皇女戦記   作:山本 奛

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オール丙は気楽でよい


ティゲンホーフへ

統一歴1926年4月7日

統合作戦本部

 

「東部軍の状況は?」

「遅滞戦闘を継続中。数日中に『予定線』まで後退する予定です」

 

 

【挿絵表示】

 

 

予定通り(・・・・)か…。ゼートゥーア、貴様はどう思う?」

「同意する。味方の損耗は予想より少ないくらいだ」

「ふむ…。レルゲン中佐、率直な感想で良い。東部軍は難戦していたか?」

「はい。いいえ、東部軍は計画的かつ効率的に戦線後退を実施しております。むしろ順調と言ってよいかと」

「結構。ちなみに効率的とは?」

「連邦軍を上手くキルゾーンに誘導しています」

「ほう?西部に比べ、平和ボケしていると思っていたが?」

 

ゼートゥーアがこう言ったのは、第203航空魔導大隊編成時のことが念頭にあったからである。

あのとき、魔導大隊に志願した連中の中でもっとも『不合格』の山を築いたのは東部軍からの志願者であり、あまりの酷さに怒鳴り込んだ東部軍幹部が『試験』を見せられてすごすごと帰っていった日のことを、ゼートゥーアは忘れていない。

 

曰く、『東部軍は何をやっていたのだ!?』と。

 

「過去に学んだのでしょう。実際、彼らが行っているのは『地雷の海』の改良型です」

 

 

『 地雷の海 』

 

 

それは、対連邦戦争の初頭、ツェツィーリエ発案で実施された悪辣極まりない地雷原活用戦術である。だが――

 

「…あれは種も仕掛けもばれているのではないか?」

「そもそも連中、人海戦術で突破したではないか」

 

――そう、それは極めて短時間で無力化された、いわば使えない戦術では無かったのか?

そう、首を傾げる参謀連に、レルゲンは内心苦笑した。

なにしろ、詳細を知る前の自分も同じようなことを考えていたのだから。

 

 

「連邦軍も、一応人間だったようで」

「どういう事だ?」

 

 

確かに、連邦軍は常識が通用しにくい相手だ。

だが、そうは言っても人間である。

そう、「学習する」人間なのだ。

 

彼らは知ったのだ、「帝国軍の地雷原」を。

 

確かに、大量の兵隊で「均す」のも一つの解決方法である。

しかしそれが正しい方法ではないことくらい、連邦軍将校も、政治将校も分かってはいるのだ。

分かっていても『期日までにやれ』と言われたら手段を選ばず「兵隊で均す」と言う方法を選んでしまえるところが、連邦軍の恐ろしいところではあるのだが。

ゆえに「ノルマ」、すなわち当初の予定進出線まで到達して以降、彼らはまともなやり方に回帰する。すなわち

 

『 地雷原を見つけたら、適切に対処する 』

 

つまり、迂回するなり、工兵隊を呼ぶなりするようになったのだ。…ようやくと言うべきか。

あるいは、『地雷の海』での損害が流石に許容範囲を超えたのか。

それは帝国側にはわからない。

だが、地雷原で相手が躊躇することは分かったのだ。

ならば、帝国軍がなす事はただ一つ。

 

 

 

「標定済のところに地雷原を作る、あとは『西方防衛線』と同じです」

「…なるほど、砲弾の雨か」

「はい」

 

帝国東部軍の十八番となる基本的防衛戦術、『地雷による足止め、即座に砲弾の雨』はこの時完成したと言われる。

そもそも東部戦線はあまりに広大で、とてもではないが、教範に書かれた塹壕陣地の構築など望むべくもなかった。出来るのは要地をぐるりと囲む形で構築する「拠点防御」くらいであった。

だが一方、東部戦線は別名「泥濘との闘い」と呼ばれるくらいに足場が悪かった。

ゆえに地雷を仕掛けるべき「人間の通行可能な場所」と言うのは、予想以上に限定可能だった。

これと自走砲、もしくは牽引性を高めた砲兵、それすらない場合は歩兵が持っている大量の迫撃砲―― 西方戦線での戦訓から、帝国軍歩兵部隊は迫撃砲所有定数を大幅に引き上げていた ――を集中すれば、連邦軍に出血を強いることは容易だった。

無論、従来通り要所の陣地化も行っているが、その時間を稼ぐうえでもこの戦術は有効だったのである。

 

 

しかも。

 

「加えてアルレスハイム大佐殿(皇女殿下)が入れ知恵をなさいまして」

「…今度はどんな悪辣な方法なのだ?」

「言葉が過ぎるぞルーデルドルフ」

「そういう貴様も顔が笑っているぞ」

「おっと」

 

統合作戦本部が苦笑に包まれるのは無理もない。

この戦争が始まって以降、皇女殿下はいろいろとやらかしすぎていた。

 

――そして、今回も。

 

 

 

 

「…で、大佐殿は何と?」

 

「本当に仕掛けるのは3つに1つで良い、と」

 

「?」

 

 

 

『地雷設置とて楽な仕事ではあるまい。3つのうち2つくらいはそれっぽく地面にお絵かきする程度で良いぞ』

『…お言葉ですが大佐殿、それでは敵に地雷が無いと露見して、足留めの用をなさないのでは?』

『逆だよ少佐。【3つに1つは本物(・・・・・・・・)】なのだ。そんなところ、無視して前進できるかね?』

『!』

 

そう、「全部がダミー」と言い切れない以上、遭遇したら地雷除去作業をしなければならない。たとえそれで出てきたのが空き缶だったとしても、その隣は本物かもしれない。

あるいは「どうせ偽物」と思って無視して進んだら、ドカン!と行くかもしれない。

 

 

『ルーシーの連中にはルーシーらしく【ルシアンルーレット】をくれてやろうではないか。連中、故郷を思い出して感涙にむせび泣いてくれるだろうよ。あっはっはっ』

 

 

野戦工兵隊の少佐も、隣で聞いていたレルゲンも震え上がった。

 

 

だが、やる意味は十分すぎた。

 

なにせ3分の1の労力で同等の効果が期待できるのだ。

しかもこちらは本物の場所が分かっているから、反攻に転じる時に自分たちで設置した地雷に引っかかる間抜けはいないし、数が少ないから撤去作業の時間短縮にもつながる。

まさにいいこと尽くめだろう、と。

 

これをノーヒントで閃くように見えるから、この殿下は部下から畏怖されているのだ。

 

無論、何のことはない、西暦世界で砂漠のキツネが取った方法をまねただけである。

しかし、レルゲンもゼートゥーアも、ルーデルドルフもそのことを知る訳がない。

だから、こうなる。

 

 

 

 

「…あの殿下、鬼か…?」

「言うなゼートゥーア。…そうとしか思えなくなる」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

「クシュン!」

「風邪ですか?」

「うーん、どうだろうな?体を冷やさないように十分気を付けているんだが」

「…ああ、人を湯たんぽ代わりにしてな」

「仕方ないだろう、子供の体温って湯たんぽにちょうどいいのだよ」

「開き直るんじゃない!」

「だって事実だし」

「貴様ァ!!」

 

口喧嘩らしきものを繰り広げる二人を眺めながら、セレブリャコーフ中尉は思った。

なんだかんだ言いつつ仲良いんですよね、この二人、と。

そうでもなければ、一介の中佐風情が皇女殿下にタメ口をきけるわけもない。

…まあ、一応『参謀本部のアルレスハイム大佐』と言うことにはなっているし、髪型も変えておられるが。

 

「と言うか貴様、先週来たばかりだろう。今度は何しに来やがった」

「ん?そりゃ東部視察で冷えたから暖を取ろうかと――」

「――ならば爆裂術式で暖めてやろう――」

「――冗談だよ冗談。そうカッカするなって」

 

いえ、本気でしたよね? と、セレブリャコーフ中尉は思った。

ついでに爆裂術式も本気だろう。何せこの上官、「やるといったらやる」タイプである。36時間砲撃耐久訓練や尋問訓練、雪中行軍の悪夢をヴィーシャは忘れていない。

 

「コホン。いやね、ちょっと急ぎ救援してもらいたい場所が出来てね?」

「…ん?我々が救援に行って良いのか?むしろ連邦軍を誘引すると思うのだが」

 

ターニャの疑問もごもっともである。

なにせこの一週間、第203航空魔導大隊は連日大人気だったのだから。

連邦軍相手に千客万来と言うのは、本来喜ばしいことではないが、今回ばかりは『顔見せ』だけで給料分の働きと誇れる素晴らしい仕事である。

 

 

その内容は至極単純。

『203が釣り、空軍と高射砲が焼き魚を作る』

 

しかも、釣りと言ってもただ飛ぶだけの簡単なお仕事である。

なんと素晴らしいことか!

 

デグレチャフ中佐はよほどこのお仕事が気に入ったらしく、2日目からはどこかで調達した帝国国歌のレコードを使い、オープン回線でそれを生放送する始末。その横で帝国国旗を掲げるのは勿論セレブリャコーフ中尉である。

この放送、帝国軍からも連邦軍からも大人気であったと言う。

 

唯一文句を言ってきたのが、ノリの悪い東部軍司令部だったりする。

曰く「国歌に対する敬意が足りない」。

これに対し、仕事は楽しんでやるものだ、とデグレチャフ中佐殿はぼやいたと言う。

 

 

閑話休題。

 

 

ただでさえ首都防空任務に戦力を引き抜かれたところにこれである。

連邦軍航空部隊は日に日にすり減って、今や東部の空は帝国空軍の庭となりつつあった。

制空権が確保された庭は、急降下爆撃―― これまた幼き日の皇女殿下の着想 ――隊にとって楽園である。彼らは水を得た魚のように飛び回り、連邦軍、同砲兵隊、物資集積地、鉄道網をずたずたに切り裂きつつあった。

 

…それを、人海戦術で乗り越えてしまうのが連邦の恐ろしいところなのだが。

 

彼らは夜間に馬車や橇で物資を運び、重傷者が中に取り残されていようが死体が中に残っていようが列車を線路からどかし、鉄道線を造り直した。

たとえそれが手抜き工事の突貫工事であっても、数日使えれば御の字―― どうせまた吹き飛ばされるという開き直り ――と割り切っている以上、特に問題はなかった。…それを使わされる機関車の乗務員からすれば堪ったものでは無いだろうが。

 

 

とは言え、その進撃速度は鈍化しつつあり、4月半ばには攻勢限界に達すると帝国軍は予想していた。故に――

 

 

 

「問題ない。むしろ誘引予定(・・・・)だったし、増援も送り込む手筈が整っている。

…ただ、連邦軍の速度が予想より早い関係で『応急手当』が必要になってね」

「それが我々か。…で、場所は」

 

 

 

 

 

「ティゲンホーフだ」

 

 

 

 

ティゲンホーフ。

西暦世界で言うところのケーニヒスベルクに相当するこの都市は、この時、遅滞戦闘により「計画的に」包囲されつつあった。

 

だが、その速度は帝国軍の想像以上。

結果、「包囲は予定通りだが、計画のためにも(・・・・・・・)失陥してもらっては困る」この都市を守るため、第203航空魔導大隊を送り込むことが決定したのである。

 

「現地には既に3個師団が展開している。航空魔導大隊も2つほど配備済みだ。203は彼らと協力してティゲンホーフ防衛にあたってもらいたい」

「命令系統は?」

「参謀本部直属は変わらんが、君の判断でティゲンホーフコントロールの指揮下に入ってくれて構わん。防衛を最優先にしてくれ」

「承知した。――セレブリャコーフ中尉、ヴァイス大尉を呼べ。飛行プランの策定に当たらせろ」

「ハッ!」

 

「よろしく頼むよ。私はこれから行くところがある」

「…見たところ護衛もいないようだが?」

「こう見えて私も魔導師だよ?中途半端な護衛など、むしろ足手まといだ」

「なるほどな」

 

 

 

 

 

彼女たちは知らなかった。

 

 

何故、203(ターニャ)がやけに大人気なのかを。

 

 

 

 

 

そして、これから始まるティゲンホーフの激闘を。

 

 

 

 




◇地雷のダミー

ロンメルが使った方法。効果は折り紙付き。

◇地雷のロシアンルーレット
鬼畜の所業。なお満面の笑み
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