皇女戦記   作:ナレーさんの中の人

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伝家の宝刀キング・クリムゾン!(まって


災いの芽

統一歴1926年4月25日

ティゲンホーフ市郊外

 

「ここにいたのか」

 

探していた人物の、歳の割に小柄な後姿を認めて、ターニャ・フォン・デグレチャフは声をかけた。

 

「……ターニャか」

「ああ、ルーデル(ヨハンナ)中尉がここだろうと教えてくれてな」

 

そう言って、ターニャはじっと佇むツェツィーリエに歩み寄る。

その眼前に広がっているのは…。

 

 

 

「『一将功成りて万骨枯る』…そうは思わんか?」

「…戦争なのだ。仕方あるまい」

 

 

 

視界を埋め尽くす、果てしなく続く墓標。

それはこの地で戦い、散っていった帝国軍兵士が眠る場所を示している。

 

 

 

「何より、連邦軍将兵の戦死者数はこの20倍と言うではないか」

 

ターニャの言うとおり、ティゲンホーフ攻防戦は帝国軍の勝利に終わった。

ティゲンホーフを発起地点とする『クロム計画』は開始後1週間で、帝国領内に攻め込んだ連邦軍を呑み込みつつあった。

余談だが、捕虜となった連邦軍将兵の最初の仕事は友軍の死体処理であり、それだけでも相当な日数を要したという…。

 

「確かに、勝ったのは勝った。…が、この数を見て手放しで喜べるか?」

「…総力戦だ。大量の血を流し、流し続けて、それでなお最後に立っていられたものだけが勝者となる」

「君の言うとおりだな…。

…分かっていたとも。…これでも前世は歴史学者。

二度の大戦の資料をあさる中で、色々と目にしてきた…。いや、『つもり』だったのやもしれん」

「………」

「…まぁ、良い。今更詮無きことだ。

 

…ところで、私を探しに来た理由は?無いなら無いでも構わんが?」

 

その問いかけに、ターニャは努めて陽気な風で答える。

 

「ああ、そうだった。

先ほど参謀本部からの命令を受領してな。『第203航空魔導大隊は、直ちに帝都へ帰還せよ』、だそうだ。

ついでに言うと、親愛なる我が直属上官からメッセージだ。

『そこにいるはずのアルレスハイム大佐を何があろうと参謀本部までお連れせよ』、だそうだぞ?」

 

殿下はいたずらのバレた子供のような表情になった。

 

「…バレたか」

「そりゃそうだ。あれだけ(規格外)の魔導反応を連発すれば、バレるに決まっている。

 

…一体全体何だったんだ、アレは? 」

 

「アレはだな…」

 

 

 

 

 

 

『超長距離狙撃爆裂術式』

 

 

 

 

 

「そんな術式、聞いたことが無いが?」

「厳密には複数術式の重ね技だからな。…ざっと7個くらいは並列していたはずだ」

 

「…いま、なんといった?」

 

「術式を7個、いや10個くらい展開していると言った。…まぁ、慣れればどうと言うことはない」

「いやその理屈はおかしい」

「適正Sは伊達じゃない。と言いたいが、まぁコイツあっての所業だな」

 

 

 

そう言って、ツェツィーリエは自分の演算宝珠を取り出す。

 

 

 

「…新型の演算宝珠?」

「残念。むしろ旧型だ」

 

 

 

―― 試作どまりの、ね ――

 

 

 

仮称『特型演算宝珠』。

通常つくはずの形式番号―― 現行だと、「97」が最新となる ――が無い理由は、その開発経緯にある。

 

当初の開発コンセプトは、『宝珠核3つの並列(・・)起動による出力向上』。

 

「並列?同調とは違うのか?」

「シューゲル技師に言わせると、『4つの宝珠核が奏でる交響曲』が同調、『てんでバラバラに音を出す雑音発生装置』が並列らしい。私にもよく分からんが」

 

 

 

時に、統一歴1918年。

そのころ、従来型『宝珠核1個の演算宝珠』の性能向上には限界があると指摘されていた。

いかに内部の機構を洗練させようとも、超えられないラインがある、と言うのが各国の技術者たちから唱えられ始めたのである。

そこで各国の技術者は「複数の宝珠核を使用することによる性能向上」を考え始める。

むしろ自然な事だろう、同じエンジンなら一つよりも二つ、二つよりも三つの方が出力向上になるのは自明のことである。

 

とは言うものの、「言うは易し、行うは難し」。

 

当時の技術では複数の宝珠核を同時に起動させ、出力を調整することなど夢のまた夢であった。

 

だが、航空機の性能向上と、それに伴う魔導師の性能向上要求は日増しに高まっており、従来の「宝珠核1個」では早晩限界に達するのもまた事実。

頭を悩ませる技術局の技術者たちだったが、そんな中の一人がふと閃く。

 

 

「同調では無く、並列起動にしてみたらどうだろう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

なるほど、技術的ハードルは下がった。早速帝国技術局は試作品を完成させる。

だが、よく考えてほしい。

並列起動と言うことは、つまるところ『演算宝珠を複数同時に使用する』のと大差ない。

 

乱暴なたとえをすると、

『四輪駆動に失敗したから、一輪車を4つつなげて両手両足で漕ぐ』

ようなものである。

……英国面かな?いいえ、帝国技術局です。

しかも、使っていない宝珠核と関係部分は完全なるデッドウェイトとなる。

……落下式燃料タンクを翼の上に置くよりはまとも。…かもしれない

 

「結局、並列起動は4核も5核も『作ることは可能』だけれど、よほどの魔導師でも宝珠核3つが限界だろうという話になってね?」

「…それを今、貴様が使っているということは…」

 

 

「どういう訳か、出来てしまったんだよ」

 

 

それは全くの偶然だった。

 

折角作った新型をすぐ壊すのを嫌がった技術局の誰かがいなければ。

邪魔にならないように低いところの戸棚に置いていたのが、ちょうど視察に訪れた皇女の目線の高さで無かったならば。

当時皇女が使っていた演算宝珠が、彼女の莫大な魔力量を受け止めきれず、度々オーバーヒートを起こしていなければ。

彼女の先祖が、幾代にも渡って自分たちを魔力の精密な操作に「適合」するよう「調整」を繰り返し、遺伝子レベルに刻み付けてしまうような、「魔術師らしい魔術師」で無かったならば。

 

 

そしてなにより――

 

 

『ん?これは何だい?見慣れない形の演算宝珠だね』

『ほぅ、宝珠核の並列起動。ほうほうほう!それは興味深い!』

 

 

――皇女殿下が新しい物好きの当代随一の気儘人で無かったならば。

 

 

技術局のとある技師は、戦後の回顧録でこう述べている。

 

―― 97式突撃機動演算宝珠に代表される、複数核同調型演算宝珠の成功は、実に『特型演算宝珠』の経験によるところが大きい ――

 

―― 確かに並列と同調は似て非なる技術である。

しかし、宝珠核1個の経験しかなかった当時、並列起動によって得られる知見、データが無ければ、後の複数同調型演算宝珠の開発は到底おぼつかなかったであろう…。 ――

 

従来の演算宝珠と違い、うっかり魔力を流しすぎても壊れない―― 設計の都合上、従来の安全装置が設置できなかったため、この演算宝珠は魔力量が1個目の宝珠核をオーバーした場合、溢れた分を2個目で、それでも駄目なら3個目で受け止める機構が備えられていた ――ソレを、皇女殿下は殊の外気に入り、嬉々としてデータ取りに協力した。

 

『こいつは素晴らしい!少々強めに魔力を流してもオーバーヒートしないぞ!』

『そ、それは大変宜しゅうございました…』

『…主任、あれってそういう目的でしたっけ?』

『…それを気にしたら負けだよ…』

『何をごちゃごちゃ言っている?次のテストに行くぞ!』

『は、ハッ!』

 

かくして使い道のない試作品は皇女殿下専用機となり―― 量産は最初から諦められており、このため形式番号なしの『特型』と命名された ――、様々なデータを提供し続けた。

そして95式、97式の開発を以てデータ収集機としての役目を終え…―― 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――殿下の趣味120パーセントの代物へと再改造される。

 

 

 

 

 

 

「…おい。そこは普通『お役御免』では?」

「私がそんな分かりやすい人間だと思っているのかね?」

「知ってた」

 

 

この時施された改造内容を端的に記せば。

 

「各種データ収集の完了に伴い、本来(・・)想定されていた『術式展開の効率化及び威力増強』への構成変更」

 

これはいったい何なのか。

 

単純に言うと「宝珠核1個で4つの術式を展開する場合、各術式に割り振られるリソースは25%ずつに留まる」ことに着目し、「ならば4つの術式を4つの宝珠核を用いて展開したならば、各術式に割り振られるリソースは100%!展開速度も威力も飛躍的に向上するに違いない!」というかなり乱暴な理論である。

 

そもそも扱う魔導師が1人なのだから、そう単純な話にはならない。

 

それこそ「複数の宝珠核を同時使用できる器用さ」を持ち合わせた、「複数の宝珠核に通常と同じだけの魔力を、つまり核3つならば3人分の魔力を流し込める」ような、規格外の魔力量をもつ魔導師にしか実現不可能なのである。

……あっ。

 

 

「これには核が3つある。それぞれが『飛行系』『観測系』『射撃系』を分担しているという訳さ」

「…試みに問うが、その3つにした理由は?」

「私の趣味だ」

「でしょうねえ!」

 

墓地を後にしつつ、ターニャは突っ込んだ。結局そこに行き着くのか、と。

 

「まぁ、皇女が近接格闘戦と言うのも問題だし」

「そもそも戦闘参加の時点でアウトだ!」

「ハッハッハッ!気にするな!」

「気にするわ!」

 

 

先ほども言った通り、宝珠核のリソースをそれぞれ100%利用しての「飛行」であり、「観測」であり、「射撃」である。

無論、各系統は複数の術式から構成されている。

例えば飛行系ならば、純粋に飛ぶだけではなく高度によっては『酸素生成』、『気圧調整』の術式が加わるだろう。観測系ならば「遠視」「気圧測定」「風速測定」「湿度測定」と言った、通常あり得ないレベルの観測が。射撃系になると「コリオリ力補正」「追尾」「貫通力向上」が加わる。

1個や2個の宝珠核では到底処理しきれない演算量だが、3つの宝珠核が分担してするならば話は別である。

 

 

「もっとも、今回重大な欠陥が発覚してな…」

「それは?」

「それはだな……」

 

 

 

皇女の口から語られる重大な欠陥に、ターニャは絶句することとなる。

 

しかし、その欠陥を内包してなお――

 

 

 

◇◇◇

 

同時刻

ルーシー連邦首都 モスコー 連合王国大使館

 

「義勇軍部隊との連絡は回復しないのか?」

『残念ながら…。前線は大混乱です。ここに帝国軍が来るのも時間の問題かと…』

「くそっ!」

 

前線に近い、旧連邦―帝国国境の町、ブレストに派遣した部下からの報告に、サー・アイザック・ダスティン・ドレイクは毒づいた。

 

「…やむを得ん。貴官らは直ちにモスコーに帰還せよ」

『ッ!し、しかしまだウィリアム中佐殿の安否が!』

「あれとてドレイク家の男だ。……分かってくれるだろうよ」

『…了解しました。直ちに当地からの撤収を開始いたします』

「ああ。よろしく頼む」

 

通信を切り、ソファーにどっかりと腰を落として、サー・アイザック・ダスティン・ドレイク大佐は天を仰いだ。

 

 

 

ウィリアム・ダグラス・ドレイク。

 

 

ドレイク一門期待の俊英にして、ダスティン・ドレイクの甥。

そして義勇軍第42飛行師団の指揮官として第二次ティゲンホーフ総攻撃に参加し、

 

任務中行方不明(MIA)

 

現在確認が取れているのは、「ティゲンホーフに事前情報の倍近い帝国軍魔導師部隊がいた」こと。「さらに市街地への突入直後、後背を別の魔導師部隊に突かれた」という2点である。その状況でも義勇軍魔導師が奮闘していたことまでは、ダスティン・ドレイクの耳にも伝わっていた。

 

その状況で、何故、義勇軍部隊は前への突撃を続行したのか。

あるいは後背を遮断され、まだ連戦で疲弊しているであろう前方の帝国軍を突破できる可能性に賭けたのか?

もしくは…。あの部隊は全体的に錬成不足。統制が失われ、遮二無二(約一名が)突撃するほかなくなってしまったのか…。考えたくないが、十二分にありうることであった。

 

結局、義勇軍部隊は壊滅。

何人かは脱出に成功し、モスコー方面に後退途中らしいが…。

もはや、組織的戦闘の継続は不可能だろう、と言うのがドレイク大佐の見解である。

 

「…悔やんでいても仕方ない。…せめてこの情報を、本国に届けなければ……」

 

そう言って、ダスティン・ドレイクは机に広げられた記録に視線をやる。

そこに記されていたのは――

 

 

 

 

 

 

『帝国軍、爆撃機を距離15,000で撃墜出来る術式を開発した模様』

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

『由々しき事態ですな』

『然り。もはやあの娘が敗れようとは…』

『あの娘はどうなったのだ?』

『――――――――――』

『困りましたな…。これ以上の介入はあの世界を壊しかねない』

『人々を信仰に目覚めさせる…。なぜこれほど難しくなってしまったのか』

 

『そもそも困難の中にあることで信仰に目覚めさせるというのが間違いだったのでは?』

『…間違い?』

 

『ああ、言語選択に誤りがありました。困難は困難でも【適切な困難】を用意する必要があるのではないかと』

『【適切な困難】とは?』

『ええ、これまで多くの人間を見てきましたが、時代を経るごとに、彼らは単なる困難では信仰に目覚めるどころか、神を否定する向きがあります』

 

『【神は死んだ】だったか…。何とおぞましい考えよ!』

『全く!創造主を何だと心得ているのか!』

 

『皆様の仰る通り。ですが、それは彼らが【物理化学】なる知恵の実を食らうたが故の悲劇。逆を言えば、【物理化学】に絶望する、【物理化学】の限界を見せてやるような【適切な困難】を与えれば、彼らは神にすがるのです』

 

そう言って、彼が自分の掌に投影したのは、とある東洋の島国でエリートにカテゴライズされた人間が、にも拘らず宗教に…もっとも、まがい物の宗教に縋り、道を外れていく様。

 

『…よりによってこの悪夢を持ち出すか』

『無論、これなる邪教は淘汰されねばなりませぬ。

しかし、信仰を失った現代の人間でも切欠があれば神に縋るという事実を示しております』

『…ふむ、そこで我らが正しき教えを諭してやれば良いわけか』

『その通り。いえ、先に降ろした聖遺物(95式)があり、教えに目覚めた正しき者(シューゲル)がおりますれば、道を誤ることも無いでしょう』

『いや、これまでの失敗もある。いざとなれば正しき教えを諭すよう、介入せねばなるまい』

『今すぐはまずいだろう。先ほども言った通り、世界が壊れかねない』

『然り。差し当たっては【適切な困難】をどうやって準備するかだが』

 

『そのことですが』

 

 

 

―― 既に、種はまいてございます ――

 

 

 




【悲報】
季節外れの人事異動発令により、当分の間大忙し

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