皇女戦記   作:山本 奛

38 / 143
上陸作戦

統一歴1926年4月15日 午後3時

帝国東部 レボルク空軍基地 第2急降下爆撃航空団第1飛行大隊

 

 

 

「離せ!行かせてくれ!」

 

 

 

一人の男が、制止を振り切って愛機に乗り込もうと暴れていた。

 

「落ち着け!これ以上の出撃はやりすぎだ!!」

「くそっ!なんて馬鹿力だ!?みんな!こいつを取り押さえるのを手伝ってくれ!!」

「「「おう!!」」」

「離せぇ!!離してくれえ!!」

 

 

――男の名は、ルーデル。

 

 

後世、『魔王』『ストゥーカの悪魔』と呼ばれる彼は、この時、同僚の制止を振り切って再出撃しようとしていた。その理由は――

 

「落ち着け少尉!」

「お姉さんに階級で並べそうだからと言って、無茶な出撃は止せ!!」

「離せ!あの空を飛ぶことしか頭にない馬鹿に、これ以上デカい顔をされて堪るか!!」

 

 

 

 

「「「お前が言うな!?」」」

 

 

 

第1飛行大隊の心が一つになった瞬間である。

 

馬鹿らしくなった彼らの一人が、騒ぎを聞いて駆けつけた―― そして同じように呆れ顔を隠そうともしない ――小隊長に問いかける。

 

 

「…隊長、こいつ落としていいですか?」

「許可する。やれ」

ヤヴォール(了解)

「え、ちょ、まっ」

 

 

ドスッ、ウッ

 

 

倒れ伏すルーデルを見下ろして、同僚たちは盛大な溜息を洩らす。

 

「こいつ…腕はいいのになぁ…」

「あぁ…、搭乗割を無視して飛び出そうとすることを除けば…」

「目についた人間を誰かれ構わず後席に押し込んで飛び出す癖さえなけりゃ…」

「本当にいいやつなんだがなあ…」

もはや溜息しか出てこない彼らであった。

 

「そういえば小隊長殿、こいつの戦果はどこまで伸びたんです?」

「うん?ああ、そうだった。集計結果が出たので伝えようと思ってな。

…その前にこのザマだが」

 

「「「ルーデルだから仕方ありません」」」

 

「その通りだな…。はぁ…、おい従兵。今日こいつの後ろに付き合わされた哀れな連中に特配を。煙草も酒も希望するだけ出してやれ」

「ハッ!」

「さて、この馬鹿の戦果だが――」

 

◇◇◇

 

同日夕 帝都 統合作戦本部

 

 

「…見事なものだ」

 

ルーデルドルフが感嘆の溜息と共にこぼした総括に、列席者も大いに頷いた。

 

「戦艦2隻撃沈、2隻大破。巡洋艦以下はほぼすべて撃沈破とは…」

「陸軍はもう、海軍と空軍には足を向けて寝られませんな」

「いや、それを言うならば空軍には、でしょう」

「いえ、我々も海軍の誘導が無ければ辿り着けなかったでしょう。地文航法では海上には出られませんから」

 

日頃予算をめぐって骨肉の争いを繰り広げる三軍の首領たちだが、この日は実に機嫌が良かった。さもありなん。

これだけ分かりやすい勝利は、規模では及ばないが秋津洲海海戦かトラファルガーくらいのもの。それほどの大成功ともなれば、場の面々が上機嫌なのも当然のことであった。

 

 

 

なお、とある一人の男が、戦艦2隻を撃沈したことが発覚するのは数日後のことである。

 

 

 

「これでバルテック海の制海権は万全ですな」

「うむ、これで後顧の憂い無く、クロム計画を発動できる」

「上陸部隊の状況は?」

「無線封鎖中ですが、中止報告が無いので、予定通り行動中かと」

「実に結構」

 

ルーデルドルフたちが、そのいかつい髭面を綻ばせるのもむべなるかな。

ルーシー海軍は旧式艦ばかりだが、バルテック海は狭い。帝国海軍が連合王国海軍に戦力を割かれている隙に上陸部隊がルーシー海軍戦艦部隊に襲撃(捷号作戦)される、いや、それどころか帝国本土沿岸が艦砲射撃に晒される危険性はゼロとは言えなかった。

ルーシー海軍バルテック艦隊の消滅は、その心配がなくなったこと、そして帝国本土周辺のシーレーンの安全が確保されたことを意味していた。

 

「油断は禁物ですぞ、ルーデルドルフ中将。ルーシー連邦は少数ながら潜水艦を保有しているとの情報もあります。潜水艦狩りが完了するまでは十分な警戒が必要です」

「う、うむ…。その通りだな」

「しかし、意外ですな。これほどの勝利、海軍の皆様は…ああ、お気を悪くなさらないでいただきたい、…これほどの勝利なら、我々陸軍でも浮かれてしまうところなのですが」

「…確かに。これが我が帝国海軍戦艦(・・)部隊の戦果だったなら、いまごろ海軍本部では酒盛りが始まっていたでしょうが…」

 

そう言って、海軍長官テルピッツは盛大な溜息を一つ。

 

「…まさか、本当に(・・・)航空機が戦艦を沈める時代が来るとは…」

 

そう、速力で劣る帝国海軍戦艦部隊は、ついに戦場に到着できなかったのだ。

着いた時には全てが終わっており、戦艦部隊の仕事は溺者救助しか残っていなかったのである。

 

 

 

 

『余は断言する。今後20年以内に、航空機が戦艦を沈める日が来るであろう』

 

『陸上、海上を問わず、制空権を確保したものが勝つ日が来る』

 

『ゆえに、他の列強に先んじて帝国は空軍を保有せねばならぬ』

 

 

 

 

「…懐かしいですな。あれからもう10年余りですか」

「あの時は、…殿下には言わないでくれよ。『また、殿下がおかしなことを言い出した』と思ったものだ」

「奇遇ですなテルピッツ長官。小官も全く同じことを思っておりましたよ」

 

 

 

「…だが、その予言が今日、現実となった」

 

 

 

ゼートゥーアが重々しく呟いた一言に、場の面々が頷く。

 

「…我々空軍も半信半疑だったのを覚えております。陸軍から独立して予算が増えたのは嬉しいが、本当に戦艦を沈められるのだろうか、と」

 

今なら自信を持って言えるでしょうが、と彼は苦笑した。

 

「あの方はいったいどこまで見通しておられるのか…」

「あの方がこの国の次代を背負われると思うと、それだけで安心できますな」

「もう少しお淑やかで国母らしくなって頂ければ――」

 

 

「「「「「それは無理だろう」」」」」

 

 

「――うむ、言いながら無理があると思いましたな」

 

テルピッツ海軍長官の冗談に、場の空気が和んだ。

 

「しかし、こうなると、殿下はこの戦争をどう持って行くおつもりなのかが気になる」

「殿下のことだ、何も考えていないとは考えにくいが…」

「うむ、ルーシー連邦に攻め込むことを危険視しているのは分かるのだが…」

「しかし、攻め込まねば勝てないと言う声が、陸軍内では日増しに高まっている」

「作戦局としては殿下の意見に賛成だ。実際問題、広すぎて補給が持たん」

「空軍としても無理に前進するより、長距離爆撃で敵の補給線を遮断した方が効率的ではないかと考えている。なんにせよ、あの国は広すぎる」

「そういえば、最近聞かないが戦略爆撃はどういう状況なのだ?『1,000機の爆撃機が1,000トンの爆弾を1,000回落とせば戦争は終わる』と仰っていたと記憶しているが?」

「残念だが、『1000×1000×1000計画』の実現は程遠いと言わざるをえん。協商連合戦時には上手くいったが、その後は敵の対空戦能力の向上で、あの時ほどの効果は得られなくなっている」

「うーむ…」

「それもあっての今回の前線視察だろう。実際問題、我々もこの戦争がどう決着するのか、明確なビジョンがあるとは言い難い」

 

『勝ち筋を探る』

 

それが、数日前、帝都を後にしたときのツェツィーリエの言葉だった。

 

『色々とテコ入れしたからな。既存の知識とドクトリンでは最早どうしようもなるまい。少しばかり、前線の実情を見てこようと思う』

『危険ですぞ。それならば、他の者を差し向ければ』

『東洋の格言に曰く【百聞は一見に如かず】、だよゼートゥーア』

『しかし…』

『大丈夫だよ。ちゃんと護衛として近衛師団の一部を連れて行くし、あくまでも視察にとどめるとも』

 

 

「…ともあれ、クロム計画は実施最終段階だ。この一撃で、連邦軍の屋台骨を叩き折ってくれよう」

「然り。我々空軍も全力出撃体制に入ります」

「海軍も支援砲撃に加え、海兵魔導師をティゲンホーフに派遣いたしましょう。…このままでは戦艦の連中ともども、物見遊山に来たと言われかねませんからな」

「それはまた…。ルーシー兵は災難ですな」

 

 

◇◇◇

 

 

統一歴1926年4月16日 午前8時

帝国東部ティゲンホーフ市北方 イワン・スミノフ曹長

 

 

「なぁ、俺たち、いつになったら帰れるんだ?」

「しっ!滅多なことを言うんじゃない。政治将校殿に聞かれたら大事だぞ!」

「君たち」

 

数メートル離れた先で、若い兵士がボヤくのをスミノフは咎めた。

 

「…そういう話は夜にこっそりやりたまえ。

昼間聞いてしまったら、君たちを懲罰せねばならんからな」

 

ニヤリと笑うスミノフの表情に、がちがちに固まった青年兵はほっとした表情になる。

その様子を見ながら、スミノフは無理もないことだ、と内心で溜息をついた。なにしろルーシー陸軍兵の待遇は、帝国だった時代から、『劣悪』の一言に尽きる。

ましてや、今回の対帝国戦はルーシー国民の大多数からしても、寝耳に水の事態だった。

国民の大多数が望むのは平穏と明日のパンであり、国境を挟んだ向こう側で帝国がどこかと戦争しようが放っておけばいい。と言う考えが主流だったのだ。

いや、今でも下々の兵士の大半はさっさと戦争を終わらせて国に帰りたい、と思っているに違いない。スミノフ自身がそうなのだから。

 

そして、戦争をおっぱじめたお偉方についても信用ならない。

スミノフはそう思っている。

 

 

なにせ部隊の政治将校殿は、開戦直後自信たっぷりにこう宣っていたのだ。

 

 

『帝国の目は今や西にのみ向けられている!

 

さらに我が軍が進撃すれば、帝国国内の共産党同志諸君が蹶起する!!

 

然らば邪悪な帝政はたちまちの内に崩壊し、我らの赤い旗が帝都ベルンにはためくであろう!!

 

諸君!勝利は既に約束されているぞ!!』

 

 

 

蓋を開けてみれば、どうだ。

何が勝利は約束されている、だ!?

 

 

現状、ルーシー連邦軍は各所で前進し、支配地域を獲得している。

だが、そのために流された血の量を思えば、とても勝っているとは言い難い。なにしろ「1メートル前進するのに1個分隊が消滅する」と言われた場所もあったほどなのだ。

そうやって、血反吐を吐く思いでようやく帝国領内の都市を占領してみれば、そこは文字通りもぬけの殻。

現地調達と言う名の略奪を期待していた連邦軍である。士気はがた落ちし、そもそも現地調達を前提としていた糧秣に不安を抱えたままの作戦続行を余儀なくされる。

それだけなら良い方で、都市によっては辛辣なトラップが置き土産に残されている事すらあったと聞く。

 

もう一度言おう、何が勝利は約束されている、だ!?

 

加えて、「一度の総攻撃でケリがつく」と言われていたティゲンホーフ攻略に手古摺り、今日の明け方から二度目の総攻撃が開始されている。曹長として従軍しているスミノフですら不安と不満を抱えているのだ。年若い部下らがそれを抱え込まない訳が無かった。

 

 

「ついでに教えておくと、我らが親愛なる同志政治将校殿は、明け方から本国と協議中だ。なんでも、ようやく重砲が届くらしいのだが、どの部隊に配属するかで取り合いが始まったらしい」

「…それはまた」

「俺らにとっちゃどうでもいいですけどね」

「そうでもないぞ。…例えばうちの部隊が重砲の守りに回されるとしたら?」

 

スミノフの囁き声に、青年二人の目の色が変わる。

そばかす交じりと言えど、彼らもまた第一次ティゲンホーフ総攻撃から生還した強者なのだ。それなりに目端は利く男たちである。

 

「なるほど、重砲の守りを固めねばならぬ以上、ティゲンホーフ攻撃には本当に心苦しい(・・・・・・・)けれども参加できないでしょうね」

 

重砲が狙い撃ちにされ、前線になかなか届かなくなっているという噂は彼らも耳にしていた。それによると、今や重砲1門につき、対空砲2門、戦闘機1機の護衛が必須不可欠と言うではないか!

 

「その通り、重砲を守るのも立派な任務と言えるだろう。…だからお前たち、今日ばかりは同志政治将校殿の勇戦に期待しようではないか」

「仰る通りです同志曹長殿!」

「いや、そもそも我ら軍は一心同体!いついかなる時もこの心は同志政治将校殿と共にあります!」

「その意気だ。わっはっは!」

 

その時、スミノフはふと気づいた。

明け方から続いていた、北の方(・・・)からの雷鳴が小さくなっていることに。

誰だって悪天候下の野外作業はまっぴらごめんである。

 

 

やれやれ、ひやひやさせやがって。

 

 

 

と、北の方を見たスミノフが目にしたものは――

 

 

 

 

 

「て、敵襲!!敵襲!!帝国軍だ!!」

「何だって!?」

「包囲してるんじゃなかったのか!?」

「そんなこと言ってる場合か、司令部を呼び出せ!!」

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

◇◇◇

 

 

同時刻 マリノフカ上空

高度20,000フィート 帝国軍親衛第2師団所属 魔導師 ヨハンナ・ルーデル

 

 

「敵軍、乱れ始めました!」

「さもありなん。包囲していると油断していたところに後ろから戦車部隊が突っ込んできたのだ。混乱は必至だろうさ…。ところで、落伍者はいないか?」

「『殿下捕縛中隊』の異名は伊達じゃありませんよ。これくらいの高度なら余裕です」

「…逞しくなってしまったなあ…。高度で逃げるのももう無理か」

「逃げる前提で話さないでもらえます!?」

 

 

『殿下捕縛中隊』、正式名称、親衛第2師団第3中隊。

この部隊はその異名が指し示す通り、陸軍士官学校時代から脱走を繰り返す皇女殿下に業を煮やした皇帝と軍上層部が編成した、『皇女殿下を無傷で捕まえる』ことを目的とした特殊部隊であり、その特徴は極めて高い飛行能力と格闘戦能力にある。

何せこの殿下、普通に高度15,000―― 最高記録では24,000 ――を飛ぶ。

それをしかも飛び道具を使わず素手―― あるいはネット ――で捕まえるためにはそれなりの訓練を必要とした。

 

もっとも、ここ数年は脱走も落ち着き、その練度と相まって各地の部隊に増援として派遣されることの多い部隊であったのだが。

 

 

「冗談だ。さて、早いところ敵を壊乱させ、ティゲンホーフを解放したいところだが」

「敵が建て直すまでが勝負ですね」

「その点についても抜かりはないさ。同時に上陸した第2海兵魔導大隊が敵司令部の捜索撃滅にあたっている」

「…いつの間に」

「最初に頭を刈り取れば仕事が楽になるからな。海兵の方から提案してきたらしいぞ」

「さすが高練度と噂の海兵魔導師。こちらも負けていられません」

「ついでに弟殿にも、だろう?」

「…何のことでしょう?空を飛ぶことしか頭にない愚弟のことなど、何ら関係御座いませんが」

「ふむ…。ま、そういう事なら深くは聞かんが…。姉弟喧嘩はいかんぞ?」

「喧嘩なんてしていません!」

「じゃあ同族嫌悪?」

「違いますってば!!」

 

ヨハンナ・ルーデル。

 

若くして親衛第2師団第3中隊副隊長に任命された凄腕魔導師であり、他の隊員曰く『ヨーグルトを食べるか空を飛ぶことしかしていない愛すべきおバカ』である。

 

 

「まぁ良い。私はこいつ(・・・)のテストに専念するとしよう。…援護は任せた」

「…了解しました。本当は下がって頂きたいのですが――」

「下がると思うかい?」

「――ですので、援護に徹しますとも。…中隊!周囲の警戒にあたれ!!」

「「「了解!」」」

「悪いね。さて、ちょうどいいところにデカ物が――」

 

 

 

 




都市を包囲攻撃していると思ったら、逆に包囲されていたときの心境を述べよ。


ツ「それは分からないけど、包囲するのは楽しいねえ♪」満面の笑み
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。