上の支援は帝国をいたずらに刺激するのではないかとの報道が…」

「副大統領は心配性だな。そもそも彼らには大西洋を越えて我が国を攻撃する手段も、その余裕もないのだ。不満に思ったところでなにも出来まいよ」

「それはそうですが…」

「無論、君の心配もごもっともだ。だから義勇軍の派遣は段階的に、かつ最初は激戦地を避けて行われることとなる」

「ほぅ。それはどこなのです?」

副大統領の問いかけに、大統領は答える

 

「モスコーだよ」

 

「モスコー…ルーシー連邦の首都モスコーですか!?」

「ほかにどのモスコーがあるのだね?」

「そういう訳では。しかし、連合王国支援のための義勇軍の派遣先がルーシー連邦とはどういう訳なのです?」

「それはだね――」

 

 

 

 

この決定の裏には合州国と連合王国の利害の一致があった。

 

まず、連合王国は『大改装』のためにドック入りした戦艦群に配属されていた海兵魔導師を本土防空部隊に回すことで本土防空の任に当たる航空魔導師の増強に成功した。

戦艦の大改装ともなると年単位の時間がかかる。つまりそれだけの期間、魔導師は陸上に配置されることになるのだ。

結果、合州国に求めた当初ほどの魔導師需要が無くなっていた。

このため、連合王国が再検討したところ、ある重大な事実が発覚した。

 

『…おい、連邦の魔導師全員粛清されてるじゃねーか!?』

 

これは、かの国が『唯物論』と『科学』、『論理』を重視するあまり、宗教や非科学的なものを徹底的に排除したがために起こった事態であった。

彼らに言わせれば「宗教はアヘン」であり、「迷信は科学によって淘汰される」ものであったから、旧体制の下で軍務に就いていた魔導師はまさに駆逐対象だった。

魔導師たちは『ラーゲリ』に送られ、過酷な労働やシルドベリアの木の本数を数える作業に従事させられ、日に日にその数を減らしていたのである。

 

これを知った連合王国は危惧した。

「連邦が雪解けとともに参戦するのは既定路線だが、このままでは帝国軍魔導師に対抗できないのではないか?」と。

 

連邦曰く「魔導師なんて向背定かならぬ過去の遺物に頼る必要は無い。我が国が誇る航空技術、戦闘機や爆撃機で十分に事足りる」との事だったが、連合王国は全く、露ほども、これっぽっちも信用していなかった。

…だってお宅の戦車、ハンマーでギア入れるんでしょ? と。

 

 

ここに「連邦に魔導師を送り込みたい、出来れば自国の魔導師以外を」と望む連合王国、「義勇軍を送るにしても国内世論を刺激したくないので、最初から激戦地は勘弁願いたい」合州国は利害の一致を見た。

両国は魔導師の入国を渋る連邦を『悪しき帝国に対抗する諸民族の団結の象徴』と言う名目で説き伏せ、義勇軍魔導師のモスコー配備を確約させたのである。

 

連合王国としては「帝国お得意の首脳部直撃なんてされたら目も当てられない」からであり、連邦としては「モスコーならば政治委員や秘密警察の目が隅々まで行き届くから変な真似はされまい」という判断があった。

 

 

 

 

 

 

「――と、いう訳で記念すべき最初の義勇軍はモスコーに降り立つ」

「なるほど、しかし大西洋を越えるのが骨ですな。我が国は中立国とは言え、武装した兵士の輸送は帝国と言えど(・・・・・・)許しはしないでしょうし…」

 

副大統領の言葉の裏には、当時の北大西洋をめぐる『奇妙な抜け穴』の存在があった。

 

 

なんと、このとき合州国と協商連合との海上交通路は健在だったのだ。

 

 

理由は単純、「合州国も協商連合も『中立を宣言している』国だから」。

中立国である以上、連合王国の「対帝国海上封鎖」の対象外となる。

そもそも合州国は常に『マーケット』を求める習性がある。それが帝国だろうが協商連合だろうが連合王国であろうが、売れる相手に売るのが商売の基本であり、合州国資本家たちの行動原理なのだった。

 

 

しかも、戦時国際法には「敵対国家の軍隊が駐留している中立国」という想定がない。

それはそうだ。皇女殿下が西暦世界から模倣したやり方なのだから、この時点では協商連合国しか該当がない。共和国北部にも帝国軍はいるが、あそこは『帝国の占領地』と明記されている。

 

連合王国は悩んだ。

このどこにも類例がない状態の国家に対して、海上封鎖が許されるのだろうか、と。

 

連合王国が悩んでいる間に、合州国の資本家たちは商品を協商連合に売り始めた。

ただでさえ戦前の大口ユーザーである帝国や共和国からの注文が減っているのだ。協商連合が買うと言うならば売るのである。

たとえそれが「敗戦国の割に支払いが良い」「明らかに協商連合の経済規模からして注文量が多すぎる」としても契約が成立している以上関係ないのだ。

 

 

本当の発注者(帝国)」が別にいようが、合州国の資本家たちは「知らない」(本当は知っているけど)のだから。

 

 

 

連合王国の苦悩は増した。

なにしろ今の時点で合州国から『レンドリース』による武器援助を受けているうえ、出来れば対帝国戦に参加してもらいたい立場なのだ。

その合州国の世論を担う資本家たちの機嫌を損ねる事態は避けたい。

 

…結局、連合王国は協商連合に向かう合州国船舶、合州国に向かう協商連合船舶への臨検を行い、「明らかに帝国向けの武器弾薬」はともかく、「協商連合国に輸出するトラック」や「協商連合国の病院が発注した医薬品」には手出ししないことを決めた。

 

 

たとえそれが帝国に転売されているとしても、証拠がない以上どうしようもなかった。

さらに帝国にエージェントを送り込む『穴』に利用できるという考えもあった。

 

 

帝国としてはどう考えていたのか?

 

端的に言おう、『大歓迎』である。

 

なにせ協商連合を経由することで「連合王国の海上封鎖に風穴があく」のだ。

戦前に比べれば狭く細い道だったとしても、その道の先が世界一の工業生産国に繋がっているのは間違いがない。

ゆえに、帝国軍は連合王国船籍には蛮行を繰り返す一方、合州国船籍に対しては「遠路はるばるやってきた客人を迎え入れる」が如く丁重に扱った。一応の臨検こそ行ったものの積荷の没収等は行わなかったのである。

 

 

結果として、これ以降帝国軍で撮影された写真にはやたらとフォードのトラックが写り込むようになる。

 

合州国の商売人は「協商連合の商社に売っただけ」であり、協商連合国商社も「他社から購入の打診があったので売っただけ」である。何も問題はない。

 

 

『…まさかこれも計算のうちとか言うんじゃないだろうな?』

『流石にね。途中で気づいてからは積極的に利用してるけど』

『まあ、そうだろうな。…しかし連合王国の工作員はどうするのだ?』

『一応国境警備隊、税関に対し出入国管理を厳格に行うようにとの通達は出したが…。まあ、仕方あるまい。どうせ他にもいろいろルートはあるだろうし…。

 それにターニャ、君は一つ忘れているよ』

『ん?』

 

 

 

 

 

『彼方から送れるってことは、此方からも送れるんだよ』

 

『…うん、貴様ならそうだろうな。心配して損した』

『心配してくれてもいいんだよ?』

『誰がするか!』 

 

 

 

 

ともかく、そういう訳で合州国から協商連合に「武器以外」を送るのは意外に容易なのであった。

とは言え、副大統領の言うとおり軍人ともなるとそうはいかない。

 

「君の言うとおり、大西洋からは送れない。ならば答えは単純だ」

「…!太平洋航路、その手がありましたな!」

 

副大統領がとっさに思いつかなかったのも無理はない。

何せこの航路、長きにわたる連邦と秋津洲皇国の戦争状態により「夏の間」しか機能していなかったのだ。

冬になるとサハリン以北の海は凍り付くから、秋津洲海に入ってウラジヴォストークに入るしかなく、皇国と連邦の緊張状態の恒常化以降、民間船にはリスクが高すぎる航路となっていたのである。

 

 

だが、先日ついに成立した両国の講和条約。

これにより、合州国西海岸から太平洋を経て、ウラジヴォストークに入るルートが確保された。

 

「あとはシルドベリア鉄道に乗ってモスコーに行けばよい。帝国の妨害も不可能な安全なルートと言えるだろう」

「…秋津洲が嫌がりはしませんか?」

「無論、抜かりはないさ。すでに秋津洲に話は付けている」

「そういう事でしたら、私も反対しません」

「分かってくれてうれしいよ副大統領。君ほどの慎重な男がオーケーを出してくれる時点で、この計画は成功と言えるだろう」

 

 

 

大統領は上機嫌に笑った。

時に、統一歴1926年1月下旬。

 

 

「その時」は刻一刻と迫りつつあった…。

 




◇◇
筆者歴史学科なので、経済のことはずぶの素人です。
故に突っ込みどころ満載かと思いますが許してくださいなんでも島風!

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