皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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しばらく投稿できなかった理由については後書きにて


帝国外務省

統一歴1926年4月10日早朝

帝都ベルン 陸軍参謀本部 戦務参謀次長執務室 

 

「状況は?」

「連邦軍の前進、ほぼ全ての戦域で停滞しております」

 

レルゲン大佐―― 開戦と相前後して昇進が決定した ――の報告にゼートゥーアは頷く。

 

「ようやく、か。まったく、あれだけの遅滞戦術と空爆でよくもまぁ、今まで前進したものだ…」

「全くだな、ゼートゥーア。おかげで情報部の連中が揃って辞表を出したそうだぞ」

「ああ、それは私も聞いた」

 

なにせ、この時の帝国軍情報部はまるで良いところが無かった。

 

第一に、彼らは外務省からの緊急報告が上がってくるまで、ルーシー連邦の参戦準備に気づけなかった。

これは帝国側に悟られぬよう、ついに開戦まで動員をかけなかった、それどころか自軍の前線司令官にすら開戦数時間前まで教えなかった連邦軍の策が当たったと言えよう。

とは言え、在秋津洲大使館からの極秘電が無ければ奇襲を受ける可能性すらあったと言う時点で彼らの面目は丸つぶれだった。

 

第二に、連邦軍兵力想定の大幅な誤り。

戦前、帝国軍情報部はルーシー連邦が対帝国戦に投入する兵力を『125から160個師団』と推定していた。開戦直前には極東シルドベリアからの兵力移動を加味して『最大200個師団』と上方修正したが。

 

蓋を開ければ、確実なものだけで『 250個師団 』。

 

しかも、本格動員前でこの数であり、今後動員が進み、極東からの兵力移動が進展すれば500個師団も夢物語ではない。

…と、ようやく実態に近い数字を弾き出したのが開戦から1週間後のことである。

その報告と一緒に辞表を提出してくるのも無理からぬことと言えた。

 

 

「…もっとも、今辞められては困ると言うことで慰留されたようだが」

「それはそうだろう。…そもそも、あれですら過大評価と言う声すらあったのだ。情報部だけを責めるのは酷と言うものだろう」

「実を言うと、自分もそう思っていた口だよ。ゼートゥーア、貴様はどうだったのだ?」

「正直に言おう。『計算をやり直せ、話はそれからだ』と思っていたとも」

 

俺とお前の仲と言うべき互いが全く同じように考えていたことに、ゼートゥーアもルーデルドルフも苦笑した。

 

「しかし、あれだけやっても1週間かかったか…。さらなる火力の増強と効率化を考えねばなるまい」

「これ以上だと?それこそ『言うは易し』の典型だぞ、それは?」

 

 

ゼートゥーアが呆れたように言ったのも無理はない。

この時の帝国軍は、協商連合戦から共和国戦までの間に培ってきた戦訓をもとに、戦前とは比べ物にならぬほど洗練されたドクトリンを構築、実行していた。

 

 

まず、前線では、地雷と迫撃砲を活用した防衛線。

帝国はこの時すでに、「下手な攻勢よりも、防御戦で敵を出血死させるのが吉」と言う結論に達していた。

宣戦布告も無しに越境してきた協商連合を叩くべく西部軍を引き抜き、結果、共和国の大規模攻勢を招いた反省。

西部防衛戦で徹底的に共和国の出血を強い、最後に叩きのめした勝利の記憶が、この結論を導き出したと言えよう。

 

 

開戦当初、平和ボケのきらいがあった帝国軍東部方面軍だが、開戦から2週間が経つ頃には良くも悪くも実戦に慣れ―― 狙う暇があったらとにかく撃ち込め(耕せ)!! ――、後方から送られてくる砲弾を連邦軍の頭上にお見舞いした。

このころ、協商連合国ボフォース社による銃器製造が軌道に乗りはじめ、帝国の重工業はそれまで中小火器に振り分けていたリソースを重砲や迫撃砲、そしてそれらの弾薬製造に振り向けるようになっていた。

それらは西部戦線の負荷から解放され、内線戦略に向けて準備と研究を重ね、西部戦線での苦い教訓を糧として進化を遂げた帝国軍鉄道部の見事な「線引き」で滞りなく東部の駅に届けられ―― 復行では避難民を満載 ――、そこからは協商連合経由で輸入したトラック(・・・・)の群れによって前線へと運ばれていった。

 

 

その量と輸送速度は戦前の想定を上回っており、東部軍の補給担当将校が在庫が多すぎて(・・・・・・・)倒れる始末だった。

 

 

 

そして後方では、制空権を確保した空軍が大暴れしていた。

この時、帝国空軍は損害の割に戦果の見えない、しかも新型戦闘機(スピットファイア)が配備され始めた連合王国空襲作戦を破棄し、防空部隊を除くほぼすべての戦力を東部戦線へと振り向けていた。

新型戦闘機(Blitz)は西方の防空部隊に優先的に配備され、この時点では東部方面への配備はなかったが、それらに押し出された従来型戦闘機が東部に多数配備されることとなり、首都防空で手薄となった連邦軍航空部隊を圧倒するに至る。

 

制空権を確保、ないし航空優勢を確立した時点で、帝国空軍は戦前より検討と開発を続けていた『急降下爆撃』を全世界にお披露目することとなる。

 

 

『ユンカース Ju77(87)

 

 

それが、彼らの持ち込んだ新型爆撃機の名前である。

この当時、急降下爆撃と言う手法は各国とも研究はしていたものの、それ専用の機体として実用化されたのは本機が世界初であった。

なお、当初設計では爆弾搭載量が極めて多い割に、航続距離が極端に短いと言う特性を持っていたが、「あまりに短すぎる、やり直せ」と言う皇女殿下の鶴の一声で、搭載量を犠牲に航続距離を伸ばした改良型が量産された経緯を持つ。

 

 

結果、本機は『ストゥーカ(急降下爆撃)』と『コメート(彗星)』と言う二つの愛称を持つに至る。

 

 

なお、固定脚と液冷エンジンは守られた。

前者は前線飛行場での運用を考えると引込式よりも固定式の方が都合がよいと判断されたためであり、後者の理由はと言うと…

 

 

 

 

ツェツィーリエが戦闘機以外、完全に丸投げしていたためである。

曰く『餅は餅屋』。…どの口が言うのだろうか?

 

 

 

それでも「万が一の場合は速やかに空冷エンジンに換装(彗星33型)出来るように設計、試作だけは進めておくこと」と指示する辺り、抜け目が無いと言うか液冷嫌いすぎると言うべきか…。

ちなみに「戦術爆撃機を液冷エンジンで固定しておけば、戦闘機との間でエンジンの取り合いを起こさずに済みます!!」と、ユンカース社の技師や空軍技術廠が必死になって皇女を説得したためとも言われるが、真偽のほどは不明である。

だが、その予想が見事に的中したのは歴史が証明しており、本機の空冷エンジン搭載型は少数しか生産されなかった。

 

 

 

 

なお、戦後になって、当時ユンカース社とダイムラー・ベンツ社から帝国空軍上層部に多額のリベートが送られていたことが発覚。政財界を揺るがす贈収賄事件へと発展した。

当時、帝国空軍は新型機に採用するエンジンのほとんどを空冷エンジンにしており、液冷エンジンの生産、液冷エンジン搭載機開発を行っていた両社にとって、本機が採用されるか否かは死活問題だったとされる。

実際、本機と競合していた『 Galaxie(銀河)』は空冷エンジンを採用しており、この時は――

「単発機と言っていたのに、何で君たちは双発機を出すのだね?」

「要求性能を全て満たそうとしたらこうなりました」

「残念だが、今回は単発機の発注なのだ」

――と、不採用になったが、後に長距離双発爆撃機として採用されるだけの性能を持っていた。

このため、両社の空軍幹部への接待は過度なものとなっていった。

当時の関係者多数が摘発、逮捕されるに至ったこの事件のことを『ユンカース(ロッ〇ード)事件』と称する。

なお、本事件の発覚及び推移には不可解な点が多数あり、ルーシー連邦の情報部が関わっていたとする説が根強い。

 

 

 

 

閑話休題。

 

ともあれ、皇女殿下の介入をおおむね免れた―― ユンカース社社員も空軍技術廠の人間もやけに胸をなでおろしたと言う ――本機は、改良を重ねながら大戦中期まで活躍を重ねることとなるのだが、その初陣がこの東部戦線だった。

彼らは長距離砲代わりとしての前線支援は勿論、物資集積場から鉄道、軍用車両と言ったあらゆるものに空爆を加えた。

このとき、独特の風切り音を生じる特徴があり、連邦軍兵士からは『地獄のサイレン』として恐れられたという。

 

 

驚嘆すべきは、その様な状況下であってもじりじりと前進を続けた連邦軍と言うべきであろう。

無論、帝国側の「引きずり込む」と言う意図があったからこその結果ではあるが、それでも前へと歩く力が残っていたことは実に驚きであり、後世の研究者たちからも「わけがわからないよ」と評価されている。

 

 

彼らは国家の、もしくは党の命令に実に忠実であった。

 

 

鉄道が爆破されればその残骸を盾に物資を守り、夜陰に乗じて人力で物資を運び、車両が吹き飛べばその残骸を組み合わせてリヤカーを作った。

それでも弾薬が不足し始めると―― 俄かには信じがたく、後世の創作とも言われるが ――「小銃は2人に1つ!弾丸は1人2クリップだ!!」なんてことにも手を染めた。

 

少なくとも、この後の『大敗北』の後に帝国軍が調査した内容によれば、捕虜となった連邦兵の多くが小銃を持っておらず、スコップを手に震えていたと言う。

小銃を持っていた兵士もいただろうって?

勿論、いた。

 

そして持っていたがために、彼らは僚友よりも先に真っ赤な花を咲かせたのである。

 

 

 

 

 

 

「まあ良い。これであの計画(・・)が実行に移せる」

「準備はどうなっているのだ、ルーデルドルフ?」

「万事完了している。あとは命令を出すだけだが…殿下はどちらに?」

「外務省に行かれました。『あとは任せる』と」

「外務省だと?」

 

 

ルーデルドルフが鸚鵡返しに口にしたのも無理はない。

確かに帝国外務省はルーシー連邦と秋津洲の講和条約交渉を知らせると言う殊勲をあげたが、本来の「外交」と言う業務については半分以上の部署が開店休業状態。

 

何せ協商連合とイルドア方面を除く、全てのルートが遮断されているのだ。その二つにしたって、そこから先に進むのはリスクが高い。

実際、数日前には大西洋上で協商連合国籍の商船に乗っていた帝国の民間人が、当該商船に対する臨検を行った連合王国艦艇に抑留されると言う事件が起こったくらいである。

つまるところ、帝国外務省は在外公館との直接的やり取りを断たれて久しく、電報以外の通信手段も失いつつある、と言うのが実情だった。

 

 

「…フム。察するに合州国相手の謀略か」

「…ルーデルドルフ、なぜそうなる」

「あの殿下だぞ?」

「気持ちは分からんでもないが…」

 

ゼートゥーアは溜息をつきながら思う。

そう思われても仕方あるまい、と。

 

 

 

『それも考えたが、リスクが高すぎる』

 

少し前、合州国相手の謀略についてゼートゥーアが意見した時のツェツィーリエの言葉である。

 

『リスク、ですか?小官としてはかの国の内部対立を激化させることで、この大戦への介入を不可能とすることが可能かと考えたのですが…』

『気持ちは分かるぞゼートゥーア。だがバレた時が危険すぎる』

 

ツェツィーリエは知っていた。

確かにあの国の国民は戦争を欲していないが、しかし、根本的なところで――

 

「やられたら、やり返せ!卑怯な手段なら尚のこと叩き潰せ!!」

 

――と言う気質の持ち主であることを。

 

 

『そもそもあの国のモンロー主義は、ハッキリ言って【欧州の連中は新大陸のことに口を出すな手を出すな。その代わりこっちも欧州のことには関与しない】と言う戦略に過ぎない。

いまや、あの国の生産力は恐ろしいことになっている。であるがゆえに、彼らは常に商品のはけ口を、【市場】を探し続けているのだよ』

『…はぁ』

 

商売のこととなると首を傾げる恩師の姿に、ツェツィーリエは苦笑した。

 

『かつては開拓者が、フロンティアがそれを担っていた。だが、フロンティアはもうない。

ゆえに、今の合州国は【市場】に飢えているのだよ。

 

 

 

それこそ、欧州やアジアと言う市場を独占したいと夢見る程度には 』

 

 

 

『!』

『これだけで分かるとは、流石はゼートゥーア教官だな』

『つまり…合州国はこの戦争に乗り気だと…?』

『国民はともかく、政府としてはもはや足枷にしかなっていない古典文学は投げ捨てて、欧州やアジアに乗り出したいと思っているだろうよ。それこそ、国民を焚きつけるために自作自演くらいする程度にはな』

『なんと…!』

 

ゼートゥーアは絶句した。

ツェツィーリエとしては西暦世界で知ったことを話しているだけなのだが、第一次大戦すら未経験なこの世界の人間からすれば恐るべき推論と言えた。

 

『だから、合州国大使館には妙な謀略はさせない方が良い。…そもそもジョンブルの連中と違って、その手のことは全くの門外漢だろうしな』

『…打つ手なしとは口惜しいですな』

 

 

 

『いや、手はある』

 

 

 

皇女殿下がにやりと笑った。

最近、その笑顔を見ると冷や汗が出る気がしてならないゼートゥーアの内心などつゆ知らず、彼女は楽しそうに宣う。

 

『言っただろう、合州国政府は(・・・・・・)乗り気だ、と。素晴らしいことにあの国の国民は実に牧歌的な心根の持ち主が多い。だから大使館にはあの国の国民向けに正しい(・・・)情報の発信に尽力してもらおうではないか』

『…具体的には?』

 

 

『単純だよ。 ―― 帝国は何もしていない! 引き金を引いたのは相手の方だ!! ――これを繰り返し叫ぶだけの簡単なお仕事だ。どこかの誰かもこう言っているぞ。

 

「宣伝を効果的にするには、要点を絞り、大衆の最後の一人がスローガンの意味するところを理解できるまで、そのスローガンを繰り返し続けることが必要である」 、と』

 

『…寡聞にして聞いたことが無いのですが、誰がその様な事を?』

『さぁて、誰だったかなぁ。大衆扇動を得意とするどこかの誰か(ちょび髭伍長)だったとは思うが』

まぁ、試すだけなら問題あるまい、と皇女殿下は嗤う。

『プロパガンダがコミーの専売特許で無いことを知らしめてやろうではないか。ふふふ…』

 

 

後年、この話を聞いたデグレチャフ中佐は以下のように述懐したと言う。

 

…確かにアレ(ファシスト)は悪魔的天才だが、それを躊躇いなく真似できるあの人は間違いなく悪魔だ、と。

 

 

 

 

 

 

「――と、いう訳で謀略では無く、どちらかと言うと脚本の打ち合わせだそうだ」

「それはもう、十二分に謀略の類なのでは?」

「………」

「…いえ、失言でありました。ご放念いただけると幸いです」

「すまんな、大佐」

「…もはや何も言うまい。『計画』の発動は我々に一任されているのだったな?」

「ハッ。そこは確認しております。『作戦のことは作戦局に任せる』、と」

「身に余るお言葉、…と言いたいところだが、あの殿下だからな」

 

ルーデルドルフが首を傾げるのも無理はあるまい。

なにせツェツィーリエは色々と多方面で才能を発揮しすぎていた。

それらは「西暦世界で出た答え」を引っ張ってきて、「答えから逆算してそれらしく理屈をつけていく」からこそ出来る芸当なわけだが、彼らにそれを知る術はない。

 

「まぁ確かに、兵器設計にまで口を出すお方だが…。最近ようやく結論が出た」

「ほう?」

「それは?」

 

だが、ハンス・フォン・ゼートゥーアと言う人間は一味違った。

その鋭利な頭脳を以て、彼は皇太女ツェツィーリエの根本原理をあぶりだす。

 

 

 

 

 

 

 

「…あの方は、『 当代随一の気儘人 』だ」

 

 

 

 

 

「…ウム、大いに納得できてしまったぞ」

「…小官としては、何も聞かなかったことにしたいのですが」

 

 

身も蓋も無いその言葉は、ツェツィーリエの本質を的確に言い当てており、戦後の研究で必ず引用されるフレーズとなるのだが、その時はゼートゥーア自身知る由もなかった。

 




掘りの沼にはまっていました。

ツ「で、成果は?」





何の成果も!(以下略 AA略

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