夏と冬の年に二回行われる高校バスケットボールの全国大会。
昔は夏の方が盛り上がっていたが、年々冬も大きくなり今は冬のWCこそ最大の大会と呼ぶ人もいる。
各都道府県で勝ち上がった猛者が集うWC、それも大詰め。残り4校まで絞られた。
キセキの世代の獲得により勢いのついた桐皇学園を破り、その怒涛の勢いで今大会最大のディフェンス力を持った陽泉高校を破った誠凛高校。
そしてそれと戦うのはキセキの世代の獲得に成功した海常高校だった。
だが、その準決勝。
前試合で無茶をした黄瀬がベンチへと戻り、手に負えない状況へと変わった。
キセキの世代と同等の力を有する誠凛高校のエース、火神大我。そして帝光中バスケットボール部、幻のシックスマン黒子テツヤ。
「白河、行けるな」
海常の監督、竹内から声がかかる。
練習はした、ゲボ吐くまで走った、誰よりも努力した。
才能ないって、センスないって、バスケやめろって言われた。
でも、結局辞めれなかったんだよな。
中学、三年で唯一三軍とか苦い記憶。年下から侮辱され貶され、見くびられ。そんでもバスケは辞めれなかった。
高校で、馬鹿みたいに有り余った体力アピールして、プレイスタイルも変えて。誰よりも遅くまで練習して、そんで誰よりも早く体育館きて練習して。
それでもレギュラーにはなれなかった。
はっきり言って俺に才能はない。
黄瀬みたいに一度見たプレイを真似することなんて不可能だし、黒子みたいにパス回しに特化したり消えたり消したり出来るわけじゃない。あるのは精々スタミナとそれを使って相手の体力を奪う、そんな天才には及ばない大したことの無い技術。
それでも、監督に行けって言われた。
先輩達もまだ諦めてない。
いつもチャラい黄瀬も灰崎と勝負して怪我してんのに男だして…頑張って。
「ふぅー」
何だか最終回の主人公みたいになった気分だ。
負ければ先輩達が引退だからか、黄瀬があんなこと言ったからか。
どうも感情が抑えられない。
公式戦なんて久しぶりだ、もしかしたらミニバスくらいまで遡るかもしれない。
こんな大事な大一番。
黄瀬が抜けてチームの戦力が大幅に下がった俺たち海常。
それに比べてアッチは陽泉倒して、黒子がなんか凄い必殺技なんて出しちゃって凄い勢い乗ってる。火神とかいう天才は、まだ奥の手まで隠してる。このまま切り札を切られなければいいんだけど、さすがに望み通りには行かないだろう。
大きく深呼吸している時、海常の主将であり黄瀬のお目付け役でもある笠松さんが声をかけてきた。
「おい頼むぜ。コート入ってそうそう深呼吸とか緊張感無さすぎだろ」
「──笠松先輩」
「なんだよ」
「自分に才能ってあるものだと思いますか?」
白河は抽象的な質問を笠松にした。
「変なこと言ってんじゃねぇ!シバくぞ!!」といつもなら言っているが、白河の目を見て辞めた。大一番だが巫山戯ている訳では無い。その眼は真剣そのもの。
たまにある、訳の分からないことをたまに言い出す事は。白河にも、そして黄瀬にも。
笠松にとって黄瀬はもちろん、一年生でここに立っているだけで白河も充分凄い。だがそれは凄いやつと言うだけで天才であるかは違う。
誰よりも努力していたのを知っている。不満はない、だが不安は残る。
「さぁな。黄瀬なんか見てれば持ってるって思うよ。でも俺があるかって言われれば分からねぇ。ってのか本音だ」
「ですよね」
「さっきから何言ってんだ。こっちは劣勢なんだよ、頼むぜ白河」
「昔何回か言われたことがあるんですよ。才能がある、って。そいつは俺より下手っぴでドフリー外すような奴だったんですけど、気がついたら幻の六人目とか言われたりして」
それはかつての記憶、帝光中での苦い思い出の中の一つ。
白河よりも下手だった選手が二軍を飛ばして一軍へと上り詰めた選手のこと、本当に幻だったんじゃないかってくらい誰も気にしなかったけど白河はずっと覚えていた。
「俺、いつも才能なんて無いって言ってますけど。なんだか今日だけはそいつの言葉鵜呑みにしようかなって思ってるんですよ」
やっぱり悔しかったんだと思う。
自分と同じだと思っていた人間が、試合に出て活躍しているのを見て。嫉妬したのかもしれない。
「多分あると思えばあって、ないと思ったらないんでしょう」
さぁ、頑張るぞ。なんていいながら白河はコートに入って一人の相手選手の所へ行った。
それはかつて中学校時代、補欠として頑張ってきた元戦友の所へ。
「や、黒子君」
「白河くん。お久しぶりです」
「うん、久しぶり。バスケット、続けたんだね」
「はい。やっぱり僕はバスケが好きでした」
一度辞めたことを知っていた。
消えるように三軍から消えて、そしてレギュラーになったと思えばバスケ部からも消えて。
それでもやっばり再会した時はコートの上だった。
「みんなびっくりして研究してたよ。消えるドライブとか消えちゃうシュートとか。やっぱ黒子君は凄いね」
「僕なんて全然です。チームの皆が、火神くんが凄いんです。光が強ければ、それだけ
やっぱりすごいよ。
そう言って白河は笑う。すごくないと思っているのかもしれないけど、白河から見れば十分にすごい。消えるなんて人間業じゃないよ。
「僕より白河くんの方が凄いじゃないですか、海常で試合に出て」
「そんなことないよ、もし黒子君が海常にきてたら直ぐ公式戦にも出られたと思うよ。俺なんて今日が初公式戦だからね、こんな土壇場でデビューとか本当に参るよ」
それは災難ですね。
黒子はそんなこと言うが、そんなことない。確かに参っているが、実の所ワクワクもしている。
絶望的な戦力差、エースの不在、流れを変える選手もいない。
そんな絶体絶命のピンチに自分が──なんて考えたことの無いスポーツマンはいないんじゃな気だろうか。
ピンチはチャンスに変えられる。
山場なだけであってピンチじゃない、そう思わせるのは捉え方だ。ピンチをピンチと思わずチャンスと思え。
いつだってそれを跳ね除けるために練習を積んできたのだから。
「昔黒子君が言ってくれた言葉覚えてるかな。『才能がある』ってやつ」
「はい。覚えてます」
辿るのは過去の記憶。
思い出すのも難しい中学の会話。今まで覚えている方が気持ち悪いとも言える。
だけれど、それでもあの懐かしき記憶の言葉が今の白河には必要だった。
「それって今でも言える?」
「はい。白河くんには才能がある。と僕は今でも思ってます」
黒子の馬鹿にしたような言葉ではないそれを聞いて白河は安心した。
才能なんてずっとないと思ってきたし、自分自身そう思ってた。
でも、なんでだろう。試合中だからか?公式戦だからか?
不思議とその言葉が本当なんじゃないかって思えてくる。本当に自分には特別な何かがあるって。
「黒子君。ありがとね、なんか俺今ならなんでも出来る気がする」
今なら、本当になんでも出来そうだ。
「じゃあ先輩方、火神は俺が何とかします」
『は?』
「あ、言ってませんでしたっけ?監督からの指示です。ありったけ使って少しでも火神の体力減らしてこい、って言われてます」
白河の言った監督の作戦は最もなものだが、正直に言って海常メンバーは白河が火神を止められるだなんて微塵も思っていない。
白河はあくまで体力に優れていて、一試合よく走っても疲れを見させない体力お化けだと言うだけだ。
他に関しては正直並かそれ以下。
監督も止められないなら、その上でということなのだろう。
通すがタダでは通さない。それが狙い。
だが、なんでだろう。今のこいつならもしや──と思えるのは。
「じゃ、主人公くんが復活するまで頑張りますか!」
そう言って白河は体を伸ばし、火神のマークについた。
▲▼▲▼▲▼▲▼
(くっそッ、こいつやりづれぇ)
火神の第一印象はそれだった。
いつもより一歩多く動かされている、ワンプレーがいつもより長い。
種は分かってる。
この
だがそこに器用さはない。並か平凡、それが実力だ。
抜けないことはないが、一歩遠回りしなければ抜けない。
それが一度ではなく何度も続けば疲労が溜まる。
あくまでもやり難いだけ、抜けない訳じゃない。
「おい、ほとんど失点お前からだぞ」
「いやいや、それを承知で監督も出したんだと思いますよ」
「なんで弱気なんだよ!お前のさっきの、あれなんだよブラフか!?ブラフなのか!?」
「まぁ落ち着いてくださいよ。俺も今日が高校で初めての公式戦なんですよ、疲れ果てて倒れる前に雰囲気とか空気とか味わっておきたくって……でも────」
「───もう大丈夫です。次は必ず止めてみせます」
「なぁお前、俺を止めるって啖呵きってたじゃねぇか」
「え、聞こえてたの?」
火神が白河へ話しかける。
笑い話、だといつもなら気にしないし気にもとめないが、今回は訳が違う。
恥ずかしいな〜なんて頭を撫でながら話返した白河。火神はここで強者特有の匂いを感じなかった。
ある程度バスケットボールを続ければ、雰囲気が必ず出る。それは黒子でも見られなかった異様な現象。だが白河は匂いが強くない。火神のいるチームで例えるなら降旗くらいの実力だ。
だが不安を感じる、心のどこかで焦っているのだ。
そう思わせるだけの材料を持っている。
白河ってやつが出てきてから黒子が話していたことを思い出す。
『侮らないでください。彼は凄い選手です』
そう言ってた黒子に誠凛メンバーは聞き返した。
何が凄いんだ?と。黒子は確信のないようなことは言わない、だが海常の試合記録を見たところ白河は活躍はおろか出場さえしていなかった。
もしや黒子のようなシックスマンなのか?
ここまで隠してきた隠し球?
だが黒子から返ってきた答えは意外なものだった。
『分かりません』
『ただ、彼からは彼等と同じようなものを感じます』
買い被りすぎだ。そう火神は言ったが、黒子はどこか納得していない。
だから火神は少し警戒心を残していた。
白河というプレイヤーを見るまでは警戒するつもりだった。
だが、どこか侮ってしまったのだ。
──抜けなくはないが抜ける。
それは抜けるという確信からくる言葉。
抜くことが出来る、抜けないはずがない。
その驕りが、火神を止める一手となった。
『スティール!!』
火神の手元にあったボールは白河によって弾かれた。
誠凛のメンバーはそれに驚きを隠せない。
隙を着いた攻撃。
そう捉えるかもしれない、それでも勝ちは勝ちだ。
目に見える形でなくてもいい、ほんの一枚上手の方が強い。一歩早く、一点でも多くそれができた方が試合に勝つ。
それがバスケットボールだ。
スティールしたボールを白河は敵ゴールに最も近かった森山へとパスしてそのままゴールを決めた。少しだけ余裕のできた誠凛には思わぬ恐怖と不安を。そして海常にはひと握りの希望を。
開き始めた点差がほんの僅かに縮まった。
「マジ悪ぃな」
そう言って謝ったのは火神。
白河はなんのこと?という顔をしている。
「正直舐めてたわ、黄瀬の後だからってのもあるけど気が抜けてた。だがもう、次はねぇ!!」
「ありがとね。君良い奴だね火神君」
ちゃんと本当のことを言ってくれる。
でもそんな大層な選手じゃないことは自分自身がよく知ってる、相手は超高校級だ舐められるなんて当たり前。むしろハナから全力でやってくれる訳が無い。
だからかな、少し話してみたいと思ったのは。
この天才なら自分の感じているものをぶつけてもいいと思うのは。
「実はさ、バスケット辞めようとしたことあるんだよね。努力はしたけど結果が出なかったし、プレーすると下級生に指さして笑われたりしてさ。ま、君にはわからないと思うけど」
それは情けない話だった。自分の部活動がどんなものだったかを表すこと。本当に恥ずかしい話だ、凡才、いや非才の身にしかわからないだろう。こんな経験、してない人しかこの会場に居ないだろうし。
「そんでもさ、バスケット辞めなかったんだよ。ウチの高校さ、先輩とかいい人でさ、監督はイケメンに対抗したりする人で変な人だし、黄瀬も中学の時と比べたらすげー真面目になったりしてさ」
「あんま俺とかできた後輩じゃないけどさ。最高の形で部活を終えて欲しいんだよ」
「だから俺はお前を負かすよ。世話になった先輩達の為にもさ。そんでもって、凡人でも天才を倒せるってことを証明したいって密かに思ってる」
火神にボールが渡った。
瞬間白河も黙る、ボールを持った瞬間に悟ったのだ。
火神にスイッチが入ったということの。
本能が呼び起こされたような、そんな野生の獣のような集中力を見せる火神。
「それは俺達もだ!!負けられねぇんだよ!!」
想像の速さの上をいった速さ。
正直止められる気がしない。やっぱりどれだけ張り切っても天才の領域には足を踏み入れられない──っといつもなら思っていた。
無理だ、ダメだ、才能が違う、そう思っていた今までの自分から──一歩!!一歩だけ前に。
ダメダメで信用なんてしてなかった自分の才能ってやつに…。
「嘘だろ!?」
会場の誰かが言った。
だってあれは控え選手だろ。黄瀬でも止められなかった怪物を。
「おいおい、急ぐなよ。もうちょっとゆっくりして行こうぜ」
なんで控え選手が抑えてられるんだよ。
才能ってものは人に備わってるものなのかもしれない。
黄瀬の才能は胸とか掌とかに引っ付いて自分にも周りにも見えやすいのかもしれない。
対して白河の才能は頭の裏とか背中に着いているのかもしれない。
自分では気付かない。
周りに教えてもらえないと確認することすら出来ない。
白河にとってチームメイトとは重荷だった。
自分よりも上手い年下に貶され、こき使わされて。年齢が上だから形だけ指揮を取らされる。
そんな重荷のようなものだった。
だから今現在までチームメイトを本当の意味で信頼してなかったのかもしれない。深層心理でそう思っていたのかもしれない。
だがずっと才能を知らせてくれていた黒子に今、このタイミングで言われたからこそ。唯一自分を肯定してくれた黒子に言われたからこそ。
──白河の才能は開花を迎えたのかもしれない。
『ォォォオオオオ!!!!』
歓声がやけに耳に入る。
そっか、公式戦って観客がいるのか。見たこともないような人が俺に声援や賞賛を送ってくれる。
そっか。
「どけ!!白河!!!!」
目の前で起きる超高速ドリブル。
クロスオーバーなどを挟まれ、本来なら足が止まって立ち尽くしていただろう。
でも今なら──。
「だから待てって!!」
ついていける。
体が思った通りに動く。
寸分も違わない。
視覚が必要な情報だけを入手してくれてそれ以外を全てカットされている。
抜くことの出来ない、徐々に体力だけを削られボールを奪われる。
『やべぇ!!まだ火神からボール奪ったぞ!!』
一度入ればたちまち体力とボールの二つを失う。
『泥沼ディフェンス』そう呼ばれるのはもう少し先の話。
素早く反撃で点を決めて第3Qを7点差で海常は終えることが出来た。まだ海常の逆転の兆しはある。十分に追いつける点差だ。
▲▼▲▼▲▼▲▼
「正直ノーマークだったわ。まだこんな伏兵がいたなんて」
誠凛の監督は頭を抱える。
海常は黄瀬の完全無欠の模倣だけでも攻略がまだ出来ていないというのに、火神を止め、黒子の幻影シュートすらも破った。
出せる手札はそう残っていない、パンチのきいた切り札は殆ど攻略されていると言っていい。
なのに…。
「まぁ、やることは変わんねぇよ」
日向がリコをみてか割ってはいる。
「どちみち楽な道じゃねぇんだ、ここに黄瀬が揃ってないだけマシだと思おうぜ」
「俺は黄瀬が揃ってても構わないぜ!!です」
「うるせぇよ、ならさっさと白河一人くらい抜いて見せろ」
「うす」
日向のおかげて士気は悪くない。
思わぬ伏兵が隠れていたが、確かにものはいいようだ。あそこに黄瀬が加わっていないだけマシだ。
「そうでしょうか」
だが、黒子は一人だけ違うことを考えている。
確かに二人揃っていないのは嬉しい誤算だった。だが、黒子は一つ可能性を見落としてない。
「彼はまだ自分から攻撃に参加していません」
「凄いじゃねぇか白河!!」
「あはは、ありがとうございます」
状況だけ見ると悪くない、黒子のシュートに一時的だが火神の封印。ここまで出来ればあとは悪くない。
残り2分の黄瀬の復帰を待てば誠凛に勝てる。今の白河のディフェンス力と黄瀬の完全無欠の模倣が合わされば。
そう誰もが思った時。
──ガシャ!!!
コップのスポーツ飲料を白河が落としてしまった。
「あ、すいません。零しちゃいました」
誰も想像しなかっただろう。
体力馬鹿な白河がたかが10分やそこらでガス欠になっていることに。
「大丈夫っスか!?」
天才と凡人そこには壁がある。超えられない大きな壁。
だけどその天才が仲間だと思うと……ここまで心強いものなのか。
「ああ、大丈夫だよ」
後ろがいるってのは凄く安心できるものだ。
もし、自分が駄目だったとしても──。次に繋いでくれる天才がいれば。
精々自分はお膳立て、そこに何も不満はない。
チームが勝てばそれでいい。
凡才が天才に勝つにためには犠牲が必要だ。
それは時間であり、持っているものであり覚悟であり。勝つためにそれは払わなければならない対価。
天才火神を止めるという身に余る行為に早くも体が先に悲鳴をあげてしまった。
「………こりゃ持たないかもな」
あと少しだけ保ってくれたらいい。
もう二度とこんな舞台に立てないかもしれない。今年のWCは今しかないんだ。
今だけ、感じられるのは今だけなんだ。
だから、頼むから。
もうこれ以上望まない、バスケだってこれで出来なくなったっていい。
それだけの覚悟でもとよりここに居る。
二三度太腿を殴って刺激を与えてからコートに戻った。
運命の第4Q。
泣いても笑ってもあと10分で終わる。
やはり、と言うべきか始まって早々に火神と白河はポジションの取り合いなだけで殆どボールに触れることが出来なかった。
誠凛の勝利条件は一つだけ、黄瀬が戻ってくる前になるべく点差を広げてからの逃げ切り勝ち。当たり前だ、完全無欠の模倣なんてものを見せられたなら誰だってそうする。
だからこその一時的な火神の休息を含めた除外。
火神と戦うということは試合が決まると言っても過言ではない。
勝敗によってはそれすら危ういのだ。それだけの運命が二人には今かせられている。
誠凛はあくまで優勢な立場、自ら危険を犯す必要は無い。
だが、それは誠凛の都合であって海常には全く関係の無いこと。
「来たぞ!火神と13番の1on1だ!!」
火神と白河のチームとしての役割は全く違う。
方やチームのエース。そして方やチームの控え選手。
もとより白河は捨て駒として配置された身。
試合に大きな役割があったとしても、初めに言い渡されたのは『火神の体力を減らすこと』ここで休息を与えることは絶対に許されない。
初めて見せる白河のオフェンス。
無駄口は叩かない。
欲するのは敵陣のゴールだけ。
巧みなフェイント。
陽泉高校の氷室のように、一瞬幻影が見えるほど鮮やかなフェイントだった。
「クッ!!」
半歩遅れたが火神が立て直す。
飛んでブロックしようとするが……。
──遠ッ!
丸一歩分離れている。
予め白河は火神に対して一歩遠回りさせるようにしてきた。
それは火神も承知の上。しかし、今回白河はその一歩までも利用してきた。
故に開いた距離は1.5歩。
さぞ天賦の跳躍をもつ高校最高の男だとしてもその差を埋めることは出来ない。
『すげぇ!あの13番、キセキの世代でも倒せなかった火神を圧倒してやがる!!』
──圧倒。
圧倒か……そんなもんじゃない。
ギリギリだ。1.5歩の距離があってもあの大ジャンプ一つで止められそうになる。
肝が冷えた、もうミドルシュートは無理かもしれない。
それにもう残された時間は短い。
それは誰にも気付かれることなく迫ってきていた。
まず初めに違和感があったのは握力だった。
なるべく火神の体力を減らしつつ、さらに効果にも携わり。
そして勝利に近づける。
口では簡単に言えるが簡単なことじゃない。
もう体は限界を迎えている。体もちょくちょくうまく動きにくい。
それでも──。
「ビハインドザバックパス!!」
すげぇあの13番、パスセンスも相当高いぞ。
体が動きにくいのに何故か思った通りには動く。
そんな体の矛盾を感じながら、タイマーは残り半分を迎えた。
点差は5点。
ここに無敵の黄瀬が入れば射程圏内だ。
これ以上離されないように。
「だぁオラァ!!」
誠凛の主将、日向の3Pが炸裂した。
しかもその前の木吉のスクリーンのタイミングが絶妙だった。さすが誠凛の二枚看板、阿吽の呼吸というやつだ。
本当に一筋縄じゃいかないものだな、勝負事ってやつは。
「なぁ火神君よ…」
取り繕っているが、観察眼の優れた黒子は看破した。
白河がガス欠であることを、むしろこのコートの中で誰よりも消耗している。
何故立てているのかすら怪しい。
「バスケは……好きか?」
「っ、たりめェだ!!」
これがラストプレーになるのは何となく分かる。
黄瀬自身がもう止められないだろう。
ただ予想と変わるのは変わる選手。
すみませんね皆さん、せっかく期待してもらったのにどうやらここまでみたいです。
「俺はさ、何度も辞めようとしたんだよ。辛くて、惨めで、そういう感情に押し潰されてさ。
正直部活をサボった数なんて両手で数えらんねぇわ。でもさ、サボった時に思うんだよ『俺何してんだろう』ってさ」
「確かにスポーツに上手い下手の優劣は必ずつくよ、頑張ってないやつが頑張ってるやつに勝つなんてざらだし珍しい話じゃない。スポーツって残酷なんだよ」
その言葉に誠凛の面々は紫原を思い浮かべた。
木吉が必死に編み出した必殺技を紫原はいとも容易く再現した。
バスケは体格のスポーツ。でかいヤツが有利な競技だ。
だからこそ日本人のNBAでの活躍をあまり聞かない。
それだけ体格で優劣の付きやすいスポーツがバスケットボールなのだ。
さらにそこに才能やらセンスやらと必要なものをあげればきりがない。
「でもさ、バスケットってそれでも楽しいだろ」
「つまり、そういうことだ」
俺は、それでもバスケットボールが好きなんだよ。
最後の力で踏み込む。
一歩、それは火神の最速にも届くほどの速さ。振り絞った最後の一滴は、あまりに濃い一滴である。
だが、これはフェイク。
それに火神は気付き白河に張り付く。
この一体の攻防で火神は
入ったことにより野生が研ぎ澄まされ、フェイントであることに気付き最適な動きをとる。
パスもドリブルも何もさせない、その為に距離を詰める。
「くっそ、バケモンが」
白河は悪態をつく。
ここまできて最後に奥の手を出すとか…。と考えていることだろう。最後の仕事としてワンゴール決めたかったところだが、それは鬼門だ。
この化け物を一人で対処することは今の俺では不可能だと白河は悟る。
しっかり場所を確認してからの、火神に取られないように行う。
「また、ビハインドザバックパスだ!!」
笠松へ。
が、体が悲鳴をあげた。
パスを空振ってしまった。
本来なら手がボールにあたり、笠松へとパスが繋がっていたはずだが…。
だがこれが上手く事を運んだ。
ここで白河はビハインドザバックパスを間違いなくする予定だった。空振るというアクシデントさえなかったら間違いなくそうなっていただろう。
しかし、現実は違う。
結果的によりリアルなフェイントとなった。
ゾーンに入った火神でも、まさか空振ることなど想定していなかっただろう。キャンセルのできないパスをしたからこそ生まれた隙。
だから白河はこのミスを最大限に活用した。
空振った手のひらを返す。
そしてその手にあるボールごと、ドリブルを開始した。
「ビハインドザバックフェイクだったのか!?」
あまりに鮮やかな。
それもそうだ、フェイントなんかじゃない。なにせ本当にやる気だったのだから。
空いたスペースからのレイアップ。
決まった。
誰もがそう思った。
だが、現実は非情である。
ボールはリングには向かわなかった。
白河はドリブルした後、ボールを肩より上にあげることすら出来ずに握力を失った。
ボールの行先はコート外。
最高峰のその1on1は、引き分けという形で終わってしまった。
そして白河も倒れる。
一瞬意識が飛んだが、駆け寄ってきたメンバーをみて理解する。
「ダメ……だったか」
「白河君」
死んだやつにむけるような目でこっちを見るなよ黄瀬。
さっきまであんなに殺気立ってたくせに、今はどんな顔してんだよ…。
くっそ。酸欠で頭が回んねぇ。
「……お膳立ては…しといてやったから。あとは美味しいとこだけ持ってけよ。色おと…こ」
はぁ。
やっぱ、どんだけ凡才が頑張っても天才達の領域には入れないか。
一瞬でも本気になってくれた火神君には感謝だな。
「分かったっス。白河君……白河っち!!」
馬鹿が、認めるんが遅いんだよ。
あの取れなかったワンゴールが勝負を決したのか、海常高校は誠凛と一点差で敗れた。