「貴様、選挙事務で忙しいのでは?」
ちびちび書いてたら一話分にはなった。あとはもうない
統一歴1924年のクリスマス。
平時であれば、人々は家族や恋人とのひと時を謳歌し、それに倍する男共が血涙を流すこの日。
協商連合国、その評議会は通夜のような空気に包まれていた。
「――以上の通り、これ以上の戦争は不可能です」
「…連合王国への脱出は?」
「連合王国側は受け入れる用意があるとのことですが…」
「オース港をはじめ、近隣の主要な港がすべて帝国軍に占拠された現状では…」
「ほかの港…軍港はどうだ?海軍艦艇で脱出できないか?」
「機雷をまかれるか、帝国北洋艦隊が待ち伏せております。これを突破しての脱出は不可能と言わざるを得ません」
「…飛行機はどうだ?」
「周辺の飛行場を抑えられました。既に、帝国軍機が進出しているとのこと」
「なんということだ…」
「そのため、制空権も握られております。5分飛べれば御の字です…」
まさに四面楚歌。
そこに、一人の伝令が駆け込んでくる。
「…報告いたします!帝国軍が外郭防衛ラインに到達しました!!」
「……あと、どれくらいもつ?」
「…最後の一兵まで、現地点を死守する覚悟であります」
つまりは、そういうことだった。
もはや勝ち目もなければ、生殺与奪の権も奪われた現状。ナショナリズムを煽るだけ煽って戦争に突入し、敗色濃厚となるや政権を投げ出した前政権を恨みながら、誰かがつぶやく。
『どうしてこうなったのだ』と。
その時、その場にいる誰もが思い出したのは二週間前の『悪夢』。
彼らは思う。あの瞬間に、自分たちの命運は決したのだと。
悪夢は12月8日に始まった。
その日の未明、もはや定期便と化した帝国軍陣地からの射撃が始まった。
ただし、その量はいつもとは桁違いであり、かつ、夜明けとともに航空機と魔導師による大規模攻撃が開始された。
さらに帝国軍歩兵部隊、戦車部隊が前進しているとの報を受け、協商連合軍司令部は帝国の大規模攻勢が開始されたと判断。後方からも兵力を増派して前線を維持しようとした。
ダキア戦役終結後、帝国が協商連合をつぶしにかかるのは予想されていた事態であり、事前情報から、この攻勢を帝国北方方面軍の総力を挙げてのものだと彼らは判断したのである。
この判断を咎めることはできない。
事実、この攻勢は帝国軍『北方管区』の総力を挙げてのモノであった。
だが、彼らにとって不幸なことが三つあった。
ひとつ、『西方防衛線』の構築により、共和国の予想以上に帝国中央軍が余力を残していたこと。
ふたつ、軍管区に囚われない、参謀本部直属
そして、『戦略航空艦隊』が完成していたこと。
◇◇◇
帝国首都ベルン
統合作戦本部
「して、戦況は?」
『極めて順調です。部隊の一部は間もなく協商連合国首都に到達します』
「結構。では予定通りに頼む」
『ハッ!』
「…北方戦線は片が付きそうだ。では、移動しよう」
帝国最高指導会議
「やはりこれは便利だな。もっと早くからこうしておけばよかった」
「…よろしかったのですか殿下?」
「くどいぞ総理。陛下の許可は頂いている」
統合作戦本部。
帝国最高指導会議。
いずれも戦時における作戦指導、国家指導を円滑ならしむるべく、皇太女ツェツィーリエが組織した常設機関である。陸海空の最高司令部を集めたものが前者で、政府首脳陣を集めたものが後者となる。
なお、必要に応じて前者のメンバーが後者の会議に出席することもあれば、その逆もありうる。
効率的な国家運営のため、形骸化していた統帥府、御前会議を撤廃改変したモノとも言えるが、何よりぶっ飛んでいるのはその所在。
「さすがの私とて、陛下に無断で王宮を改造はせんよ」
そう、この両者、中庭を挟んで王宮の東西に位置する。
もともとは晩餐会や舞踏会を開くための大ホールだったもので、皇女殿下曰く
「装飾がごてごてしてるのがあれだが、引っぺがせば済む話」とのこと。
今では中央に巨大な円卓が置かれ、その背後に同心円状に補佐官の机やいすが配置された一大司令部となっている。
余談だが、天井からはシャンデリアがぶら下がっている。
また、隣の部屋も大型通信室に改築――スペースが足りず、外側に増築した――されており、その通信能力たるやゼートゥーア准将をして『陸軍司令部よりも優れた発令所』と言わしめたほど。先ほどのように北方のルーデルドルフと直接音声通話することも容易である。
「なにより素晴らしいのは、渡り廊下ひとつで移動できることだ。そうは思わんかね海軍長官」
「…同意しますが殿下。一つよろしいですか?」
「構わんよ」
「その渡り廊下を造った中庭ですが、確か先々帝の像があったと――」
「そんなものは無かった。イイネ?」
「――
◇◇◇
同時刻
協商連合国・連合王国の中間点付近、公海上
「完敗、だな」
ダスティン・ドレイクは呟いた。
そもそも彼は、いや連合王国も共和国も、協商連合への支援には乗り気ではなかった。
共和国は協商連合こそが現在の苦境――ライン戦線で溶ける共和国軍人と戦費――の元凶だと考えていたし、連合王国は連合王国で、帝国と共和国の共倒れとそこに
とは言え協商連合国が敗れれば、火の粉どころか地獄の業火が自分に降ってくるのも分かっている。それゆえの介入であり、援助決定だった。
ただ、それは遅すぎた。
支援の第一弾が到着した翌々日に始まった、帝国の大規模攻勢。
これに対し、共和国軍支援部隊、
「だが、こんな化け物を持ち込まれたらどうしようもない…」
彼の手には一枚の写真があった。
これを連合王国に届けるためだけに、彼らは混乱のただなかにあるアーネルスネ港を民間船に乗って脱出したと言っても過言ではない。帝国軍の臨検を受けた際は、着衣の中に入れて隠したほどである。
それだけの脅威が、そこには映し出されていた。
全長、およそ70フィート。
全幅に至っては100フィートオーバーと言う巨大機。
エンジンを4基搭載しており、接近できた戦闘機パイロットの証言によれば、操縦席は
爆弾搭載量は不明だが、小型爆弾を雨のように投下していたことから、従来機とは桁違いなのは明白。
なにより、飛来高度20,000フィート(約6,100メートル)
まさに、別次元の化け物。
「…帝国はいつの間にこんな化け物を量産していたのだ……」
◇◇◇
遡ること10年前
帝室直轄領、レヒリン御料牧場
「本当によろしいのですか陛下?」
「構わんよ陸軍大臣。ツェツィーリエの言う通り、これからの帝国に必要なのは牛や馬ではなく航空機だ。そのために必要とあらば、牧場のひとつやふたつ、つぶしても構わん」
「…ご高配、痛み入ります」
当時まだ帝国空軍はなく、帝国における航空機開発は陸軍航空部が担っていた。
その開発拠点は首都ベルン近郊にあったが、飛躍的な技術進歩に伴い、そのころには手狭となりつつあった。
なにせ大型機の試験ともなると、一度分解してから貨車に乗せて遠くの大きな飛行場まで持っていき、また組み立てる必要があったのである。
そんな時に降ってわいた『 レヒリン御料牧場下賜 』。
広大な敷地を有し、かつベルンからの交通路も整備されたこの場所は、彼らにとって願ってもない好立地であった。
「ただ、その代わりと言っては何だが…」
「皇女殿下の『アレ』ですな。無論、全力で開発いたしましょう」
「無理を言ってすまんなぁ。あれは聡明なのだが、時々ありえない想像を膨らませるところがある」
「ハハ……。確かに、我々も『スケッチ』を見た時は唖然となりましたが…」
そう言って、彼は一枚のスケッチを思い出す。
そこに描かれていたのは、当時の飛行機からは想像もできない『未来の飛行機』
巨大な単葉の主翼。
主翼に取り付けられた4つのエンジン。
機体各所に取り付けられた機関銃座。
密閉された大型キャノピー。
爆弾搭載量に至っては3トン以上。
全てが既存のモノとはかけ離れており、航空部の技術者たちを唖然とさせた。
「ですが技術陣が検討したところ、理にかなっているとの結論に到達しました」
「ほぅ、まことかね?」
「ええ、現在の技術では困難ですが、今から取り組めば10年後には実現できるだろう、と」
「…あの歳で10年後を見通すか。我が娘ながら末恐ろしいことよ」
「………」
そう言って
皇帝としては頼もしい後継者だが、父としてはその早熟さにはつねづね空恐ろしいものを感じていた。
1歳で言葉を話し、7歳までに家庭教師を必要としなくなる。そんな娘。
恐ろしくない訳がなかったが、若かったころと違い、様々な経験を積んだ皇帝はそれを呑み込んだ。
何より、50を過ぎてやっと得た一人娘なのだ。
目に入れても痛くない、と言い切る自信があったし、実際亡き皇后に似たのか7歳の今ですら美少女と言い切れる容姿を持っている。
それに…と皇帝は思う。
人間いずれは死ぬ。皇帝とてそれは変わらない。
そして自分はもう高齢。娘は、ツェツィーリエは若くして帝冠を戴くことになるだろう。
であればこそ、我が儘は今のうちに目いっぱい聞いてやろうではないか、と。
かくしてレヒリン陸軍航空部試験場、今の『レヒリン航空技術センター』は誕生し、数々の名機を世に送り出すこととなる。
なお、皇女の我が儘は目いっぱいどころではなく加速した。
「次はこいつを作ってくれ」
「ヒャッハー!!おいてめえら!次に作る機体が決まったぞォー!!!」
「「「「「オゥイエーッッ!!!」」」」」
「…殿下、技術者がハイになりすぎてヤバイので自重してください」
「だが断る」
(知ってた)
◇◇◇
時を統一歴1924年に戻そう。
協商連合軍は12月8日に始まった帝国北方軍の攻撃をよく凌いでいた。
地の利を活かし、共和国、連合王国の支援もあってもなお綱渡りのような状況ではあったが、それでも持ちこたえていたのだ。
だが、状況は昼過ぎに一変する。
≪メーデー!メーデー!メーデー!≫
それは、前線観測所からの一報で始まった。
≪こちら第4中隊、敵超大型爆撃機を視認!!≫
≪超大型とは何か。方位、高度、速度及び進行方向を報告せよ≫
そして、その報告に、司令部はもちろん傍受していた連合王国情報部、共和国司令部も瞠目することとなる。
≪ 4発の大型機、南西方向より急速接近中!高度
誰もが報告を疑った。
だがほかの観測所、前線からも同様の報告がもたらされ、事実であると判明した時、協商連合国はパニックに陥った。
実はこの新型戦略爆撃機――統一呼称『SB-1』(SBは戦略爆撃を意味するStrategie Bombenangriffの頭文字)、見た目はドイツ機らしい角張りを持ったB-17――は、ツェツィーリエから言わせれば「かなり妥協」しており、高高度性能及び爆撃精度に難があった。
このため、投弾前には高度を下げる必要があり、その状態ならば連合側戦闘機でも邀撃のチャンスがあった。
だが、そうと知る由もない協商側の対処は泥縄式となった。
まず、前線の戦闘機隊に爆撃機への対処を命じる。
だが、高度20,000と報告されていた帝国軍爆撃機は、戦闘機隊の接近を知るやさらに上昇。邀撃不可能と判断される。
なお、この間も帝国軍北方管区所属魔導師部隊との戦闘は続いており、邀撃に戦力を割いた結果、拮抗していた前線が崩壊の兆候を見せ始める。
同時に、後方に配置されていた戦闘機部隊、魔導師部隊にも同様の命令が下る。
帝国軍機隊が来る前に発進し、高度を稼いでおけば待ち伏せも可能ではないか、と言う希望的観測。だが辿り着けるはずのない魔導師部隊にも命令が出ているあたり、協商連合軍司令部の混乱がうかがえる。
結果、無理をして上がってきた戦闘機部隊はパイロットが失神するか、ヘロヘロになってきたところを帝国軍爆撃機からの防御射撃により撃墜されて壊走。
その後、投弾のために降下してきた爆撃機隊に対し、残った戦闘機隊、魔導師部隊が対処したが焼け石に水。
そもそも、オース港に配備された
では、その第五航空魔導大隊は何をしていたのかと言うと。
≪オース港が襲撃を受けているだと!?≫
≪ハッ!たったいま、オース港守備隊より緊急電が≫
≪くそったれめ!爆撃機は陽動か! ともかく戻るぞ!≫
≪大佐殿!総司令部の許可は!?≫
≪そんなものを待っていられるか!全機反転!!≫
地上部隊が傍受したこの通信を最後に、帰ってこなかった。
同日の帝国軍第203航空魔導大隊の戦闘詳報によれば、1430時にオース港各砲台を制圧直後、協商連合首都方面よりの来援と思しき敵魔導大隊と交戦、これを全機撃墜した、と記されている。
これに該当する協商連合軍部隊は第五航空魔導大隊しかないため、アンソン・スー大佐以下全員がこの航空戦で戦死したものと認定されている。
同じような状況は協商国全土で連日のように発生し、その抵抗は急速に衰える。
もはや全土が戦場と化し、オース港から上陸進行する帝国中央軍を止める戦力はどこにも残されていなかった。
そして、12月23日。
協商連合国は帝国側から要求のあった停戦及び和平交渉の開始に同意。
その命運は尽きたのであった。
◇◇◇
統一歴1924年12月24日
協商連合国首都近郊のとある飛行場
第203航空魔導大隊
「まさか最前線でクリスマスディナーが食えるとはな」
「海軍には感謝してもしきれませんな!」
「全くだヴァイス中尉。残念ながらアルコール類はないが、まあ、楽しくいこうではないか諸君」
「「「「「ハッ!」」」」」
「しかし、よろしいのですか?歩哨は立たせてあるとはいえ、このような…」
「構わんよ、セレブリャコーフ少尉。趨勢は決した。停戦が発効している以上、あとは外交官の領分だろう。何より
「はぁ――」
「何なら貴官だけ上空警戒でもするかね?」
「――働いた分だけ貰うのは当然ですよね!」
慌ててクリスマスチキンに齧り付く副官に苦笑しながら、ターニャは今回の超過勤務を思い出す。
「再出撃、でありますか?」
オース港襲撃作戦の成功後、北洋艦隊に降り立ったターニャに届けられたのはそんな内容の電文だった。確かに、再出撃は予定通りの行動ではあったが数日の猶予はあったはずだが、と訝しむ彼女に通信士官が続ける。
「ハッ。敵後方が想定以上に手薄であり、早々に無力化できると判断されたため予定を前倒しするとのことであります」
「…なるほど、よく了解した」
そういう事ならば納得だ。
早すぎる気もしないではないが、ターニャの目から見ても問題は無さそうである。
となればなすべきは単純明白。
「大隊諸君!追加出走だ」
かくてターニャたちはダキア同様、帰投したと思ったら再出撃と相成ったわけである。
今度の目標は首都近郊の飛行場。
ここにいる協商連合軍航空機を撃破し、飛行場を強襲占領するのがお仕事である。
「なお、我々の突入から30分後に海兵魔導師及びグライダー部隊が突入する。
我々の主任務はそれまでに敵航空機及び対空陣地を破壊するにある。何か質問は?」
「グライダーとのことでありますが、つまり滑走路は無傷で占領せよ、と言うことでしょうか?」
「多少の穴ぼこは構わんそうだ。ただし、出来れば大きいものは埋め戻してくれると助かるらしい」
「なるほど、カナリアの次は土木作業員ですか」
「そういうことだ諸君、セレブリャコーフ少尉のスコップ捌きに期待しよう」
「なんで私なんですかぁ!?」
だって君、スコップの名手じゃない。
ともあれ、飛行場占領は成功し、今では帝国陸軍機で溢れかえっている。
地上部隊との連絡も完成しており、協商連合国の首都陥落は秒読み段階と言えた。
それだけに、ヴァイス中尉も首をかしげる。
「しかし、この段階にまで来て停戦、講和交渉とは人が良すぎるのでは?」
「そもそも参謀本部は北方作戦に乗り気ではなかった。ルーデルドルフ閣下によれば占領統治もやりたくないらしい」
「…つまり、協商連合を滅ぼすつもりはない、と?」
「さて、私にもこれ以上は分からん。
今の我々の仕事は大いに食べて、英気を養うことだ」
「了解しました!」
だが、彼女は知らない。
数時間後、この飛行場に降り立つ人間のせいで、さらなる超過勤務を強いられることを。
※以下、本編とは全く関係ありません
「ちょっと超過勤務が過ぎるのではないか?」
「帝国の最高機密に触れたのだ。当然だろう」
「…サラシ巻いてるなんて強がり言う方が悪い」
「……よし決めた。ラインに送る前に特別休暇やろうと思ってたが取りやめだ」
「!!??」