皇女戦記   作:山本 奛

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年末繁忙期のため、次回更新時期未定


軍政家

「誰がこんな不毛な戦争を続けたいと願うものかね?

熱々のピッツァとパスタを頬張りながら、愛と平和を語り合おうじゃないか」

イルドア王国 イゴール・ガスマン大将

 

 

 

~統一歴1927年3月~

 

「…まったく、恐ろしいものだな。我らが()()()殿()の勇戦ぶりは」

 

そうぼやく男の名は、イゴール・ガスマン。

イルドア王国陸軍にて大将を拝命する軍人にして政治家であり、イルドアきってのリアリストを自任する彼をして、否、全世界の人々の目からも、帝国の戦いぶりは「異常」の一言に尽きた。

 

開戦直後、戦いがこれほど長期化すると、想定していた人間はいただろうか?

協商連合、フランソワ、大公国に連合王国、挙句の果てには連邦までをも敵にして、帝国が戦い続けられると、誰が想像しえただろうか?

 

「それどころか現状、むしろ帝国の優勢といえるかと」

「ふむ。確かに」

 

属僚、カランドロ大佐の指摘に、ガスマン大将は頷いた。

アルビオン連合王国にルーシー連邦。

ひとつは世界最強の海軍国にして、七つの海を制覇せし老大国。

片や世界初の社会主義国家として誕生し、その巨大な国土と人口を計画的に運用する地球上の怪物。この両方を敵に回しながら、帝国は膠着状態を維持している。

 

 

「帝国海軍など、ロイヤルネイビーの前には手も足も出まい」

 

そう侮られていた帝国海軍は、艦隊決戦思想を放棄したかのように「通商破壊戦術」に特化。連合王国そのものを締め上げる作戦に出た。

この急激な方針転換に、地中海随一の規模を有するイルドア王国海軍人たちは驚愕した。

だが、ガスマン大将に言わせれば、何のことはない。

帝国は従来のルール(艦隊決戦)では勝てないから、自分たちに有利なルール(通商破壊)でやり始めたに過ぎないのだ。

 

 

そもそもの話、海洋国家たる連合王国と大陸国家である帝国とでは制海権の意味合いが全く異なる。

 

前者において、制海権はまさに「生存権」に等しい。

なればこそ、連合王国は如何なる強大な敵、それこそ神話に出てくる怪物リヴァイ()()()()を相手にしても勝利を収めるべく、世界最強のロイヤルネイビーを整備したのだ。

 

対して帝国の場合、制海権は連合王国ほどの重要性を持たない。

なんとなれば、大陸国家である帝国は物流の大半を鉄道輸送に依拠している。ゆえに帝国は――連合王国への上陸を企図していないのであれば――本土への上陸や艦砲射撃さえ防げれば十分なのである。

そしてそれは海上戦力に拠らずとも、陸上設置の沿岸防衛用要塞主砲――ある研究によれば、入念に構築、設置された要塞砲1門の戦力は、同口径の艦砲1,000門に匹敵する――、もしくは近年技術進歩の著しい航空戦力によってでも可能だ。

事実、帝国空軍は旧式とはいえ、作戦行動中のルーシー連邦海軍の戦艦を航空攻撃で撃沈している。

 

…こうしてみると、帝国の海軍方針の大転換は、むしろ当然の帰結のように思われる。

なにより、帝国海軍が真正面から戦って勝てる連合王国海軍ではないのだ。

加えて対連邦戦用に陸上兵器の増産もせねばならない帝国の戦略環境を鑑みれば、艦隊決戦思想を放棄し、低コストかつ連合王国の弱点を突く通商破壊戦に特化するのは――思い切った事ではあるが――言われてみれば、実に理に適っている。

 

事実、目に見えるダメージを連合王国()()()負っていないにもかかわらず、連合王国そのものは出血多量(船舶喪失)大量輸血(戦時標準船)で補っている状況。

今はまだ大丈夫だろうが、熟練船員とドックの不足は、じわりじわりとかの国を締め上げているらしい。

 

 

 

 

 

そして、帝国優位の状況は陸の上でも同様であった。

…いや、陸軍大国である帝国からすれば、むしろ本領発揮というべきか。

 

「帝国軍が連邦に攻め寄せたならば、かのボナパルトと同じ末路を辿るであろう」

 

――蓋を開けてみれば、帝国軍は各地で連邦軍を殲滅。

名将冬将軍に対しては、「退く」という対処法を繰り出している。勝っている状態からの「退却」など、そうそうできるものではない。それを帝国はなんと300キロも断行したのだ。見事というほかあるまい。

かくして連邦軍の味方であった筈の「空間」が、帝国軍にとっての「防壁」となるという逆転現象が発生。手に入れた「距離の防壁」を、帝国は拠点陣地構築の時間として活用した。

この陣地によって、帝国は前線兵力の削減に成功。

観戦武官や情報部の報告が正しいのであれば、あの広大極まりない連邦領において、帝国は十分な数の戦略予備を抽出することに成功したというではないか!

 

 

 

 

こうして見ると、カランドロ大佐の言うとおり、大戦は膠着状態であり、帝国有利の状態で推移していると言えるだろう。

だが、軍政家ガスマンの見るところ、それも砂上の楼閣に過ぎない。何故ならば――

 

「いったい幾らつぎ込んでいるのだ?」

 

近代の戦争はとかく金がかかる。

武器もそうだし、それなりにいいお値段のする砲弾すら、一日に万単位で消費するのが今日(こんにち)の戦争というもの。一日の戦闘で、そこそこの都市の年間予算額が吹き飛ぶと言えばその異常性が分かるだろう。

そんな国家史上の出費を4年以上続けているのだ。交戦各国が今までにぶちまけた戦費と若人の数は天文学的数値に達している。

 

…しかも、それほどの額を浪費していながら、戦争の終わりは全く見えないどころか、更なる泥沼の長期化が不可避と来ている。

負担は莫大極まりなく、勝利の見返りを楽しもうにも、ここまで行き着く戦争ともなれば、消耗戦の後には瓦礫と焦土しか残らないだろう。賠償金?おそらく敗戦国の身ぐるみを剥いだところで、雀の涙ほども戦費は回収できないに違いない。

各国は今のところ内国起債、つまり、タコが自分の脚を食うことで何とかしているが、いずれ破綻する。

今、この瞬間に戦争が終わったとしても、各国の経済には10年、いや20年以上深刻な悪影響が出るだろうとは、イルドア王国財務省の試算である。

 

『もう、限界』

 

そんな声が出てこない方が不思議なほど。

あるいは、意地になっているのかもしれないが、付き合わされる国民からすれば堪ったものではあるまい。

 

「なにより我がイルドア王国にとって、戦争の長期化は望ましくない」

 

戦争ほど、交易と世界経済に打撃を与える所業は無い。

確かにイルドア王国は帝国向けグレーゾーン貿易(中立義務違反スレスレ)で儲けて――危険料と言うことで、それなりにぼったくって――はいる。だが、その額は戦前の交易額と比べれば圧倒的に小さく、中小の商社では幾つか破綻するところが出ているほど。

 

 

 

 

ゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()として、イルドア王国は立たねばならぬ。

少なくとも、イゴール・ガスマン大将はそのように確信している。

交戦各国が息切れし、その莫大な戦費が誰の目にも明らかとなった今こそ、和平を結ぶべきタイミングなのだ、と。

しかし、ここにはある問題がある。それは――

 

「…しかし、閣下。交戦各国は我々の提案に耳を傾けるでしょうか?」

 

そう、そこが問題なのだ。

一応、同盟を締結している帝国はまだ「話をする」程度は可能だろう。

だが、帝国と絶賛戦争中の2か国が、その帝国の同盟国たるイルドア王国の和平案に耳を傾けるだろうか?

…無理だろう。

懸念を口にするカランドロ大佐に対し、ガスマン大将は問題ないと言い切った。

 

 

 

「『()()』を実行すれば話は変わる。準備の方は?」

 

 

 

「順調に進んでおります。…ですが、かなりリスキーな方法かと。参謀本部では帝国軍の激烈な反応を惹起しかねないと警告を発しています」

「だろうな」

 

ガスマン大将もその懸念は正しいと認めざるを得ない。

何しろ、今からしようとしていることは、端的に言えば『盛大にやらかす』行為に他ならない。

帝国軍の連中、激怒して国境線を越えてきかねない。東部戦線に余力を残している現状を鑑みれば、その危険は十分すぎた。

 

――しかし、である。

 

「では問うが大佐。()()以外に、『帝国と一蓮托生ではない』と証明する方法はあるかね?」

「…税関検査の強化くらいでしょうか」

「だろうな。しかしそれは即効性とメッセージ性に欠ける。しかも()()以上に帝国が激怒するに違いない」

 

今や帝国に届く香辛料やコーヒーの半分以上が、イルドア王国経由で運び込まれたもの。

それを絞れば、大将が進める『例の計画』以上に帝国を刺激することは間違いない。

…なんと言っても、コーヒーと食べ物の恨みほど恐ろしいものはないのだ。

その事を指摘されて頷く大佐に、ガスマンは続ける。

 

「なぁに、心配はいらんさ」

「…根拠をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

「単純な話だとも。――我々の安全は、帝国軍の優秀さによって担保される」

 

帝国陸軍参謀本部は実に優秀だ。それこそ、イルドア王国陸軍が計画している『アレ』についても即応できるに相違ない。

そして、その優秀さこそが、帝国をして「イルドアに侵攻しない」という選択を堅持させ続けると、ガスマン大将は確信している。

 

「誰が好き好んで多正面戦争をしたいと願うものかね?」

 

そう、全てはその一言に尽きる。

帝国陸軍参謀本部は優秀なればこそ、多正面戦争の愚を避けるべきという軍事常識に忠実であるに違いない。

だからこそ、イルドア王国は『アレ』を実行出来る。

事前に通告されていないそれは、帝国陸軍に少なからぬ衝撃を巻き起こすだろう。

そしてそのことが、イルドアは帝国と心中する運命共同体では()()と言うことを全世界に知らしめるシンプルかつ的確な方法であるに違いない。

 

 

「それに、ドゥーエ顧問という切り札もある」

 

イルドア王国空軍()()()()顧問、ジュリオ・ドゥーエ。

 

あるいは彼という存在が無ければ、ガスマン大将とて『アレ』を実行するのを躊躇ったかもしれない。なんとなれば、彼こそが帝国の()()()()()との強いパイプを有している人物であるからだ。

 

「…しかし、信用できるのですか?」

「と、いうと?」

「正直に申し上げれば…、帝国に買収されているやもしれませぬ」

 

カランドロ大佐の心配は杞憂とは言い切れない。

なにせ昨年のクリスマスには、なんと、帝国から戦略爆撃機の図面を供与されているくらいなのだ!

極初期生産型の図面であり、かつ再譲渡禁止とはされているが、だとしても、帝国空軍が誇るSB-1のそれをプレゼントされるという時点で、ドゥーエという人物は要注意人物であった。

しかし、大佐の懸念をガスマン大将は鼻で笑う。曰く――

 

「あの御仁にそれだけの能力があったなら、現役時代に不遇をかこってはいなかったろうさ」

 

実際、現役()()士官時代のドゥーエは不遇だった。

端的に言えば、彼の航空用兵思想は、あまりに先進的過ぎた。彼は航空戦力の運用を巡り参謀本部と激しく対立し、挙句、航空戦力の運用と軍備拡張に関して政府を過度に批判したとして軍法会議で一年の禁固刑に処せられ、予備役編入。そのまま退役に追い込まれたという経緯がある。

その後、在野の一軍事評論家として活動していた彼が、イルドア王国空軍最高名誉顧問に返り咲けたのは、偏に帝国空軍が彼の提唱した「戦略爆撃」を現実のものにしてしまったからである。

 

「かの御仁とは10年以上の付き合いがあるから断言しよう。あの人の頭の中にあるのは空軍のことだけだ。少なくとも政治的な謀略の類には全く関心が無い」

「…だからこそ、『メッセンジャー』を任せたと?」

「然り。…もっとも、政治嫌い過ぎて仕込むのに相当苦労したが」

「それはまた…。恐れながら、人選を誤ったのでは?」

「大佐。それは違うぞ」

「と、仰いますと?」

 

今度は能力的――主に腹芸と政略が出来るかという――資質でドゥーエに懸念を示す大佐に、ガスマン大将は教えを垂れる。

 

「覚えておくと良い大佐。我々軍人はとかく『能力』で人を峻別してしまうきらいがある。だが、友人関係、信頼関係というのは能力だけでは構築できん。

――その点、ドゥーエ殿は『例のあの姫』と極めて親密な間柄にある」

 

それはイルドア王国高級将校なら誰もが知っている「大捕り物」から始まった喜劇。

まさか、婚約話が嫌で逃げ出してきた帝国の姫を保護したのが縁で、こういう話になるとは誰も予想していなかったに違いない。

いやはや、人の縁とは不思議なものだ、とガスマンは笑う。

実際、駐帝国イルドア大使との面会は外務省で済ませる帝国が、ドゥーエ()使()の名前で申し入れただけで、あっさり会合をセッティングしたほどである。そのあまりの変わりように、ガスマン大将も苦笑したほどである。

 

 

「そういう訳で大佐、我々の安全は帝国陸軍参謀本部の優秀さと、ドゥーエ特使の存在によって担保されている。…これでも不安かね?」

「我々参謀将校は『常に最悪を想定せよ』と叩き込まれております。…しかし、閣下がそれほどまでに仰るのです――

 

――やりましょう。我々がなすべきことを」

 

 

 

かくして数日の後、駐帝国イルドア大使館から帝国外務省を経由して、帝国陸軍にとある通知がもたらされることとなる。

その内容は――

 

 

 

『4月1日の集結を目安として、大規模動員演習を開始す』

 

 

 

――それが何をもたらすのか、今はまだ、誰も知らない。

 




それでは皆様、よいお年を
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