皇女戦記   作:山本 奛

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セバスチャン・ト・ホリ攻防戦(その2)

『本日の東部戦線~クリーミャ半島より~』

――さる6月20日、帝国軍東部軍はルーシー連邦南部にあるドニエプル川を突破。

精強なる鉄獅子戦車隊を先頭に立てた我が軍は連邦軍を正に鎧袖一触、向かうところ敵なし!

嗚呼、報道協定のため、読者の皆様にその雄姿をお伝え出来ないのが誠に残念であります。しかしこれも防諜のため、ひいては帝国のため、ご寛恕賜りますよう伏してお願い申し上げます。

さて、我が軍はウラーンゲリ将軍率いる自由ルーシー軍と共同し、夜を日に継いでの猛進撃を続けております。

同氏は20年余り前、ルーシー帝国の革命政権、今の連邦政府の暴力革命に対し、最後まで徹底抗戦を貫いた名将。同氏の書斎には、今でもルーシー皇帝陛下の御真影が掲げられているのであります。まこと忠臣の鏡と申せませう。

悲劇の名将たるウラーンゲリ氏を擁し、自由ルーシー軍は意気顕揚。故郷を、自分たちの祖父母が涙ながらに別れを告げた故地を取り戻さんと熱く燃えるその闘志には、我々帝国人も驚嘆させられることしばしば。

私と行動を共にしてくれている上等兵殿も、その熱気に感嘆して曰く、「我々も負けてはいられない」。我が軍もまた、闘争心を滾らせておるのであります。

我が帝国軍は彼らと肩を並べ、将軍が涙を呑んで脱出船に乗り込んだ港、今はルーシー連邦黒海艦隊の母港となっているセバスチャン・ト・ホリ軍港を『奪還』すべく、快進撃を続けております。

 

正義は我ら帝国にあり。神よ我らを導きたもう!

 

~7月某日 帝都中央新報「従軍日誌」より~

 

 

 

 

 

 

 

 

統一歴1927年7月5日

クリーミャ半島東部 ケルチ近郊 帝国軍陣地

 

「………暇だ」

 

抜けるような青空を見上げて、ロートマン一等兵は呟く。

その呟きに、近くでのんびり兵隊煙草を燻らせていたフィッケル軍曹は首を傾げた。

 

「なんだ、唐突に?」

「軍曹殿、俺たち最前線にいるんですよね?」

「そうとも。だから一日中機関銃にかじりついてるんじゃないか」

「…その機関銃、最後に撃ったの一昨日ですよ?」

「そうだな」

「迫撃砲に至っては、今週に入って使った記憶がありません」

「そりゃそうだ、敵が近づいてこないからな」

「そこです、軍曹殿。なのになぜ攻め込まないんです?」

 

フィッケルはそこで、ははぁ、と合点した。

ロートマン一等兵は今年の春に配属されたばかりの新兵である。

それまでは内地のどこかで…、そう、ちょうど彼が手に持っているような、勇ましい文面に彩られた新聞を読んで育ってきたに相違ない。

 

――なになに…?…ふむ、嘘は言っていないが本当のこともほとんど言っていない。

あのご老体は確かに元ルーシー帝国軍人だが、名将といえるほどの赫々たる戦果をあげたかは疑問だ。ついでに亡命暮らしが長かったせいか、どうにもくたびれた老人にしか見えない。皇帝陛下の御真影を未だに持っている?…初耳だな。前線に書斎があるなんて聞いたことがない。

なにより自由ルーシー軍だ。そんな連中いただろうか?

…とまぁ、出るわ出るわ。なるほど、従軍記者とやらも大変な職業と見える。

そんな内容を書き連ねた新聞が、その週のうちに前線に届く帝国の鉄道網に感嘆するべきか、それともそんな「安っぽい」宣伝ばかり読んできた青二才が前線に出てくる現状を嘆くべきか…。

一瞬考えたフィッケルだったが、隣の銃座にちょうどいい人材がいることを思い出す。

 

「ふむ、貴様にいい話を聞かせてやろう…。ベッカー伍長!ベッカー伍長はおらんか!」

「ハッ!ここに」

「すまんな伍長。そこなロートマン一等兵が穴掘りに飽きて、ケルチに突撃したいと言い出したのでな」

「え“!?」

「ははぁ、いかんなロートマン。市街地なんて好き好んで攻め込む場所ではないぞ」

「そうなのですか?」

「「うむ」」

 

重々しく頷く先達二人の脳裏に浮かぶのは、およそ一年前の『ミルスク攻防戦』。

あれは楽な仕事だった。

なにしろ彼ら歩兵の仕事は、友軍が司令部を刈り取り、右往左往している間に包囲された連邦軍を逃がさぬよう適当に砲弾を投げ込み、最後は戦車の後ろについていって制圧するのみ。

結局散発的な抵抗こそあれ、ミルスクの市街地では戦闘らしい戦闘はついぞ発生しなかったのだ。

 

「…だが、その次のスモレースクは酷いものだった」

 

スモレースク。

その都市は昨年の暮れ、東方電撃戦で勢いに乗り、このままモスコー攻略の第一歩としたい帝国と、モスコー防衛のための時間を稼ぎたい、いや、あわよくば帝国軍の進撃を頓挫させんと目論む連邦軍による攻防戦の舞台となった。

 

「ありゃぁ、酷いもんだった」

 

苦虫を百匹ばかりかみつぶしてしまったような表情で頷く軍曹の横で、ベッカー伍長もうんうんと頷く。

 

「いい機会だロートマン、貴様にもあの時の話をしておいてやろう」

 

――そうすれば、新聞とラジオに描かれた『戦争』とやらが、いかに滑稽なおとぎ話であるか少しは分かるだろう、と。

 

「攻撃はまず空軍の急降下爆撃から始まった。いつも通りにな」

 

無論、国際法違反を避けるために非戦闘員への退避命令を出したうえで、である。

続いて砲兵隊がたっぷりと戦場を耕し、最後にフカフカになった敵陣目掛け、戦車を先頭に部隊が突入する。

…ミルスクではそれで片が付いたのだ。ミルスク「では」。

 

「ところが、スモレースクは全然違った」

 

連邦兵は瓦礫の山、半ば崩れたビルの屋上、細い路地…およそ人が入れそうな空間という空間に潜み、頑強な抵抗を示したのである。

 

「戦車は市街地にはめっぽう弱くてな。そこに連中が『対戦車ライフル』なんてものを持ち出してきやがったから大変なことになった」

「砲兵の支援は…?」

「んなもん、敵味方が近すぎて撃てやしねえよ。ついでにほとんどの場合、射線にビルが被ってたらしい。なおのこと撃てないわな」

「一回、無理に撃った砲撃がビルを倒壊させ、一個小隊がその下敷きになったことも…」

「…あったなぁ、そんなことも」

 

同じ理由で空軍も打つ手なしの状態に陥った。

なにしろ急降下爆撃を行うには障害物が多すぎ、水平爆撃では友軍を誤爆する可能性が高すぎた。

対策としては一度、ちょうど近くで実戦投入に向けたテストを行っていたフープシュラオバー――連合王国公用語でいうと「ヘリコプター」――に無理やり機関銃を据え付け、支援させても見たが…。

 

「微妙だったな」

「ええ、上空に留まって支援してくれるのはありがたいのですが…」

「如何せん、機関銃だからな。砲撃支援にはとても及ばんよ」

「魔導師でも同じことが出来そうですが…?」

「ちょうど間の悪いことに、そのころから連邦も魔導師を繰り出すようになってな…」

「あぁ、本当に最悪のタイミングだったな、あれは」

 

かくして、帝国軍が頼れるのは迫撃砲と機関銃、おのれが手に持つ小銃に限られることとなる。…そう、連邦兵も同じ程度のものは持っている小火器の類に。

 

「突撃砲は無かったのですか?」

「ほとんどなかったな。確かあのときが実戦初投入じゃなかったか?」

「そのはずです、伍長殿。『これで勝つる!』と、あの時の小隊長が喜んでいたのを覚えております」

「ああ、そうだった。あの人の妙な訛りも懐かしいなぁ…」

 

何しろ、帝国軍最大の20.3センチ砲である。

それまで最大だった15.5センチ砲と比べ、砲弾重量は実に二倍。当然、中に詰められた爆薬の量も段違いであり、フィッケル軍曹らが勝利を確信したのも無理からぬ話であった。

 

 

――ところが。

 

「…今じゃ信じられんだろうが、あの時のブルームベアはほとほと役立たずでなあ」

 

当時のブルームベアはベースのⅣ号戦車車体に、20.3センチ砲と重装甲を載せた代物だった。結果、元になったⅣ号戦車よりもかなりの重量増を来し、試作段階で足回りに不安を抱えていた。

この時点で改良が必要なことは技術局も認識していたのだが、激化するスモレースク市街戦に陸軍中央は技術局の反対を押し切り、試験を半分以上繰り上げて、早々に送り込むことを決定。

 

結果――

 

「我々の仕事に『突撃砲のお世話』が加わった瞬間でしたな」

「ああ、あれは酷かった。ちょっとした窪みでもすぐに引っかかるし、交差点で曲がると三回に一回は足回りがおかしくなった」

「しかも重すぎて、牽引車両一台ではどうにもならず…」

「どうしようもならなくなって爆破処理したこともあったな」

「そんな…!」

「無論、どうにかしようとはしたとも」

「窪みがあれば埋め、邪魔になりそうな電柱を引き倒し――」

「――邪魔な角の建物は工兵が爆薬で吹っ飛ばし――」

「――履帯が切れたら修理を手伝い…と、まぁこんな感じでしたな」

「それでも20センチは偉大だった。だからこそ、改良型に我々はお世話になっている訳だ」

「しかし…、あの状態からよくぞここまで改良したものですなぁ」

「まったくだ。おかげでだいぶ楽になった」

 

これは車体を一回り大きい、通称Ⅳ号『ラング』車台――元はフンメルⅡ用に開発された車体だ――に変更するという実にシンプルな解決法によるものだったが、フィッケルらはそこまで把握している訳ではない。

ただ、20.3センチという巨砲が使い物になって、自分たちの前にいるという事実が重要なのである。

 

「…小官には全く想像もつかない状況です」

「残念だがロートマン君」

「本題はこれからなのだ」

「…マジですか」

 

マジである。

 

自慢の機甲部隊も砲兵も、空軍からの支援も受けられない帝国軍と、廃墟と化した市街地に立て籠もる連邦軍との戦い。それは、廃墟の一つ、部屋の一つを奪い合う熾烈な消耗戦へと突入することとなったからである。

 

「瓦礫という瓦礫、クレーターというクレーター、部屋という部屋…。そのどこに連邦兵が潜んでいてもおかしくない状況で、しかもこっちは重砲が使えない状況…。…想像がつくかね、ロートマン一等兵?」

「…想像するだに恐ろしい状況であります」

「だろう?しかもこっちはそんな事態を想定してなかった。隣の部屋に連邦兵がいる、そんな状況をな」

「小官は今でも夢に見ます。…夜中に煙草を吸いに行ったやつが、翌朝川に浮かんでいたことを…」

 

電気供給が途絶えた夜の町で、煙草の火は意外なほどに目立った。

極度のストレスがかかる戦闘下における束の間の一服。

――それを我慢できなかったものは、永遠の安息へと誘われたのだ。

 

「しかも、苦労して制圧したところで、翌朝には何の意味も無くなっている」

「えっ、何故です?」

「下水道だよ」

「下水道?」

「そうとも。あるいは地下水路とかだな」

 

スモレースク攻防戦が始まった数日後、帝国軍は一度制圧したはずの廃墟からの攻撃を受けた。予想外の事態に司令部は慌てふためき、徹底的な調査を命じた。

そうして判明したのは――

 

 

「連中、夜の間に地下を通って俺たちの後ろに忍び込むんだ」

「昨日制圧したはずのビルに連邦の狙撃兵が入り込んでるんだ。まったく、アレに何人やられたか…」

「一度など、起き抜けに敵と鉢合わせしたことがあります、軍曹殿」

「そいつは災難だったな。よく無事だったものだ」

「自分を問答無用で『バリツ』道場に叩きこんだ親父に感謝ですな。そんな日が来るとは思ってもみませんでしたが」

「はっはっはっ!そりゃ傑作だ!」

 

口では笑いながらも、当時を回顧する二人の顔は苦り切っている。

無理もないだろう。朝、共にスープを啜った戦友が僅か十分後に狙撃に斃れる。そんな光景が当時のスモレースクでは日常だったのだから。

 

「結果、昼過ぎまで後方の再確認と秘匿通路の破壊で終わる。運が悪けりゃ丸一日」

「瓦礫の山を一日中駆けずり回って前進出来るのは精々10m。そして翌日になったら振出しに戻ってるんだ…。やってられねえぜ」

「まったくです、軍曹殿。…ここだけの話、小官は毎夜『起きたら帝都のベッドだったらいいのに』と願っておりました」

「奇遇だな伍長。俺もだ――だからな、ロートマン」

 

先達二人は年若い、そばかす交じりの青年の両肩をポンと叩く。

スモレースクで壊滅判定を受けた12軍に、後からやってきた前途ある若者に幸あれ、と。

 

「俺たちゃ軍人だ。命じられれば市街地だろうが下水道だろうが飛び込んでみせるとも」

「しかし、命じられてもいないのに突っ込むのは愚の骨頂だ。覚えておけよ、一等兵」

「は、はっ!」

 

 

◇◇◇

 

同時刻

クリーミャ半島東部 ケルチ西方

帝国陸軍 第12軍司令部

 

 

「…しかし、平和だな」

 

 

ロートマンと同じように呟いたのは、誰あろう帝国陸軍第12軍司令官、フランツ・バルダー大将その人である。

 

「仕方ありますまい。参謀本部のオーダーが『ケルチを攻略()()()』なのですから」

「まったく、参謀本部も妙なことを考えるものですな」

「まぁ、そう言うな。言っている理屈も分からんものではない」

 

そう言って、バルダー大将が取り出したのは一通の命令書。

そこには先ほど参謀長が口にしたとおりの『攻略中止』命令と、その理由が書き連ねられていた。曰く――

 

――ケルチ海峡は連邦軍、とくにセバスチャン・ト・ホリ守備隊にとって死守せねばならぬ交通の要衝である。ゆえに同地守備隊の抵抗は想像を絶するものであることが容易に推測される。

――仮に攻略、海峡遮断に成功した場合でも、連邦が直ちにその奪還に動くことは明白である。そうなれば、攻略時点で少なからぬ損耗を出している我が軍は不利な状況に立たされるであろう。

――上述の死守、奪還いずれの場合でも、連邦軍黒海艦隊による艦砲射撃が不可避である。この点から沿岸部の占領、攻略は同艦隊壊滅以後に行うことが望ましい。

――仮にケルチ海峡奪還に連邦軍が動かなかった場合、それは連邦が「別ルート」を開拓した証左である。この点、ケルチ海峡を連邦側に留めおいた方が、敵輸送船団をわが空軍の爆撃可能圏内に捉えることが可能であり、効率的である。

 

――以上のことから、第12軍はケルチへの総攻撃を実施するべからず。同軍指揮官が適当を思慮する距離を保ち、状況の変化に即応できるよう待機すべし。

 

「参謀長も一度経験しただろう、戦艦の艦砲射撃の恐ろしさは」

「ええ…。アレは酷いものでした。陸の重砲が海の上では豆鉄砲扱いとは知っておりましたが」

「30センチ砲の射撃など、陸ではそうそうお目にかかれんからな。そういう意味では上の判断は正しいだろう」

 

それに――

バルダーは続ける。

 

()()()()()()を邪魔するわけにも行くまい?」

 

そう言って、大将閣下が双眼鏡片手に指さす方向。

 

 

――そこには、轟音とともに立ち上がる巨大なキノコ雲の姿が、あった。

 

 

◇◇◇

 

Sミーネ、という武器を覚えているだろうか?

昨年の春投入された「跳躍地雷」のことである。

 

これはどこぞのミリオタ、もとい皇女殿下の発案による新兵器ではあったが、当初帝国陸軍人の多くが懐疑的な見方を示していた。曰く――

 

「地雷ごときに、そこまでこだわる必要があるのか」

「調達価格を考えれば、従来型のものを増産した方が良いのでは?」

 

――なにしろ地雷という武器自体、かなり新種の部類に含まれる時代である。

そんな時代に跳躍地雷という概念がある方がおかしいのであり、結果を知らぬ外野が首を傾げるのはむしろ当然の反応だった。

 

同時に、戦果が判明するや反応が激変するのも自然だった。

 

「素晴らしい!一個分隊を制圧できるぞ!」

「広さあたりに必要な数も少なく、設置時間も短縮できる!」

 

現金な奴と言うなかれ、これが普通の反応である。

そして普通の人間は、続けてこう考えるのだ。

 

 

「もっと大威力のSミーネが欲しい!」

 

 

なるほど、跳躍地雷は成功した。

しかし、そうは言っても地雷である。

加害半径7mというのは地雷としては驚異的だったが、重砲のそれには遠く及ばない。

 

「重砲を空中炸裂させればより効率的なのではないか?」

 

陸軍がそう考えたのは道理であり、すぐさま時限信管により実行された。

しかし、有能なるライヒ軍人はこう考えるのだ。

 

「もっともっともーっと大威力のSミーネがあれば」と。

 

 

 

 

 

 

「無茶な要望である」

 

陸軍参謀本部砲兵科はそう回答した。

 

「これ以上の威力となると、20センチ以上の重砲を新規開発する必要がある。加えて、一個大隊丸ごと捕捉できる榴弾となると、彼我が近接している場合、友軍誤射の危険から著しく射撃に制限がかかってしまう。いずれにせよ実用的ではない」

 

しかし参謀本部とて「大威力空中炸裂榴弾」の有用性は認識している。

なにしろ連邦の兵力は無尽蔵。これを相手にするには既存の榴弾威力では不十分である、と言うことは衆目の一致するところであった。

 

ゆえに、ある一人の参謀が閃く。

 

「…空軍の重爆に投下してもらうのはどうでしょう?」

「「「「「それだ!」」」」」

 

確かあそこには、3トンまでの爆弾を詰めるバケモノ飛行機があった筈だ!!

 

 

『SB-1』

それが陸軍の言う「バケモノ飛行機」であり、帝国空軍が世界で初めて実戦投入に成功した()()()()()である。

 

そう、戦略爆撃機。

すなわち工業地帯や都市といった、敵国のライフラインを叩くことを目的とした機体であって、敵野戦軍を直接叩くことは想定していない。

そういう戦術爆撃はストゥーカやガラクシーの仕事であって、精密爆撃に向かない――厳密には、そのデカい図体から精密爆撃を行おうと低空に降りると撃たれやすい――SB-1の領分ではない。

 

――と、言いそうなものであったが。

 

「良いでしょう。前向きに検討します」

 

あにはからんや、意外にも乗り気な回答であったため、打診した陸軍の方が拍子抜けしたと伝えられる。ルーデルドルフ曰く、『…何か悪いものでも食ったのか?』

 

 

 

だが、この背景には当時の空軍が抱えていたあるジレンマがあった。

 

 

 

――時に、Sミーネが実戦投入されたのと同じ1926年の春。

事前の宣戦もなしに帝国領内に侵入してきた連邦軍に対し、帝国陸軍東部軍が各所で防衛戦を続ける中、いち早く反撃に転じたのが空軍であった。

SB-1もまた、連邦軍の後方拠点…司令部や飛行場、鉄道操車場を叩くべく出撃し、とある新兵器を投下した。

 

『集束爆弾』

 

現代で言うところのクラスター爆弾である。

帝国空軍のそれは、通常爆弾とほぼ同サイズのケースの中に、重量2キロの小型爆弾を内蔵していた。ケースは投下後、時限信管により空中で破裂。まき散らされた小型爆弾は広範囲にわたって着弾、炸裂し面制圧武器として機能する()()であった。

加えてSB-1が抱えていた、「ペイロードは3トンあるのに、爆弾倉の広さの都合から250キロ爆弾だと9発しか詰めない」問題への解決になると期待されたのである。

 

しかし、である。

 

「…なんだこれは!?」

 

後日、空軍の爆撃を受けた鉄道操車場に乗り込んだ東部軍兵士の叫びである。

 

「これ全部不発弾か!?」

「工兵隊を呼べ!一時退避だ!」

 

この新兵器、技術的にいささか早すぎた。

『クラスター爆弾の不発弾問題』

それは、この兵器が誕生した瞬間から付き纏い、西暦世界21世紀の米帝ですら解決できていない宿命的問題。

しかも今は統一歴1926年である。幾らこの世界の技術進歩が5年ないし10年進んでいるとは言っても、しかもそれが新兵器ともなれば限度があった。

 

 

『35%』

 

 

それが、空軍に突き付けられた驚愕の数字であった。

ちなみに現地で調査に当たった陸軍からのクレーム付きで、である。曰く、「貴殿らの仕事には敬意を表するが、友軍に地雷を仕掛けるのはご遠慮いただきたい」。

 

以来一年以上、帝国空軍は何とかこの問題を解決しようと苦労を重ね、今では不発率は半分程度に落ち着いてはいる。だが、それでも15%である。

特に春先、雪解けでぬかるんだ地面に投下した場合、この数字は極端に跳ね上がる。しかもそんなところに落ちた不発弾は、泥に呑み込まれて完全に「地雷」と化す。

当然のように、北方管区からは極めて短いながらも正式な抗議文書が届いた。

 

 

「大至急、爆弾と地雷を区別されたし」

 

 

これに反論できず、クラスター爆弾は事実上、使用中止となった。

あまりの惨状に空軍ではクラスター爆弾の開発打ち切り、200キロ級爆弾の形状改良による搭載可能量の増大、はてはボフォース社製40ミリ重機関銃を搭載する対地攻撃専用機「ガンシップ計画」を検討しつつあった。

…最後の一つ、絶対にどこかの誰かさんが絡んでいそうな気がするのだが。

 

ともあれ、そんな最中の陸軍からの打診である。

先述の経緯から無下に断ることも出来ず、加えてこういう打算もあった。

 

「陸軍の言うように空中炸裂で大威力が出せるなら、集束爆弾にせずとも面制圧爆弾が出来るのではないか?」

 

何しろSB-1の搭載上限、3トン爆弾である。

2乗3乗則の問題――爆発による殺傷半径を2倍にするには、爆発時に生じる高圧ガス球体積、ひいては爆薬量を8倍にする必要があるということ――があるとはいえ、それほどの超大型爆弾ならばかなりの範囲を吹き飛ばすことが出来るのではないだろうか。

 

――なにより不発が一目でわかるし。

 

かくて数日のうちに陸空共同計画『フライング・マウス』がスタートした。

とは言え、重量も投下母機も決まっている以上、外形はほとんど直ぐに決定。ただ一つ、技術者たちの頭を悩ませたのは――

 

「…どうやって、高度1mで炸裂させる?」

 

そこだった。

Sミーネの場合、打ち上げと同時に作動する遅延信管、もしくは外筒との間に結ばれたワイヤーによって炸裂するから、高さ1mでの起爆には苦労しなかった。

では、高々度から投下される――その威力から、低高度では母機が巻き込まれるため使用不可能と早々に判断された――爆弾の場合はどうすれば良いのだろうか?

 

時限信管…、投下高度、母機の速度、気圧条件は毎回異なる。そんな条件で、時限信管のみで高度1mで炸裂させる?…あまりに『運』頼みが過ぎる。却下。

 

近頃開発が進んでいる「レェダー」とやらを応用するのは?

…残念だが、高度1mを誤差なく検知する性能はない。それと恐ろしくデカいので爆弾に組み込むのは非現実的だ。

頭を抱える技術陣だったが、そこへ――

 

「おやおや、面白そうなものを作っているね?」

「で、殿下!?」

 

生来の気儘人にして、諸悪の根源とでも言うべき御仁が顔を出す。

なんでも「陸空共同開発」という響きに心惹かれ、政務の合間に顔を出したのだという。…そう言う随員の顔がやつれているあたり、相当急な来訪だったと見える。

可哀そうな随員を哀れみながら、尋ねられたからには答えるほか無いと、あまり期待もせずに新入り技術者の一人が問題点を説明した。

 

――彼は知らなかったのだ、『コーデリア・アルレスハイム』の正体を。

 

「なんだ、簡単なことじゃないか」

「…はい?」

「ちょっと鉛筆を貸してくれたまえ、5秒で終わる」

「はい!?」

 

絶句する技術者たちを前に、皇女殿下は爆弾の概略図に「一筆」加える。

そう、文字通りの「一筆書き」で爆弾の先端に書き加えたのである。

 

「シンプルイズベスト、やたら凝った設計にしようとするから上手くいかんのだ」

「…凝り性の塊の方が言うと、説得力がありますな」

「何か言ったかね?」

「いいえ、何も」

 

事実を知る随員がしれっと突っ込んだが、その場にいる技術者たちはそれどころではない。

まさか、一番の懸案事項になりそうだったものが、たった5秒で解決されるとは思っていなかったのだ。

 

 

一角獣(Einhorn)

 

 

後に同種の爆弾全般に冠されることとなるその名称が、その新型信管の形状を端的に表している。

なんのことはない、「信管を長さ1mの棒の先に取りつける」、たったそれだけのシンプルな方法であった。

 

ライヒ(うちの)技術者の困ったところは精緻に造りすぎることだ。機能さえ果たせるならば、単純な構造の方が良い」

 

そういった彼女だが、ついでに信管を三種類セットとすることも忘れなかった。

先端の信管、根本の信管――先端の信管が作動しなくとも、「棒」が折れることで作動する――、そして時限式発火装置である。

 

 

こうして、新型特殊爆弾『Ei3000』は比較的短期間のうちに完成した。

…のだが、完成してみるとちょっとした問題が持ちあがった。

 

 

『十分なテストが出来ない』

 

 

そんな馬鹿なと仰るだろうが、まぁ説明を聞いていただきたい。

 

この爆弾、それなりに良いお値段がする。

貫通を目的としていないから弾殻も薄く、強度も程々なのだが、やはり3,000キロもの物体である。製造コストは予想以上に跳ね上がった。

 

次に、危害半径の広さ。

…いや待て、それが目的だろうと仰るだろうが話を聞いてほしい。

この爆弾、総重量3,000キロ、弾頭に充填された炸薬量でも2,000キロほどもある。これが高度1.0mで爆発した場合、破壊半径は40m、爆風半径に至っては実に1キロ近くに達する。

 

「理論上は、だな」

「実地試験はどうするんだ?」

 

まさか半径1キロの街並みを実験用に造るわけにも行かない。

連邦の都市に落とす?

あまり褒められた所業ではない。と、言うよりも危害半径が広すぎて「攻撃してはいけない目標」、例えば中立国の領事館を巻き込みかねない。

 

さらに言ってしまうと、不発弾の問題がある。

この期待の新兵器がもし不発になり、敵国の手中に落ちてしまうとそれだけで大問題である。――この問題はのちに杞憂と判明するのだが、当時の空軍は極度の不発弾恐怖症に陥っていた。友軍に死傷者が出ていたのだからさもありなん。

 

 

――ならば万一不発弾になった場合、回収が容易な前線ならばどうだ?…ただし、友軍を巻き込まないよう、彼我の距離がいい塩梅で離れているところで。

――加えてその場所には連邦軍が大集結していると『モルモット』的な意味で丁度いい。…民間人なら良心が咎めるが。

――テストという意味では軟弱地盤や舗装道路、コンクリート施設や木造建物が程々に存在するような場所が望ましい。ああ、湿地もあれば言うことなしだ

 

そこまで考えて、関係者は口々にぼやく。

 

「そんな都合の良い場所、ある訳が……」

 

 

 

 

 

結論から言ってしまおう。

『あるじゃないか、ちょうどクリーミャ半島に』

 

 

 

 

 

かくして、『Ei3000』の記念すべき実戦投入――というよりテスト段階――はケルチ周辺で実行されることとなった。

 

不発弾対策――第12軍に即応態勢を取らせれば良い。

集結しある連邦軍――どれほどの範囲の敵兵が吹き飛ぶのか?また宿営地や弾薬集積所への効果のほどは?塹壕にも効くのか?

軟弱地盤――そもそもクリーミャ半島東部には湿地が多い。

舗装道路――多くはないが、無いわけではない。

コンクリート構造物――港湾設備なんて、その最たるものだよね。

木造建築――幾らでもあるさ。

加えて、海峡を渡る輸送艦隊――海上での使用は可能なのか、また効果は?――という望外の追加項目も得られるうってつけの場所、それが今のケルチ周辺なのだった。

 

 

「おかげで書類仕事しかやることがありませんな」

「実に結構なことじゃないか。スモレースクの二の舞はごめんだよ」

「ハッ、閣下の仰るとおりであります」

「ただし、観測は密に行うように。今後、我が軍の救世主になるやもしれん」

「ハッ!直ちに!」

 

 

そんなただ囲むだけで一日が終わる帝国軍と違い、やられる側の連邦軍第35軍としては堪ったものでは無かった。

 

「なんなのだ、あれは!?」

 

なにしろ敵地上部隊が侵攻してこない上、モスコーからは死守命令が出ているために後退することが許されない状況。しかも『増援を待って反攻に転じ、セバスチャン・ト・ホリ守備軍との連絡を急げ』とまで言われている。

 

「無茶を言うな!?」

 

それが第35軍に所属する兵士、士官、将軍たちの一致した見解であったろう。

なにせ数日に一度、帝国軍が落とすそれは一発で半径50m以内にあるものを消滅させ、1キロ以内にあるものをなぎ倒すのだ。

近くにいて即死出来た兵士はまだ幸運な方かもしれない。飛んできた破片や友軍兵士だった「モノ」によって半死半生の怪我を負った者、気圧の急激な変化で眼球が飛び出した者で野戦病院はさながら地獄の様相を呈した。

 

「…何なのだ、これは」

 

日に日に戦力はすり減り、特に移動が遅い野砲の類は軒並み消滅。

加えて、見たこともないような大爆発に晒された兵士達の士気は日に日に低下していく。

のちに第35軍の帰還兵が語ったところによれば、この時期、同軍では脱走を試みる兵士たちが続出。彼らに対する銃殺刑が日常風景になるという末期状態を呈していたという。

 

しかも、実情を知らぬ連邦軍最高司令部は増援を送り込み続けた。

兵士たちは何も知らされぬまま、ある者はケルチで消滅し、またある者は海峡で船ごと転覆――海面に落ちた場合、『Ei3000』はちょっとした津波を引き起こした――し、海の藻屑と消えたのである。一番幸運だったのは発狂して廃人となり、後方へと強制送還された兵士だったろう。

 

この結果に満足した帝国軍が、『Ei』系列爆弾の量産を決定したのは言うまでもない。

 

 

「…いっそこのままセバスチャン・ト・ホリを落とさない方が効率的かもしれん」

「流石に厳しいかと。3個軍をあの半島に張り付けたままにするのは困難です」

「ま、そうなるな。…()()()()()()()()の準備状況は?」

「間もなく完了します」

「結構。では、そろそろ仕舞としようじゃないか」

 

 

 

 

 

セバスチャン・ト・ホリ要塞陥落の日が、刻一刻と迫りつつあった。

 

 

 

 




●「これで勝つる!」
フラグは小隊長殿ご自身がきっちり回収なされました。小隊長ォーッッッ!!!!

●『バリツ』
みんな大好きシャーロックホームズに出てくる創作武術だ!

――と、筆者自身思っていたのですが、どうも1900年頃のロンドンに実在した混合武芸『Bartitsu(バーテイツ)』のスペルミスらしい。
経緯を簡潔に表せば――

①1901年のロンドン・タイムズが『Bartitsu』のデモンストレーションを報道する際、ミススペルして『baritsu』にしてしまう。しかも混合武芸ではなく「日本のレスリング」として紹介(日本の柔道要素も交じってるので嘘ではないが…)
②コナン・ドイルが『空き家の冒険』を執筆する際、上記ロンドン・タイムズを典拠にしたのでそのままミススペル(oh…
③『Bartitsu』が4年ほどであっさり廃れてしまい、人々から忘れ去られた結果「バリツ」なる謎用語だけがシャーロキアンによって全世界に広まる(ええ…

――と言うことらしい。これも一種の英国面か?(たぶんちがう

●『一角獣(Einhorn)
デイジーカッターで検索検索ゥ!!
さすがにMOABは無理でしょうね。重さ的に。
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